4. ハンター


 少年はオーガスタを二人が野宿していたところへ引っ張っていった。告げ口をされるのかと思いオーガスタは抵抗していたが、少年は強くオーガスタの手首を握って離さない。


 驚いたことに、自分たちが離れたときは熟睡していた従者風の男たちは起きていた。


そのうちの頬に傷のある大柄なほうが少年の方を見る。


「シェイド、どこ行ってた?」

「森にね。なあ、二人とも、聞いて欲しいことがあるんだ」

「なんだ?」

「俺は彼女がここから逃げるのを手伝いたい」


「……どういうことだ?」


尋ね返したのは背が高くてひょろっとした男だった。それにはオーガスタが答えた。


「院長先生に言われたんです。彼らは敵だって。詳しくは教えてもらえなかったし、本当かどうかはわからないけど、多分私は伯爵の庶子なんかじゃない。だから逃げたいんです」


「敵ぃ?」

「敵っていうことは、嬢ちゃんに危害を加えるとか、そういうことか?」


「わかりません。でもみんなと約束したんです。必ず帰ってくるって。約束を守るためにも私は生きていなきゃいけないし、きっとこの人たちについて行ったらもう私は帰れない。そんな気がするんです。それだけは嫌だから」


「でもなあ」


大柄な方の男が言った。


「俺たちが協力しても、孤児院には連れてってはやれないぞ。また連れ去られたら何の意味もないからな。俺たちにできるのは、精々街まで送るくらいだ」


「協力、してくれるんですか?」


「ああ。だがさっきも言ったように、協力できるのは街まで送ること。それ以上はできん」


「もともと、森に逃げるつもりでした。それっで十分です」


「森!? そりゃ随分危険な賭けだな。夜の森は危ないぞ。慣れてないなら尚更だ。そもそも、森に逃げてその後はどうするつもりだったんだ?」


「……あ、そういえば特に決めてませんでした。とりあえず逃げれればなんとかなるかと」


「おいおい、そんなんで大丈夫か……? まあいい、そうと決まれば早いとここいつらが起きないうちに移動しよう」


そう言って男はいびきをかいて寝ている御者と、微動だにせず熟睡しているブラウンさんに目やった。


「いいんですか? ほっといて」

「いいんだよ。別にこいつらは仲間でも何でもないし。ああ、そういえば名前を教えてなかったな。俺はラルフ。そっちの優男風のやつがジーン。で、お前を連れてきたチビがシェイドだ」

「誰がチビだって? 言っとくけど俺はそこの嬢ちゃんより年上だぞ!?」

「え、そうなの?」


思わず反応したオーガスタに、シェイドが噛みついた。


「『そうなの?』じゃねえよ!どう見たって俺の方が年上だろ!? 俺はもう13だぞ!?」


「ああ、もうわかったから。ごめんな嬢ちゃん。こいつは今反抗期なんだ」

「だからガキ扱いするなよ!」

「ほら、そういうところがガキなんだ。で、こいつのことはさておき、」

「さておくな!」

「俺たちはもともと、いや今もだが狩人ハンターなんだ」

「おい、無視するなよ」

「これでもその界隈では結構有名なんだ。大抵の獲物は獲れるってなぁ。鳥でも獣でも、なんなら人ですら……」


ジーンが後に続けた。彼は語尾を伸ばすのが癖らしい。


「おいってば!」


「それで、最初は獣を狩って売る、普通の狩人だったんだが、何を思ったか俺たちに暗殺依頼をする野郎どもが出てきてなぁ。いくら優秀な狩人でも、人と獣じゃ訳が違う。んなもんできないって、断ってたんだが、厄介なことになってねぇ。暗殺の依頼者にはどっかのお偉いさんもいたんで、狩人の仕事が入らなくなったんだ。それでこっちは生活が苦しくなるし。全く世の中物騒になったよー」


「そんな時、アイルラン伯爵の依頼が入ったんだ。聞けば嬢ちゃんを連れてくるときの護衛らしい。給金もいいし、そのときちょっと金に困ってたんで、人間相手の仕事だったが引き受けたんだ。そのくらいなら大丈夫だろうと思って。その時俺は伯爵の知り合いの娘だかなんだかを連れてくんのかと思ったけど、そうじゃなかったってことだな」


