第二章 実は王都って初めてなんです。

第1話 ちょっといってきます。

 王都へなんとか届いた翌日。育江はギルドへ来ていた。


「カナリアさん」

「あら? どうしたの? 確か、四、五日は戻ってこれないって?」

「あ、それですが。今日から、四、五日ということにできませんか?」


 カナリアはメモを見て、スケジュールの確認をしているようだ。育江を見たり、メモ帳を見たりしながら。


「うん。大丈夫だと思うわよ?」


 語尾の上がり方でなんとなく察する育江。


「なんでそこ、疑問形なんですか?」

「いえね、『イクエちゃんは大事な用事でジョンダンを離れている』って説明ができるなら、いくらかでも伸ばせるんだけど」

「はい?」

「どこへ行くつもりなの?」

「あ、ちょっとここでは」

「じゃ、いつものとろこへいらっしゃい」

「はい」


 そのまま医務室へ。ここはもう、育江とカナリアの密会の場になりつつあった。表では緊急の用事のため、入室不可とプレートを出してある用意周到さ。


「カナリアさん、膝の具合、どうですか?」

「あー、ぜんぜん。現役のときより調子いいのよ。それでも、『やめなきゃよかった』なんて言わないんだけどね」

「よかったです。あ、それでですね。あたしとシルダで、王都へ行ってくるんです」

「二ヶ月もかけて?」

「いえ、多分ですけど、休み休みでなんとか、午前中に行ってこれらるかな? って思ってます」

「あれ? もしかして」

「はい。例の『あれ』が上がりました。まだ試していませんけど、場合によっては、一瞬で行けるかもです」


 カナリアは、出入り口の施錠を再確認。間違っても外から人が入ってこないことをチェックした。


「い、イクエちゃん」

「はい?」

「ここで『それ』をやってくれる?」

「はい。いいですよ。あ、ちょっと準備があるので」


 育江は『濃厚とまじゅー』を飲み、『パルズマナ』をかける。これで準備が整った。彼女が最後に見た、林から王都方面を見る角度を思い浮かべた。


「『長距離転移ロングゲート』、……あ、一回で成功した」


 育江の前に『門』が現れる。そこに映し出されるのは、間違いなく王都の景色。


「あ、これ、一回でいけますね。よかったよかった」

「……イクエちゃん、ちょっと待っててね。あ、これ消せる?」

「はい。消しておきます」


 そう言うと育江は、左手を『門』へ一度入れ、引き出すと徐々に『門』は小さくなって消滅する。


 慌ただしく出て行き、また慌ただしく戻ってくるカナリア。


「おまたせ。あのね、イクエちゃん」

「はい」

「王都にね、私の妹がいるって話ししたでしょう?」

「はい、そんな話を聞きましたけど?」

「あっちの探索者ギルドにね、職員の見習いで入ったって、手紙が届いたの」

「そうだったんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。それでね、『お願い』があるんだけど……」


 育江はカナリアの『お願い』を断ることはしない。だが、『お願い』に近いことはないはず、そう思っていた。


「これをね、あの子に。ツグミにね、これを渡して欲しいの。私からの『おめでとう』とね、イクエちゃんのおかげで上がった歩合で買った、アクセサリだから」

「危ないものじゃなくて、よかったです」

「あのねぇ。とにかく、ギルドに行けばわかるわ。『ツグミ・ウェルチ』で呼んでくれるはずよ」

「はい」

「あとこれ、このギルドからあちらのギルドへの紹介状。これをね、城門で渡して審査してもらうと、多少は早く通れるはずよ」

「このカードだけじゃ、駄目なんですか?」


 育江は、ギルドのカードを見せる。


「そのカードはね、この町のだから。王都で新しく登録し直さないと、駄目なはずなのよ」


 目線だけ斜め上になってるカナリアの目を見ると、おそらくうろ覚えなのだろうと思える。ただ、心配してあらかじめ紹介状を作ってくれるのは、郁江としても嬉しかっただろう。


「そうだったんですね。あっちで手続きしてみます」

「大丈夫よ。その紹介状で全て手続きしてくれるように、お願いの手紙も入ってるからね」

「そうだったんですね。助かります。じゃ、いってきます」

「ぐあっ」

「おねがいね、イクエちゃん」

「はい。渡しますから大丈夫です。『長距離転移』、……あれ? あぁ、まだ魔力回復してないのね」

「ぐあ?」


 『長距離転移』は、かなり消耗する呪文のようだ。よく見たら魔力が四分の三ほど、ごっそりなくなっていた。


 ややあって、魔力が戻ると再度、出発することになった。


「じゃ、あらためて、行ってきます」

「はい。ツグミによろしくね」

「ぐあっ」

「『長距離転移』」


 育江とシルダが『門』の向こうへ渡ると、映し出される光景が徐々に消えていく。育江は振り向いてカナリアに手を振る。


「大丈夫ですよ。戻ってきますから」

「お願いね。あの掃除イクエちゃんしかできないんだから」

「はいはい。じゃ、行ってきます」

「気をつけてね」

「はい」

「ぐあっ」


 育江が出現させた『門』はもう消えていた。カナリアは思っただろう。


(とんでもない子を預かっちゃった気分だわ。ツグミと仲良くできたらいいんだけどね)


 ▼


 前の育江にとって、王都はただの通過点だった。何より、PWOあちらで調教スキルを得るためのイベントが、灰狼グレイウルフの出る林、あの場所で開催されていたのだ。だから郁江は、王都観光には目もくれず、『迷宮都市ジョンダン』を目指した。


