第5話 不可視邪竜の不在証明(後編)

 犯人はこの中にいる、なーんて勢いで言ってみたけど、別にそんな大した話をしようってワケじゃない。

 俺はどこぞの探偵とかじゃなくてただの一般異世界人なわけだしな。

 というわけでサクッと説明することにする。


「その、邪剣ダークネスイビルドラゴンハート、だっけ? それを持てる人間は、そこで死んでるおっさんだけじゃないって話だよ」

「何を馬鹿なことを……竜製武具ドラゴハーツはドラゴンの魂を宿す武器! 持ち手を選び、それ以外の人間が触れたならば命をも奪いかねん武器なのだ!」

「でも昨日の晩、最後にその大剣を持ってたのはおっさんじゃない。荷物持ちをやらされてた女の子だ」

「うぐ、た、確かに……!」

「言われてみれば、確かにそうだ」

「でも……」

「ああ、亜人だろ」

「荷物持ちが……汚らしい」


 俺の言葉に、村人全員の視線が少女に突き刺さる。

 昨日と同じ服、随分と年季の入った汚れた装束に身を包んだ少女は、びくりと身を震わせると、助けを求めるように俺に視線を寄越す。

 いや……そんな目で見られてもだな。


「しかし、彼女は奴隷だ! 人間とは扱いが違う。いわば、鞘に剣を納めるようなものじゃろう……だから、ドラゴン様も怒りすらしなかったのでは」


 村長の言葉に俺は面食らう。


「え? この世界奴隷とかあるん?」

(短いが、耳の上に角があるだろう。あれは亜人の証……この世界では迫害の対象だな。大抵の亜人は奴隷身分にある)

(へーへー、ブラックなこって)


 思わず漏らした疑問の言葉を拾って、探偵がヒソヒソ声で俺に知識を授けてくれる。

 奴隷だなんだってイキってるような奴らなのかよ。しょうもな。

 俺はこの村の人間に対する評価を一段下げる。

 こんな可哀想なちびっ子を差別して憚らないような奴らは、まともじゃねーよ。


「奴隷が人じゃない、っつーのは、俺の常識じゃよくわかんねー。

 あんた達みたいなこの世界の人間にはそう思えるのかもしれねえがけどさ。

 ドラゴンまでもが『奴隷は人間じゃないからオッケー』なんて言い出すかな」


 だから、ちくちく言葉で返してやる。

 お前らが崇めるドラゴンは、そんな些事には関わらないんじゃねーの?

 俺の言葉に含まれたトゲを感じ取ったのか、村長は言い淀みながら反論してくる。


「だ、だが《竜剣》のイカールは数々の邪竜を打ち取ってきた歴戦の戦士だぞ!?

 数々の邪竜を討ち果たしたのはフォックス傭兵団だ。

 これはギルドが保証してるから間違いない。

 いくら武器を奪われたからといって奴隷風情に負けるはずがないだろう!?」

「その前提が間違ってんだよ。

 イカールとかいうおっさんじゃなくてこの子が邪竜を倒してたとしたら、辻褄が合うだろ?」

「なん、だと……バカな、そんなはずは……」

「ギルドとやらは、イカールが竜と戦うところを直接確認したのか?」

「……していません。ギルドでは、持ち込まれた竜の首を持って討伐がなされたと認定します。しかし……俄には信じ難い……」


 そうかなあ?

 ロリにデカい武器持たせるなんてテンプレもテンプレ、お約束だろ。


「つまり、貴方は……この事件は、不当に名誉を奪われ続けたこの奴隷の少女が、己の誇りを取り戻すため、イカール氏を討った、と推理するのかな?」


 探偵は、抑揚のない声で静かにそう問いかけてくる。

 村人達は探偵のその言葉を聞いて、負の感情を込めた視線を少女に向ける。


「う、あ…………」


 人々の群れから、一歩、二歩。後ずさるように離れる少女。

 その前に俺は立つ。

 不快な視線を遮るように。

 少女が嫌なものを見なくて済むように。


「なんでそーなんだよ。俺はな、探偵。あんたのいうところの二つの不可能、その一つを否定しただけだぜ」

「しかし、貴方の推理を真とするならば……邪剣ダークネスイビルドラゴンハートを扱えるのは、彼女しかいないはずだが?」

「その場合、第二の密室は未解決だな。この子はどうやって密室を作り出したんだ?」


 肩越しにちらと振り返れば、少女は恐怖からか身を震わせていた。


「この子の服装を見ろ。こんな汚れてんのに……昨日と同じものを着てるんだ。多分、一張羅なんだろう。

 他に服がないとしたなら、これだけの惨状を引き起こしておいて、返り血ひとつ服についていないのは不自然だろう」


 そして、証拠を隠すために洗い流したのだとしたら、土埃などももう少しマシになっているはずなのだ。


「た、確かに……」

「では、やはり……犯人は人間ではないのでは?!」

「恐ろしい……不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンの仕業じゃ〜!」

「ドラゴンババアは黙ってろ!」


 デカい声で騒ぎ出した大ババ様を一喝して黙らせる。

 ここまで言ってもまだわからないのか?