「あの、でもよかったんですか? お金も貰えないし、面倒なことになるのでは?」


「まあ、そうかもなあ」


ジーンは笑った。


「お尋ね者くらいにはなるかもしれないけど、まぁ大丈夫だろ。何てったって、俺たちは人を殺せるくらい強いらしいしなぁ」


アッハッハッハと笑うラルフとジーン。そしてその後ろで拗ねるシェイド。笑い事じゃない。あと、シェイドはそろそろ拗ねるのをやめてほしい。


「ま、それを嬢ちゃんが心配しなくても大丈夫だ。前金は貰ってるし、俺は嬢ちゃん見捨ててまでお金が欲しいとは思っちゃいねぇよ。それに、この腕があれば食ってけるしな。問題ない」


そう言ってラルフはオーガスタの頭をポンポン撫でた。いや、多分本人的にはポンポンなのだろうが、オーガスタにはちょっと痛かった。


「ありがとうございます。ならよろしくお願いします。あと、私の名前はオーガスタです」

「おう、よろしくな。嬢ちゃん」

「だからオーガスタです」



 一行は素早く荷物を纏めると、馬車の馬を三匹ほど拝借してそこを旅立った。


「馬一匹と馬車の箱さえあればこいつらも伯爵邸には帰れるだろ。ま、いざとなれば男二人で仲良く一匹に乗るんだな。恥ずかしいぞ。馬に一人で乗れないみたいで」


ラルフがそう言って未だに熟睡している二人をはやし立てていた。何か恨みでもあるのだろうか。主に自分のせいなので何も言えないが、やり方が地味にえげつない気がする。


「ていうかお前、馬に随分好かれてんのな。なのに馬には乗ったことがないのか?」


やっと立ち直ったシェイドは、不安そうに地面を見下ろしながら自分の後ろに乗っているオーガスタに言った。


連れていく馬を選ぼうとオーガスタ達が馬に近寄ると、馬たちがオーガスタに群がって鼻先を押し付けてきたのだ。ラルフ達は馬からオーガスタを引きはがそうと苦労していた。


今オーガスタを乗せている馬はご機嫌である。馬は可愛いのだが集団で来ないでほしい。結構怖い。


「馬を買う余裕なんてないし、使う機会もないもん。でもどうやら私は動物に好かれやすいみたい。孤児院で鶏を飼ってたんだけど、小屋に入れようとしても私についてきて大変だった」


「それ好かれてんのか……? 親鳥と勘違いしてるんじゃ……」

「あとは近所で飼ってる動物が迷い込んできて私の横に居座ったり……」

「ふーん」

「お腹がすいてどうしようもなかった時に小鳥が木の実を拾ってきてくれたり」

「なんかメルヘン」

「あとこれは聞いた話で私は小さすぎて覚えてないんだけど、いなくなった私を探して院長先生が庭に出たら、私が熊と戯れててびっくりしたって」

「……お前本当に人間か……?」



「おい、とりあえずこれから領都に向かうがそれでいいか?」


先頭にいるラルフが後ろに向かって聞いた。


領都とは、今自分たちのいるフォールストン領を治める、フォールストン公爵邸がある大きな街のことだ。


数年前まで正式な領主が居らず、代理としてライノーツ公爵がここを治めていたが、少し前にまだ幼い第二王子がフォールストン公爵となり、ライノーツ公爵の後見のもと、この領を治めているらしい。


そのくらいはオーガスタも噂や知識として知っていた。


「領都なら仕事が見つかるかもなぁ。ま、指名手配にでもなっていなければだが。嬢ちゃんも着いたら仕事を探すといい。金はあっても困らないからなぁ」


ジーンがのんびり言った。


「領都には騎士団がいるだろ。指名手配になったらやばいんじゃないか?」


他の人が暢気な中、シェイドがごく真っ当な心配をした。


「あー第16騎士団かー。あそこは強いらしいなぁ」

「貴族の子息だけじゃなくて庶民でも実力があれば公平に雇ってもらえるらしいからな。俺たちも食うのに困ったら最悪その騎士団に応募すればいいんじゃないか? 暗殺者になるよりいいだろ」


「だから指名手配になったらそんなこと言ってられないって」


一日経っても、追手が来る気配はない。三人のハンターはずっと暢気にこの調子で、食事の時だけ森に入り、その腕前を披露していた。あまりにも平和な暮らしに、オーガスタはいつの間にか自分が逃げていることすら忘れていた。



