閑話 八頭家の女性と『???』
ハジメが覚悟を決めた顔で自分の部屋に戻っていった。
「よし!じゃあ洗い物しちゃうからお母さんも食器下げて。」
「うぃ〜。」
私は娘に急かされ自分の食器をシンクに置いた後、冷蔵庫から追加で缶ビールを取り出しまたテーブルに座る。
するとキッチンから鼻歌が聞こえてくる。
「〜♪」
「七美やけにご機嫌ね?」
「だってにぃのあんなやる気な顔久々なんだもん。」
「それだけじゃないでしょ〜?」
「へぇ?」
「久々にハジメから頭撫でられたもんね〜?」
「──ッ!!」
ある時期から娘である七美は義理の兄であるハジメに好意を抱いている。LIKEではなくLOVEの方の。
「別に隠す必要ないわよ?しようと思えばあなた達結婚だってできるんだから。」
「け、け、け、けっ、けっこん!?」
「そうよ?」
「いやあのまだそういうのは早いんじゃないかなぁ!?たしかに私達は結婚出来る年齢ではあるけどそういうのはこうお互いの気持ちというかそれより私はにぃが用意してくれた厚意を無駄にしないために大学にも行きたいしでもでも大学進学後だったら学生結婚っていうのも悪くないないなぁなんてもし仮に子供ができたとして────」
「おーい、七美。帰ってきなさーい。」
「ハッ!?」
こんな調子で七美は学校で大丈夫なのだろうか?今度担任先生辺りに聞いてみよう。
─────────────────
『七美…好きだ。』
「うん!私も好きだよ!にぃ!」
『七美!』
「にぃ!────わぷっ!」
視覚と聴覚が何かに覆われる。何かは直ぐに気づいた。お湯だ。
「ぷはっ。」
浴槽から顔を出し現実に戻る。
さっき母さんが変なことを言うからお風呂に入るなりお湯加減の気持ちよさで頭がぽーっとなって妄想が───いやいや、言われたから想像してしまっただけだ。
別に日頃そういう妄そ……想像をしてるとかではない。
「でも、久々だったなぁにぃの手…。」
まだ私がヤンチャだったころから反抗期に至るまでにぃと喧嘩(という名の一方的なお説教)する度に仲直りには頭を撫でてもらった。
今日撫でてもらった頭を自分でも確認するようにサワサワすると、今日にぃが撫でてくれた瞬間を思い出す。
あの笑顔、優しく撫でてくれる手の動きと温もり。もう思い出すだけでニヤニヤしてしまう。
「にへへ〜。」
この後私がお風呂場でのぼせたのは言うまでもない。
─────────────────
最初はただのファンレターだと思った。ファンレターがDMで来るのは珍しいことではない。
だから明日起きてから返信しようと思ったのだ。名前を見るまでは。
「あれ、この人……。」
この名前には見覚えがある、というより忘れる訳が無い。
私がSNSにイラストを投稿するようになってすぐぐらいにフォローとコメントをくれ、それからずっと応援してくれている名前。
あの頃は評価も拡散も全然でコメントも全くなく、付いたとしてもそれは賞賛コメントなんかではなかった。
自分の時間を見つけて独学で描いたイラストだ。そう簡単に評価されるものではないのはわかっていたつもりだったが、いざ目の前で起こるとやはり辛いものがある。
時間をかけてこんな辛い思いをするなら適当に学校で勉強して、適当に進学して、適当に就職したほうが楽だ。イラストを描くなんてか気が向いた時の趣味程度にすればいい。
やっぱり向いてなかった。辞めよう。
そんなあきらめかけてた時に1つの通知が鳴った。
「コメント?」
また否定されるのではないか、怖い。
また絵を描きもしないようなアカウントから偉そうに何か言われるのではないか、腹が立つ。
どうせもう辞めるんだ、なんなら『じゃあお前が描いてみろ』ぐらい反論するつもりでそのコメントを開いた。
『初めまして。TL(タイムライン)で流れてたのを見て一目惚れでした。今までのイラストの絵柄もとても好みです。まだまだ新作が見たいのでフォローさせてもらいますね!次も楽しみにしてます!!』
あまりにも衝撃的だったのを覚えている。
否定がくるはずと構えて覗いたら180度反対のコメントだったのだ。
私は静かに涙を流しながらキーボードを叩く。
『コメントとフォローありがとうございます。早く新作がお見せできるように頑張りますね!!』
これが限界だった。今までのコメントでの『悲しみ』と辞めようと思ってた『悔しさ』、初めて認められた『嬉しさ』とその期待に応えたいという強い『願望』。
その全てがぐちゃぐちゃになり簡素な返信をするので精一杯だった。
「でもコメントじゃない。私は絵で示さないと。」
それからもイラストを描きあげ投稿する度に『あの人』は応援コメントをくれた。
私も成長しなければと独学で色々な勉強をした。自分でも思う『より絵柄が自分のモノになったな』と。
そんな頃、私のイラストがあるゲーム会社の目にとまりゲームの主要キャラのデザインを手がけることになった。
初めての企業案件にしてはかなり大きなものだろう。
そしてゲームが配信開始と共に私は『イラストレーター』の仲間入りを果たした。
『有名イラストレーター』と呼ばれるようになった今でも『あの人』の存在は忘れたことはない。『あの人』と出会わなければ今頃私は望まない学生生活をつまらなく過ごしていただろう。
そんな『あの人』から初めてDMが来たのだ。緊張しながら話を聞いてみると、バーチャル配信者になりたいからその立ち絵をお願いしたいという内容だった。
正直バーチャル配信者には興味がない。事前の打ち合わせで決められた性格のキャラ達が喋るゲームと違って、配信者達は自分で考え自分で喋るのだ。私はまったく知りもしない人に自分のイラストを預ける気にはなれなかった。
だが『あの人』は別だ。もし配信者になるのに立ち絵がないのであれば喜んで私が描こう。もちろんお金なんていらない。それ以上のモノを『あの人』からはもらったのだから。
私は立ち絵の大まかな方向性を決めるために『あの人』と打ち合わせをし、ボイスとキャラ名で大体の方向性を出すことで同意した。
1つの誤算があったとすれば───
自己紹介サンプル.mp3
『どうもこんばんはー!九頭リンです!……どう…ですかね?イメージ湧きますかね?』
「え、やば、好き。」
平凡以下の俺はバーチャル配信者 奈愛郎 @yarakasita0000
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