契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber
ななよ廻る
第1部 おとぎの島に住む引きこもりの灰かぶり姫
第1章 メルヘン城の白ウサギはかくれんぼがお好き
第1回 大切なお知らせ
23回目の誕生日を迎えた5月29日――僕はVtuberから無職になった。
都心の雑居ビルの中にある、小さなVtuber事務所。
雑誌、ゲーム、ポスター、書類……色々な物がごった返した、まるで片付けのできないオタク部屋のようなオフィスで、僕は突然こんな一言を告げられた。
「ツバメく~ん。君、今日でVtuber契約打ち切りね!」
「……え?」
そんな僕の人生における重大事件を、今日のお昼ご飯でも誘うような軽さで口にしたのは、Vtuber事務所ミーティアの
頭頂部は黒く、残りが金髪のプリン頭。宝石の付いたネックレスや高級時計など、やたら高価な装飾品が目立つ、見るからに軽そうな男性である。
僕は頭の理解が追い付かないほどにショックを受けているというのに、なにが面白いのやら、この人は軽薄そうに笑い続けている。
「や、あの……どうして?」
「うんうん! わかるよー、ツバメくんの言いたいことは! なんて言ったって、独立して立った数年で人気Vtuberを育て上げた敏腕社長だからね! 俺は! そういうのはわかっちゃうんだな~」
「は、はぁ……」
うんうんと、誇らしげに頷いている芥社長に、僕は曖昧に応じることしかできない。
そもそも、育てたというが、人気と呼べるほどになったのは、僕と同期であるレンカただ一人だ。それも、ほとんど自力で上り詰めたようなもので、芥社長が育てたわけではない。
けれど、芥社長としてはこれまでの功績は全て自分ありきなのか「いや~、あの時は大変だったなー」とありもしない苦労をしみじみと振り返っていた。
このままほっておいては、いつまでもセピア色の妄想話に付き合わされてしまう。気分屋で機嫌を損ねると面倒なので、あまり遮りたくはないのだが、四の五の言っていられる状況ではないので、話を促す。
「えっと、芥社長?」
「レンカ君を見た時ビビッと……ん? なに? 今、俺がレンカ君を見つけた時の大事な場面なんだけど?」
「それは大層大事なお話だとは思いますが、一先ず、先の契約の件についてお聞きしたいな、と」
「あ、契約? うんうん、打ち切り」
先ほど、どうでもいいことをペラペラと話していたとは思えないほど、至極簡潔に死刑宣告をしてくる。
なにかの冗談かと思えてしまえるような口調だが、大学生の時から付き合いのある人だ。性格は嫌というほど理解している。この人は、重要な事柄ほど、聞いている側が聞き逃しそうなほどさらっと口にするのだ。そして、どうでもいいことほど、重そうに話す。
……つまり、契約打ち切りの件は事実だということだ。僕は泡を食う。
「どうして急に!? なにかやらかしましたか!? 炎上ですか!? え、でもツイッターではそんなことは……っ!」
「え? あははー、そんなんじゃないよ」手を軽く振って、ゲラゲラと芥社長は笑う。「売れてないから、それだけ」
これ以上ないほど説得力のある言葉に、僕は言葉を失ってしまう。
「売れ、て……」
「ツバメくんの同期のレンカくんは登録者数10万人を超え、一躍人気Vtuberの仲間入りだ! 無名の事務所からここまで上り詰めたのは快挙と言ってもいいよね! それもこれも、敏腕社長である俺のおかげだけれども!」
顎に手を当て、芥社長は瞳をキラリと光らせる。
