第10話 「勘違いデート」
足を弾ませながら、咆助は学校近くの公園へと向かっていった。今日の為に、ではないが、いつか珠美ちゃんと付き合えたら時のための勝負服。彼女に振られた時は、もう着ることもないと思っていたその服がこれほど早く役に立つとは思っていなかった。
珍しく頭にはワックスを塗っていた。朝早く起きて、朝シャンをして、そこから身だしなみをできる限り整えた。死角はないつもりだ。
「明日、千山東公園でデートしてください!」
昨日突然、未亜からそんなメールが来たときは、咆助も当然驚いた。そして喜んだ。ベッドの上で、修学旅行に来た子どものように舞い上がって弾んだ。
最新のトレンドを調べ上げた、ジャケットとズボン。清潔感を出しながらも、男らしさを追求した(つもりの)勝負服を、彼は身に纏っていた。
浮かれるあまり、顔がニヤけそうになるが、そんな気持ち悪い顔を未亜の前で見せるわけにはいかない、と頬を何度も叩く。
そうこうしていると、向こうから背の高い人物がやってきた。
「お―い、未亜……」
と呼ぶが、全く違った。未亜ほどではないが、背の高い女性。もちろんその人は別の男のほうへと向かっていった。
「ごめーん、待った?」
「今来たところだぜ」
一昔前のやり取りを交わして、二人はそそくさと立ち去っていく。一瞬、女性が「何こいつ?」と言わんばかりの目線を送った気がした。
気を取り直して、咆助は未亜を待った。
しばらくすると、向こうから背の高い人物がやってきた。
――今度こそ間違いない!
「おーい、み……」
呼ぼうとした瞬間、その人物が未亜でないことに気が付いた。確かにそいつは背が高かった。未亜と同じぐらいの身長だった。しかし、そいつは……紛れもなく男だった。しかも、自分がよく知る――。
「咆助? お前、こんなところで何をしているダ?」
鯨木が現れた。しかも、何故か黒のタキシードに蝶ネクタイ、そして左手には薔薇か何かの花束を持っていた。正直、似合っていない。
「いや……、それはこっちの台詞ダ……」
思わず鯨木の口調が移ってしまう。確かにこの公園は有名なデートスポットではあるが、まさかこんなところでこいつと鉢合わせしてしまうとは思いもよらなかった。
「俺は、その……」
厳つい顔をポッと赤く染める。
「あの、麗しのお方とデートなんダ」
なんとなくそんな気はしていた。どういうオシャレなのかは知らないが、とりあえず気合いを入れてきたということだけは分かる。ただ、彼の言う「麗しのお方」が誰なのかがすごい気になるところだった。
「あ、そう。デートなのね」
「そ、そうダ……」
「それでそんな恰好……」
「今日のためにオーダーメイドしてきたんダ」
ドヤ顔でガッツポーズを取る鯨木。咆助自身、この男がこれほどまでに入れ込む女性というものの存在が不気味で仕方なかった。
「んで、咆助は何をしているダ?」
「ま、まぁ俺もその……、デートって奴、なんだけど……」
正直に咆助は白状した。
「デ―トって、誰とダ?」
「ああ、それがな……」
そうこうしているうちに、またもや向こうから誰かがやってきた。今度は間違いない。オレンジ色のワンピースを身に纏った、女子だ。
「お待たせやでー!」
意気揚々と咆助に挨拶をするその人物を見て、咆助は唖然とした。
今まで彼女の服装は、スケバン風のセーラー服と、スーパーの制服しか見たことなかったからか、一瞬誰か分からなかった。正直、こう普通の恰好をしていると少し可愛いとさえ思った。
「おい、お前の言う麗しのお方って、あれ、か?」
「いや、俺は、ダ……」
どぎまぎとしているうちに、またもや同じ方向から女性がやってきた。今度は間違いなく背の高い女性だった。
やっと来たか、と咆助はため息を漏らした。
「おーい、み……」
「遅いダ!」
やってきた女性は、確かに背が高かった。背は高かったが、明らかに未亜ではない。咆助の知っている宇崎 未亜はこんな恐ろしい顔はしていなかったはずだ。
「ごめんよ、遅くなっちまったい」
何故か、フリルがたくさんあしらわれた黒いワンピースを纏った、大柄の女性。一応咆助も彼女とは面識があったのだが、よもやこんな服を着てくるとは思いもよらなかった。
「今日のために、オーダーメイドしてきたんだよ」
「ああ、美しいダ。寅田サン」
以前、月音と一緒に現れた、あの大柄な女――寅田が鯨木の前にやってきた。
「え、お、えおえおえおえおおおおおおおお――!?」
声にならない声を無理矢理あげて、咆助は後ずさりする。まさか、この二人が、というか最早何が何だか訳の分からない気持ちだけが渦巻いていた。
「なんや、寅田先輩もオーダーメイドかいな?」
「月音、アンタもかい?」
「何、このオーダーメイドブーム!?」
とりあえず、できる突っ込みからしておいた。
「てことは、二人とも
「ああ、今日のために荒居はんに特注してもらったんやで」
「荒居さんの腕前はピカイチだからね」
「おい、その荒居さんって、そんなにすごい服屋なのか?」
そうだとしたら、そっちで注文しておけば良かったと咆助は思った。
「いや、クリーニング屋ダ。服作りは裏稼業で」
「服洗う前に足洗えよ!」
とりあえず、無理矢理突っ込んだ。
「というわけで、ダ」
「あたいたちは行こうかね、鯨木クン」
「さよなら、ダ。おふたりさん」
ドデカい二人組は仲睦まじく腕を組んで、そそくさと立ち去って行った。
――気まずい。
この女と二人きりということは、つまり、どういうことなのか。多分誰かとデートしにきたのだろうが、そいつが来るまでどう場をつなげようか。ウキウキの気分から一転、咆助はしどろもどろな気分に陥った。
「さ、ウチらも行こか、咆助」
「へ?」
にこやかに月音が手を触ってくる。咆助はさっとその手を引っ込める。
「別に、そない恥ずかしがらんと」
「いやいやいや!」
咆助は思いっきり首を横に振った。
「何で、お前が俺と!?」
「だって、今日はウチらのデートやろ?」
「いや、だって……」
ふと、咆助はスマホを取り出す。昨日のメールを確認した。
『良かったら、明日千山東公園でデートしてください!』
――私と、とは言ってない。
「やられた、ぜ……」
魂を抜かれたように咆助はその場にへなへなとへたり込んでしまう。
「咆助?」
「て、てめぇの差し金、か?」
「な、なんや?」
「未亜を利用して、俺をここにおびき寄せたというわけか? あん?」
「ち、ちゃうわい!」
月音は手刀を切った。
「ウチがあの子に頼まれたんや。確か、宇崎未亜っていうたか?」
――未亜、が?
咆助は頭を抱えた。
「あの子に聞いたで。アンタ、フラれたんやってな」
「あのおしゃべりが……」
臆病大兎だからと油断していたが、未亜がここまで口が軽いとは咆助も思わなかった。
「せやから、あんたを元気づけて欲しいって……。聞いとらんかったんか?」
「いや、全く。お前とデートするなんてこれっぽちも」
「そっか……」
一瞬怪訝な表情を浮かべる月音だったが、すぐに明るい表情に戻して、
「とにかく、今日は一日楽しもうやないか」
「はい?」
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