惚れない約束を破ってしまった家庭教師、実は教え子に溺愛されています。

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絶対に惚れさせる家庭教師と女子生徒が出会ったら


 喫茶店『カヴァネス』のカウンター席に、ハッと息を呑む美しいが座っていた。

 憂いを帯びた表情には、言い知れぬ艶がある。

 周囲の女性客がほぉっと熱っぽい吐息を漏らし、男性客はチラチラと盗み見ている。


 彼の前には、美しい花の装飾が施されたアンティーク調のカップが置いてあった。中の紅茶は湯気一つ立たず、冷め切っている。彼が長い間、手を付けていないのが伺えた。


 彼――夢咲伊月ゆめさきいつきは行儀が悪いと自覚しながらも、ついカウンターに肘を付いて項垂れてしまう。

 そして、何度目かになるかわからないため息を吐く。


「「はぁ……」」


 偶然、ため息が重なった。

 伊月と同じように陰鬱としたため息を吐いたのは、彼から見て一つ席を空けた椅子に座る美しい女子学生だった。


 長い銀の髪を青いリボンでまとめた、儚げな雰囲気を纏う少女だ。


 伊月と日本人離れした美貌を持つ少女が同時に顔を上げる。パチリと、視線がぶつかる。そして、お互い苦笑する。


「はは……なんか、ごめんね?」

「こちらこそ、申し訳ありません」


 なんとも言えない空気だ。けれど、悪いものではない。言葉にするのであれば、共感を覚えて距離が縮まったと言うべきだろう。

 仲間を見つけた。そんな心地だ。


 伊月と少女――水鏡夜明みかがみよあという――は、困ったように見つめ合う。

 一人憂鬱に戻るか、それとも、偶然出会った仲間に胸襟を開くか。


 伊月は小さく唇を開くが、言葉が出てこない。なんと言えばいいのかわからなかったからだ。視線を泳がせ、言葉を探す。

 けれど、先に水を向けたのは夜明よあであった。伺うように、慎重に、彼女は言葉を紡ぐ。


「……えっと、なにか、悩み事でしょうか?」

「そう……だね。うん、悩み事。君も?」

「はい」


 会話が終わる。再び沈黙が訪れた。

 なんというか、ゲージで飼われていたウサギとウサギが初めて出会った時のような状況だ。


(私から話すべきだよね?)


