第6話 過去ではなく現在へ

 母さんに買いたいパソコンとその周辺機器の値段が書いてあるリストを渡すと、『いいんじゃない?』とリストを一瞬だけ見てそう答えたので、俺はもっとよく見た方がいいと伝えると。


「私が積んだのはそんなやわな額じゃないわよ。」


 と手をヒラヒラさせながらまた晩酌に戻ってしまった。


 父さん達が母さんに惚れたのもわかる気がした。母さんは世間で言う『いい女』の部類なのだろう。



 部屋に戻りベットに寝転がりながら考える。

 やはり詰まるのが立ち絵の問題である。さっき母さんに見せたリストの中には立ち絵やlive2d委託の項目は書いてない。値段が不明瞭というのもあったが配信での自分の分身はやはり自分で何とかしたいというのが大きかった。


「ここまでやったんだ、あとはもう勢いしかないだろ……!」


 ベットから跳ね起き、スマホで目的のSNSアプリを起動しカハルさんのページへ飛び、手紙のマークのアイコンをタップする。

 ダイレクトメールの画面が開き本文を入力していく。


『突然のご連絡すいません。

 いつも投稿されるイラストをとても楽しみにしてします。

 今回DM(ダイレクトメール)させて頂いたのは、イラストのお仕事の依頼なのですが今の時期は可能でしょうか?』


 送信。



 SNSでの初めてのやり取り(まだ送っただけ)で緊張してたのもあって読み返さずに送ってしまった後に気づく。


 あああああああああああああああああ!!

 なんだこの文章は!?

 頭わるわる構文かよ!?

 文頭の挨拶からファンレターになってんじゃねーか!!

 やべぇ…やべぇよこれ…絶対失礼な奴か変なやつと思われるじゃん。

 あ……俺一般世間で見れば変なやつだから別にいいか。

 なんだ別にいいんじゃんHAHAHA。


 さっき送ったDMに既読のマークが付く。


 いやああああああああああああああ!!

 今一瞬現実逃避してたけど状況なにも変わってないじゃん!

 心構え1つで状況変わるなら人間と人間で争いごとなんか起きないんだよ!!

 あーもっとビジネスマナーの本呼んでおけばよかっ──


『ご丁寧にありがとうございます。

 私が活動始めた頃からフォローやコメントを下さってた方ですよね?いつも励みになってます。

 お仕事の件ですが実は今、個人での依頼はあまり受けてなくてお力になれるか分かりませんがお話だけでもお聞かせ願えますか?』



 これはまだ望みはあると見ていいのか?

 とりあえず俺は自分がバーチャル配信者になりたい事となぜカハルさんにお願いしたかをDMに書き記し送った。


『なるほど。立ち絵の依頼でしたら何とか大丈夫そうです。依頼料については企業案件でない限り私は完成後に提示するようにしてますがそこは大丈夫でしょうか?』


『本当ですか!ありがとうございます!

 依頼料についても特に決めた予算とかは無いのでカハルさんにお任せします。』


『了解しました。依頼料についてはまた完成した時にするとして。

 ここからはお仕事の内容の話です。

 立ち絵の大まかなデザインとかありますか?なければテーマとかどういう性格か、とかでもいいのですが。まだ決まってなければ後日でも大丈夫ですよ。』



 あーやべぇ……デザインについてなにも考えてなかった。あとで七美に相談してみるか。


『名前だけは思いついているんですが、デザインについてはまだ何も……すいません。

 早急に決めてまた連絡します。』


 キャラデザという問題は残るが一先ずこれで大丈夫だろ。依頼料がいくらになるかの不安もあるが…。

 七美が風呂から上がって来たら相談しようと思っているとDMの通知が来る。


『もしよろしければ、名前は決まっているならボイスを頂ければその名前と声の雰囲気でこちらがデザイン案を出す事も可能ですがいかがでしょう?

 勿論そちらの要望が最優先ですのでリテイクしていただいても大丈夫です。』


 これはこちらとしても願ったり叶ったりではないだろうか。自分からデザインをお願いするわけではなく、『あの』カハルさんがイメージしてデザインしてくれる。なんという贅沢だろう。


 ……………

 ………

 …


 俺は速攻でボイスをスマホでりカハルさんに送った。それからのカハルさんとのテーマ決めや性格決めの打ち合わせなる物はトントン拍子で進んでいった。






 あの日から10日後。

『この前決めた物を元に描いてみましたがいかがでしょうか?』

 そんなDMが届いたので開いて確認してみると。

 そこには

 鋭いながら妖艶にも感じれる目の形と赤い瞳に、銀髪のパーマが掛かったウルフカット、左耳にだけピアス、服装はビシッとジャケットを着ているが中のTシャツはパンク系である。そしてなんといっても…


 カハルのイラストだった。


 元々萌え系というより美麗系の画風だったがあまり男のイラストは見たことなかったので新鮮味がある。なによりこれが自分だけのイラストだと思うと妙な高揚感に包まれた。


『これすごくカッコイイです!!』


『喜んでくれたようで何よりです。

 ですが本当にリテイクは大丈夫ですか?』


『リテイクなんてとんでもない!もうこれが最高です!!


 それで、依頼料の方はいくらになるのでしょう?』


 イラストに大興奮ではあるがお金のことは忘れてはいけない。これはあくまで俺が依頼してカハルさんがその依頼を受けて仕事を果たした、正式なビジネスなのだ。


『えーと、なんていうかですね。今回ボイスを頂いた後にイメージがどんどん湧いてきて、アウトプットするのもスルスルとできたので全然苦じゃなかったんですよ。』


『なので今回の依頼料はタダってことで。』



 ─────?

 いやいやいやいやいや

 これ『はいそうですか』なんて言えないでしょ。


『流石にそれはマズイのでは?自分もそうですがカハルさんに依頼してきた他の方々に申し訳がないですよ。』


『はい。ですので今回の着工時期と依頼料の件はくれぐれも内密に。』



 着工時期ってことはこれより前に受けていた他の依頼より優先して書きあげたってことか……。


『もしどうしても依頼料の件が引っかかるのでしたら、バーチャル配信者として有名になって私がということを世界に知らしめてやってください!!』


『わかりました。必ずカハルさん並ぶような有名配信者になって見せます!』



 会ったことはなく、お互いの顔も性別も知らない2人だけどこの約束だけはたしかにこの胸に刻み込まれた気がした。



 それから初配信までは何一つ滞ることなく進んでいき、その当日を迎えた。



 間もなく配信予定時刻。

 配信準備中の画面なのに初配信としては多すぎるコメントと視聴者数が居た。


『カハル氏のイラストがどう動くか楽しみ。』

『見た目が好み過ぎてヤバいもう投げ銭したい。』

『みんなそろそろ時間だ衝撃に備えよ!』


 ここから新しい自分が始まる。

 今度こそ俺のやりたいこと、好きなことは見つかるだろうか。

 だが不思議と不安はなく、なんなら今回は見つかる気がする。そんな事さえ思えた。


 七美が機会をくれて、母さんが支えてくれて、カハルさんがを産んでくれた。

 あとは俺が────



『みなさんこんばんわー。九頭くずリンでーす!』

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