第215話 関係の変わる朝

あれから、俺はめーこの部屋で二時間程寝こけてしまったらしい。


気付けば、私服に着替えためーこに膝枕をしてもらっていて平謝りするしかなかった。


めーこはぷるぷる首を振って、


「い、いいの…。京ちゃんに(文字通り)ツバつけられちゃったけど、嫌じゃなかったから…。///」


と、顔を赤らめていたが、意識のない間、一体何をしたんだ俺!?

怖くて聞くに聞けなかった…。||||


おばさんから母に既に連絡は伝わっているらしく、再婚後のお父さん(れいさんというらしい。)も既に帰宅しており、俺も一緒に氷川家で夕食をごちそうになる事になってしまった。


お父さんは無口ながら、穏やかな優しい人で、俺が緊張気味に挨拶をすると、めーこと交際を喜んでくれた。


「君が矢口くんかぁ…。芽衣子ちゃんをよろしくね。」

「はっ、はい!」


俺ににこやかな笑顔を向けてくれたお父さんはめーこにも優しく呼びかけた。


「芽衣子ちゃん。よかったね。毎日矢口くんの事ばかり話していたものね。」


「ああ。京ちゃん京ちゃんて、毎日100回ぐらいは言ってたもんな。これからは少し控えろよ?」


「あら、静くん。付き合いたてなんだから、逆にひどくなるわよ。しばらくは大目に見てやってよ?」


「うげっ!!」


「み、皆やめてよぅ…。///」


家族皆に言われて、めーこは真っ赤になって俯いていた。


以前は人見知りだっためーこが家族の中で自然に受け入れられている様子を見て、俺は微笑ましい気持ちになった。


かなり遅い時間までお邪魔してしまい、

「もしよかったら、泊まっていってくれても…。」とおばさんが申し出てくれるのを「流石にそこまでお世話になるのは…!」と、固辞して、お暇することになった。


めーこが名残惜しそうな顔で、マンションのエントランスまで見送ってくれた。


「京ちゃん…。私達、(反嘘コク同盟上の)恋人同士になったんだよね?ファーストキスももらってくれたよね?その設定忘れないでね?」

「めーこ。流石に、忘れないよ…。//」


「ううっ…。京ちゃぁん…。寂しいよぉ。心配だから、帰ったら連絡してね?」

「分かったよ。めーこ、必ず連絡する。」


「えぐっ。最後にナデナデしてぇ…。」

「ヨシヨシ…。めーこ。またな?」


そんなグダグダ甘々なやり取りをして、俺達は別れたのだった。


帰り道、怒涛のような今日の一日の出来事を振り返り、めーこの泣き顔や笑顔、サラサラの茶髪、柔らかな唇の感触などを思い出し、足元がフワフワするような感覚に陥っていた俺だったがー。


帰宅後、母との対峙が待っており、一気に現実に引き戻された。


「麻衣ちゃんから話は聞いたわ。京太郎…。本当にごめんなさい…。」

「……。」


涙を浮かべて謝ってくる母に俺は何と言っていいか分からなかった。


「まさか、あんたが電話の会話を聞いているなんて思わなくて、芽衣子ちゃんの事、京介の事、あんな形で知らせる事になってしまって…!

もう少しで、取り返しのつかない事になるところだった…。私は駄目な母親だわ…。」


「その話はもういいよ…。めーことの事は、俺にも悪かったところがあったんだから…。」


俺は項垂れる母から気まずく目を逸らした。


「ただ、京介おじさんの事は…。今更どんな事実が明かされようが、俺は父親だとは認められない。」


「京太郎…。」


「京介おじさんは、嫌いじゃないけど、母さんが大変な時、俺が大変な時、側にいて、支えてくれた人じゃない。事実は事実として、いつか受け入れられるかもしれないけど、俺にとっては、多分ずっと遠い親戚のおじさんみたいな存在だよ。」


