第210話 開かれる扉
どうしよう?!!
振られたショックで、衝動的に紅先輩、碧先輩に退部届を出してそのまま帰ってきてしまった私を心配してか、京ちゃんが家に来てくれたらしい…。
気付かってくれて嬉しいし、振られたとはいえ、想い人に会いたくないわけがない。
彼との嘘コク関係も終わり、読書同好会も辞め、留学をする事になって、学校にいられるのもあとわずか…。
京ちゃんと会って、お話できるのもこれで最後になるかもしれない。
最後に京ちゃんの可愛いお顔を胸に焼き付けてちゃんとお別れしたい。
だけど…。だけど…。
私は今の状況を頭の中で整理した。
《ドアの向こう側》
京ちゃん=さっき私を振ったばかりの想い人
特徴:世界一カッコイイ。イケメン。
いい匂いする。素敵な小説書く。
《ドアのこちら側》
私=さっき振られたばかりの氷川芽衣子
(芽衣子ちゃん)
かつ
=京ちゃんの幼馴染みの本郷芽衣子
(めーこ)
特徴:ドブス。(泣いて目が腫れてるから。)
汗臭い。(帰る時全力疾走したから。)
右足強め。
ううっ…。最後に京ちゃんの目に映るのが、
ドブスで汗臭い私とか、嫌過ぎる…!!
会いたい。すご〜く会いたいけど、今じゃない…。
せっかく来てくれた京ちゃんには申し訳ないけど、会わずになんとかやり過ごす方法を考えた。
静くんに入れてもらったなら、私が家にいる事は分かってるだろうし、このまま居留守を使うのは、無理そうだな…。
チャイムが鳴って、しばらく経つのに、ドアの前を離れない京ちゃんの様子をインターホンで確認すると、念の為、洗面所にある制汗スプレーを自分にかけまくると、玄関のドアの前に急いだ。
「きょ、京先輩ですか…?」
玄関のドアに手を当てて緊張気味に声をかけると、ドアの外で、息を飲んでいる気配がした。
「芽衣子ちゃん!急に家に来てごめん。
俺、どうしても君に会って、話したい事があって…。」
京ちゃんが、必死な様子で、ドア越しに私に話しかけて来た。
その心配げな声音に、私を心配してくれている事が窺えた。
少し掠れた低い京ちゃんの声、大好きだなあ…。
ああ、ダメだ。長引くと京ちゃんの優しさに絆されてグダグダになって、縋ってしまいそう。
短時間で、話を決めなければ…!
私は心を鬼にして、切り出した。
「話…?えっと…。私にはないですけど…。」
あ。ちょっと言い方冷たかったかな。
せっかく来てくれたのに、ごめん。京ちゃん…!
「め、芽衣子ちゃん…。ご、ごめん。怒ってる…よな…。俺、君にあんな言い方で嘘コクの関係を切ってしまって。」
…!
京ちゃんは、振られて私が怒っていると思っているようだった。
否定しようとしたところ、京ちゃんが更に言いかけた。
「でも、俺、上月とは…。」
あ。そこは、あんまり詳しく聞きたくないかも…!
「ああ。いいんですよ。言い訳しなくて。興味ないですから。」
「え…。」
私は、反射的に京ちゃんの話を遮ってしまった。
京ちゃんと上月先輩が作品を通して、強い絆で結ばれているのは、この一週間で嫌という程思い知らされている。
本物の恋の前には、私の嘘コク上の関係なんか敵わなかった。
ただ、それだけ…。
誰が悪いわけでもない。
だから、京ちゃんは罪悪感を抱くことなく、安心して幸せになって欲しかった。
今まで散々噓をついてきたんだ。今更傷付いたりしない。
最後に一番大きな噓をつこう。あなたの幸せの為に…。
私はズキズキする胸の痛みに気付かない振りをして、明るい調子で話し始めた。
「ちょうどよかったです。
私も目が覚めました。なんで、嘘コクミッションなんて、厨二病な事をしていたのか?我に返ったら恥ずかしい。
私、気付いたんです。自分には恋愛の真似事なんて似合わない。
やっぱり、私にはこの右足を活かしてキックボクシングの道を邁進していくのが、合ってるかなって。
少し前から、師匠にT国に二年程留学さないかって誘われてたのを受けようって思ってます。」
「留学…!二年も…?!」
京ちゃんは、突然留学の話を聞き、驚いているようだった。
「ええ。嘘コクミッションの件では、京先輩を振り回してしまってごめんなさい。
柳沢先輩と何か画策していたのではという件ですが、京先輩を心配した彼女から、
「もう、矢口を傷付けるような事はしないで欲しい」と言われたので、今まで京先輩が嘘コクのシチュエーションを教えてもらったんです。
それに従って、京先輩の気持ちに添うように、嘘コクミッションの内容を考えました。
嘘コクミッションに協力してもらう分、京先輩にもメリットがないといけないと思いましたから、私なりに真剣にあなたを想う健気な後輩女子を演じました。」
「め、芽衣子ちゃん…。嘘だろ…。」
実はこれは嘘じゃないんだよ。京ちゃん。
自分を偽って、役割を演じていたのは本当。
本当の私は、あなたに愛されたいと願うばかりの弱くて醜いめーこ。
けど、そんなのいつまでも続かないよね?
「はい。嘘はどこまでも嘘でしかありませんよね?
京先輩に最後にそう言われてしまってとってもスッキリしてしまいました。
お互い道を違える事にはなりましたが、ウィンウィンじゃないですか?
私も自分に本当に大切なものが見つかったし、京先輩も本当に大切な人を見つけたし。
だからわざわざ謝りに来る必要なんかなかったんですよ。本当に律儀な人ですね?京先輩は!」
「芽衣子ちゃん…。」
京ちゃんは、私の説明に黙り込んでしまった。
納得してくれたかな?
