穿鉄するは槍撃(2)

           §


 影狼ユンランは暗闇の中、唯一光を灯しているパッドモニターでその光景を見た。

「来たか、ガラティアン。守護戦士たる乙女よ」

 カメラが正面から捉える白い巨人は塹壕基地の兵士たちの前に立ち、鋭い圧迫をその姿だけで与えてくる。その隣、地面に突き刺さっている黒く細長いコンテナは、射出時の慣性力を増加させるためのアンカーだろう。

「後方で火力支援に徹する様であればもう一手が必要であったが、堂々と我々迎え撃つか」

 流石だ。それでこそ戦士と呼ぶにふさわしい。

 影狼は相対する少女が敵であるという認識を持ちつつ、勇壮に戦場へ現れたその事実に敬意の念を覚えた。

 その時、違和感を見つける。

「ガラティアンの表面に紋様?これは……常の表皮装甲、ではない?」

 全身を白に作られた巨人には、青磁色のような淡い透き通った水色が流れるように纏われていた。その紋様は、うねる水のように、踊る焔のように、一つの流れとして繋がっていながら、不定のリズムに揺らいで全身を巡っている。

「新技術、ではない。即効の出撃を可能にするための応急装備だ」

 不確定因子ではあるが、戦術を別案に変えるほどの物ではないだろう。

 そう判断し、有線の無線機に声を掛ける。

「現場指揮官より全軍へ。これより作戦をフェーズ3へ移行。予定通り行動を開始せよ」

 十個の戦車部隊へ指示を送る。そして、正々堂々と自分たちに向き合う少女戦士に対して戦術行動を展開した。

「ジャミング・ディスペンサー、全基起動」

 瞬間、戦場で銀の霧が沸き上がった。その発起点は地面にある、ドローンに搭載されていた物理ジャミング浮浪体をばら撒くディスペンサーだ。

 瞬く間に銀色が、ガラティアンと自分たちを包み込んでいく。

 この状況ではあらゆる照準器は機能不全になり、攻撃を行うことは出来なくなる。それは本来、敵味方を区別しないものであるはずだが、

「敵機、移動せず」

 影狼が持つパッドモニターに映る戦況図には、ガラティアンの現在位置がはっきりと示されていた。

 ゆえに、

「全部隊、レーザー砲発射」

 十本の光線が視界を遮る霧の向こう側、そこにいるガラティアンへと一斉に放たれた。

 影狼は外部映像を画素がやや粗い俯瞰のものへ切り替える。

 そこにはレーザー砲の束が一つの敵影へ殺到し、強烈な光が着弾点を覆い隠しているさまが映し出されていた。

 そして、焼かれた大気が急膨張して爆ぜ、銀の霧を吹き飛ばす。

 光が収まりそこに映し出されたものは――

「無傷か……!」

 右手を前に付き出し、十門のレーザーを被弾して一切の損害がないガラティアンの姿であった。


          §


 春華はガラティアンの視線から、敵のレーザー砲を受け止めた右手を見ている。それは超高温になり、白の特異質セラミック装甲を赤色に染めているが、

『溶けも割れもしていない』

 目の前に掲げた手のひらに損害はない。

 そして、熱エネルギーが吸収され元の色を取り戻していくと、これまでとは違う様態が見えてきた。

 月光が滲んだ水面のように淡く透き通った水色。それが手から腕にかけて全体を覆っている。それは特異質セラミック装甲が熱を吸い切り、元の白に戻ると、蔦を解くように細い紋様へと変化し、再び全身を覆うように伸びていった。

『紋様式戦化粧。確かに、これならば役目を果たすことが出来る』

 その成果に頷く。そして右隣の地面に突き刺さっている、細く長大な黒いコンテナに右手を向ける。側面にあるロック機構に指をかけて回した。

 コンテナが割れて開く。

 中にあったものは槍だ。

 ガラティアン用近接武装の一つである白の槍。右手がそれを天に向かって引き抜く。全長はガラティアンよりもさらに長大な7メートル。両側の先端は柄と刃の区別が無く、滑らかに極限まで細く絞り込まれていた。

