花見東京
川野笹舟
花見東京
四月一日、晴れ。
早朝まで降っていた雨は止んでいた。花粉症の人達は、澄んだ空気が嬉しかろう。僕は花粉症ではない。最近、しばしば目が痒かったり、鼻がつまっていたりするが、ハウスダストアレルギーだと信じている。花粉症は自覚しない限り花粉症ではない。「負けを認めなければ負けじゃない」という台詞を少年漫画で読んだことがある。
この日は、東京駅周辺で少し野暮用があったのだが、その前に新宿駅で下車し、少し暇つぶしをすることにした。
JR新宿駅の東口を出たら、そこは僕の庭、大遊戯場歌舞伎町だ。嘘だ。
平日昼間の歌舞伎町は別に面白くもなんともないので用はない。
東口を出ると、新宿アルタ前の広場が見えた。
広場の脇には、白木蓮(ハクモクレン)が咲いていた。雨上がりの澄んだ空から直接届いた光を反射し、白く光っていた。その光の強烈さは、この街の沈殿物をすべて燃やし尽くすほどだった。
広場の中央に目をやると、鳩が大量にいた。彼らは、赤い足を踏み出すたび、虹色に光る頭を前後させていた。
「わぁ~、鳩だよ! 見て見て! わぁ~」
僕の近くにいた男性が裏声で叫びだした。
マスクの下で「ん”!?」という叫び声を押し殺し、慎重にそちらをうかがうと、どうやら彼の息子に話しかけていたようだった。息子さん――二、三歳くらいにみえる男の子――は、斜め四十五度の角度でどこか遠くを見つめていた。
男の子の視線の先には、最近話題になっている”飛び出す3D猫”のディスプレイがあった。猫は何か四角いオブジェクトの後ろに隠れていて、なかなか飛び出してこなかった。そのまま無関係のCMが流れ始めた。どうやら焦らす作戦らしい。わざわざ待ってまで見たいとは思わなかったので、全体の見えない中途半端な猫をスマホで写真に撮り、僕はその場を離れた。
人込みを避けながら、新宿の街を歩いた。ほとんどの人がマスクをしているが、それなりの割合でマスクをしていない人もいた。新宿だからだろうか。マスクをしていない人は、やけに顔が整っていることが多い気がした。顔が商品なので見せざるを得ないのだろう。
紀伊国屋で二時間ほど立ち読みというか、ウィンドウショッピングをした。わざわざ新宿ですることではない。
東京駅へ向かうために中央線に乗った。
車窓からは、神田川沿いの桜が見えた。僕にとって、今年初めて見る桜だった。等間隔で植えられた桜は延々と連なり、僕を追いかけてきた。少し散ってしまったのか淋しげな姿だった。
抹茶色の神田川には、花筏がゆれていた。
東京駅に到着した。
思わず新幹線用の改札へ吸い込まれそうになった。切符も買っていないのに、そこに入れば、どこか遠くへ行ける気がした。
野暮用の予定まで、まだ少し時間が余っていたので、カフェを探した。
駅から少し離れた場所にあるビルの八階にカフェがあった。立地のためか、客は僕以外一人だった。
窓際の席に座ると、対面のオフィスビルが見えた。悪くない景色だった。
ブレンドコーヒー一杯だけで一時間すごした。
その間に、客は増え、最終的に窓際の席には五人ほどが座っていた。僕を含め、全員どうしようもない感じのくたびれた中年男性ばかりだった。
窓際以外にも席はあり、そこには一組の家族が座っていた。母親と祖母、小さな子供が二人という四人組だった。子供達は店内を縦横無尽に駆け回っていた。親たちはケーキを食べながら優雅にお喋りをしていた。
数日前にTwitterで流れてきた羊の映像を思い出した。親羊が草を食べている周りを、小羊が飛び跳ねている映像だった。似ているなと思った。これが子供なのだろう。こうありたいと思った。
カフェから出たあと、また少し歩き、野暮用もすませた。
別れはいつもあっさりとしている。湿っぽくもなく、ドライでもない。ただただ、あっさりとしていて、何もない。
帰路につくため駅に向かう道すがら、また桜が咲いていた。
黄昏の空の下、花弁は存在を薄くして泣いていた。黒い幹からは、毛細血管のように細い枝が伸び、必死に桜をこの世にとどめていた。
写真を撮る気にはなれなかった。立ち止まることもなく、僕は花吹雪の中を歩き続けた。
僕にとっての今年の花見は、それで終わった。
花見東京 川野笹舟 @bamboo_l_boat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます