5. 領都
「よし。じゃあ、前を向け。朗報だ。領都が見えてきたぞ」
言われるままに前を向くと、道の先には生まれて初めて見る、大きな街が広がっていた。
「大きい……」
「だろうな。ここらへんはずっと昔、小さな国があったところでな、この街は城下町だったらしい。だから他と比べてもでかいし賑わってる」
「詳しいですね」
「まあ俺たちの地元だからなぁ」
「え? そうだったんですか? てっきりアイルラン伯爵領の出身かと」
「俺たちは伯爵様の領に行ったことはねぇんだよ。仕事を得たのは王都にいたときだ」
「王都。そういえばブラウンさんも王都のアイルラン伯爵邸に向かうと言ってましたもんね」
「ああ。だから俺たちもだが嬢ちゃんも王都にはいかない方がいい」
「近いんですか?」
「近いというほどでもないが……遠くもないなぁ」
「へぇ」
そうこうしているうちに、領都に入った。馬から降りて近くの宿に向かう。
「よう! 親父さん、久しぶり。馬預けるぞ」
「お! ラルフとジーンとシェイドじゃないか! がきんちょ、お前ちょっと大きくなったか?」
「がきんちょ言うな! みんな子ども扱いしやがって」
「はいはいわかったわかった。一丁前に大人扱いされたいのな」
「な!」
宿屋のご主人は小柄で威勢のいい人だった。古くからの顔なじみなのか、ラルフ達はこの親父さんと仲がいいらしい。
「親父さん、もっとガツンと言ってくれ。こいつ今反抗期みたいで、手を焼いてるんだ」
「だから反抗期じゃねぇって言ってるだろ!」
「そういうのを反抗期って言うんだよ。お、そこのかわいい女の子はどうした。お前ら攫ってきたのか?」
「バカ、攫うわけねぇだろ。ちょっと厄介ごとに巻き込まれててね、ここまで連れてきた。親父さん、この子になんかいい仕事紹介してくれねぇか」
「うーん、お前さんの頼みなら聞きたいけどよ、仕事ねぇ。うちも人手は足りてるし、厄介ごとに巻き込まれてるなら嫌がるとこも多いだろうし……。ん? それにしても珍しい髪の色だな。瞳の色も前髪に隠れててぱっと見黒かと思ったが、これ藍色か?」
「ああ。これのせいで厄介なことになってんだ」
「ああ。なるほど。でも来たのはいいけどよ、今ここはちょっときな臭いぞ。なんでも闇商人が人身売買してるとか。ここらでも何人かいなくなったらしい。騎士団が頑張ってるが捕まってないみたいだし。嬢ちゃんは珍しいもん持ってるから狙われるかもしれん。ここらで仕事見つけるのはお勧めしないな。とにかく、気をつけろ」
「闇商人? 人を捕まえたのはいいけど、売るとこあんのか。この国では一応人身売買は禁止されてるんだぞ」
「さあな。俺も詳しくは知らん。多分ブルーノとか、外国にでも売ってるんじゃないか? それに、禁止されてるって言ったって、密かにやってる金持ちとかが居ないわけじゃなさそうだしな」
「ふーん。でもそしたら確かに嬢ちゃんが心配だな。目の色に関してはどうしようもないし、黒っぽく見えるからそれで誤魔化すとして、問題は髪の色だな。これは目立つ。嬢ちゃん、カツラなんて持ってないよな?」
「持ってません。今までそんな心配をしたこともなかったし……」
「ならどっかで手に入れた方がいいな……」
「そういえば俺のかみさんが床屋の奥さんと仲がいいから、なんかそういうの貰えないかな。ちょっと本人に聞いてくる。あ、そこ座っとけ」
彼はそう言うと奥の方におーいと声をかけた。そこから長い髪を後ろで一つに縛った女性が顔を覗かせる。
「何? お客さん?」
「ラルフ達が来てるんだが、気になる子を連れてきてるんだ。ちょっと見てくれねぇか」
「気になる子?」
女将さんはこちらに歩いてきて、オーガスタに目を留めた。
「あら、あらあらあら。随分かわいい子じゃないの。なに、あんたたち、攫ってきたの?」
「親父さんと同じこと言わないでくれ。俺たちそんなに女子供を攫いそうな見た目してんのか?」
「いかつい男どもがこんなに可愛い女の子を連れてきたら誰でもそう思うだろうよ。あら、しかもよく見たら結構綺麗な顔してる。あんた、将来美人になるよ。名前は?」
「はあ、あの、オーガスタです」
「おい、お前、嬢ちゃんを困らせるなよ。それより、俺が気になっているのはこの髪だ」
女将さんに食い入るように見つめられ、たじたじしているオーガスタを見て、親父さんが割って入った。