普段なら愛想笑いを浮かべて適当に頷くのだが、とてもではないがそんな精神状態ではなかった。芥社長がなにを言っているのか、話の半分も入ってこない。
「で、対するところのツバメくんは登録者数5,000人。大学生の時から数年やってきたけどさ、これ以上伸びる兆しもないし? だからといって、投げ銭とか他のとこで稼げてるかっていうとそうでもない。そもそも、男性Vって売れづらいしね!」
「そう……ですけど」
事実という鋭利な刃物で滅多刺しにされ、もはや反論する気力もない。
対して、とても残念そうな顔を作った芥社長は、苦渋の決断をしたかのようにこれ見よがしに深いため息をついた。
「俺としてはね? ツバメくんにはこれからも頑張ってもらいたかったよ? 売上じゃない、情熱が大事だからね! けど、やっぱり会社だから、いつまでも稼ぎのない子と契約を続けるのも難しいってわけ。学生のごっこ遊びじゃないの。わかるよね? ん?」
「そ、れは……」
続く言葉は出てこなかった。
なにを言えばいいのかわからなかったんだ。
けれど、二の句を継げない僕の反応を納得したと受け取ったのか、それとも端から僕の返事なんてイエスでもノーでもどっちでもよかったのか、話は終わったと薄っぺらい残念そうな仮面を剥ぎ取って、いつもの軽薄な笑みを浮かび上がらせた。
「じゃ、そういうことだから! あ、2Dのモデルとかチャンネルはいらないからあげるよ! やだ、俺ってばちょーやさしー!」芥社長はそれだけ言い残して席を離れていった。「ちょっと、座銀でちゃんねーと遊んでくるわ! なんつってなー!」
ポンポンと肩を叩いて去っていく芥社長。
「契約、打ち切り……」
一人零した呟きに反応したのは、キィッと軋む音で鳴く主のいない回転椅子であった。
■■
自室の窓から外を眺めれば、まるで今の僕の気持ちと同じように、厚い雲が夜空を覆い隠している。
「はぁ……」
本日、何度目かもわからないため息をつきながら、僕はヘッドホンを付けて、配信を開始する。
配信タイトルは
『大切なお知らせ【
――つまり、僕のVtuberとしての最後の配信だ。
視聴者数は30人前後。そこから減ったり増えたりしている。
[ゆっくり燕]:はじまた!
[ラピス]:こんばんスワロー!
[RYO]:タイトルが不穏……
コメント欄には見慣れた視聴者の名前が流れていく。
その内容には、既に僕から伝えることを察してか、いつもの配信コメント欄と違い、不安を覚えているコメントがちらほら見られた。
これから、ずっと応援してきたファンの方々に、お別れを告げなきゃいけないんだ。
そう思うと、声を出そうと小さく開いた口からは、呼気だけが漏れて声にならなかった。僕は直ぐ様口を閉じると、滑りを良くするように唇を舐めて濡らす。
――最後だからこそ、しっかりとやらないと!
僕は覚悟を決めて、配信に声を乗せる。
「こんばんスワロー! Vtuber事務所ミーティア所属、
声のトーンを幾分か落とし、僕は一つ息を呑み込む。
「――宝譲ツバメは本日をもって、Vtuber事務所ミーティアを卒業いたします」
――
それから配信でなにを話したかは覚えていない。
事情は話せない。個人勢としてやっていくかはわからない。Vtuberとしての活動は無期限停止。
ただ、一番多く口にしたのは「申し訳ありません」「ごめんなさい」という謝罪であったのは確かだ。
[ラピス]:■50,000円■ 引退しないで……!
[WING]:復帰、いつまでも待ってます!
