恋隠す教え子は、プールで初デートをするが、家庭教師に初めてを奪われ水底へと沈む。
「こちら、以前働いていた職場の知り合いから頂いたレジャープールのチケットなのですが、よければ二人でお使いください」
事件である。大事件である!
喫茶店『カヴァネス』のマスターがなんとはなしに渡してきた2枚の紙片。
近々開くレジャープールの、プレオープンチケットだ。
関係者の家族や知人などに配布される物で、流通には乗らない貴重な逸品。
そのため、利用する人は限られ、気兼ねなく遊ぶことができる。
高校生、大学生にとっては喉から手が出るほど欲しいチケットだ。
((二人でお使いください?))
喫茶店のカウンター席に座る伊月と夜明は、それぞれ手渡されたチケットを握る。そして、無言で隣に座る
そこから、二人の視線はずずずっと下がり、再び己の握る紙片に落ちる。
一人目、
二人目、
なるほど。二人使う。確かに二人だ。間違いない。揃って納得した伊月と夜明は、ゆっくり正面を向いて――ぐりんっと勢い良く背を向け合った。
((つまり、デートってことではッ!?))
改めて言おう。大事件である!
■■
マスターからチケットを頂いた週の休日。
レジャープールに訪れている人達は、一人の美人に目を奪われていた。
黒いラッシュガードに身を包み、プールサイドに立つ黒髪の美人だ。誰かを待っているのか、そわそわと
「凄い美人……」
「モデルの人かなぁ」
「撮影とか?」
一緒に来た家族や友人と小声で話ながら、横を通り過ぎていく。
そんな美人に声を掛けるのも、ハッと息を呑むような美少女だった。
「お待たせいたしました」
「いや……大丈…………ぶ」
伊月が振り返った先には、精巧な肢体を惜しげもなく晒す夜明が立っていた。
頬を赤らめて恥ずかしそうに隠そうとする胸元は、大胆なビキニだ。普段、身に付けているリボンに合わせたのか、彼女の透き通るような銀髪に映える青い色をしている。制服の上からではわからなかったが、意外にも谷間は豊かだ。
肉付きが薄く、陶器のように白く滑らかな肌は、羞恥のせいかほんのりと赤みが差している。
そんな夜明の艶姿を視界に納めてしまった伊月は、魂が抜けたように放心してしまった。
彼の反応が返ってこないことに不安を感じた夜明が、弱々しく感想を求める。
「あの……似合って、いないでしょうか?」
「……ハッ!?」
危うく天に召されるところであった伊月が息を吹き返す。
ラッシュガードのチャックを強く握り、なんでもないというように首を振った。
「ごめん。あまりにも似合ってるから、見惚れちゃったよ」
(ビキニは予想外過ぎーっ!? そんな肌を晒していいの!? 目に毒なんてモノではないんだけど! くっ、直視できない……!)
爽やかな笑顔の裏では、真っ赤になって取り乱す純情青年がのた打ち回っていた。
彼の内心を知らない夜明は、ほっと胸を撫で下ろす。
「そうですか、安心しました」
(かわいぃ……!)
緊張が解けたのか、緩む表情が伊月の胸に突き刺さる。
もはや虫の息なのだが、トドメとばかりに夜明は照れくさそうに言う。
「ゆ、
「……っ、えっほ、げほっ!?」
(死ぬ……ときめきで息が止めるぅ)
全人類78億7500万人の中で、ときめきショックなんて死因で息耐えるのは伊月ぐらいのものだろう。
いきなり
(格好良過ぎますっ。水も滴る美人……ときめきで心臓が止まる……っ!!)
どうやら、ときめきショックという不名誉な死因で天寿を全うするのは、少なからず全人類で2人いるようだ。
■■
ようやく止まりかけていた心臓が動き、息も整い始めた。
伊月たちの前には、天窓から差し込む光でキラキラと反射する水面に、くねくねと蛇のようにうねるウォータースライダー。
プールサイドには白いサマーベッドが並び、子供連れの家族客や、恋人と思われる男女たちが各々楽しんでいた。
落ち着いてきたとはいえ、肌を見せ合う恥ずかしさがあるのか、人一人通れるぐらいの微妙な距離感を保つ伊月と夜明。
頬を微かに染めながら、顔を背け合う姿は初々しいカップルそのもので、周囲の微笑を誘う。
「で、では。せっかくだし、泳ごうか?」
「は、はい……」
伊月の誘いに、恐々と頷く。
不安そうに胸元の前で手を組む姿を、伊月は不思議そうにしながらも、先導するように遊泳用のプールへと歩き出す。
ポチャリと、伊月は片足を水面へと付け、その冷たさに体を身震いさせた。けれど、それも一瞬のこと。直ぐに体が慣れて、胸元まで浸かる頃には
「
銀色のはしごにぎゅぅぅっと捕まり、怯えるように一段いちだん下がっていく。
夜明が下りるのを待ち構えていた伊月だったが、彼女の薄いお尻が突き出さていることに気が付き、慌てて体を反転させた。
(今日一日耐えられるのか?)