 推理小説とか漫画とかもっと読んだ方がいいんじゃなかろうか。

 って、異世界の奴らには無理か。


竜製武具ドラゴハーツってのは使い手を選ぶんだろ? なら、イカールがこうして死んでいるのは、使い手でない者が竜製武具ドラゴハーツに触れたからじゃねーのかよ」

「そうか……! そういうことか!」


 俺の隣で、突然探偵がでかい声を出す。

 え? お前探偵だろ?

 マジでわかってなかったのかよ。


「邪剣ダークネスイビルドラゴンハートの手入れを済ませた少女、ピノット氏は言いつけ通りイカール氏の元へ邪剣ダークネスイビルドラゴンハートを持っていき、そのまま部屋を去る。

 戸締りをした後、酒に酔ったイカール氏が、何やら思うところあって、邪剣ダークネスイビルドラゴンハートを鞘から抜いてしまう……

 そこで、竜製武具たる邪剣ダークネスイビルドラゴンハートの怒りをかい、殺されてしまったのだとしたら、全ての辻褄が合う……

 不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンが存在しなくとも事件は成立する……!」

「だまりゃあああああああっ!!!!!」


 興奮して早口で喋る探偵の言葉を、顔を真っ赤にして遮る大ババ様。


「黙れ小僧、黙れ!

 そっ、そうだとして! 仮にお主らの言うことが全て正しかったとして!

 不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンがやったのではないという事にはならん!

 ええ!?そうじゃろう!それとも、何か……証拠はあるのか!?

 んん?!ここに不可視邪竜インビジブルイビルドラゴン様がいらっしゃったのではないという、決定的な証拠があ!!!!」

「証拠はないさ。だから、犯人に自白してもらおうじゃないか」


 なんで大ババ様がそんなヒートアップしてんだかわからんけど、俺は背に庇っていた少女に振り向く。

 足を震わせ、怯えた視線を俺に向ける彼女に微笑んでみせ、俺はイカールの死体に……邪剣ダークネスイビルドラゴンハートを指し示す。


「この剣に、『選ばれし者』でない誰かが触れれば邪剣が怒って暴れ出すんだろ?

 この事件があくまで不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンとやらの仕業だってんなら、大ババ様。あんた……この剣を握ることだってできるはずだよな」

「こ、小僧……!」

「さあ、触れてみろよ……不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンが犯人だと、心から信じているのならば!」

「事件……解決! 謎は全て解けた!」


 俺が啖呵を切ったその時、探偵がスッと手を伸ばして邪剣ダークネスイビルドラゴンハートの柄を握りしめた。

 おい! なにやってんだよ!

 こっから俺のババア説教フェイズが始まる所だってのに!


 探偵が大剣に触れた途端、剣が纏っていた赤黒く輝くオーラが強く瞬いたかと思うと、強大な『力』が放たれた。

 探偵ドウカナは吹き飛ばされ、壁に激突する。

 俺は少女を懐に庇いながら、吹き飛ばされまいと床にしがみつく。

 重力に逆らい、中空に浮かぶ大剣。

 そこから放たれる、巨大な手で地面に押しつけられているような、重力が何倍にもなったような重い、重いプレッシャー。

 おいおい、マジか……

 これが、ドラゴンの……

 暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンの力だってのか?


『人の子風情が、この暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンを使って真偽を試そうなどとは……不敬であ』

「推理発勁!!!」


 そして、脳に直接語りかけてくるようなテレパシーの途中で、壁際まで吹き飛ばされていた探偵ドウカナが剣を思いっきり殴りつけていた。


「いや……違う! 探偵さんは初撃を受けて、わざと壁際まで自ら飛んだんじゃッ!

  奴の攻撃の衝撃を受け流すため……そして、次の攻撃の助走距離を稼ぐためにッ!」


 興奮した村長が急に実況を始める。

 何それ。え?

 俺の困惑をよそに、探偵は更なる暴力を振るい続ける。


『ちょ、何、なんじゃ貴様は!?』

「犯人は……お前だ! お前だ! お前お前お前お前おまおまおまおまおまおまおまおまおまァ!」

『ぐわ、ぐわああああああ!』


 10人ほどに分身して見えるほどのスピードで剣を素手でタコ殴りにする探偵。

 邪剣ダークネスイビルドラゴンハートのテレパシーで響く悲鳴は、一分ほどでかすれて聞こえなくなった。


「推理完了! 人の闇が巻き起こした哀しい事件だった…………」


 赤黒いオーラを失い、プラスチック製のおもちゃみたいに威厳を失った大剣を床に放り投げると、探偵ドウカナは寂しげに呟いた。


 はは。

 ははは。


 なんか……なんかもうどうでもよくなってきちゃったな。


 俺は懐に庇っていた少女を踏まないように立ち上がろうとして、少女がめちゃめちゃ強い力で俺にしがみついていることに気づく。

 まあ、こんなことになったらそりゃ怖いよな。

 俺は少女に笑顔を向ける。


「大丈夫かい? なんか……もう大丈夫みたいだよ。離してもらっていいかな」

「超好き……私の理想のドラゴンすぎる……結婚して……」


 少女は俺の言葉に答えず、輝く瞳で食い入るように俺を見つめながらそう言った。


「は?」


 はあ?

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探偵が異世界無双の邪魔すぎる 遠野 小路 @piyorat

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