契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber
第2回 知らない間に拉致・軟禁されていた
第2回 知らない間に拉致・軟禁されていた
目覚めて早々とんでもないお願いに、ベッドで身を起こしている僕は困惑してしまう。
「い、いきなり人気Vtuberにしろと言われても……」
「困惑するのも無理はございません。なにより、名乗りもせずお話を進めるのは失礼というもの」
冗談のような含み笑いもなく、まるで会社の営業かのようにクレオールさんは話を進める。
細くしなやかな手で指し示すのは、彼女に後ろに隠れたままの瑠璃という少女だ。
「私の後ろにお隠れになっております、麗しい女性は――」
「……っ!(バシバシッ!)」クレオールさんの背中を無言で叩いている。
「――失礼いたしました。少しばかり恥ずかしがり屋の女性は
「主……?」
クレオールさんの紹介が恥ずかしかったのか、僕に見られまいと彼女の細い体躯からはみ出さないよう必死に身を小さくしている天戸さん。
その姿や言動はどこにでもいる少女のそれで、天戸さんがこの家の主と言われても、あまりピンと来るものがなかった。
困惑気に眉をひそめていると、豊かな胸に手を添えたクレオールさんが、洗練された振る舞いで礼をする。スーツ姿と相まって、あたかも漫画に登場する執事のようだ。
「そして、私は瑠璃様に仕えておりますコンシェルジュ、今はクレオールと名乗っております」
違和感を覚える名乗りだ。けれど、そんなことよりももっとも気にかかる単語があった。
「コンシェルジュって、ホテルとかマンションの案内係みたいなことですか?」
「少しばかり異なりますが、そのようにお考えいただければ理解もしやすいかと存じます」
「……コンシェルジュが個人に仕えることがあるんですね。メイドさんとかなら、まだ理解はできますけど」
まるでファンタジー世界の出来事のようだ。
僕が寝ていた客室ですら10畳は軽く超え、素人目にも調度品の数々は質の高さを伺える。
一般家庭でも家事代行といったサービスを享受できる時代だ。これほどのお金持ちともなれば、コンシェルジュの一人や二人、気軽に雇えてしまえる……のかもしれない。多分。
お金持ちは凄いなぁと小学生のような感想を抱いていた僕は、クレオールさんの追加の説明に度肝を抜かれてしまう。
「正確には、瑠璃様が御父上経由でご契約されておりますクレジットカードのサービスの一環でございます」
「クレジットカードにそんなサービスがあるんですか!?」
「ございます」
空いた口が塞がらないとはこのことだ。
遠い世界の出来事だと思っていたら、まさか一般家庭でもごく当たり前に使うクレジットカードのサービスだったとは。
日本人は無料、サービスというのが大好きだが、まさかここまで極まっていたとは知らなかった。比喩でもなんでもなく魔法のカードではないか。
「最近のクレジットカードって凄いんですね……。持ってないから知らなかったです。僕も契約すればコンシェルジュって付くんですか?」
「もちろんでございます。一定の条件をクリアされ、私共の会社から優良なお客様であると認定されたなら、ですが」
僕は期待に胸を高鳴らせ、恐る恐る伺ってみる。
「……ちなみにその条件って」
「色々とありますが、個人にコンシェルジュが付くとなりますと、最低でも年収1億円以上は必要となりますね」
「それは事実上不可能って言いますよね!?」
実現不可能なことを、人はファンタジーと呼ぶ。
ちょっとばかし気落ちしていると、ニッコリ営業スマイルのクレオールさん。
「瑠璃様と私について、ご理解いただけましたでしょうか?」
「凄いお金持ちと、その従者ってことぐらいは」
「大変宜しいかと」
良く出来たと教員に褒められた気分だ。それも、クレオールさんのような美人さんに、だ。
緩みそうになる頬を両手で抑えていると、クレオールさんは世間話でもするような気安さでとんでもない事実を暴露する。
「そうしましたら、なぜ燕様がこのお部屋にいるのか申し上げさせていただくと――拉致をさせていただいたためです」
「…………ら、ち?」
「拉致です。または、誘拐とも呼びますが、意味のご説明まで必要でしょうか?」
説明は不要だった。意味は理解できるから。
けれど、それがなぜ今この場で使用されているのかが分からないだけで。
拉致・誘拐という言葉を念頭に置き、眠気が抜けきらないのか、やけに重たい頭でクレオールさんとの出会いから振り返っていき……え?