 育江は前情報を得ていたこともあり、最初のスキルは調教だと決めていた。なにより、『れさどら』と遊びたい。ただそれだけを第一目標としていたのだった。


 運営の公式サイトにあった、王都と城下町の地図絵マップは見たことがあった。けれど、ただ流し読みしただけ。だから、育江はここへ初めてきたようなものだった。


 ぎりぎりの場所まで移動はできる。だが、『目視自身転移ムーブセルフ』を使って、瞬間的に人前で姿を現すわけにもいかない。治癒魔法の例もあることから、時空魔法自体が一般的かどうかもわからない。


 育江も目立つのはまずいと思っているし、いらぬ混乱は避けたいところ。時間はまだまだ余裕があるから、ゆっくりと並ぶことに決めたのだった。


「シルダ、何があるかわかんないから、そのままリュックに入っててくれる?」

「ぐあっ」

「そうそう。何かあったら助けてね?」

「ぐぎゃっ」


 人気のない転移先から歩くこと二十分ほど。精神的な疲れがない限り、歩いた程度なら『ライトスタム』で解消されるだろう。


 高い城壁に囲まれた街道のすぐそばにある城門。そこでは、王都に入るために必要な審査が行われているようだ。様々な姿をした人、馬車、それぞれ二カ所に分かれて列をなして並ぶのが見える。


「シルダ」

「ぐあっ」

「すっごい人だね」

「ぐあぁ」


 シルダは育江の肩越しに、前の光景を見ていた。


 育江の並ぶ列の前にいるのは、大きなリュックを背負った、『探索者の服セット』に似た色違いな服装をする人が多い。おそらく並んでいる人は、商人なのかもしれない。


 人が並ぶ列が進む速度より、馬車の列の速度が倍は速い。育江はふと思った。


(手前の町かなんかで馬車探して、乗ってきたらよかったかもねー)


「シルダ、暑くない? 大丈夫?」

「ぐあっ」


 シルダは『大丈夫』のように即答。育江が今のところ最後尾。数歩進むのに体感で五分ほどかかっているように思える。今のところ日はまだ高くはない。気温も上がっていないから、疲労もそれほどではないだろう。


「シルダ、喉渇いてない?」

「ぐあぁ……」


 シルダは『ちょっとだけ』というニュアンスに聞こえるような声を出す。


(うしろ向いて、っと。うん、誰もいないねー)


 育江はそのまましゃがむと、リュックを下ろす。上を開けて、シルダの顔を見る。インベントリからシルダ用のジョッキと水の入った水差しを出す。水を注いでストローを挿してシルダに渡す。


「ぐあ」


 器用にストローに吸い付き、一気に飲み干してしまった。


「お代わりいる?」

「ぐあぁ」


 顔を左右に振るシルダ。育江はシルダからジョッキを受け取ると、一度格納する。そのまま自分のジョッキを出すと、水を入れて一気に飲み干す。


 ジョッキも水差しも格納を終えると、シルダを背負って前を見る。


「もう少し我慢してね」」

「ぐあ」


 前を見た育江は慌てて歩き始める。


「あ、列、進んでた」


 列も順調に進み、やっと育江の番がやってくる。


「ようこそ、王都へ。通行証はお持ちですか?」


 通行管理の職員だろうか? 育江にそう質問をしてくる。


「あの、『ジョンダン』にあるギルドのカードは持ってるんですけど、それじゃ駄目ですよね?」


 ダメ元で聞いてみるが、職員の若い男性は苦笑したような表情になる。


「そうですね。身分の証明をできはしますが、通行を許可するのには少々足りないということになってしまいます」

「やっぱり――あ、そうだ」


 育江はごそごそと外套の内側をまさぐるようにして、インベントリを探す。


「あ、あった。これ、どこに渡せばいいんですか?」


 育江が差し出したのは、カナリアから預かった『ギルドへの紹介状』。


「少々お預かりしてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「ぐあっ」

「あ、シルダ」

「やや? 獣魔をお連れなんですね。あとで手続きをお願いしますが、よろしいですか?」

「はい、かまいません」

「では、少々お待ちください」


 職員と思われる男性は、一度詰め所のような建物に入っていく。


「バレちゃったね、出てきてもいいよ」

「ぐあっ」


 育江がリュックを下ろすと、シルダはのそのそと外へ出てくる。育江の左手を握ると、横に並んで見上げてくる。


「ぐあっ」

「ちょっと待ってね」

「ぐあっ」


 走るようにして慌てて戻ってくる先ほどの男性。


「す、すみません。すぐにお通ししますので」

「はい?」

「こちらをお持ちなら、馬車の列にいる係の者に渡していただけたらよかったんですが……」

「え?」

「城下にもギルドはございます。『迷宮都市ジョンダン』のギルドから身分の保障すると記されておりますので、優先的にお通りいただける状態だったのです」

「そんなぁ、カナリアさん、聞いてないよ……」

「ぐあぁ」

「あ、この子なんですけど、手続きはどうしたら?」

「そのままお進みください。こちらに、全て書かれていますので。では、お返しいたします。ギルドに再度、お渡しくださいね」

「あ、わかりました。ありがとうございます」

「ぐあっ」


 シルダを見ても、動じない職員の男性。常時笑顔なのは凄いと育江も思っただろう。


「では、いってらっしゃいませ」

「はいっ」


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テイマーズライフ ~ダンジョン制覇が目的ではなく、ペットを育てるためだけに潜ってしまうテイマーさんの、苦しくも楽しい異世界生活~ はらくろ @kuro_mob

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