[しようゆ]:。・゚・(ノД`)・゚・。
想像以上に引き留める、復帰を待つというコメントが多く、視界が曇り、声が震えてしまった。
暖かいコメントの数々に、これまで頑張ってきてよかったなと思った反面、最後の配信を終わらせた時には、室内の静寂と合わさってあまりにも重い虚無感が僕を襲った。
配信のために購入したゲーミングチェアに体を預け、魂が抜けたように白い天井を見つめる。
「……変われた気でいたんだけどな」
Vtuberになって、現実とは異なる理想の自分になれたのだと、そう思っていた。
だからこそ、大学を卒業しても就職はせず、Vtuber一本でやっていこうとしていたんだ。
やる気に満ち満ちていた二か月前のVtuber宝譲ツバメ。
二か月後。電源の消えた真っ黒なモニターに映るのは、仕事も夢も失った、23歳になった
「明日から、どうしようかな……」
真っ黒なモニターでは、陰気な男がため息をついていた。
■■
翌朝。僕がアパートを出て空を見上げれば、目に映るのは昨日同様曇り空。
どんよりとした空気に気が滅入ってしまうけれど、スマホの天気予報ではお昼頃には晴れ間がのぞくらしい。
天気みたいに、簡単に僕の気分も晴れたらいいのに。
「はぁ……」
深いため息が出る。人生において、連続ため息数ハイスコア更新中だ。
そんな取り留めもないことを考えながら、仕事に行くわけでもないのに、Yシャツにネクタイを締め、黒いスラックスという、サラリーマンの出勤スタイルのような恰好をして、住宅街の細道を歩いていく。
自宅が仕事場という仕事柄、少し油断してしまうとどこまでもだらけきってしまう。そうならないためにも、常に誰かに見られているという意識を持って行動していた。ちょっと出かけるにも、アイロンで皺を伸ばしたYシャツに袖を通す。
……なのだけど、Vtuberを引退した今、あまり意味のあるものではない。
再び口から零れる陰鬱な気持ち。と、同時にくぅうと小さな鳴き声でお腹が空いたと主張する体。
「嫌なことがあっても、人間はお腹が空くなんて、不便だよなぁ……」
どれだけ気分は滅入っていても、空腹には勝てなかった。
近くのスーパーで食材を買い込む。
普段から持ち歩いている布製の買い物袋――Vtuber
「これからどうしようかな……」
考えないといけないのは未来。
恋歌と語りあった夢と希望に満ち溢れた未来――ではなく。
これからどうやってお金を稼ごう……来月の家賃払えるかな……という、生きるか死ぬかの暗雲とした切実な未来だ。
最悪、居たたまれないが実家に帰るのも検討しないといけない。
だけれど、なによりも早くやらなければならないことを僕は思い出した。
「あぁ、とりあえず
スマホを取り出し、真っ暗な画面の前で親指がピタリと止まる。……メッセージと通話、どっちにしよう。
親指がゆらゆらと揺れ動く。まるで僕の心のようだ。
そうして、道の脇で立ち止まり、懊悩していると知らない女性に声をかけられた。
「もし。そちらの可愛らしい買い物袋をお持ちの方、少々宜しいでしょうか?」
凛とした聞き取りやすい声だった。
未だ電源もついていない画面から顔を上げると、正面に背筋をピンッと伸ばした金髪金眼の美しい女性が立っていた。
黒い、パンツスタイルのスーツを着こなした、仕事の出来る雰囲気のある女性だ。
メリハリの付いた整った顔立ちに、スラリと伸びた肢体。そして、黒の衣でも隠し切れないほどに豊かな胸。
彼女の洗練された所作も相まって、まるで至高の美術品かのような美貌に、僕は知らず見惚れてしまっていた。
……どれぐらい時間が経ったのだろうか。数秒か、あるいは数分か。間抜けにも小さく口を開けて惚けていた僕は、恥ずかしのあまり頬が熱くなって俯いてしまう。
けれど、そんな僕の反応は彼女にとっては慣れっこなのかもしれない。僕をバカにするでもなく、ただただ微笑を浮かべて待っていた。
立っているだけだというのに、その姿は一枚の絵画のようであり、またも目を奪われそうになってしまった僕は首を左右に振って、意識を切り替える。
そして、ようやく、恐る恐る問い返す。
「……もしかして、僕のことでしょうか?」
「はい。少々、お尋ねしたいことがございまして」
「はぁ……なんでしょうか?」
鈴のように澄んだ声にドギマギしながらも、どうにか返事をする。
綺麗な女性に慣れていないわけではないはずなのだが、まるで初恋を知った初心な少女のように手汗が握ってしまう。
「貴方様は、福鉛燕様――」ニコリと綺麗な笑顔を女性は浮かべる。「――元Vtuberの宝譲ツバメ様でお間違えないでしょうか?」
「……………………へ?」
今、なんて?