「は、はぁあっ!? 拉致!? 誘拐っ!? え、倒れたところを介抱していただいたわけではなく!?」
危ないところを助けてくれたと思っていたら、目の前の人物が犯人だったと知った時、人はどんな顔をすればいいのだろうか。とりあえず、笑顔でないことだけは確かだ。
「……これは」
僕の驚いた反応にクレオールさんはハッとしたように口に手を当てると、何事もなかったかのようにニッコリと笑顔を浮かべる。
「失礼致しました。誤解でございます。突然、倒れられてしまった燕様を介抱するため、こちらにお連れ致しました」
「もう遅いですよ!」
いくらなんでも、もう騙されない。露骨に過ぎる。
クレオールさんも自覚はあるのかあっさり引き下がると、悔やむように額に手を当てていた。
「思慮が足りませんでした。命の恩人という立場であれば、こちらからのリクエストも通りやすかったでしょうに。不覚です」
「腹黒い……腹黒いよ……」
何一つ悪びれることもなく、騙そうとした相手の前で反省している豪胆さに恐れを抱く。
「でもなんで!? 僕を拉致なんてしたんですか!?」とても言い辛いが、身を切る思いで現実を口にする。「……今の僕ってただの無職ですよ?」
「存じております」
「……存じておりましたか」
返す刀でバッサリと斬られた気分だ。
そりゃー知ってるよねー。メンバー限定配信とかじゃなかったしー。一般公開されてる配信だったしー。僕が無職なのは全国ネットで公開中ー。るーるるるー。
驚きの連続で忘れていた非情なる現実を思い出してしまって、僕の心はジェットコースターもかくやというぐらいに急降下した。そのまま地面まで掘り進んでしまいそうな勢いだ。
良く沈み体を受け止めてくれるベッドの上で膝を抱えて、空気の抜けた風船のように意気消沈する僕に、慰めの言葉をかけるでもなく、クレオールさんは現実を突きつけてくる。鬼かなこの人。
「昨日がVtuberとしての最後の配信だったことも調査済みです」
「ならどうして……」
「理由に関しては最初にお伝えした通りでございます。瑠璃様を人気Vtuberにしていただきたい、それだけです」
「そう言われても」チラリと天戸さんに目を向けると、クレオールさんの背から顔を出していた大きな瞳が慌てて引っ込む。「僕である理由が分かりません」
クレオールさんのファンタジックな話を信じるにしても、拉致という強硬手段で連れてきた相手が僕というのは違和感しかない。
僕は契約を打ち切られるようなVtuberで、登録者数も5,000人前後しかいなかった人気Vと呼べるような存在じゃないんだ。……あ、ダメだ。考えてたら更に落ち込む。
「なんか、凄いお金持ちなんですから、別に僕みたいな落ちぶれた元Vtuberじゃなくても、もっと良い人がいると思うんですよ」
「そ、そんなことない……!」
卑屈気味な、自信のない僕の言葉を否定したのは、出会ってからこれまで、ずっとクレオールさんの影に隠れていた天戸さんだった。
彼女はクレオールさんの背から飛び出すと、胸元の前で赤くなるほどぎゅっと両手を握り込み、興奮した様子で、たどたどしく、けれどしっかりと僕に言い聞かせてきた。
「つば、ツバメさんが良い……っ!」
涙目で、鼻息荒く告げられた熱のある言葉に、僕は驚いてしまう。
天戸さんの熱が移ったかのように頬が熱くなるのを感じていると、我に返った少女は再び従者の影に隠れてしまう。
鳴き声のような「うぅっ……」という羞恥の声が漏れ聞こえてくる。
僕がただただ天戸さんの行動に目を丸くしていると、これが理由だというようにクレオールさんが是非を求めてくる。
「という、主の望みでございますので、燕様には是非とも、瑠璃様のマネージャーとして人気Vtuberになるまで支えていただきたいのです。ご返答をいただけますでしょうか?」
拉致したことや、僕を騙そうとしたの嘘だったかのような、真摯な問いかけだ。美人なのも相まって、クレオールさんのお願いは心に響く。断るのが申し訳なくなってしまうほどに。ほんと、美人はズルい。
様々な前提条件を放り出して考えれば、悪い話ではないのだ。職を失い、明日は我が身の破滅……とまではいかなくても、Vtuberに関わる仕事を続けられるというのは大きなメリットだ。
それに、と。クレオールさんの後ろにいるだろう天戸さんの姿を思い浮かべて、僕は返答を口にする。
「申し訳ありませんが、お断りします」
いややっぱり、拉致した上に騙そうとした人は信用できないよ。
ため息を付き、肩を落とすクレオールさんには申し訳ないが、諦めてもらうしかない。
「それは残念ですね。……では、燕様。ご返答をいただけますでしょうか?」
「……いや、あの。お断りします、と」
「なるほど。燕様には是非とも、瑠璃様のマネージャーとして人気Vtuberになるまで支えていただきたいのですが、ご返答をいただけますでしょうか?」
「巻き戻しても答えは一緒です」
「ふぅ……仕方ありませんね」クレオールさんは懐から黒いカードを取り出す。「おいくらでしょうか?」
「ブラック、カードッ……!」
現代社会において勇者の聖剣に匹敵する武器に、僕は慄いてしまう。
自分で分かるほどに挙動不審になり、目が泳いでしまう。
「い、いや、お、お金の問題じゃ……」「お仕事を辞められて、明日からの生活も厳しいかと存じますが?」「ぐうっ」
僕の手の内は全てお見通しのようで、的確に急所を突いてくる。僕は苦し気に呻くことしかできない。……い、いくらくれるのかなぁ。こんなに良いお家を持ってるぐらいだし、10万円とか、まさか3桁万円とか!?
