第217話 読書同好会部長 上月彩梅が矢口京太郎と氷川芽衣子に望んだ事

「はい。昨日、私は確かに、何の落ち度もない矢口少年を殴ってしまいました。矢口少年。大変申し訳なかった。」


 ?!!


「「か、柑菜さん〜!!」」


黒髪ポニーテールを揺らして頭を下げてきた白瀬先輩に、俺は目をパチクリさせるばかりで、大山さんと小谷くんは白瀬先輩の両側から取り縋り、半泣きになっていた。


「と、白瀬は言っているんだが、実際どうなのか矢口からも事情を聞きたいと思ってな…。」


金七先生は困った顔で、頭を撫でながら俺に聞いてきた。


「ええ〜。いや、えっと…。」

「京ちゃん…。」


「「「矢口(くん)…。」」」


同じ様に困った顔で、返答に窮している俺を隣のめーこ、少し離れた位置にいる上月、紅ちゃん、碧ちゃんが心配そうに見守っていた。


金七先生から昨日の暴力事件の事について当事者に事情を聞きたいと言われた時は、最初芽衣子ちゃんの件にまだ片が付いていなかったかと心配したのだが、白瀬先輩が俺に暴力を振るった件だと言われ、驚いた。

(ちなみに、上月と鈴城さんの盗作が明らかになった千堂と左門は短期間の停学という処分になっていた。)


昨日、読書同好会メンバーにはグループラインで俺がめーことの事を簡単に伝えており、

今日の昼休み、今後の事を読書同好会の皆と話し合う為に集まろうと思っていたのだが、


金七先生から生徒指導室に思わぬ呼び出しをくらい、めーこも読書同好会メンバーも心配して全員集結する事になってしまったのだった。


目の前の白瀬先輩は、凛と厳しい表情を浮かべており、言った事を取り消すつもりはないようだった。


確かに昨日白瀬先輩は、俺を殴ったが、それは、芽衣子ちゃんにひどい事をしてしまい、彼女の安否が知れず呆けていた俺に活を入れる為であり、その事で白瀬先輩を恨んだり、

先生に訴えようなどとは思いも寄らない事だった。


だけど、生真面目な白瀬先輩は、自分がやってしまった事をなかった事には出来ず、金七先生に自ら出頭してしまったんだな。


いくら俺が気にしていないとはいえ、事実を伝えれば、風紀委員長の白瀬先輩の処分、生徒達の評判の低下は免れないだろう。


それは、白瀬先輩にひっついて青い顔をしている大山さん、小谷くんの表情を見れば容易に想像出来た。


「先生、違うんです!白瀬先輩は無闇に暴力を振るったのではなくて、その…。」


どういう言い方をすればこの場をうまく収める事ができるか、俺が言い淀んでいると…。


「スズメバチです。」


上月が俺の後を次ぐように発言をした。


「へっ?」

「「「「「「「「??!」」」」」」」」


思わず俺は間抜けな声を出し、その場にいた全員が上月に注目した。


「ちょうど、窓から入り込んだスズメバチが、矢口の近くに来たのに気付いた白瀬先輩が、守ろうと彼をパンチでぶっ飛ばしたんです。

幸い、スズメバチは、その時の白瀬先輩の勢いに恐れをなして、また、窓から逃げて行きました。」


 !!


「上月さん?!君は何を…!」


白瀬先輩が否定しようとしたところを、上月は強い調子で遮った。


「いえ、白瀬先輩。何も言わないで下さい。殴ってしまった事に責任を感じるのは分かりますが、あの時は矢口の命がかかっていたんですから、仕方がなかったんですよ。」


「いや、ええ??」


尤もらしく嘯き、深刻な表情で、ウンウンと頷く上月に、白瀬先輩は目を白黒させている。


「矢口、それは事実なのか?」


 !!


金七先生に驚いた表情で確認され、俺は一瞬上月を見ると、(ホラ。助けてあげたわよ?こういう展開にしたかったんでしょ?後は自分で何とかしなさいよね?)とでも言うように、目配せをしてきたので、大きく頷いてやった。


 ありがとう!上月。恩に着るよ。


「はいっ!そうです!!白瀬先輩はあの時、スズメバチから俺を助けてくれたんです。

 彼女は命の恩人です!」


「わ、私も見ました!スズメバチ!」

「お、俺も。めっちゃデカかったです!」

「「わ、私達も見ましたぁ…!」」


「???(京ちゃんが助かったのは良かったけど、皆、なんで、そんなに必死にスズメバチを見たことを主張しているの?)」


金七先生に向かってハッキリ肯定すると、

大山さん、小谷くん、紅ちゃん、碧ちゃんが 直ぐ様それに続くようにスズメバチの目撃情報を寄せ、その場に居なかっためーこは首を傾げていた。


「君達までっ…!」


白瀬先輩が戸惑った声を出す中、俺は金七先生に頭を下げた。


「俺を助けてくれた白瀬先輩に感謝こそすれ、恨んだりなんてしていません!