「ああ。確かに珍しい色だもんね。変な輩に狙われるかも」
女将さんもオーガスタの顔から髪に視線を移す。
「これのせいで厄介なことになっているらしい。お前、床屋の奥さんと仲が良かったよな? なんかカツラとか持ってないかな」
「ああ。あの人ね。持ってるかはわからないが、とりあえず相談してみよう。あれには貸しがあるからね。大丈夫。すぐもらってくるよ」
女将さんはそう言うとすぐにここを飛び出していった。思い立ったら即行動派らしい。言葉道理、女将さんはすぐに戻ってきた。その手に茶色のカツラをも持って。
「奥さんにちょーっと言ったらすぐにもらえたよ。最近禿に悩んでたらしいから、それ用のカツラだけど。ほれ、これをつけてみな。ああ、その前に湯浴みだね。こんなに汚れちゃって。ついでに男どもも身をきれいにしてきな。ほら、行った行った」
地味に気になることを言った女将さんは男たちを別の場所に追いやると、オーガスタを風呂場に連れて行った。そしてタライに湯を入れてすぐに戻ってくる。
「ほれ、脱いで」
「あの、自分でできます……」
「あ、そう? じゃあこれ。あ、その服じゃ気持ち悪いだろ。着替えはここに置いとくから」
「あ、あの、色々ありがとうございます……」
「いいんだよ。これもサービスだ。お代はラルフ達につけとくから気にしないで。貰えるものは貰っときな」
からりと笑った女将さんは、すぐにバタバタと出て行った。随分と忙しない人だ。きっとそういう性格なのだろう。自分より年上なのに、何だか微笑ましかった。
オーガスタが湯浴みを終えて元いた場所に戻ると、他の人はもう揃って食事をとっていた。
「お、嬢ちゃん。ここ座って食べろ」
「あ、カツラはまだ付けてないかい。ほれ、付けてあげよう」
女将さんはオーガスタを椅子に座らせると、彼女の髪を編み上げて、その上からカツラを被せた。
「これで元の髪は見えないね。うーん、ちょっとカツラの長さが短いけどいいか。これなら外に出ても目立たないだろう」
「ありがとうございます」
「いいんだよ。ほら、お腹がすいただろう。お食べ」
言われてみると、確かにお腹がすいていた。目の前には普段は食べられないような量の料理の数々。
(みんなに食べさせてあげたいなぁ。そういえば、貰ったお金はもう使ったのだろうか)
孤児院のことを思いながら、オーガスタは料理を口にした。
ふいに、ラルフが咳払いをした。その真剣な顔を見て、オーガスタも居住まいをただす。
「嬢ちゃん、俺たちは明日、ここを出る」
「そんなに急に? もっといればいいのに」
女将さんが言った。
「そういうわけにもいかないんだ。ここいらじゃ仕事が見つからないからな」
ジーンがポケットをまさぐって中から銅貨数枚を出した。
「親父さん、これ嬢ちゃんの分。嬢ちゃんがどのくらいここにいるかわからんが、これで足りるかぁ?」
「おう。十分だ」
「ちょっと待ってください。送ってくれただけでも十分なのに、宿のお代まで払ってもらうなんて」
「いいんだよ。嬢ちゃんは現金なんて持ってないだろ? それに、元はといえば俺たちが嬢ちゃんを連れだしたのが悪いんだから」
「私を連れだしたのは伯爵であってみんなじゃありません! ここまでしてもらっても、私は本当に何も返せない」
「うーん。別に何も返さなくていいんだけどなぁ。じゃあこうしよう。これは貸しだ。で、また会ったときに返してもらう。これでどうだぁ?」
ほんの少し、驚きに目を開く。しかし、すぐにオーガスタの顔には笑みが浮かんだ。
「いいですよ。また会ったときに、必ずお返しします」
(また、会えるんだ。もう二度と会えないかと思った)
ふと三人を見ると、なぜか目を丸くしている。
「嬢ちゃん、そんな風に笑うんだな……」
「今のちょっとずるい……」
「普段は笑わないくせに……」
「え?」
そんなに笑っていただろうか。というか、そんなに普段笑っていなかっただろうか。自覚がなかった。
「ちょっと! 食事が進んでないよ!」
しばらくみんなで呆けていると、女将さんに怒られた。全員は慌てて食事を再開し、この日は和やかな夜となった。
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