 引き抜いた勢いで頭上を一回転した白槍を左手で受け止め、両手に握り込み、人間で言うと鳩尾の高さで水平に構える。

 瞬間、システムが警告を鳴らす。

『ロックオンされたか』

 正面に位置する敵部隊の防盾車が隙間を作り、その間に高速長距離砲が現れる。

 その危機に対して春華は、

『思考加速、開始』

 目に映る景色がゴムに描かれた絵のように引き伸ばされる感覚がする。

 時間認識がミリセカンドオーダーまで高速化した。

 肉体を同一化結合体とし、脳ではない意識活動と制御システムが合一することでもたらされる、他の兵器には無いガラティアン特有の機能だ。

 その視界の中、敵戦車が発射炎を吹き出しつつ、砲弾を吐き出すのが見えた。

 砲撃は高速化された映像の中でも瞬く間に彼我の中央点を超え、自分に向かって近づいてくる。本来の体感時間で五秒も無く、砲弾は自分の目の前に届いた。

 二重貫通砲弾の独特な先端形状や長い砲弾長、尾部の安定翼まではっきりと見えている。

 命中する。

 だが、その筈は、

『――ふっ』

 白い槍を構える両手の間の柄で砲弾を受け止める。

 先端から潰れていく砲弾は自らの運動エネルギーによって粉砕された。

 しかしそれに関わらず、砲撃は連続する。

 他の敵部隊からも次々と発射された。

 後ろにいる味方に流れ弾が及ぶのを防ぐため、避けることは出来ない。

 故に、その全てを叩き落すのだ。

 二発の砲撃が、人間の感覚では同時に近い間隔で放たれる。

 だが、加速した視界の中では、はっきりと先と後の差が見て取れた。

 先に放たれた砲弾が来る。

(一つ)

 先ほどとは違い左手外側の柄で受け止める。その衝撃を殺さずに、槍を左手を支点に回し、右手側の穂先が前に出るのに任せた。そこへ遅れた二発目が届く。

(――二つ)

 前に出た穂先で二発目を潰す。

 人間の目では同時攻撃に見える砲撃を、順番に防御した。

 だが、砲撃は更に数を増やす。

 水平から斜めに槍の構えを移した。視界には宙を豪速で迫る複数の砲弾が映っている。

 加速した思考でも迎撃する順序に迷いを生じる数だ。

 しかし、ガラティアンのコパイシステムが着弾する順序を判定し表示する。

 槍の先端を敵に向ける様に構え、一発を迎撃した反動で槍を回し、反対の穂先で次の砲弾を弾く。更にその反動で槍を転回させ、直線状に並んだ二連撃を柄と穂先で潰し、勢いを失った槍を右手で強引に引いて動かし、逆回転で砲撃を迎え撃つ。

 多重に残像を生む高速の槍さばきで敵砲撃を悉く破砕した。

 思考加速とシステムの支援を受け、最適な位置と角度で弾き飛ばしていく。

 赤化した破片と火花が咲き乱れる。

『一、二、三。四、五。六、七、八。九、十』

 三連射、二発同時、不意打ち。それらすべてを最小限の槍さばきで受け止める。

 砲撃と迎撃の応酬が鳴り響く。だが土埃で視界が濁ってきたその時、一斉砲撃が叩き込まれた。

 それは通常の砲弾ではない。

 槍に触れた瞬間、炸裂して超高温燃焼体をガラティアンに飛び散らした。

 セラミックスでさえ溶解させるナパーム砲弾だ。

 通常砲弾による攻撃に慣れさせたところで、切り札である新兵器を叩き付ける戦術であった。

 マグマより高温の炎に巻かれて、視界が赤に埋め尽くされる。

 特異質セラミック装甲を纏ったガラティアンでも耐えきれない。

 ただし本来であれば、だ。

 右腕一本で掴む大槍を全力で振りぬいた。

 ガラティアンの体や槍に付着して燃焼していた物質が剥がれて飛散する。

『どうした。私はまだ立っているぞ』

 機体に付着した炎の下に凝縮された戦化粧を浮かべ、獄炎に纏わりつかれつつも、悠然と立つ姿を敵に見せつけた。


          §

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る