白瀬先輩を処罰するのはどうかやめて下さい!!」


金七先生は、ホッとしたような笑顔になっていた。


「いや、白瀬が理由もなくそんな事をするわけがないと思っていたのだが、そうだったのか!

矢口。安心しろ。そういう事情があるなら、もちろん、白瀬を処罰なんかしない。


白瀬、自分を責めなくていいんだぞ?後輩を守ってやって偉かったな?」


「いえ、あの…。はぁ…。」


 白瀬先輩は、今まで見たことがないほど困り切った顔をしていた。


          

         *



「これで小説対決について口添えしてもらった時の借りは返しましたからね?白瀬先輩?」


俺達が生徒指導室を出るなり、上月に念を押すように言われ、白瀬先輩は苦笑いを浮かべた。


「いや、別に貸しを作ったつもりはなかったのだが…。上月さん、礼を言っておくよ。ありがとう。君もいい性格になったな?」


「おかげ様で!」


上月はいたずらっぽい笑みを浮かべ、舌を出しだ。


「君達も、揃って嘘をついて…!」


俺達を呆れたような目で、ぐるっと見回していたが…。


「やっぱり、スズメバチの話は嘘だったんですね?」


気付くとめーこが白瀬先輩に対峙するように向き合っていた。


「ああ…。矢口少年を殴ってしまってすまん。芽衣子嬢。私は君にやり返されても文句は言えん。」


「!!めーこ!違うんだ。白瀬先輩は…!」


急ぎ、白瀬先輩を庇う位置に立った俺にめーこは首を振った。


「何となく事情は分かります。白瀬先輩には色々相談して心配おかけしてしまいましたから…。多分、私の為に怒ってくれたんですよね。」

「芽衣子嬢…。」

「めーこ…。」


「でも、白瀬先輩。もう京ちゃんには手を出さないで下さいね?

 今度、《《スズメバチが出た時は私自ら力を奮って京ちゃんを守りますから》。」


「え。」


力強い微笑みを浮かべためーこに俺は固まり、白瀬先輩は心底可笑しそうに笑い出した。


「ははっ。分かったよ、芽衣子嬢!そうだな。君は守られるようなか弱い女の子ではなかったな。

矢口少年。これから覚悟しておけよ?」


「は、はいっ。」


白瀬先輩にウインクされ、俺は顔を引き攣らせた。


めーこの今の発言って、今度俺がめーこを傷付けたり怒らせたりするような事をした時は、白瀬先輩にお灸を据えられるまでもなく、自分で制裁しますって事…だよな?


「覚悟してね?京ちゃん?」

「ははっ…。はははっ…。」


めーこのニッコニコの笑顔が恐ろしく、俺は震えながらカラ笑いするのだった…。


         *


それから、俺とめーこは白瀬先輩達と別れ、屋上に移動し、予定通り読書同好会メンバーと話し合う事になった。


「で?二人は付き合う事になったというわけかしら?」


腰に手を当てた上月に追求され、俺とめーこは決意を込めた視線を見交わすと同時に肯定した。


「うん。皆には色々迷惑かけてごめん!めーこと付き合う事になった!」

「はい。色々お騒がせしてしまってすみませんでした!京ちゃんと付き合う事になりました!」


「それならよかったわ。二人がちゃんとくっついてくれないと、いっぱい泣いた私達が浮かばれないもの!」

「「全くです〜!」」


泣いた後のような赤みの残る目元を指差して、上月、紅ちゃん、碧ちゃんにぷりぷりとそんな事を言われた。


「え、ええ??」


上月はともかく、紅ちゃん、碧ちゃんまで何で泣き腫らしたような跡があるんだ?


