恋心隠す家庭教師と生徒は、初めての授業も初々しい。
「お、お邪魔します」
「ど、どうぞ。散らかっておりますが」
桜の
四月も半ばに近付いた日曜日。
(うっ……甘い香り)
花のような香しさに、伊月は一瞬部屋に入るの躊躇ってしまう。
(家庭教師として、女の子の部屋には何度も入っているはずなのに)
これまで伊月は部屋の香りなんて気にしたこともなかった。しいて言えば、香水の匂いがキツイのに、やたら体を寄せてくる生徒の匂いは気になったが、意味合いが異なるだろう。
(平常心平常心……心を乱しちゃいけない)
浅く深呼吸をして……より彼女の香りを強く感じてしまい、伊月は顔が赤くなる。もはや、どうしようもない。
意を決して踏み入れた夜明の部屋は、とても女の子らしい部屋だった。
白を基調とした部屋には、淡いピンク色のもふもふカーペットに、花柄のカーテン。白い勉強机にピンクの収納BOXなど、どこかメルヘンチックな印象を伊月に与えた。
可愛いモノが好きなのか、棚の上やベッドの上などに動物のぬいぐるみが飾られている。
どうにも落ち着かず、また興味を惹かれてしまい、室内をキョロキョロしてしまう。
部屋の主である夜明側からすれば、彼に自分の部屋を隈なく見られているというのは、とても恥ずかしいことだ。ためらいがちに釘を刺す。
「あの……あまり、見られるのは……その、恥ずかしいので」
「……っ!? ご、ごめん!」
「だだ、大丈夫です!」
咄嗟に伊月が謝ると、夜明は大げさに両手を振って問題ないことを伝える。
(やってしまったー! 初っ端からなにをやってるんだ私は!?)
(うぅ……夢咲さんが部屋にいるだけで、心臓がドキドキして……き、聞こえてませんよね!?)
惚れてるのがバレてはいけないのだ。
そう考える二人は、改めて気を引き締める。……もちろん、無用の心配であるのだが。
「さ、さっそくだけど、勉強、しようか?」
「は、はい。そういたしましょう」
ギクシャクと、錆びたブリキのような動き。
第三者が見れば意識をしているのは丸分かりな態度なのだが、自分のことでいっぱいいっぱいの二人は、相手の機微まで察する余裕がなかった。
「では、本日から宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しく」
てれてれと恥ずかしそうにしながら、揃って頭を下げる。……と、距離感を見誤った結果、額と額がぶつかってしまった。
「きゃっ……!」
「っ、ご、ごめん! 大丈夫!?」
「は、はい。こちらこそ、失礼致しました」
ぶつかってしまったことを謝り合う。
なんとも締まらない始まりではあるのだが、
((おでこに触っちゃった……!))
……なんとも、幸せそうな始まりでもあった。
■■
最初の授業は、五教科のテストから始まった。
夜明がどの程度の勉強をできるのか確認し、教育方針を決めるためのものだ。
(嫌がるかも)
誰であれ、テストは嫌なものだ。特に学生が聞いて喜ぶものではない。
「じゃあ、やってみようか?」
(嫌がられたら……これがきっかけで嫌われたら…………くっ、もう少し楽しい教材を準備するべきだったかな!?)
表面上は取り繕っているが、内心は取り乱しまくっている伊月。あたかも白鳥のようだ。
けれど、そんな伊月の不安をよそに、夜明は受け取ったプリントを見て、しっかりと頷いた。そこに嫌がる素振りはない。
「はい。頑張ります」
(良かった、大丈夫そうだ)
安心する伊月。
夜明は真っ白な勉強机に向かい、伊月に背を向ける。気合を入れてテストに臨もう――とするのだが、無意識に頬が緩んでいく。
(これ……お手製なのでしょうか? 私のために、夢咲さんが……~~っ)
(……っ!? やっぱり不満があるのか!?)
嬉しさで足をジタバタさせる夜明を見て、用意された折りたたみの椅子に座ろうとした伊月が動揺する。
(頑張りましょう!)
(ふ、不安だ……)
同じ室内でなんとも寒暖差の激しいことだ。
こうして、夜明がテストに手を付けると、伊月は待っているだけとなり手持無沙汰となってしまう。
『わからないところは飛ばしてもいいから』
と、説明したので、質問が飛んでくることもない。
かと言って、興味本位に夜明の部屋を漁るわけにもいかず、伊月はじっと待っているしかなかった。
カチリカチリと、時計の針が刻む音。
サラサラと、夜明がペンを動かす音。
静かな時間だった。
暇を持て余した伊月は、気付けばテストに打ち込む夜明の背中を注視していた。
(……綺麗な髪だな)
初雪のように輝く、雪解けした川のように流れる銀髪。彼女の髪によく映える愛らしい青いリボンでまとめられた、ゆらゆらと揺れる眩い髪から目が離せない。
(触ったら冷たいのかな? 暖かいのかな?)