父親がいない事で、母が経済的にしんどい思いをし、俺自身も世間の好奇の目に晒されたりと大変な思いをする場面が幾度もあった。


俺だったら、好きな女性と自分の血を分けた子供にそんな思いをさせるなんて考えられない。


めーこが側にいてくれる今だからこそ、余計に強くそう感じられるのだった。


「うん…。京太郎からしたら、そうだよね…。それでいいと思うよ…。」


悲しみを含んだ目を伏せて、母は重々しく頷いた。


「あんたが、芽衣子ちゃんと上手く行ってくれたのは、本当に救いだわ。私から言うのもなんだけど…。彼女の事、大事にしてあげてね?」


「うん…。そのつもりだよ。俺はめーこの事大切にしたいと思ってる。」


いつもはシャキシャキしている母が、神妙な顔で頼んでくるのに俺は力強く頷いた。


「それを聞けて安心したわ。図々しいついでにもう一つ頼みがあるんだけど…!」

「??」


母は何か強い決意を込めて、俺にを頼み込んで来た。



❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


翌日の早朝に、めーこからメールが届いた。


『京ちゃん、おはよう!私めーこ🐶!今最寄り駅に着きました💨』


「母さん。めーこ、駅着いたって。」


キッチンで、ガタゴトやっている母に報告すると、母は掛け時計の時間を見て目を丸くした。


「あらぁ、早いわね!もう少しかかりそうなんだけど、着いたら家でしばらく待っててもらってくれる?」


「ああ…。俺も途中まで迎えに行くよ。」


「はーい。行ってらっしゃい。」


と、俺が玄関を出ようとしたところに…。


ピロピロリン♪


『京ちゃん、度々ごめん!私、めーこ🐶!今玄関の前にいるの💨💨』


「ええっ?」


ガチャッ。


「お、おは…よっ…!京…ちゃんっ!ハァハァッ…。」


驚いて、玄関のドアを開けると、制服姿のめーこがいて、頬を紅潮させ、息を切らしながら挨拶してきた。


「おはよ!めーこ。ははっ。何だよ、メリーさんごっこか?秒でメール来るからビックリしたぞ?さては、さっきのメールは駅でじゃなくて、歩いてる途中に打ったんだな?」


いくら、駅が近いとはいえ、徒歩8分程の距離をこんなにすぐに来れるわけがない。

めーこがいたずらをしたものと思ったのだ。


「ち、ちがっ…。ほ、ホントにっ…、駅からメールしてっ…、少しでも早くっ…会いたくてっ…ぜ、全力疾走でっ…。ゲホゲホッ。」


「だ、大丈夫か?めーこ。急いで来てくれてありがとうな?」


いたずらはともかく、俺に会うために急いで来てくれたのは間違いないようで、俺は息を切らして咳き込むめーこの背中をさすりながら、彼女をいじらしく思った。


「ふうっ…。京ちゃん、昨日の事忘れてないよね?私、京ちゃんの(反嘘コク同盟上の)彼女?」

「わ、忘れてないよ。めーこは俺の彼女だよ?//」


「よ、よかったぁ…!!あまりに、うまく行き過ぎるから、夢オチだったらどうしようかと思ったぁ…。」


「何だよ、ソレ…。」


かく言う俺も昨日の出来事が夢ではないかと疑い、朝起きて昨日のめーことのメールのやり取りを確認してホッとしていたのだが…。


「ごめん。まだ、お弁当出来てないんだ。中で、待っててくれるか?」

「あっ。う、うん。お邪魔しまーす…。」


俺はめーこを家の中へと招き入れた。


キッチンの方から、母が顔を出した。        


「あ、芽衣子ちゃん。おはよう!お弁当もうちょっとで出来そうだから、そこで待っててね。」


「お、おばさん!おはようございます!きょ、今日はお弁当を作って頂いてありがとうございます!!」


めーこは緊張気味に母に挨拶をした。


「いえいえ。今まで毎日芽衣子ちゃんに作って貰ってたんだもの。今日ぐらいは、お返しをさせてね?」


