第5話 過去では③
「もし本当にハジメがやると言うなら最初に必要なお金は母さんが出すわ。」
「母さん!?」
瞬時に素人頭で考える。まずなにより先に思いついたのがパソコンだ。俺はパソコンを持っていない。しかも配信で使うのだ、パソコン内でソフトが多重起動しても重くならないスペックとなると割といいお値段が考えられる。
「ハジメ用に貯金し続けてるお金があるのよ、いつ大きな物をねだられてもいいようにね。これは『お父さん』と相談して決めてた事よ。勿論、再婚する時も相談したけどケンジさんも賛成してくれてたわ。」
母さんが『お父さん』と呼ぶのは1人しかいない。
俺の実の父の『
再婚相手であり七美の実の父である『
想像だが、呼び方の違いは母さんの中でのケジメなのだろう。と思っている。
「そんな話……。」
「知らなかったでしょ?そういう素振りも見せてなかったつもりだしねぇ。でもハジメが七美のためにお金貯め始めた時は『やっぱ親子だなぁ』って思ったもんよ。」
『親子』という言葉に反応して俯いている七美に母さんが向き直る。
「ねぇ七美?ハジメのことはハジメ自身が言っている通り気にしなくていいの。それでもハジメのことを想うなら、ハジメが貯めてるお金を七美の将来に役立ててくれないかしら?」
母さんの言葉を聞き七美が顔を上げる。
「ハジメはとても頑張ってたわ。1度しかない『高校生』という時間を削ってまでね。お金なんてどうにでもなる。けど、時間だけはどう頑張っても元には戻らないものよ。そんな時間を削ってまで七美のことを幸せにしたいって思いで得た物をどうか受け取って欲しいの。」
母さんが七美に頭を下げる。
七美は少し慌てたような様子だったがポツリと紡ぐ。
「でも、そしたらにぃのことは……。私のために自分の時間を削ってまで頑張ってくれたにぃのことは誰が幸せにするの?」
七美がまた泣きそうな顔をする。
「ハジメから言わせれば『妹を幸せにするのは兄の務め』なら、その『兄』を幸せにするのは『親』の務めよ。」
『お母さん……』と呟きながら七美が涙をまた流し始めた。
こういう涙は撫でることはいらないなと思い、俺は動かなかった。
というより俺も母さんの言葉で泣きそうになっていて動けなかったというのが正しい。
2人して涙腺が緩んでいる
「いやぁ実際のところはハジメに感謝感激雨あられって感じよ。七美の部活での費用とか全部ハジメ持ちだもん。ほんと親として情けない限りね。」
『ハァ……』とわざと大きくため息をつくのが聞こえてやっと母さんの顔を見ることができた。母さんは『やる時はやるでしょ?』と言わんばかりの子供っぽいイタズラな笑みをしていた。
「よし、そうと決まれば!」
俺はテーブルに置いてあった自分のスマホを手に取り立ち上がる。
「ごめん、今日だけは皿洗いお願いしてもいい?俺はもう部屋行くわ。2人とも風呂上がったら教えて。」
「うん!任せて!」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに七美から元気に返事が帰ってきた。
「ありがとな。」
それだけ伝えると俺はリビングを後にする。
七美の心配と母さんの厚意を無駄にしない為に調べ物をしなければ。
昔から調べ物は好きだった。自分の知らない世界や知識を得られるのが楽しかった。
バーチャル配信者の世界は何も知らなかったので手当り次第に気になることを調べ、またその中で知らないことを調べていくの繰り返しだった。
必要な機材、今流行りの配信者、よく配信されてる内容など調べれば調べるほど簡単ではないなと思った。
とにかく第一に思ったことは配信者達は十人十色だということだ。
人がやっているのだから全く同じものがないのは当たり前だが、人気の配信者達はどれ1つとしてキャラ付けだったり配信の方向性が被ってないのだ。
やるゲームは同じで攻略方法やエンディングが同じでも配信者の魅せ方1つでまったくの別物になっている。
「それに反して埋もれていく配信者も多いな……。」
現在動画投稿サイトにバーチャル配信者が何人いるか正確には把握できない。それだけ新しく始めた配信者と消えていった配信者が多い。
新しいことをやり続ければ生き残れる訳でもなく、配信開始当初から変わらないスタイルで今も人気配信者となっている人もいる。
「難しい。」
率直な感想。正解がないのが正解のタイプの問題だ。
「とりあえず配信の方向性なんかは今悩んでもしょうがない。とりわけお金がかかる必要な物を洗い出そう。」
ネット回線。スマホで無線ネットワークを使うのに少し前に家に導入してる。クリア。
パソコン及び周辺機器。これは値段にもよるが母さんと要相談。保留。
スマホ。今使ってる。クリア。
配信する物。料理なんかはやらないと思うのでカメラなどはいらないだろう。ゲーム機に関しても数少ない暇つぶしとしてちょこちょこ買っているので問題なし。クリア。
「これは……。」
立ち絵、イラスト及びそれを動かすモーションなどの委託。
ざっと相場を調べたがこの手の業界を知らない俺からすると、高い。
「下手したらパソコンの値段上回るぞこれ……。」
問題はモーションなどの委託を考える前に動かす立ち絵だ。
この立ち絵が仮想での俺の顔になる重要なものだ。
「再生数や視聴者を伸ばすのに大切な事の中にサムネイルがあったから、実質立ち絵も関係してくるんだろうなぁ……。」
立ち絵、イラストなど俺を含め八頭家では製作できる者はいないので必然的に委託になる。
安い料金で請け負ってくれるイラストレーターもいるが、人気のイラストレーターになるほど依頼料も上がっていく。
「でもなぁ……。」
イラストレーターの文字を見て、最初に依頼したいと思ったのはカハルさんだった。
「いやいや。今や超有名イラストレーターだぞ。依頼料いくらになるんだ。モーション委託なども含めたら本当にパソコン本体の値段超えるぞこれ。」
そんな独り言が口から出るが、やはり頭の中にあるのはカハルさんだった。
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