顔を半分水面に埋め、ぶくぶくと体の熱を外に逃がす。熱くなった顔に、冷たい水が心地良い。
伊月が夜明の肢体に当てられていると、後ろでボチャンッと水の跳ねる音がした。
夜明もプールに入った。そう判断した伊月は濡れた手で顔を拭い、精一杯平静を装って振り返り――ぎょっと目を見開いた。
「水鏡さんッ!?」
「……ぶくぶくぶく」
振り返った先に夜明の姿はなく、はしごの前であぶくが立っては消えていく。
ぷくりと最後の泡が消えた瞬間、伊月は短くひゅっと息を呑んだ。
■■
「心臓が止めるかと思ったよ」
「面目次第もございません……」
夜明が泳げないことを身を持って体験した伊月は、予定を変更。二人は楕円の形をした流れるプールに移動していた。
レンタルの浮き輪に夜明を乗せて、伊月は隣を歩く。見た目、娘に付き添う母親である。
ピンク色のドーナッツ柄浮き輪の上でたゆたう夜明は、穴に小さなお尻をすっぽり嵌めて足を延ばした寛ぐ体勢をとっている。
けれども、その表情は暗く沈んでおり、これから嵐の航海に向かう船乗りを彷彿とさせた。
「泳げなくても立てれば大丈夫と思っていたのですが、想像以上に深く焦ってしまいました……」
「うん、まぁ、しょうがないよ」
顔の近くにある濡れた夜明の細い足にドギマギ。
なるべき視線を向けないよう気を配る。
「泳げないのは、少し意外だったかな」
「本当に申し訳なく……」
「いや、謝ってってことじゃなくてね?」
なんと言えばいいのか、顎に指を添えて悩む。
「友達とかとプールで遊んだり、家族で海とか行ったりしなかったのかなって」
思い立った疑問がそのまま口に出た意図のない言葉であったが、見事に夜明の急所を抉った。えずくように呼気を漏らすと、気持ちがズーンと音を立てて沈んでいく。
「……私、両親が厳しくて勉強漬けの毎日で、友達とも……いえ、そもそも友達呼べるような人が…………あはは」
「ごめんこの話止めようかッ!?」
(地雷踏ん付けた――ッ!?)
見事に爆発させてしまった。
やっちまったと内心慌てる伊月は、なんと慰めればいいのか一生懸命考える。
(なにかないかなにかないかこの失点を取り返せる起死回生の一発は――ッ!!)
九回裏ツーアウトの逆転を賭けたバッターのような心境の伊月は、ピコンと妙案を閃く。
「なら、水鏡さんの初めては私だね?」
(気色悪いこと言っちゃった――――ッ!?)
脳直考えなしの発言。伊月は即座に後悔した。
笑顔は引き攣り、彼の顔にどんよりと暗い影が差し込む。
(やばい……引かれる)
プールの水に紛れて冷や汗ダラダラの伊月だったが、夜明の反応は予想外のモノだった。
ぽっと顔を赤らめ、困ったように瞳を泳がせ、最後は浮き輪に沈むように俯く。
「……、嬉しいです」
「そっか。なら、私も嬉しい」
(良かった――ッ!! 引かれてないよぉおっ!!)
笑顔の裏で感涙し、ガッツポーズをする。
伊月の態度に気が付かず、夜明は彼の言葉を頭の中で
(はじめて……はじめて……夢咲さんが私の…………うぅううっ! 顔が熱い……!)
両手で顔を覆い、ずぶずぶと思考の海と沈んでいく。そして、思考と一緒に体もずぶずぶと沈んでいくと、
「……ぶくぶくぶく」
「水鏡さ――んッ!?」
浮き輪の穴から落ちた夜明が、想いの重さで
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【あとがき】
泳げないヒロイン可愛くないですか?(確信)
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【ななよめぐる小説】
『即オチ幼馴染は、勝負を挑みちょっとエッチな罰ゲームを受ける。』連載中!
https://kakuyomu.jp/works/16816927859193622714/episodes/16816927859193656505
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【お礼&お願い】
最新話までお読みいただきありがとうございます。
面白かった! 水着回だぁ!
そんなこったろうと思ったよ!
ラッシュガードは脱がせない。
と思って頂けましたら、
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よろしくお願いいたします(๑ゝω╹๑)
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