 先に言葉をくれたのは夜明だ。自身は大学生で、学生服を着た彼女は見るからに女子高生だ。年上としての矜持。伊月は瞳を端に寄せながら、ポツリと呟く。


「……私、家庭教師クビになったんだよね。今日」

「えぇっと、なんと申し上げますか……今後のご活躍をお祈り申し上げます?」

「それはなにかおかしくない?」


 伊月が笑う。

 ちょっとした冗談だったのだろうが、空気が緩んだ。堰き止めていた言葉がするりと零れだしていく。


「実際、クビというか辞めざる終えなかったというか、微妙なところなんだけどね」

「と、仰いますと?」

「生徒に惚れられちゃったんだよね」

「……お綺麗ですものね」

「はは……褒め言葉として受け取っておくよ」


 一瞬、夜明が目を丸くし、奥歯に物が挟まったような話し方をした。

 伊月は乾いた笑いを漏らす。そして、その目は死んだ魚のように光を失っていく。


「しかも、男性だからね。もうなんというか……心が折れる」

「……? 男性……なにか、おかしいのですか?」


 わからないと、首を傾げる夜明。その仕草は幼く、きょとんとした表情と相まって、伊月には愛らしく映った。

 少しだけれど、瞳に光が戻る。


に惚れられるのは、どうにもね」

「どう……せい?」


 無意識に、というように夜明はオウム返す。彼女はまじまじと端正な顔立ちの伊月を見つめる。


「え……それは、あの、あなたは男性、ということですか?」

「はははー、よく言われる」

「――男性ッ!?」


 夜明が危うく椅子から転げ落ちそうになる。驚天動地とは、正にこのことだろう。

 綺麗な容姿に釣られて聞き耳を立てていた周囲の客も同様だ。

 水を零したり、コーヒーを拭き出したり、ナポリタンにタバスコを掛けすぎたり。

 ちょっとしたパニックだ。


 爆弾発言をした伊月は周囲の反応も含めて、悟ったように笑うだけだ。ただ、目だけは虚ろで笑っていないが。


「も、申し訳ありません……少し…………いえ、かなり驚きました。てっきり、格好良い大人の女性だとばかり……」

「よく言われるよ」

「……ごめんなさい」

「謝る必要はないよ」


 気にしてないと、伊月が軽く手を振る。


 伊月の容姿は、夜明の言う通り格好良い大人の女性そのものだ。

 さらさらな黒髪のショートヘアに、切れ長の目。黒曜のように澄んだ瞳は、見つめられるだけで惹き込まれる力があった。


 服装はシャツにベストにパンツとフォーマルに決めている。飾り気のない、男性的な格好であるのだけれど、伊月が着ると仕事の出来る大人の女性感が一層際立っていた。


 本人としては、誤解されないような服装を選んでいるつもりなのだが、常に周囲との認識の差に頭を悩ませている。


「まぁ……こんな容姿のせいか、男女問わず惚れられることが多くてね。男の子の生徒だけじゃなくて、女の子もだし……なんなら親御さんに惚れられた時はどうしようかと」

「……お、お悔み申し上げます」

「はははー……家庭教師も通算九回同じ理由で辞めて、もう直ぐ大台」

「九回!?」

「はぁ……泣きたい」


 話しているうちに、色々と思い出してしまった伊月は、再び落ち込みモードに陥る。

(誰も悪くない。悪いのは私だけなんだぁ……)

 と、ネガティブに落ちていく。こういう時、一人だと後悔の沼から這い上がるのは中々難しい。


「あの……!」


 だが、幸いここには、偶然出会った、同じように悩みを抱える少女が居た。

 そして、


「私もなんです!」


 彼女の抱える悩みは、鏡映しのように伊月の抱える悩みと似ていた。


「私も! の先生に惚れられてしまい、困っております!」

「………………なんて?」


 今度は伊月が驚く番であった。

 目を見開く伊月に、夜明は興奮した様子で前のめりになる。


「幾度か家庭教師の先生に勉強を見てもらっているのですが、毎回告白されてしまい、勉強どころではなく……」

「……女性の先生は?」

「……告白されてしまいます」

「……可愛いものね、君」

「……よく言われます」


 どこかで聞いた話だ。夜明が自嘲気味に笑う。

 本人にその気はないのだろうが、その表情がまた儚げで、薄幸の美少女のような危うげな可憐さがあった。


(惚れてしまうのも、わかるなぁ)


 容姿のこともあり、恋愛から距離を置いている伊月ですら目を見張るような美しさだ。そんな彼女と二人きりで頼りにされたら、惚れてしまうのも無理はない。


「ですので……失礼だとは思うのですが、あなたが似たような境遇を抱えているのを知って、嬉しくなってしまいました」

「気にしないでいいよ。私も同じ気持ちだから」伊月が淡く微笑む。「出会ったばかりだけれど、共感を覚える」

「私もです」


 二人は吹き出すように笑う。

 先ほどまで陰鬱とした暗雲を漂わせていたとは思えない、和やかな雰囲気だ。傷の舐めあいと言うと言葉は悪いが、互いに似た部分を感じ取っているのだろう。距離が一気に縮まったようだ。


 それから伊月と夜明は、数年来の友人のように話を弾ませた。

 容姿が整っていて大変だったこと。そのせいで、人付き合いが苦手なこと。

 話せば話すほど、己の境遇との近さを感じ取り、会話は熱を帯びていく。


 気付けば、窓の外は茜色に染まり、店内の照明器具に明かりが灯る。店内に居たお客さんも帰路に着き、残っているのは伊月と夜明だけであった。


「もうこんな時間か」

「……そう、ですね」


 楽しかった時間を名残惜しむように、二人は揃って口を閉ざす。

 伊月は黒曜の瞳を泳がせ、夜明は俯いて手遊びしている。

 やっていることは違えど、二人の顔には『言いたいことがある』とハッキリ書かれていた。


 ガバッと勢い良く二人の顔が、お互いに向けられる。


「「あの、よかったら」」


 重なる言葉。ぶつかりあった視線。

 黒曜の瞳と、水宝玉の瞳がパチリと合わさった。

 僅かな時間、瞼を瞬かせると、二人は示し合わせたように笑い合った。


 そして、同じ意味のようで、僅かに異なるお願いを申し込む。


「私の教え子になってくれないかい?」

「私の家庭教師になっていただけませんか?」


 これだけは譲れないと、重なる二人の言葉。


「私は君に惚れない」

「私はあなたに惚れません」


 あなたを裏切らないという約束。

 二人は自然と手を伸ばして、握手を交わす。


「私は夢咲伊月ゆめさきいつき

「私は水鏡夜明みかがみよあと申します」


 ようやく名乗り合った二人の表情は、これから訪れる明るい未来を予期させるように、桜の蕾が咲いたような輝きを放っていた。

 ――はずであった。



 ■■


((惚れちゃったんですけど――ッ!?))


