第2話 チュートリアル山賊団撃破

 異世界すごい! 身体が軽い!

 チートで得た勇者の身体能力を、飛んだり跳ねたりで俺は実感していた。

 いやマジですごいんよ。

 グッと力を入れてジャンプすると鳥のように飛び立てるし、4メートルくらいの高さから着地してるのに全然身体が痛んだりしない。

 すごくないか? いやすごいわほんと。身体が自由自在に動くって、こんなに気持ちいいものだったんだ。


「そうだ……次は魔法も試してみるか」


 身体の中を巡る、今までになかったチカラ。

 これを練り上げ、魔法として具現化させる。

 イメージを描けば、それを実現できることを俺は確信する!


「雷よ!」


 近くの木に向けて掌を向け、叫ぶ!

 バチッと音を立てて、青白い電光が飛び、木肌をちょっと焦がした。


「おお……本当に出た、けど」


 雷というよりは強めの静電気みたいな威力のそれに、俺は首を傾げる。


「炎よ……敵を焼き尽くせ!」


 ライターみたいな小さな赤い火の弾が、ゆっくり飛んでいって木肌をちょっと焦がして消える。

 ……なんか、弱くね?


「詠唱とかちゃんとしないといけない系の世界なのかな」


 水やら風やらで試してみるも、ホースで水撒きするとか、扇風機くらいのそよ風を起こすとか、その程度の魔法しか出せなかった。

 無詠唱でバンバン大魔法使う、みたいなのは出来ないのかもしれない。


 まあ、詠唱とかはちょっと恥ずかしいけど、どっかで魔法使いにちゃんと魔法をおしえて貰えばすぐに使えるようになるだろう。

 身体の中に流れる魔力を俺は実感していたし、何より俺には『可能性の卵』スキルがあるからな。


 魔法の検証は一旦諦め、俺は強めに地面を蹴って高く跳んで、辺りを見回す。

 遠くに壁で囲われた村のような集まりと、そこへ向かう踏み固められた道のようなものを見つけることができた。

 それじゃあ、まずは情報収集に行きますかね!




 近くに見えた道に沿って道なりに歩いていく。

 空は晴れ渡り、雲ひとつなく青く澄んでいる。

 平原をゆく道の先はまばらに木が生えているばかりで、他に目立つものはない。

 聞きなれない鳥の声や、舗装されていない土を踏む感触などが、本当に知らない世界にやってきたということを実感させる。

 辺りをキョロキョロ見回したり、たまに本気で跳んだり走ったりして、自分の身体能力を確認したりしながら道を歩いていると、木陰に佇む人影があった。


「やあ、どうも」

「こ、こんにちは」


 人影、というか、犬の人だった。

 犬のかわいいぬいぐるみのような、デフォルメされた獣の着ぐるみのような頭をしたそいつは、男とも女ともつかぬくぐもった声で俺に挨拶してきた。

 怪しすぎるそいつの姿に俺は緊張を隠せない。

 あ、でも日本語通じるんだな。よかった。


「君も町まで? 随分見慣れない格好だが」

「ええ、そうです」


 見慣れないのはあんたの頭だよ、とか言ってしまうほど俺は常識知らずではない。

 というかこの世界の人間はみんなこんな感じの動物ヘッドなんだろうか。

 ぬいぐるみのような瞳は、瞬き一つせず俺のことをじっと見つめている。

 負けじと見返していると、その視線に気付いたのかそいつはふふ、と笑い声を漏らした。


「ああ、これは着ぐるみだよ。見慣れなかったろう」

「着ぐるみなのかよ!」


 そいつは頬を軽く叩いて見せる。

 ボンボンと、中が空の箱を叩くような音がした。


「修行のようなものでね……素顔を晒さない失礼を詫びるよ」


 そう言って犬頭はぺこりと頭を下げた。

 繋ぎ目の部分を見てやろうと思ったが、しっかりとした作りなのか地肌を見ることはできなかった。


「私はドウカナ。探偵ドウカナだ」

「ああ、どうも。木屋勇人きやゆうとっす」


 互いに軽い自己紹介をする。

 つーか探偵って。探偵いるのか? 異世界。


「探偵って……あの探偵ですか? 推理したり、解決したりする?」

「ユート殿は博識だな。いかにも。私こそ、推理したり解決したりするあの探偵だ」


 ドウカナはそう言って胸を張る。

 犬頭に気を取られていたが、ぶかぶかのトレンチコートを見に纏ったその姿は、確かに昔図書館で見たシャーロック・ホームズの挿絵のようだった。

 パイプとか咥えてるやつな。


「この世界の人に探偵を知っていると言われたのは初めてだよ」

「あー、まあ。俺この世界の人間じゃないんで」

「なに? 君も世界間旅行者なのかな?」

「え、つーことは、あんたも別の世界から……」


 瞬間。

 のんきな問答を繰り返していた俺たちの脇に立っていた木に、矢が突き立つ。

 矢の飛んできた方を見れば、土煙と共に走りくる馬車が見える。

 木の影に隠れた探偵にならい、俺も慌てて隠れる。


「ち、治安悪!」

「こんな街の近くに山賊とは……」

「あー、山賊。チュートリアル山賊団ね。はいはい」

「チュートリアル山賊団だと!?」


 大袈裟に反応する探偵。

 テンプレだよな、山賊襲撃。

 まずはこいつらを倒してみせろ、ってやつか。

 いいね……燃えてきた。

 俺の勇者の力を試す時、異世界無双の始まりがついにきた!

 俺は笑みを堪えきれないまま颯爽と木陰から飛び出す。

 見える、見える。

 飛んでくる矢の全てを見てからかわすことだって、この身体能力なら難しくない。

 いける。

 俺はとりあえず決め台詞を口にしてみる。


「引っ込んでていいぜ、探偵さん。肉体労働は俺に任せな」

「うおお、謎が解ける! 身体に満ちる!」


 しかし探偵ドウカナは俺の言葉などまるで聞いていない様子で、ぶるぶると震えていた。


「おい、あんた。引っ込んでていいって……」

「発勁!」

「は!?」


 そして、ひとこと何かを叫ぶと、矢のように吹き飛んでいった。

 向かう先は、もうそこまで迫ってきていた馬車。


「チュートリアル山賊団……正体見破ったり!」

「なんだこいつ、ぐわああああ!」

「犯人は……お前だ! お前だ! お前だ!」

「ぎゃあああっ、腕、うでが!」

「ば、化け物……!」


 まるで数人に分身しているのでは、と見紛うようなスピードで馬車の周りを跳び回る探偵によって、瞬く間に山賊団は制圧されていく。


「犯人はお前だ!」


 ずどん、と音が重く響き、山賊が吹っ飛んで地面に倒れる。

 静まり返った辺りに、探偵の一言が響く。


「推理……完了!」


 木の下に取り残されていた俺は、勝ち名乗りをあげた探偵を呆然と眺めていた。


 いやなんだこれ。

 なんだよこれ!!!

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