6. 闇商人
翌朝。オーガスタと、親父さん、女将さんは、出発するラルフ達を見送っていた。
「じゃあ、親父さん、次はいつになるかわかんねぇけど、ここらに来たら必ず寄るから。しばらく嬢ちゃんをよろしく」
「おう、任された」
「気をつけてね」
「借りは必ず返しますから。また絶対会いましょう」
「ああ。嬢ちゃんも気を付けろよ。なんならお前が一番危ないんだからな」
「はい」
ふっと笑って、ラルフはオーガスタの頭をポンポン、否、バンバンした。ジーンは何故かオーガスタの頬をみょーんとする。シェイドは何もしてないのにタックルしてきた。
いつもの3人だ。いつものことすぎて感動の別れという気分になれない。
「名残惜しいけど、そろそろ行くわ。じゃ、またな」
そうして、あっさりした別れの言葉とともに、彼らはまた旅立っていった。
長い間ではなかったが、一緒にいた時間が濃かった分、なんだか寂しい。
しかし、別れに浸っている場合ではない。とりあえず仕事を見つけ、なんとか孤児院に戻る術を考えなくてはならない。オーガスタは頬を勢いよく叩いた。その音に親父さん達がびっくりする。
「嬢ちゃん、どうした?」
「私、なるべく早く仕事を探します。ラルフ達に借りを返さないといけないし、いつまでもここでご厄介になるわけにもいきません。親父さん、どこか働き手を探しているところとか、知りませんか?」
「うーん。あ、仕事が欲しいなら商業ギルドとかにいけば何かわかるかもしれない」
「商業ギルド?」
「ああ。ここら辺で商売やってる奴はそこに登録するんだ。そうすると利益の何パーセントかを納める代わりに、仲介や紹介、斡旋など、様々な援助をしてくれる。まあ俺らみたいな商売人を取りまとめてるところだ。そこにいけば求人情報も集まってるだろ」
「行きます! どこにありますか?」
「まあ待て。嬢ちゃんみたいなのが行っても相手にされないかもしれん。俺が紹介状を書く。なんかあったらそれを出せ」
「いいんですか? 商売人は信用が命って院長先生が言ってましたけど、私が信用に値しない人物だったら、どうするんです?」
「院長先生って孤児院の? よくそんなこと知ってるな。ま、俺はラルフ達を信じてるんだ。奴が紹介したんだから大丈夫さ。仕事ができるかどうかは相手に確約できないが、信用には値する。それともお前、俺の顔に泥を塗るつもりか?」
「そんなわけないでしょう!」
「じゃあ問題ない」
「でも、私は外で働いたことがないから、もし失敗しちゃって皆さんが困ることになったらと思って……」
「ま、心配するな。失敗しても大丈夫だ。それに、それで俺たちの信用が地に落ちたら、所詮それまでの信用だったってことよ」
「親父さん……」
「じゃ、俺は紹介状書いてくる。ちょっと待ってろ」
親父さんはそう言って何かの紙を取ってくると、そこに何かを書きつけた。
「ほらよ。これを受付で出せ」
「これ、何て書いてあるんですか?」
「嬢ちゃん、字が読めないんだっけ」
「数字はある程度読めるんですけど、他はあまり……」
「そうか。いつか教えてあげよう。と言っても、大したことは教えられないんだけどな。でも文字が読めることは身を守ることに繋がったりするんだ。出来て損はない。よし、ギルドへの行き方はわかるか? あそこ真っ直ぐ行って右だ。でかい建物だからすぐわかるはずだけど、わかんなかったらそこら辺の人に聞け」
「はい」
「気を付けろよ。前も言ったけど、怪しい奴らがいるみたいだからな。絶対に髪の色は見えないようにしろ」
オーガスタは今朝女将さんに付け直して貰ったカツラをちょっと引っ張った。
「見えてませんか?」
「ああ。大丈夫だ」
「じゃあ行ってきます!」
そう言ってオーガスタはギルドに向かって意気揚々と歩き出した。
しかし。あれほど忠告があったにも関わらず、オーガスタは現在、厄介ごとに巻き込まれている最中である。
大柄な男たちが、地面に座り込むオーガスタを囲んでいた。
ことの発端はこうである。この男達が道の向こうから歩いてきて、オーガスタにぶつかった。オーガスタは転んでしまった。そして男たちはよくわからない理屈でオーガスタに絡んできたのだ。
「おい、テメェ、今俺たちの邪魔をしただろ」
「わざとぶつかってくるなんてひどいなぁ」
「は……?」
そうだった。最近親切な人としか関わっていなかったから忘れていた。こういう女子供などの立場の弱いものを見下し絡む人間は世の中に多くいる。自分が悪いとは思っていないが、こんな時は謝っておくに限る。
「すいません」
「はぁ? 聞こえないなぁ」
(……めんどくさ)
謝っても絡まれそうだと判断したオーガスタは、最終手段をとることにした。つまり、逃げる。オーガスタは小柄な身体と持ち前の足の速さと竣敏さを利用して、男達から脱兎の如く逃げ出した。
(逃げるが勝ちっていうしね)
「おい! 待て!」
待てと言われて待つ人間はいない。オーガスタは追いかけてくる男を上手くかわしながら、無我夢中で走った。孤児の力を舐めないで欲しい。こちとら命がけで逃げるのには慣れてるのだ。
逃げ切った、と思った時、オーガスタは見知らぬ場所にいた。完全に迷子だ。しかも、細くて暗い路地のようなところに入ってしまったらしい。
ここは危ないと思い、オーガスタは来た道を戻ろうと振り返る。しかし、さっきまで誰もいなかったはずの道に、怪しげな人が立っていた。
背が低く細身の青年が1人と、フードを深く被った人物が1人。性別はわからない。さっきの大柄な男たちのように、わかりやすい威圧感はないが、オーガスタは蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。
本能が彼らを危険だと言っている。
「おや、また上手い具合に一匹引っ掛かったようですねぇ」
背が低い方が言った。フードの方は何も言わない。
(引っかかった? これは罠だったの? それに『また』って……)
オーガスタは冷静になり、自身を鼓舞して反対の方向へ逃げようとした。
「無駄ですよ」
青年の言う通り、反対側にはさっきまでオーガスタが逃げてきた男たちがいる。完全に挟まれた。
「どうして……」
この人たちはグルだったということだろうか。思わず一歩下がると、男たちに頭をぐいと掴まれた。その拍子にカツラがとれる。隙をついて逃げようとしたが、今度は青年に襟首を引っ張られ、顎を上げさせられた。
「へぇ。なかなか珍しい髪を隠し持っているようではないですか。これは売れるなぁ」
オーガスタは身をよじって反抗した。しかし青年は事もなげにオーガスタを掴んで離さない。
「ほらほら、大人しくしていないと痛い目に遭いますよ。うーんでも傷は付けたくないから、ちょっと眠っていてもらいましょうか」
その言葉を最後に、首の辺りに衝撃がきて、オーガスタの意識はプツリと途切れた。
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