第3話 今更マヨネってももう遅い

「こんなはずじゃなかったのに……」


 ばかでかい切り株をそのまま平らに均したような木製の机に突っ伏して、ぬるい水の入ったジョッキを傾けながら、俺は数十度目のため息をついた。


 山賊団を壊滅させた俺たち。というか、探偵ドウカナは、ドウカナにぶっ飛ばされた盗賊たちを盗賊たちの乗っていた荷馬車のロープで縛りあげ、雑に荷台に放り込むと、馬を操って村へと進んでいった。

 俺? 俺はなんかロープを荷台にくくりつけたりして、あまりものみたいに馬車に同乗させてもらったよ。


 村に到着すると、ドウカナは英雄のように祭り上げられ、下へも置かぬ扱いで近くの酒場へと招待された。

 なんでも、さっきの山賊団は本当にチュートリアル山賊団という名前の山賊だったらしく、近隣の町村を荒らし回って迷惑していただのなんだの。涙を滝のように流す村長はそんな身の上話を延々20分は続けた後、鼻水をすすりながら何度も何度も探偵に感謝していた。


 俺? 村長は、俺には「ここはドラン村じゃよ。ワシがこの村の村長じゃ」とかNPCみたいなことだけ言って、それっきりだった。


 村長の演説を聞きに村中の人が酒場に集まり、チュートリアル山賊団壊滅の知らせを聞いた村人たちは大喜び。早速宴の準備を始めたね。

 そこで俺は、起死回生の一手。

 日本文化の極み、マヨネーズをお出しして村人どもの人気を掻っ攫おうとした。

 王道展開だよな……マヨネーズは単純な材料から作ることができるし、お手軽にウマい。

 こんなこともあろうかと、作り方や分量はググっておいたんだ。

 ここから俺の異世界ウハウハライフを、初めてやるぜ!


「あー、みんな、聞いてくれ! 実は俺の故郷にはこのフライを100倍美味しく食べられるソースがあるんだ、その名も」

「推理! 植物油と卵、そして醸造酢、か。ここから想像されるソース、それは……」


 皆の注目を集めた俺の横で、探偵ドウカナが目をつむり、顎に指を当てて考え事をしはじめた。

 俺は肘で探偵を小突いて小声で黙らせようとした。


「おい、探偵! 邪魔すんなよ」

「理解ったぞ! 乳化現象か! 推理発勁!」


 しかし、探偵は止まらなかった。

 俺が用意した卵をカカカッと一瞬でボウルに割り入れ、酢と油を回し入れるや否や、ミキサーもかくやというスピードで攪拌を始める。

 材料はあっという間に渾然一体に混じり合い、乳白色のマヨネーズへと変貌した。

 村長は手に持ったフライにボウルの中のマヨネーズをたっぷりすくって、口に運ぶと、目を見開いて大声を出した。


「う、うまい! こってりとした卵の味わいに、酢の酸味が絶妙な爽やかさを醸し出している……! こんなソースがあったら、フライが何枚あっても足りやしない!」


 それを切欠に、村人たちが次々とマヨネーズに群がっていく。


「ほんとだ、おいし〜い!」

「材料も簡単だし、誰でも作れそうね!」

「探偵さんはすごいや! よっ! 世界一!」

「そ、そう。それが俺の故郷のソース、マヨネオブッ」

「そうだ、探偵さんにちなんで、このソースを『探偵ソース』って名付けるのはどうかな?」


 興奮した村人の一人が、俺を乱暴に押し退けて探偵の傍に駆け寄る。


「止してくれ。探偵ソースは少々恥ずかしすぎる」


 どっと巻き起こる温かな笑い。

 俺は冷たい床に倒れてる。


「おいおい!何照れてんだよ探偵さ〜ん!」

「今日の主役はアンタ! そうだろ?」

「た〜ん〜てい! あソレ、た〜ん〜てい!」

「探偵、サイコー!」

「おお……探偵さんはこの村の救世主じゃ……」

「困ったな……聞いてくれ、みんな」


 探偵が片手を上げると、興奮する村人たちは途端に押し黙る。

 我らが英雄が、次は何を口にするのかと、目を輝かせて待っている。


「ならば僭越ながら、私がこのソースに名付けをさせてもらおう。決して迷わず、真実に辿り着くソース……すなわち『マヨワーズ』!」

「微妙に寄せて来てんじゃねーよ!」

「それじゃ、マヨワーズの誕生と、探偵さんの勇気ある推理に、拍手を!」

「わ〜いわ〜い!」

「探偵バンザーイ!」

「探偵バンザーイ!!」


 最後のツッコミも大歓声に虚しくかき消され、マヨネーズ大作戦は失敗に終わり。



 挙句の果てに、酒場に併設されていた冒険者ギルドでは。


「はい、それじゃあユートさんの登録は無事完了しました。これがギルドカードになりますから、大切に保管してくださいね〜。あ、ここを押すとステータスやスキルの説明が……ウソ!? 全魔法適正、Sランク!?」

「Sランク、ですか。それって、俺の魔法が弱すぎるって意味だよな?」

「……そんなこと言うもんじゃありませんよ。スキルは神様からの授かりものですからね。次のRランクに上がるまでには昇格ポイント2000000が必要です」



「アルファベットの罠!」


 強めにジョッキを机に叩きつける。

 ゴ、という微妙な音は、酒場の喧騒にかき消されて誰の気にもとめられない。

 つーかなんだよRランクって!レジェンド級か?

