第4話 不可視邪竜の不在証明(前編)

「おお、恐ろしい……! これぞまさに不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンの呪いじゃ……!」


 騒ぎを聞きつけた村人たちが、凄惨な殺人現場に集まってきた。

 昨日急に現れた謎のババアが大袈裟に身を震わせ、声を震わせて嘆き続ける。


「死因はこの竜製武具。いかに屈強な戦士だろうと、こんな大剣で胸を刺し貫かれたなら、即死だろうね……」


 そして探偵ドウカナは、イカールの死体を矯めつ眇めつ、勝手に洋服の中を漁ったりしながら調べている。


「第一発見者はウェイトレスの君、だね。部屋に入る前、しっかり鍵はかかっていたのかな?」

「はい……何度もノックしたのですが、返事がなくって。シーツを替えたかったので、やむなく普段は冒険者ギルドの金庫に保管されてるマスターキーを使って、ドアを開けたところ、こんな…こんなことに」

「フム……つまりこの状況。密室殺人、ということになるね」


 ドウカナは部屋に備え付けられていた窓に近づいていく。

 気になって俺も近づいて、調査を行うドウカナの手つきを観察する。

 窓は内側から閂がかかっており、外から操作して開けることは出来なさそうな作りになっているようだった。


「みっしつ……なんですか、探偵さん。それは」

「密室殺人。内から鍵のかけられた部屋の中で、《竜剣》のイカール氏が何者かに殺されていた、ということはつまり……この殺人事件は普通の人間には不可能な犯罪だった、ということですよ」


 顔を青くして尋ねる村長に、ドウカナは淡々と答える。

 その横で、ちっこい老女がデカい声で叫び出す。


「不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンの呪いじゃ~~!」

「お、大ババ様……探偵さんの邪魔をしてはいけませんよ……」

「その者、千の錠前と万の城壁に守られし王を片手間に弑逆せし邪竜!

 視ること能わず、捉えること叶わず、何処にでも在り、何処にも存在しない……

 伝承の通りじゃ! おお、恐ろしい……」


 言いながら、小刻みに身を震わせる大ババ様。

 ドウカナは犬の着ぐるみの顎に指を当てる。


「この大剣では、自分で持って胸を突くことは不可能。腕の長さが足りなさすぎる。

 つまり、自殺ではありえない。

 しかもこの大剣は竜製武具ドラゴハーツ。暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンに認められたイカール氏以外が触れることは不可能なはず。

 本来、イカール氏がこのように刺し殺されることは不可能なはずなのだ」

「言われてみれば……!」

「そ、それじゃあ一体イカールはどうやって死んだっていうんですか、探偵さん!」


 不安げに探偵を見つめる村人達。

 その視線を一身に受けた探偵ドウカナは、重々しく口を開く。


「密室と、竜製武具。二重の不可能が組み合わされたこの犯罪……

 確かに不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンならば可能、か」


 ドウカナの言葉に、村人達が不安げにどよめきだす。


「ほ、本当に不可視邪竜インビジブルイビルドラゴン様の呪いで、殺されたのか……

 あの、《竜剣》のイカールが!?」

「不可視邪竜インビジブルイビルドラゴン様のお怒りを鎮めるにはどうすれば……」

「無理よ! あたし達みんなここで死ぬんだわ! あのフォックス竜滅団でもかなわないんだもの……」

「おしまいじゃ! 不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンからは何人たりとも逃れられん! おお、恐ろしい! 恐れよあれ! ドラゴンよあれ!」

「あ、あの……」


 そんな村人の中に、血色の悪い顔をさらに青くしている一人の少女がいた。

 イカールの荷物持ちをしていた、ピノットという少女は、何かを口にしようとしては、怯えたように黙るのを繰り返している。

 か細い主張の声は、村人達の怒号と悲鳴にかき消されて、誰の耳にも届かない。

 探偵ドウカナはパンと両手を鳴らして、村長に向き直った。


「すぐに王都の竜滅団へ連絡を。不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンの仕業だとしか考えられないこの現状、もはやこの事件は探偵の能力を超えている……

 国家で対策するべき大事と言えるだろうね」

「いや、そんなわけねーだろ」


 俺がぽろりと思ったことを口に出してしまうと、誰もが黙り込み、俺の方を睨みつけた。

 え? あれ?


「なんだ、お前は……探偵さんの周りをウロウロしていた新参者か」

「黙ってなさいよ! 不可視邪竜インビジブルイビルドラゴン様をこれ以上怒らせるつもりなの!?」

「おとといきやがれ!万年全項目Sランク!」


 村人どもは次々に俺に罵倒を浴びせかける。

 それを探偵ドウカナは片手を上げただけで制すると、俺にゆっくり近づいてきて、俺の顔をじっと見つめてきた。

 犬の着ぐるみの無表情で。


「では、ユート殿。貴方はこの二重の不可能犯罪を起こした犯人のトリックがもう解けた、と言いたいのか。不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンでなければ不可能なはずの、この事件の謎が」

「いやいや、こんなんインビジブルなんとかドラゴンなんかいなくたってできるだろ」


 探偵とか言ってるくせに、こんな事件もわからないのか?

 よくあるテンプレみたいな事件じゃないか。


「犯人は不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンなんかじゃない。

 犯人は……この中にいる!」


 あ、でもこれは一度言ってみたかったセリフだよな。

 勇者の言うセリフじゃねーけど。

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