第12話 「これが、嫉妬?」

 しばらくすると、ボートが岸に辿り着いた。咆助もそろそろ飽きたのか、手首をぷらぷらと運動させてため息を吐いた。

「お疲れやな、咆助」

「そう思うんだったら途中で代われよ」

「えー、かよわい乙女にそないなことさせる気ぃかいな」

 よく言うよ、と咆助はこっそり呟いた。

 学校は違うが、彼女が剣道の地区大会で優勝した経歴を持つことは咆助も知っている。なんだかんだで、彼女の腕っぷしは強い。

 と、考えていると、段々咆助の手首が痛くなってきた。

「ほんならな、ちょいと休憩しよか。アイスでも食おうか? ウチが奢ったるさかいに」

「いや、流石に俺が払うよ。女に奢ってもらうわけにはいかないからな」

「そないなこと言わんと。こういうときは素直に好意に甘えるもんやで」

「いや、だから、俺が払うって」

「ウチが払ったる」

「俺」

「ウチ」

 しばらくこのやりとりが続く。池の周囲で二人の男女がしょうもない押し問答をしている姿は、まさにバカップルそのものにしか見えなかった。


 一方その頃――。

「お、あの二人いい感じじゃねぇか」

「……あの」

「まぁ、最初はどうなるかと思ったけど、なかなかいい雰囲気だしお似合いのカップリングってやつかな」

「……鮫島、君」

「仲良く手なんか握っちまってよ。クソ、俺も愛奈タンとそういうイベントこなしてぇよ。なぁ、愛奈タン」

 懐から取り出した美少女フィギュアを頬にこすりつけながら、鮫島はひたすら二人を監視、もとい見守っている。

「……大丈夫、なの?」

「愛奈タン、愛奈タン、愛奈たああああああん!」

 鯨木たちの恋を応援するという当初の目的はどこにいったのやら、彼は手にしたフィギュアに夢中になっていた。

「さ、鮫島君!」

「……あっ、悪い」

 未亜が精一杯叫んだ割に、鮫島は淡白な言葉で返す。多分、咆助が見てたら怒っただろう。「未亜のこと無視するんじゃねぇよ」と。

「……あの、様子は、どう、かな?」

「うん? ああ、今、手とか握っている」

「……えっ?」

 トクン、と未亜の心臓が揺らいだ。

「今アイスクリーム屋の前に来た。どちらが払うかジャンケンしている。……あっ、アイスが垂れて拭った。んで、指先についたクリームをペロリ」

「……もう、いいよ」

 何故だろか、未亜は少し今の状況を後悔していた。

 なんとなく水筒に手を伸ばして、お茶を注ぐ。一呼吸置いてから、気持ちを落ち着けようとゆっくり飲み干す。そうでもしないと今の気分が晴れないと思ったからだ。

 そして未亜は鮫島のほうへとやってきた。

「双眼鏡、貸して……」

「ん、おう。まぁいいけど……」

 鮫島に双眼鏡を借りた未亜はそのまま咆助たちの姿を探そうとする。

 ――いた。

 確かに二人は、アイスクリーム屋の前で何やらやっている。細かいことは分からないが、二人がアイスを食べているという状況だけは猿でも分かる。

「……いいな」

「ん?」

「仲良さそうで、羨ましいな……」

「おいおい、宇崎。嫉妬しているのか?」

 鮫島に言われて、はっと未亜は気がついた。

 ――これが、嫉妬?

 自分から応援していたはずなのに、何故か二人の仲を嫉妬してしまっている自分がいる。咆助には幸せになって欲しいはずなのに、何故か自分のことばかり考えてしまっている。

 まさか、とは思ったが、未亜は冷静さをなんとか取り戻そうとひたすら光景を眺めていた。

「愛奈タン、おめかししましょうねぇ」

 後ろから鮫島の声が聞こえる。見る気にはなれなかったが、なんとなくやっていることの予想はつく。

 とりあえず彼のことは気にしないようにして、しばらく咆助たちの行動を眺め続けていた。

 しばらくすると、咆助と月音のところに、二人の男がやってきた。何を話しかけているのかは分からない。

 そして、突然双眼鏡に映る咆助が、握りこぶしを構えた。片方の男が咆助の胸倉を掴みかかるが、なんとか咆助は振りほどく。

「た、大変だよ……」

「ん? どった?」

「あの……、今二人の男の人たちに絡まれて……」

 未亜が慌てふためくと、鮫島はぷっと吹き出して、

「ああ、あれはいいの」

「えっ?」

「あれは俺っちが寄越したちょっとした役者だから。ほら、デートのイベントといったら、やっぱ不良に絡まれて男が格好良く助ける、でしょ?」

 鮫島の言っていることがさっぱり理解できなかったが、それならば、と未亜は少し心をほっと宥めた。

「よかった……」

「まぁ、バットとか持たせてるけど、ちゃんと手加減するから安心しろって」

 ――バット?

「鮫島君、あの……、バットって、野球で使う道具のこと、だよね?」

「他にどのバットがあるっていうんだよ? 料理で使う四角いあれか? それとも股間についてる……」

「あの人たち、そんなもの持っていないよ?」

 未亜の言葉に驚いた鮫島は、一目散に未亜のところに走り出した。目を血走らせながら、彼女から双眼鏡を取り上げる。

「キャッ!」

 驚く未亜をよそに、鮫島は彼女が見ていた方角をじっと見つめていた。

 その光景は、驚くべきものだった。咆助が二人の男に掴みかかり……、いや、咆助のほうが掴まれているという、自分が想定したものとは全く違うものだった。第一、目印に特攻服とバットという指定だったのだが、その男たちはドクロ柄のTシャツに素手と完全に違っていた。

「アイツラじゃねえええええええええ!」

 そもそもそのイベントは鯨木と寅田カップルに用意したものであるし、流石にあの二人と咆助、月音を間違えるはずはない。

 つまり、あれは……。

「鮫島、君……」

「急いで助けんぞ! 宇崎、お前はここで待ってろ!」

 そういって鮫島は先ほどまで溺愛していた人形を地面にそっと置いて駆け出していった。

 ――すごいな、鮫島君も。

 未亜は少し怯えていた。本当なら自分も咆助を助けに行きたいところだが、自分なんかが行ってしまったら足手まといになる。

 ――だけど。

 未亜は覚悟を決めた。

 咆助を――、初めての親友を、助ける、と。

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