 Aが最高峰として……Sって何番目だよ!?

 俺はジョッキの水をあおり、机の上に置かれた壺から水を掬った。


「詐欺だ……こんな馬鹿みたいなことあるか……」

「やあ、隣、失礼するよ」


 涙目で水を飲み続ける俺の隣に、今日の主役サマの探偵がやってきた。

 そして、机に突っ伏している俺の目の前に革の袋を置く。


「あ? んだよ……俺を笑いに来たのか?」

「チュートリアル山賊団を討伐した報奨金だ」

「へえへえ。そいつはよかったデスね。

 んで、金貨たっぷりの中身を見せびらかしにでもきたのか?」

「何を言ってる。君の取り分だ」


 なんでもないようにそう言う探偵に俺はカチンときて、思わず大きな声が出る。


「はあ? そりゃ俺は一文なしだけどな。アンタに施しを貰うほど腐ってねーよ。

 いつかアンタをギャフンと言わせてやる」


 そう。

 俺はこっちの世界の金がないからなにも食わずにこうして水を飲み続けてるのだ。

 あと普通に酒とか飲みたいとも思わんし。

 探偵はビシッと指をさした俺の挑発にも乗らず、犬の着ぐるみの表情のない顔で俺の事を黙って観察していた。


「な、なんだよ」

「あの時……君は、矢が飛んできた瞬間に奴らをチュートリアル山賊団だと断定してみせた。

 まだ奴らの顔すら見えていない状況で、正体を隠していたはずの彼らが何者であるかを看破してみせた。

 全知系探偵能力者の中でも群を抜いた反応速度、そして正確性。探偵能力の発動に必要なはずのシュレディンガーフィールドを、外に僅かたりとも漏らさぬ完璧なコントロール……生半な探偵ではあり得ない行動だ」


 決定的な何かを暴いてやった、とでも言いたげな様子で、探偵は訳の分からないことを口にする。


「は? いや、ああ言う時に襲ってくる山賊団ってのはテンプレだろ。序盤にはああいうチュートリアルみたいにやられ役やってくれる奴が必要なんだよ」

「《テンプレ》……それが君の探偵能力か?」

「聞けよ、話を! だいたいなんだよ、探偵能力って。

 そんなトンチキなもん、俺は持ってないっつの」


 探偵は俺の返事を聞くと、鼻息を漏らすようにフ、と笑った。


「高位探偵がそう簡単に正体を明かすはずもない、か。

 或いはそれこそが君が私に課した探偵試験というわけだな」

「『ない、か。』じゃねんだよ。つーかお前なんでもかんでも探偵つけりゃいいってもんじゃねえからな」

「いいだろう……この二代目 《懐疑》の探偵ドウカナ・クオリアの名にかけて、君の……いや、貴方の正体、暴いてみせる」

「マジで聞かねえなお前、俺の話を」


 勝手に盛り上がる探偵に、とっとと立ち去るように手を振ってジェスチャーすると、探偵はずいと革袋を俺の方に寄せた。

 そして、不満の声を漏らそうとする俺の言葉を遮って、力強く断言する。


「村人たちが犯罪に怯えることなく、生活を謳歌するこの光景は、貴方のおかげだ。

 貴方の『手掛かり』なしではこの素晴らしい光景にたどり着くことはできなかった……見たまえ。彼らの笑顔は、貴方が守ったのだ」

「お前に褒められても嬉しくねんだよ」


 俺は机に伏して顔を隠した。

 横で探偵が笑う気配を感じる。


「《懐疑》。それはどうかな?」

「……うっせ。早くあっちいけ」


 そんなやりとりをしていると、酒場の扉が大きな音を立てて開かれた。

 賑やかな声が一瞬で静まり返り、


「おうおうおう! なんだァ? シケた田舎もん共が集会かァ?

