7. 闇商人②

暗い。寒い。全身が痛い。


(わたし、どうなったんだっけ)


ああ、そうだ。変な男たちに捕まりそうになって、そこから記憶がない。


オーガスタは慌てて目を開けて辺りを見渡した。暗くてよく見えない。しかしだんだん目が慣れてくると、少しずつ様子がわかってきた。そして驚く。そこには自分以外にも沢山の人がいた。


思いの外大きな場所のようだ。皆鎖で繋がれていて、生気がない。オーガスタも自分の手首を見た。これも鎖で繋がれている。しかし足は自由だった。


オーガスタはしばらくガチャガチャと鎖を引っ張ったり手首を動かしたりして取ろうとしてみたが、全く意味をなさなかった。仕方なく諦め今度はこの場所を観察する。



どこかの部屋のようだ。扉がある。窓は高い位置にあり、鉄格子がはめられていた。オーガスタは手首の鎖が伸びるところまで必死に引っ張って、扉を開けようとした。しかしあと一歩のところで届かない。


「うーんっ、はぁ、はぁ」


何度も挑戦したが、だんだん疲れてきて、オーガスタはその場に座り込んだ。


(このままじゃ逃げられない。何か策を考えないと)



オーガスタはふとあの男たちの言葉を思い出した。


(あの人たちが『これは売れる』って言ってたってことは、売るために人を攫っているということなののだろうか。もしかして親父さんの言っていた闇商人は、この人たちのこと? はぁ。親父さんに散々気を付けろと言われたのに、結局捕まってしまうなんて)


オーガスタは目を閉じた。そしてふっと自嘲的に思う。


(闇商人だろうと何だろうと、殺されないなら売られてもいいかもしれない。少なくとも衣食住を自分で用意する必要はないし……)


そこまで考えてハッとした。


(何言ってるんだ。私。売られたら孤児院に帰れなくなる。やっぱりどうにかして逃げないと)


オーガスタはそのまま動かずにじっと待った。


(ここで下手に動いても失敗する。とりあえず、誰かが来るのを待とう)




 人が来たのはしばらく経ってからだった。夜なのか、あるいは窓から光が入らないのか、あたりは暗いままなので時間がわからない。


「おい、来るんだ」


その人はオーガスタと他の数人を立ち上がらせ、鎖の鍵を外した。自由になったのも束の間、今度は別の鎖に繋がれる。オーガスタたちはあっという間に部屋から出され、何故か風呂に入れられ、豪奢な服に着替えさせられて、そしてまた別の部屋へ連れて行かれた。


「頭を下げろ」


オーガスタたちが連れてこられた部屋を見渡していると、そう命令され頭をバシンと叩かれる。仕方なく頭を下げていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。


「顔をあげよ」


若い男の声がした。言われるままに顔を上げると、目の前の椅子に、いかにも偉そうな人が座っていた。



緋色のマントに、黒の貴族のような服。年寄りではなさそうなのに真っ白な長髪を肩にたらし、悠然と足を組んでいる。


何よりも奇抜なのは顔に付けられた仮面だ。金の仮面は顔の半分を覆い、目と口元しか見えない。仮面から覗く、赤っぽく光る瞳が少し不気味だった。


「ほう。今日はなかなか面白いものがあるな」


そう言うと仮面の男は軽く手招きをした。自分たちを連れてきた人がオーガスタを無理矢理男の方へ引っ張って行く。


オーガスタは顎を掴まれて上を向かされた。底冷えする赤い眼が自分を見つめる。


「ほう。藍色の目ね。髪は……赤に近いが赤毛ではないな。ふーん、これは良いな。よし、これはブルーノに持っていけ。王族あたりが気に入るんじゃないか。あそこは気狂いが多いからな。値段はなるべく高くしろ。値下げには応じるな。あとは任せる」


「はっ」



オーガスタはまた無理矢理引っ張られ、部屋を出た。なにがなんだかわからない。どうもさっきので自分の行先が決められたらしい。しかも何だ。値段はなるべく高くって。勝手に売られることに驚けばいいのか、自分の価値に驚けばいいのか。


混乱していたオーガスタは、外に連れ出されて馬車に乗せられそうになったことでやっと我に帰った。


(に、逃げなきゃ!)


なけなしの力で抵抗を試みるが、鎖と男に阻まれ、結局馬車に乗せられて扉を閉められてしまう。


オーガスタは慌てて扉を叩いたが、無情にも扉は開かず、馬車は発車してしまった。



 馬車には沢山の人がぎゅうぎゅう詰めで座っていた。椅子はなく、窓には鉄格子が嵌っている。囚人を護送する馬車のようだ。ここでも、皆一様に生気のない目をしていた。


(生きることを諦めた目。いつか私も、こうなるのだろうか)


虚しさに駆られて、オーガスタはその場に座り込んだ。諦めたくない。他の全てを諦めたとしても、生きてまたユーリたちに会うことだけは、諦めたくない。でもオーガスタには、もう誰か他の人に頼るしか、抗う術はなかった。


(このままこうやって流されるまま生きて、誰かに頼り続けることしかできないのだろうか。今私がここにいるのも、ラルフや親父さんたちに助けられたからだ。自分の力で手に入れた物の、何と少ないことか。力が欲しい。自分の道を自分で切り開けるだけの力が。そして、また会いたい。みんなに……)



 そうして馬車に揺られること数時間、今まで殆ど止まらなかった馬車が急に止まった。外で人の声がする。俯いたまま動けなかったオーガスタはハッとした。


(誰だろう。なんだか争っているような声がする。この人たちは助けてくれないだろうか)


オーガスタは一か八かの賭けで扉をドンドンと叩いた。


「開けて下さい! 開けて! 中に人が閉じ込められてるの!」


今度は扉に体当たりする。頑張れば開きそうだが、とてもオーガスタ1人の力では無理だ。


「皆さん、手伝ってください。扉が開きそうなんです」


しかし誰も動かない。呆然としたオーガスタに、1人の老人が言った。


「他の人の協力を求めても無駄よ。ここで助かったとしても、その先にあるのは貧しい生活じゃ。皆売られても、それで生きられるなら、それで良いと思っておる。ここにはそういう奴しかおらん。諦めなされ」


オーガスタは思わず反論した。



「じゃあ皆さんは、これから先どんな理不尽があったとしても、それすら受け入れて、諦めて生きていくんですか。誰かに言われるままに、その身を差し出して、それが自分の運命だと思って生きていくんですか。


私は、私の人生の結果を、誰かのせいになんてしたくない。だから最期まで、生きることだけは諦めたくないんです。お願いです。協力してください。少しでも、自分で選んだ未来を掴み取れるように」



老人は首を振るだけだった。他の人も、動かない。オーガスタはギュッと唇を噛んだ。しかし突然、誰かが立ち上がった。比較的若い男だ。彼も疲れた表情をしていたが、それでもオーガスタに向かって微笑んだ。


「手伝うよ」


オーガスタはじわじわと目を見開いた。


「ありがとう、ごさいます」


そうして2人で扉に体当たりをする。十回ぐらいしたころ、扉は唐突に開いた。勢いのまま外に飛び出してしまったオーガスタたちの前には、扉を開けた状態で固まった男がいた。


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