母はにっこり微笑んだ。


昨日の母の頼み事とは、今まで俺のお弁当を毎日作ってくれた彼女へのお礼に翌日のめーこのお弁当を作る事だった。


メールで伝えると、めーこは「嬉しいけど、本当にいいの?」と恐縮していた。


「大丈夫。俺からもお願いする。」と伝えると、「それなら、朝の時間が余ってしまう事だし、おばさんに直接お礼を言いたい&京ちゃんと一緒に登校したいから、お家に行ってもいい?」と聞かれ…、今の状況があるというわけなのだった。


「はい!どうぞ。芽衣子ちゃんの好きなオムライスお弁当に入れたよ?」


「わあっ✨✨ありがとうございます!!おばさんのオムライス大好きだったから嬉しいなぁ…!!」


母からピンク色のナプキンに包まれたお弁当を受け取り、めーこは目を輝かせた。


「喜んでもらえてよかったわ。京太郎も少し手伝わせたんだけど、ウインナー焦がしちゃって…。ごめんね?大目に見てやってね?」


「めーこ、ごめんな…。」


母に苦笑いで説明され、俺も手を合わせてめーこに謝った。

品数はそう多くないのだが、他の事をやっていて、少し目を離した隙に焦がしてしまった。段取りよくお弁当を作るのは大変なのだと実感した。


これを毎日頑張ってくれていた芽衣子ちゃん(めーこ)はすごいな。有り難かったな。と、身に沁みて感じたのだった。


「ううん!京ちゃんも作ってくれたなんて嬉しい!!ウインナー噛み締めて食べるね?」


ダメダメな俺にめーこはそんな事を言ってくれ、幸せそうな笑顔でお弁当箱を抱きしめた。


「芽衣子ちゃん。ありがとう。京太郎と付き合ってくれる事になったんだってね?」


目を潤ませて礼を言う母に、めーこはしゃっちょこばってその場に直立した。


「は、はい!私はポンコツな子で、京ちゃんを幸せにする自信なんかありません。でも、京ちゃんが私の側にいてくれるなら、私が世界一幸せになる自信はあります。


おばさん、どうか、私に京ちゃんを下さい!!」


「め、めーこ?!!」


深々と頭を下げての、釣りバ○日誌のプロポーズのような言葉に俺が驚いていると、母は泣きそうな表情で微笑み、めーこの肩を叩いた。


「芽衣子ちゃん。それで充分よ。ふつつか者ですが、よろしくお願いします…。」


同じ様に、深々と頭を下げた母に俺は突っ込むしかなかった。


「いや、母さん?!!それだと、母さんが嫁に行くみたいになっちゃうだろぉ?!」


「もう、ゴチャゴチャうるさいわねぇ。あんたがしっかりしてないからでしょうが!文句言う前に、あんたもきちんと言う事があるでしょう?」


「お、おう。めーこと付き合う事になった。

俺も自信ないけど、め、めーこが側にいてくれたら、幸せだ…と思う///」

「京ちゃぁん…!!♡♡///」


恥ずかしくて直視はできなかったが、めーこは感激した様子で手を組み合わせていた。


「ふふっ。まぁ、ヘタレなりに頑張ってるかな?」


母が片手を腰に当ててニヤリと笑っていた。


         *


「じゃあ、行ってきます。」

「おばさん、行ってきます。」


「二人共、行ってらっしゃい。」


母に見送られる中、俺達は少し早めの時間に家を出た。

めーこと共に「行ってきます」の挨拶をするのが、新鮮なような、それでいて懐かしいような、なんだか不思議な気持ちになっていると…。


「京ちゃん…。///」


隣の茶髪美少女が頬を桜色に染めて、物言いたげに手を差し伸べてくる。


「あ、ああ…。///」


少し肌寒い朝、俺は彼女の手を取り、その手

の温もりを感じながら歩き出したのだった…。 



*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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