 「おい、おい、起きろ! 落ちるぞ」

「寝かせてやれ。旅に慣れてないんだ。疲れてるんだよ」


旅を始めて三日程たった頃、オーガスタは馬に乗りながら寝てしまうほどには、馬にもこの三人にも慣れてきていた。


彼女はしばらくうとうとしていたが、誰かの声でなんとなく目が覚めてきた。


「ああ、起きちゃったか。寝ててもいいんだぞ。シェイドが嬢ちゃんを落とさないようにしてるから」

「俺任せかよ。責任重大じゃねぇか」

「お前の後ろに乗ってるんだからお前がやらなくてどうする」

「……嬢ちゃんじゃなくてオーガスタ……」


オーガスタは寝起きの弱々しい声で抗議したが、誰も聞いていなかった。


「あともう少しで領都だぞ。それまでの辛抱だ。人目のある所へ行けば奴らもそう簡単に連れてけねぇだろ」

「ああ。それまでは何かあっても俺たちがいるから大丈夫さぁ」


「どうしてみんなはそんなに優しいの?」


オーガスタは俯いた。これは旅の間ずっと思っていたことだ。


「私が返せるものは、何もないのに」


しかし、三人は拍子抜けするほど、何でもないことのように言った。


「そりゃ、困ってる人がいたらほっとけないわな」

「特に嬢ちゃんみたいな小さい子が、あんな風に強い瞳で俺たちを見てきたら、助けちゃうよなぁー」

「お互い様だよ」


「ここにいるこの坊主もな、数年前に俺たちが拾ったんだ。母ちゃん亡くして、路頭に暮れてるところをよ。やっぱり、子供がつらい目に合ってるのはほっとけないわ。


俺たちも、嬢ちゃんみたいに孤児だったんでね。でも俺たちは運のいいほうだった。少なくとも、俺たちに生き方教えてくれるいい大人が近くにいたし、狩りの腕があったからな。


でも周りはそうじゃない。死んでいくやつもたくさんいたよ。それで、嬢ちゃんみたいな子を見ると思うんだ。少なくとも、子供が苦しむ社会だけはあっちゃいけねぇ。お上が贅沢してるなかで、明日の食うもんに困る人間がいる世界があっちゃいけねぇんだ。


だけど俺には世界を変えるなんて大層なことは出来ないからよ、とりあえず目の前の助けられる人だけ助けてるんだよ」


「そうだよ。俺だって、誰かに助けられたんだ。だから今度は俺が助ける番だ」


オーガスタは何だか泣きそうだった。最後に涙が出たのなんて、もうずっと昔のことなのに。


三人の考え方は、決して当たり前じゃない。お金持ちだってこんなことは考えてないのに、決して豊かとはいえない人々が、見も知らぬ人のことをこんなにも思いやっている。


世の中にいるのは嫌な人間だけではないんだということを、オーガスタはもうずっと忘れていた。


「わたし、ここにいたい。みんなと一緒にいたい。お願いです。私を一緒に連れて行って。何でもします。必要なら、狩りだって出来るようになる。だから、」


「嬢ちゃん。あんたみたいに動物に好かれる子が、ハンターなんてやっちゃあいけないよ。多分辛くなる。それに、嬢ちゃんは孤児院に帰りたいんだろ?」

「そうですけど、でも、」


オーガスタの言葉をジーンが遮った。


「俺達には夢があるんだ。隣国のイノリッシュ王国は、とても豊かな国だそうでなあ、国民が飢えることがないんだと。国王は公正で聡明。国民を第一に守る体制が敷かれているらしい。


で、俺たちはそこへ行きたいんだ。子供が苦しむことも、飢える人間もいない、夢のような世界を見てみたい。ただ、俺たち庶民が国を越えるのは難しい。勝手によその国に行くのには許可が必要だからなぁ。


もし嬢ちゃんが俺たちについてくるなら、その夢も一緒に追うことになる。そうすれば孤児院に戻るのは難しくなるかもしれないぞ?」


「それは……」


ラルフがちょっと気の毒そうな顔をした。


「まあ、気持ちはわかる。俺たちも嬢ちゃんと別れたくないしな。いきなり気心知れた人と離されて、心細いんだろう。だがそんなにホイホイ人を信じちゃいかんよ。そうやって親切そうな顔をして悪い事企んでる奴もいるんだからな」


「別に、親切にしてくれた人全員を信じてるわけじゃありません! ちゃんと人を選んでます!」


「おう、それはよかった。だけど、帰りたいのはわかるし、俺たちを信じてくれてるのも嬉しいが、自分をもっと大事にしろ。なりふり構わず突っ走るんじゃなくて、自分にとっての最善を諦めるな。わかったか?」

「はい……」

「よし。じゃあ、前を向け。朗報だ。領都が見えてきたぞ」


言われるままに前を向くと、道の先には生まれて初めて見る、大きな街が広がっていた。

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