渦巻く欲望という名の葛藤に苦しみながらも、僕は唇を噛み締め、吐血する気持ちでお断りする。
「お、お金は……! 欲しいですけど! い、いくら積まれようとも返答は変わりません!」
「カードではなく、札束を積めば行けそうですね」
「ゆら……が、ないっ!」
「グラグラですね」
しょうがないじゃん! もし、目の前で一束、二束と頷くまで札束が積まれていったら、プライドもへったくれもなくお金に向かって平服しそうだもの。
お金で幸せは買えないけれど、お金で生活は買えるだよ。
「と、とにかくっ! いきなりマネージャーになって人気Vにしてって言われても、やればなれるものじゃありませんし、僕には責任を持てません!」
このままではお金の魔力に負けて引き受けてしまいそうだった僕は、ベッドから降りると逃げるように出口へと走った。
「お話はそれだけですね!? 僕は帰らせていただきます!」
言い捨てるように僕は部屋を飛び出すと、とても日本とは思えない、石造りの長い廊下を足早に歩いていく。
最初のうちこそ、逃げ出すことで精一杯だった頭ではなにも考えられず、無心で歩き続けていたが、次第におかしなことに気が付き始めた。
……いくら豪邸だと言っても、廊下長すぎない? これだけ大きなお屋敷、近所にあれば分かりそうなものだけど。
嫌な予感に駆られた僕は冷や汗を流しながら、ようやく見つけた大きな両開きの木製の扉をどうにかこじ開けると、視界一杯に広がった光景に言葉を失ってしまう。
「…………嘘、だよね」
広がるのは、どこまでも澄み切った青い海に、白い砂浜。そして、青々と生い茂る木々。
首を動かして見ても、広がる光景は変わらず、水平線が海と空を分け隔てていた。
恐らく今いる場所は高台なのだろう。周囲を見渡せてしまうだけに、否が応でも僕は自分のいる場所を理解してしまう。
「……島、なのここ…………」
それも、民家の一つも見えない、自然に囲まれた島だ。
近所どころの騒ぎじゃない。僕は眠らされている間に、海を渡っていたらしい。
そして、恐る恐る振り返れば、出迎えた建造物に目の前が真っ白になる。
「城……」
テーマパークにあるような白亜城が天を刺すかのように、空に向かって建っていた。
僕、さっきまでスーパーで買い物してたはずなのに……。
孤島に建つ白亜城。
現実感のない、まるで夢の世界にいるかのような光景に、目の前がぐにゃりと歪み、立ち眩みを覚えた。
しばらくの間、途方もない現実に我を失っていたけれど、徐々に戻ってきた理性を働かせて現状把握に努める。
「ど、どこなのここは!? スマホの地図アプリで……!」
咄嗟に取り出したスマートフォンで現在位置を確認しようとしたが、現実はどこまでも非情であった。
「圏外……GPSも使えない」
ここがどこかわからない。当然、電波が繋がっていないのだから、連絡する手段すらない。
しかも、見渡す限り広がっているのは海ばかり。例え船があっても、現在地が不明では目指すべき先がわからなくては遭難一直線だ。
あまりの絶望にスマホの重みすら支える力を失い、力なく腕を下ろすと、カツカツと小気味よい足音が近付いてきた。
「――ここは地図にも載っていない無人島。専用の回線でなければ、電波も繋がらないような場所です」
ゆっくりと振り返ると、城の影から現れたのは、暗闇の中で金色の瞳を怪しく輝かせるクレオールさんだった。
彼女は僕の傍まで寄ってくると、突き放すように言い放った。
「お帰りになられるというのであればご自由に――帰れれば、ですけれど」
背筋を伝う冷たい悪寒。
その予感を証明するように、淡々とクレオールさんは島の状況を説明する。
「この島の夜は海風で良く冷えます。少数ながら危険な野生動物もおりますし、外でお眠りになるのは辛い環境でしょう。明日には人目に晒せないお姿になっているやもしれません」
恐ろしいと、大袈裟に体を抱きしめるクレオールさんの視線が、城へと向けられる。
「とはいえ、島唯一の寝床である城は、瑠璃様の持ち物でございますので、見知らぬ人を許可なくお泊めするわけにはまいりません。あぁ、ですが偶然なことに、瑠璃様のマネージャーを募集しておりまして、城で働かれるというのであれば寝泊まりするお部屋を宛がうこともできるのでしょうが……」
舞台女優のように身振り手振りで大袈裟に語ってみせたクレオールさんは、ようやく僕に顔を向けると、人差し指を立てて濡れた紅い唇にそっと近付ける。
「ここまでひとりごとでございます」
「おっきなひとりごとですね……」
「よく言われます」
悪びれもせずに言うクレオールさんには、僕は半ば諦めたように苦言を口にした。
「それ、脅迫って言うんですよ」
「お客様のリクエストに決してNOと言わないのが、コンシェルジュの誇りでございます」
「……NOと言わないというか、言わせないの間違いでは?」
「結果論です」
彼女は僕の眼前まで寄ってくると、ニッコリと微笑んだ。
「それで、いかがいたしましょうか?」
当然、僕に断るなんて選択肢は残されていなかった。
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