夜明の髪一つとっても、興味が尽きない。
現在の彼の雰囲気は、透明感のある深窓の令嬢のような触れ難いものだというのに、あまりに残念過ぎる内心である。
夜明の銀髪を花見のように眺めているだけで、いつまでも時間を費やせそうな伊月。
けれど、眺められている側の夜明はたまったものではなかった。
(せ、背中に視線が……! な、なにか変なところがあったでしょうか!? し、下着見えてませんよね!?)
初めて伊月を家に招くということで、夜明は私服選びに昨夜から朝まで時間費やした。
だが、どれだけ長く考えても納得のいく服が決めらず、休日だというのに学校の制服を着てしまった。
『学生服は正装ですから!』
逃げである。
(制服がいけなかったのでしょうか!?)
(あー……癒される)
内心、慌てふためく夜明の心配とは裏腹に、伊月はただただ彼女の銀髪を見て心満たされていた。
■■
どうにかこうにかやり切った夜明は、テストを伊月に採点してもらう。
「お、お願い致します……」
(あぁ~! 今度家にお招きする際はなにを着ればいいのでしょうか……)
「う、うん……」
(せ、精魂尽き果ててる……やっぱりいきなりテストはダメだったかな!?)
どこまでも噛み合わない二人である。
苦悩しつつも、伊月は手を動かし、答え合わせをしていく。
×《バツ》、
答案が進むにつれて、伊月は悩ましそうな表情になっていく。
不安そうに手遊びをする夜明。
最後の答えに×《バツ》を付けた伊月は、強張った笑顔を夜明に向けた。
「えぇっと……うん。大丈夫」
「ハッキリ仰って頂いて構いません……頭の出来が良くないのは私自身、理解しております」
「良くないってほどではないけど、まぁ……可もなく不可もなくといったところかな」
「……わかっておりました」
夜明がため息を付き、困ったように伊月が苦笑する。
テスト結果は、伊月の言葉通り可もなく不可もなく、どの教科も五十点前後。ほぼ平均と言っていい。
学校から出される宿題だけでなく、毎日自習をしていると聞いていただけに、伊月はちょっと意外だった。
「ちなみに、どこの大学を狙っているんだったかな?」
「えっと――」
おずおずと告げられた大学名を聞いた伊月は、二重の意味で驚く。
「私の通ってる大学……」
「え!? そうなんですか!?」
これには夜明も声を上げて驚く。
まさか、希望する大学の現役生だとは、想像もしていなかった。
嬉しいサプライズ。けれど、もう一つの意味で伊月の頭を悩ませることになる。
「そうだな……今の成績だと少し難しいか」
「はい……」
伊月の通っている大学は、最難関というほどではないけれど、勉学に力を入れている名門校の一つだ。当然、偏差値も倍率も高い。
まだ高校二年生。受験まで二年近くあるとはいえ、楽観視できる点数ではなかった。
伊月の反応を見て、夜明は不安げに瞳を揺らす。
それに気が付いた伊月は、
(失敗した)
と、反省し、安心させるように微笑む。
「大丈夫。勉強に対する意欲はあるんだ。不安がることはないよ」
「そう……ですか」
「それに」と、伊月は照れくさそうに頬を掻きながら言う。「受かれば先輩後輩になるんだ。私も応援するよ」
「先輩後輩……!」
夜明の瞳がキラキラと輝く。ほっと、伊月が息を吐く。
(嫌がられなくてよかったぁ)
(ゆ、夢咲先輩とか……呼んだり? それとも、ま、まさか、伊月先輩……!? キャ――ッ!!?)
夢のキャンパスライフに夜明は心躍らせる。やる気を出させる効果としては絶大だった。
けれど、今の成績では事実夢物語なのだが、既に彼女の頭の中で甘く蕩けるような初々しい大学生活という名の妄想劇場が繰り広げられていた。
「頑張りますね! いっ……夢咲さん!」
「あ、あぁ。頑張ろう」
(危なかった……っ! 伊月先輩と呼びそうになってしまいました)
(な、なにかよくわからないけど、やる気を出してくれてよかった)
好意を隠す気があるのかないのか。
伊月との大学生活にテンションを爆上げし、前のめりになる夜明。
目に見えてハートを振りまいているというのに、全く気付く様子のない伊月。
二人の噛み合わない初恋はまだまだ続きそうだ。
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【あとがき】
中学生みたいな二人。
好き合った男女が密室に居てなにも起きないはずがある。
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【ななよめぐる小説】
『即オチ幼馴染は、勝負を挑みちょっとエッチな罰ゲームを受ける。』連載中!
https://kakuyomu.jp/works/16816927859193622714/episodes/16816927859193656505
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【お礼&お願い】
最新話までお読みいただきありがとうございます。
良かった! ドキドキした!
ニヤニヤが止まらない!
銀髪は至高! いいよね、銀髪。好きだよ、私。
と思って頂けましたら、
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