 桜舞う始まりの季節に、伊月と夜明が初めて出会ってから一週間後。家庭教師の契約を交わし、晴れて家庭教師と生徒という理想的な関係になった二人。


 さっそくこれからの授業について話し合おうと、再び喫茶店に集まったのだけれど、再会するや否や、揃って顔を紅潮させ、早鐘する心臓を押さえていた。


「……えっと」

「……あぅ」


 まさか、まさか、である。

 惚れない契約を交わした舌の根も乾かぬうちに、相手を好きになってしまったのだ。それも、二人揃って。


 再び顔を合わせるまで自覚はなかった。気持ちは軽く、口元が緩んで締りはなかったけれど、それは憂いのない相手と出会えたからだと、伊月と夜明は思っていたのだ。


 それが顔を合わせた途端、互いが互いに見惚れてしまい言葉を失ったのだ。そして、悟った。

(あぁ……これは好きになってしまった)

 と。


 無理もない。伊月も夜明もその見目麗しい整った容姿のせいで、恋愛から距離を置いていたため、異性に免疫がなかったのだ。


 そんな恋愛初心者な二人が、同じ悩みを抱え、意気投合する異性と出会ったらどうなるか。それも、とびきり綺麗な異性だ。心惹かれるのは道理であり、必然であった。


 晴れて一組の美男美女カップルが生まれました――で片付けば、二人も困りはしないだろう。けれど、二人は困っているのだ。

 初めての恋心に。そして、一週間前に交わしてしまった『相手に惚れない』という約束に。


 図らずも二人の内心は一致していた。


((どうしよう))


 このままでは契約違反で即家庭教師終了だ。なにより、相手への裏切りである。

 自分と同じようにこれまで家庭教師生徒に告白されて、悩まされてきたのだ。

 そんな不義理はしたくなかった。


 それに、ようやく見つけた理想的な家庭教師生徒だ。

 想いを告げた結果、

『じゃあ、解雇で』

 なんて、すげなく言われた日には枕が涙で濡れる。


 告白はできない。けれど、家庭教師契約はなかったことにしたくない。

 であるならば、結論は一つだ。


((惚れたことを隠し通す……!))


 惚れてはいけないという重大な契約違反を犯してしまったが、相手に悟らせなければセーフだ。ギリギリイエロー……ワンチャンレッドの可能性もあるが、まだ平気なはずだ。


 伊月と夜明は、喫茶店のカウンター席に隣り合って座り、赤くなった頬を引き攣らせて笑う。


「はは……こ、これから家庭教師として宜しくね、水鏡みかがみさん?」

「ふふ……こ、こちらこそ一生徒として宜しくお願い致します、夢咲ゆめさきさん?」


 ははは、ふふふ、と乾いた笑いを零す伊月と夜明。傍から見ていると、なにかを誤魔化そうとしているのは明白なのだが、初めての感情にいっぱいいっぱいの二人は気が付かない。


((この気持ちは、絶対にバレてはいけない))


 そんな悲壮な決意とは裏腹に、現実はチョコレートのようにどこまでも甘い。告白すればまず間違いなく恋人同士になれるのだから。


 けれど、バレたら家庭教師契約がなかったことになる。なにより、相手を裏切るわけにはいけない。そう思っている二人は、初めての恋心を押し隠す。

 ……それが、とんでもない空回りだとも知らずに。


 つたなくじれったい美男美女の噛み合わない初恋は、こうして始まりを告げた。







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【あとがき】

Q.

絶対に惚れさせる家庭教師と、

絶対に惚れさせる女子生徒が出会ったらどうなる?

A.

揃って相手のことを好きになる。


このお話は、表面上は必死に好意を隠しながらも、

内心は相手のことが好きでしょうがない家庭教師と女子生徒の甘々イチャイチャのお話――にする予定です( ˙꒳​˙ᐢ )


形式としては現在連載中の『即オチ幼馴染』と同様、1話ごとに話を完結させて連載していくつもりです。

「どんな感じなのかなぁ」

と、気になったそこの読者様! 下記リンクからチェックしてどうぞお願い致します。(宣伝)Σ(•̀ω•́ノ)ノ


P.S.

タイトル色々と試し中。確定するまでお待ちください。

申し訳ありません。


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【ななよめぐる小説】

『即オチ幼馴染は、勝負を挑みちょっとエッチな罰ゲームを受ける。』

https://kakuyomu.jp/works/16816927859193622714/episodes/16816927859193656505


『契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber』

[完結済み]

https://kakuyomu.jp/works/16816700428427491850/episodes/16816700428427524259


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【お礼&お願い】

ここまでお読みいただきありがとうございます( ´ᵕ`* )‪‪❤︎


面白かった! 期待大!

これから伊月と夜明がどうなるか気になる!

私も伊月夜明に惚れた!


と思って頂けましたら、

レビューの☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かった★3つでも、もう少し頑張れ★1でも、素直な評価で大丈夫です。


ブックマークも嬉しいです。


よろしくお願いいたします‬(๑ゝω╹๑)

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