俺は狼狽するばかりだった。


「京ちゃん…。(やっぱり、ハーレムだったんじゃない。本当に鈍感さんなんだから…。)」


何故か、めーこにまでジト目で見られてしまった。


「それと、氷川さんのこれだけど、意志は固いのかしら?」


上月は、退部届の紙をめーこに見せた。


「は、はいっ。やはり、やってしまった事のケジメはつけたいと思います。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。」


深刻な表情で頷き、頭を下げるめーこの肩をポンと叩き、俺も上月に向かって頭を下げた。


「すまん。上月。部の存続がかかっているのに申し訳ないが、俺も彼女と一緒に責任をとりたい。部を辞めさせてくれ。」


「「ええっ。氷川さんも、矢口くんも辞めちゃうの…?」」


紅ちゃん、碧ちゃんは悲しそうな声を上げた。


「分かったわ。二人共顔を上げて?」

「「!!」」


上月の声に俺達が顔を上げると、上月に、紅ちゃん、碧ちゃんが半泣きで取り縋っていた。


「「ぶちょお!引き止めないんですか?」」


「そう言われても、辞めたいと思っている人に無理矢理続けさせる事はできないでしょう?」


「ごめんなさい…。」

「ごめん…。」


クールにそう言い切られ、余計に申し訳ない気がして、俺達は項垂れていると、上月は明るく言った。


「そんな顔しないで?大丈夫。新入部員も入ったから、あなた達が抜けたところで部の存続には影響ないわよ?」


「えっ。そうなのか?」

「そうなんですか?」


小説対決の後、誰か新しく入ったのだろうか?俺達が抜けるせいで部が存続出来なくなる事はなさそうで、ひとまずはホッとした。


「ええ。だけど、この退部理由だけは、書き直してちょうだいね?」

「!」


上月はめーこの書いた退部届を指差した。


そこには芽衣子のあまり整っていない字で、

『退部理由:部に相応しくない行動をしてしまった為』

と書かれていた。


「私は昨日の氷川さんの行動を少々行き過ぎたところがあったとは思うけれど、退部するべきとまで思っていないわ。

部員の大事な原稿を守ろうとした行動で、退部させるような部長だと思わないで?


小説対決の事で二人に負担をかけてしまったのは確かだし、付き合い始めたばかりで二人の時間を持ちたいから作品作りをする余裕がないというなら、それもよし。退部届に正直な理由を書いて欲しいの。」


「「上月(先輩)…。」」


「まぁ、要するに!昨日の小説対決の件に関しては、私はとっくに許しているから、部の存続とかもう気にせずに、読書同好会で活動したいかしたくないか、1から考えてみてくれないかって事!どんな答えでも私達は受け止めるわ。ねっ。紅さん。碧さん。」


「「は、はいぃっっ。ぶちょおぉっ。」


上月はにっこりと俺達に笑いかけ、紅ちゃんと碧ちゃんは泣きながらウンウン頷いていた。


「それじゃ。二人の時間邪魔してごめんなさいね?ゆっくり話し合ってね?」


「あ、ああ…。」

「は、はい…。」


「「ぶちょお、いい女ですっ。どこまでもついていきますぅっ!!」」

「紅さん、碧さん、何言ってるのよ。//ホラ、しっかりして?もう行くわよ?」


上月は、目をパシパシさせる俺達を残して、号泣する紅ちゃん、碧ちゃんを引き連れて屋上を去って行ったのだった。


          *


「あ。京ちゃんのお母さんのオムライス、ふわトロ〜!懐かしい味〜!!京ちゃんの焼いてくれたウインナーも激ウマ〜!!本当にありがとう!京ちゃん!!」


「い、いや…。//喜んでもらえてよかったよ…。」


俺と母の作ったお弁当を食べて、ほっぺを押さえて感激しているめーこを見て、俺は何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。


大事な人の為に何かをして、喜んでもらえるって、こんなにも胸の温まるものなんだな。


これからは、めーこの幸せの為に俺に出来る事があるならなんでもしてやろうと思っていた矢先…。


「うん。京ちゃんの作るものは、私を幸せにしてくれるね。京ちゃんの小説も、切ないけど、とても綺麗で素敵だったなぁ…。」


「え。小説って、あの小説対決の!?」


目を閉じて、感慨深そうに胸に手を当てるめーこに、驚いて俺は聞き返した。


「え、うん。だって、私、京ちゃんの方へ投票したでしょ?」


驚いている俺に逆にめーこは不思議そうな顔をしていた。


「や、だって、あれは俺の小説だって分かってるから投票してくれたんだろ?普通に聞いてたら上月の方が面白いし、出来もよかったし…!」


思わずむきになって、めーこに詰め寄ると、彼女は自信なさげに首を傾げた。


「そ、そうなの?私は小説の事良く分からないからなぁ…。


上月先輩のも、もちろん素敵だし、感動もしたけれど、一番私の胸に響いたのは京ちゃんの小説だったよ?