 ちょうどいい、この店で一番美味いもんを寄越せ。俺ァ腹が減ってるんだ!」


 乱暴なだみ声によって、一瞬の静寂が引き裂かれた。

 筋骨隆々の大男。背中には身の丈を越えるほどの巨大な剣を背負っており、邪悪に赤黒く輝く剣が、男の体を黒く輝かせていた。身体のそこかしこに大きな傷跡が残っており、凶相をさらに凶悪なものへと変えている。

 居心地の悪い静寂の中を、大男は我が物顔で押し進み、中央の料理がたくさん乗ったテーブルの椅子に大きな音を立てて腰掛けた。

 その後ろから、大荷物を背負った半分ほどもないくらいの背丈の華奢な少女が大男の側へと駆けていく。

 少女は途中のテーブルに荷物をぶつけそうになっては謝っている。


「ピノーーット! 遅ェぞ!」

「ご、ごめんなさい、団長!」


 怒鳴りつけられた少女に向かって大男は靴を投げつけると、椅子の上で胡座をかいて、テーブルの上の料理を喰いはじめた。


「……何あいつ」

「フォックス竜滅団のイカール。《竜剣》のイカールだ」

「お前、詳しいんだな」

「私も探偵の端くれだからね。この世界の有名人のことはそこそこ調べているつもりさ。貴方には及ばないかもしれんがね」


 だから……俺は探偵じゃねっつの。

 こいつの探偵トークに付き合っていると日が暮れるので、俺はサラッと無視することに決める。


「竜剣っつーと、あのクソデカい大剣が?」

「そうだ。暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンの牙から削り出された、邪剣ダークネスイビルドラゴンハートだ」

「なんて?」

「暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンの牙から削り出された、邪剣ダークネスイビルドラゴンハートだ」

「暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴン?」

「その者闇を纏いて夜を駆け、邪なる心を持つ人間を喰らい嗤う、伝承の中のドラゴン。暗黒邪心竜ダークネスイビルドラゴンじゃ……おお、恐ろしや……」

「誰だアンタ!?」


 俺と探偵の間に突然現れた小柄な老女が、不気味な声でドラゴンの説明を突然話しだした。


「ドラゴンの鱗を貫けるものはドラゴンの牙かドラゴンの爪しか在らんでの。邪竜退治には竜製武具ドラゴハーツが必要なんじゃよ」

竜製武具ドラゴハーツ?」

「いかにも。ドラゴンの身体から削り出された、ドラゴンの魂を宿す、ドラゴン殺しの武器。持ち手を選び、持ち手以外が触れることを許さぬ邪悪なる武器じゃ……おお、恐ろしい…………」

「つまり、《竜剣》のイカール……彼らフォックス竜滅団というのは、邪竜を狩って回るドラゴンハンターというわけだな。ご老人」

「フン、ドラゴンを狩り殺すなど、人の身に許されし行いではない……いつか不可視邪竜インビジブルイビルドラゴンの災いが訪れるじゃろう……おお、恐ろしい…………」


 不気味なことを口ずさみながら、老女は俺たちのテーブルから去っていった。


「なんなんだあいつ……」

「貴重な情報だったな」

「お前の感想もすげえな」


 あんな怪しいババアのたわごとが貴重な情報になるんだろうか。

 そんなことを俺たちが話している間にも、イカールはぐちゃぐちゃと音を立てて料理を食い漁り、出された酒を何本も呷るように飲み干すと、赤ら顔で怒鳴り立てた。


「田舎にしちゃ悪くねェ料理と酒だ……

 ピノット! 俺ァ寝る! 剣の手入れをしておきやがれ!」


 そう言って、背中の剣を乱暴に少女に向けて放り投げた。

 少女が剣を受け取るのも確認せずに、男は酒場の二階へ向かう階段を乱暴な音を立てて登っていった。

 嵐が過ぎ去ったように、徐々に酒場に会話が戻ってくる。

 しかし、楽しいお祝いのムードはすっかり消え去っていた。


「ヤなおっさんだな、あいつ」

「しかし、近隣を騒がす邪竜を追い払う貴重な人材だ。

 無下に扱うわけにもいくまいよ」

「だからヤなおっさんなんだろ」

「それでも平和には換え難いよ。さて……夜も更けた。私もそろそろ眠るとしよう。

 それでは、また明日も、平和であらんことを」

「あ? ああ。平和であらんことを?」


 探偵につられて変な挨拶を交わして、俺は一人テーブルに残された。


「……金ももらったし。これで俺も泊まるか」


 そして、酒場のおっさんに声をかける。

 金貨と引き換えに大量の銀貨と2階の部屋の鍵を受け取って、俺はベッドに飛び込んでそのままあっという間に眠りについた。




 明日も平和であらんことを。

 探偵がいる宿に、平和なんかありはしないというのに。




「きゃああああ!!!!!」


 つんざくような悲鳴に、俺はがばりと起き上がる。

 そのままドアを開けると、廊下で酒場のお姉さんがへたり込んでいた。


「何があった!?」

「シーツを……わたし、シーツを換えにきただけなのに…………」


 うわ言のように繰り返す彼女をおいて、俺は向かいの扉を開けてみる。


 本当は気づいていた。

 扉越しにでもわかる、むせ返るような血の臭い。

 部屋の中には、胸の真ん中を邪剣ダークネスイビルドラゴンハートで刺し貫かれ、変わり果てた姿となった《竜剣》のイカールが血の海に沈んでいた。

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