3章
第9話 「親友としての役目」
結局、未亜はその日、咆助と一緒に帰ることはなかった。まぁ、教育指導(かどうかは定かではないが)のために居残りとなった人間を待てるほど時間に余裕があるわけではなかったからなのだが、それでも待ったほうが良かったのではないかと未亜は後悔していた。
――なんで、犬飼君は私に優しくしてくれるのかな?
未亜自身、これほどまで人に優しくされたことはなかった。高すぎる身長の所為か、いつもいじめの対象にされ、いじめから解放された今となっても誰かに傷つけられるのではないかとおびえ続けて生きていた。
だが、犬飼 咆助は違う。これまでに出会った人間の中で、誰よりも未亜に優しかった。
最初は背が低いながらもずっと顔を見上げて、未亜をにらみ続けていた。でも、その態度が急変したのは、彼が失恋したあの瞬間――。
もしかしたら、咆助は寂しいのかもしれない。誰かに恋をすることで自分を見出している、だから失恋をしてしまったら自分すらも見失ってしまうのかもしれない。未亜も本当は寂しがり屋な性格だから、誰よりもその辛さは分かっているつもりだ。
だったら――。
咆助には、最高の恋をしていて欲しい。自分のことを「親友」と言ってくれた彼には、素敵な恋人が現れて欲しい。
それが、彼の「親友」である自分の役目なのだ、と。
とぼとぼと歩いて、いつものスーパーへとやってきた。相変わらずおばちゃんたちが安売りという言葉に釣られてあれよあれよと戦争を繰り広げている。
なんとかその戦線を上手く躱して、未亜は買い物を始めた。
「サイッコーに旨い厚揚げはいかがですかー!? そんじょそこらの厚揚げとは違う、ジューシーな味わいが口の中に広がるでー!?」
大豆製品コーナーの近くを通りかかると、昨日の店員が活気良く接客をしていた。未亜はふと彼女のほうを見て、思わず昨日の出来事を思い出していた。
『なんで、ウチやダメなんや……』
『高いから、だよ』
咆助と仲良く(実際はそうではないが)話をしていたあの店員。ネームプレートを見ると、「碇 月音」と描かれている。
「おっ、あんた……」
未亜を見た瞬間、活気に満ち溢れていた彼女の声が少し淀んだ。喧嘩っ早い月音だが、流石にここで襲ってきたりはしない。だが、少ししかめっ面を浮かべる気配はした。
――この人なら、もしかして。
「なんや? 厚揚げ買うてくれるんか?」
少し嫌々な口調で、彼女は爪楊枝に突き刺した厚揚げを差し出す。醤油で煮ただけの単純な味だったが、それでも充分美味しかった。
「あ、あの……」
「なんや?」
「厚揚げ、ひとつください」
――言えない。
多分、この人は咆助のことが好きなのだろう。でも、肝心の咆助には相手にされない。
それなら、咆助にこの人の良さを知ってもらえば、彼はきっと幸せになれるだろう。未亜はそう思った。
全ては咆助のため。親友のため。
正直月音のことは怖いが、でもここで勇気を出さなければ……。
「ほな。これでええか?」
月音がパックに包まれた厚揚げを差し出す。
「あの、もうひとつお願いが……」
「……なんや?」
未亜は緊張感を押しとどめて、勇気を振り絞った。
「明日、犬飼君とデートしてあげてください!」
一瞬の沈黙の後、月音は
「へっ?」
目を丸くして、手にした厚揚げを落っことすのであった。
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