理解をするのに時間が必要だった。そうして、ようやく女性の言葉を理解すると、僕は血の気がさっと引いた。きっと、僕の顔色は真っ青だろう。
昨日がVtuberとして最後の配信だったというのに。
最後の最後でまさかの――身バレ。
「あっ……ぐっ…………っ」
「理解致しました。宝譲ツバメ様ご本人で間違いはないようですね。安心致しました」
想定もしていなかった絶望的な事態に、僕の頭の中は真っ白だ。焦りで口が回らず、言葉が出てこない。
その態度がいけなかったのだろうか。女性は僕の正体に確信を深めていた。
もはや泣きそうな声で、僕はようやく言葉を紡ぎ出した。
「な、なんなんですか? 本人? え、身バレ? 追っ掛けとかいたんですか、僕?」
「お客様のリクエストには決してNOとは言わないのが私共の信念でございます」
「どういう――」
――意味なのか。
そう言い切る前に、ぐにゃりと視界が歪み、僕の意識は暗い世界へと落ちていく。
女性は旅立つ旅客機を見送る
「では、良き旅を」
暗転。僕が最後に目にしたのは、鍵の形をした、金色に輝く二つの髪留めであった。
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――燕様、目的地にご到着でございます。
微睡む意識の中、僕を目覚めさせたのはそんな、優しい女性の声であった。
そっと肩に触れられ、揺さぶられる感覚。
重たくなった瞼をゆっくりと開けていくと、目に飛び込んできた光景に呆然とする。
「………………………………………………………………………………………………………………………………ここ、どこ?」
目覚めた場所は、どことも知れない西洋の屋敷を思わせるクラシカルな寝室だ。
体を包み込むようなふんわりとしたベッドに身を沈めて、僕の頭は考えるのを止めた。
「おはようございます、燕様。ご気分はいかがでしょうか?」
「……っ!? あの時の女性!?」
驚かせないようにか、抑えられた女性の声がした方向へ顔を向ければ、意識を失う前に出会った金髪の女性が、ベッドの脇に立っていた。
倒れた僕を彼女が介抱してくれたのだろうか。
「あの、ここは……!」
「少々お待ち頂けますでしょうか?」
状況の理解が追い付かず、全てを知っているだろう女性に前のめりになって聞き出そうとしたけれど、彼女が人差し指を紅色の薄い唇に当てたのを見て、僕は言葉を飲み込んだ。
良く出来ましたというように、金髪の女性は微笑むと、道を譲るように横へとズレる。
「――
「ま、まってクレオール……っ」
すると、彼女の後ろから現れたのは、今にも消えてしまいそうな儚げな白い少女だった。
年の頃は十代半ばといったところ。
髪も、瞳も、肌も、身に纏っているドレスすらも白い、新雪のようにどこもかしこも
肉付きは薄く、手も足も小枝のようで、触れれば砕けてしまいそうなガラス細工のような繊細さがある。
けれど、全体的に華奢だというのに、胸だけはふくよかだ。他が薄い分、余計に大きく見えてしまい、知らず目が吸い寄せられてしまう。僕は慌てて目を逸らす。
僕の視線に気付いたわけではないと思いたいが、雪見大福のように白い頬を朱に染めた少女は、俯いたままドレスの裾をぎゅっと握り、手を赤くする。
「お、おはよう……」
「おはよう……」
どうにかこうにか絞り出したたった四文字の挨拶。
面白みもなにもなくオウムのように挨拶を返すと、彼女はそのまま黙りこくってしまう。
居心地の悪い静寂に、なにか喋ったほうがいいのかと焦り出す。沈黙を嫌うのはVtuberとしての職業病だろうか。
「あ、あのっ……ご、ごめんなさいっ」
「えっと……」
挨拶一つで小さな勇気を使い果たしたのか、顔を真っ赤にした少女は逃げるようにクレオールと呼ばれていた金髪の女性の背に隠れてしまう。
臆病なウサギみたいな子だな。……それで、この後はどうすればいいの?
目覚めてから少しばかり時間が経ち、落ち着いてきたからだろうか。
知らない部屋の知らないベッドで、知らない二人の女性に見つめられているという、知らないことばかりの奇異な状況に、今更になって落ち着かなく、そわそわしてきた。
どうしようと内心冷や汗を掻きながら、表面上は頬を掻いて愛想笑いを浮かべていると、クレオールさんが一歩前に進み出てきた。
「色々と仰りたいことは山のようにあるかと存じますが、先に一つ、私共からお願いがございます」
滑らかな動作で彼女の背に隠れていた少女と立ち位置を入れ替えると、慌てる彼女の両肩に優しく手を添えて告げる。
――こちらの
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