翼族の弟くん、不器用で、女の子の気持ち分からなくて、心配ばっかりかけるけど、誰に対しても、一生懸命で一途で、なんだか抱きしめてあげたくなるような作品だった。


京ちゃんのだって知らなくても、まるで京ちゃんみたいな作品だと思って好きになってたと思うけどなぁ…。」


「めーこ…。」


真剣な顔で、考え考え言葉を紡いでいる彼女が、嘘をついているようには見受けられず、

俺は胸が熱くなると同時に、今まで感じた事のない欲求が込み上げて来たのだった。


たとえ、多くの人に評価されなかったとしても、この子に喜んでもらえる作品を作ってみたいと…。


「めーこ。俺がもし…。」


「ん?」


「いや、何でもない…。」


「京ちゃん?」


胸の奥に灯った小さな火がもう少し大きく育ったら、俺はめーこにその気持ちを打ち明けたいと思った。


「いや、俺もめーこの作品、個性的で好きだよ?ふふっ。」


今までめーこが発表した衝撃的な詩やホラー話(?)などを思い出し、俺は少し笑ってしまった。


「もう〜。変な作品ばっかり作ってるって思ってるんでしょう…。」


めーこはもちのようにプクーとふくれた。


「でもね。私、上月先輩の話を聞いて考えたの…。読書同好会入って、皆に手伝ってもらって、自分の作品を作ったの、大変だったけど、すごく楽しかったなって…。

でね。その作品を一番見て欲しかったのは、京ちゃんだったなって…。」

「…!めーこ!!//」


頬を染めて、チラッと上目遣いでそんな事を言ってくるめーこに俺はドキッとした。


「これ…。紅先輩、碧先輩に、見てもらってちょっと手直しもした詩なんだけど、よかったら後で見てもらえないかな?///」


めーこは、手提げのバッグから一冊のノートを取り出すと、おずおずと、俺の前に差し出した。


「お、おう。大切なものをありがとう、めーこ。」


俺は緊張気味にそれを受け取り、思わずページを捲ろうとして…。


「あっ。ダメダメ。今見ないでぇ!!恥ずかしいから、私がいない時に見てぇ!!///」

「わあ。めーこ。前が見えないよ!」


慌ててめーこに目隠しをされた。


(ちなみに、そのノートには、明らかに今までの俺とのやり取りを元にしたラブレターのような詩が書かれており、後に俺は悶絶する事になる。それは“童貞を殺すノート”まさにデスノート☠であった…。)


ガチャッ。


「おやおや、お熱い事ですね?2−D矢口京太郎先輩、1−D氷川芽衣子さん。これはいい絵が撮れそうだ!」


「「!?//」」


突然屋上のドアが開き、ボサボサヘアの男子生徒が現れ、首から下げた一眼レフカメラをこちらに向けて来た。


めーこに目隠しをされ、まるでイチャイチャしているようにひっついていた俺達は、慌てて離れ、見知らぬの闖入者を警戒した。


「誰ですか?あなたは!」

「そうだよ。勝手にカメラを向けて来るなよ!」


「ああ。すみません。尊いものは反射的についカメラを向ける癖がありまして…!俺は1年の久米原修二郎くめはらしゅうじろう!新聞部の若きホープ!

ホットな情報も入って来てますよ?

昨日は、氷川さん、ご自慢の右足で文芸部の左門先輩の前髪を切り取ったって話じゃないですか!」


「…!な、何故それを…!!」

「そうだ!昨日の出来事は他言無用となっている筈なのに、何でその事を知ってるんだ?」


驚き、詰問する俺達に、久米原という新聞部の1年男子は苦笑いして、ブンブンと手を振った。


「いやいや。あれだけの事があって、完全に隠し通すのは無理でしょう?


どこからだって、漏れる口はありますよ。今は噂として出回っていなくても、氷川さんの事は必ず近い内、全校生徒に知れ渡る事になります!」


「「!!」」


自信満々に断定する久米原に俺達が動揺しているのを見透かすように、ニヤリと笑みを浮かべ、ジャーン!という効果音でも響きそうな勢いで両手を広げた。


「そ・こ・で・で・す!どうせ知れてしまう事なら、出来るだけ矢口先輩と氷川さんの有利な形で自らお知らせしてみてはというのが僕からの提案なのでしょうが、いかがでしょうかっ?」


「京ちゃん、何だかこの人怖いよう…。||||」

「あ、ああ…。||||(場合によっては白瀬先輩に通報するか…。)」


ようやく平穏が訪れたかに見えた局面に、いきなり濃いキャラが登場し、ドン引きの俺とめーこなのだった…。






*あとがき*


展開がバタバタしておりますが、次回最終話です。今まで、ありがとうございました(;_;)

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