「退部届を出したのも、学校に通えないのも、そういう訳なんです。
気持ちが逸ってしまって、ちゃんと説明しなくてごめんなさい。
明日、ちゃんと、読者同好会の皆さんにも私の口から言いますから…。」
「なんで…なんで、留学の事、俺に言ってくれなかったんだよ…!」
京ちゃんに責めるように言われ、胸がズキッとしたが、強いて何でもないような調子で明るく言った。
「余計な心配かけるといけないですから。彼氏といっても嘘コク上のものでしたし…。」
京ちゃんの返答はなかった。
怒っちゃったかな…。ごめんね。勝手な子だと思って嫌ってもいいよ。
私もそろそろ限界だし、この辺で切り上げなきゃ…。
「あの…。もう、いいですか?あんまりここで大声で話していると、近所迷惑ですし…。明日、学校でまた話を…。」
「待ってよ。俺は納得出来てない。」
えっ。まだ納得できないの?
京ちゃんに縋るように言われてしまい、私は途方に暮れてしまった。
「じゃあ、どうすれば納得して終われますか?」
問いかけながら、思った。
京ちゃんとの関係は、私が嘘コクミッションをお願いして始まったものだった。
最後まで責任を持って、私が終わらせなければ…。
涙が込み上げてくるのを、堪えながら、私は明るく提案した。
「あっ。じゃあ、嘘コクミッションを完遂してからにします?
7つ目のミッション最初に戻しましょうか?
私達の今までの関係は全て嘘コク設定上のものだったと、皆の前で、宣言しますか?」
「め、芽衣子ちゃん…!!」
京ちゃんは、愕然と呟いた。
大丈夫。今までの嘘コクと違って、
京ちゃんには支えてくれる上月先輩がいてくれる。
私の嘘コクミッション完遂後、二人は晴れて学校公認のカップルになれるはず。
もちろん、京ちゃんがそれを望めばだけど。
「散々付き合ってもらったんです。なんでも、京先輩の好きな終わり方を演出して差し上げましょう。
なんなら卒業の歌でも歌って差し上げましょうか?」
「そ、そうしてくれ!!俺に“蛍の光”を歌ってくれないか?」
「え。」
冗談半分に言った提案を京ちゃんに真剣に望まれ、私は目が点になった。
「芽衣子ちゃんがそれを歌ってくれたら、納得できるような気がする!!お願いだ!!歌ってくれ!!芽衣子ちゃん!!」
な、何で、そんなすごい勢いで頼み込んでくるの?
振った女に、卒業の歌歌わせるとか、京ちゃん、意外と鬼畜なの?
でも、自分で提案した以上、こっちも引っ込みがつかない。
「…??わ、分かりましたよ。そんなに言うなら歌いましょう。よく聞いてて下さいよ?」
私は、ヤケクソ半分に大声で歌い始めた。
「ほおたあぁるのぉ〜〜ひ〜かあぁありぃ
まどのおぉおゆきいぃ〜〜☠、ふ〜みよむ〜つきいぃ〜ひいぃいかさ〜ね〜つつ〜、
いつ〜しかあぁ〜とし〜もおぉ〜すき〜のとを〜あけ〜てぞけさ〜はわか〜あぁ〜れゆ〜くうぅ〜〜〜☠☠」
ふうっと、熱唱して、息を切らす私に、京ちゃんがからかうように声をかけた。
「相変わらずの音程だけど、歌詞は間違えなくなったんだな。めーこ。」
一生懸命歌ったのにひどい言い草だ。思わずムッとして言い返した。
「そりゃ、そうだよ!一度、皆の前で、大声で歌って大恥かいたもん!!
前髪の事はともかく、歌詞間違えたの知ってたなら、教えてくれればよかったのに…!
んんん…?!✡💫」
そこまで勢いで言って、混乱した。
あれれ?今の会話おかしくない??
京ちゃん、まるで私がめーこだという前提で…。
ガチャッ。
「京ちゃん、な、なんでっ…。」
確認しようとして、ドアを開けてしまい、私の姿を見て、京ちゃんは、目を大きく見開いた。
あ。しまった。私、ブスだった…。
「わっ!京ちゃ…。」
顔を隠そうとした腕を京ちゃんに掴まれ、体ごとその胸に引き寄せられた。
あ、あれっ?私、今、京ちゃんに抱き締められてる?
どうしよう?!京ちゃんの腕の中、温かくて心地良い…。
頭では離れなきゃと思いながら、私が出来たのは京ちゃんのシャツの匂いをすんすん嗅ぎ、その胸に頬を擦り寄せる事だけだった。
ああ…。私ホント本能に忠実な駄目ワンコ…。
情けなさと刹那の幸せに泣きそうになりながら、私は耳元で囁く彼の声を聞いた。
「めーこ…!会いたかった!!」
「…!!!きょ、京ちゃん。やっぱり私が
めーこだと知って…?!」
私が驚いて顔を上げると、京ちゃんは、頷き、顔を辛そうに歪ませて私に訴えてきた。
「留学なんて、行くなよ。めーこ!
俺を二度も置いていくなよ…!!置いていかれる方の身にもなってみろよ?すごく辛いんだぞ?うっ…。うぐふっ…。」
京ちゃんは、身体を震わせて泣いていた。
高校で再会してから、初めて見た彼の涙に動揺しながら、彼の背中にしがみつき、私も涙を流して必死に訴えた。
「わ、私だって、京ちゃんと離れたくないよっ!!でも、私が側にいると京ちゃんの幸せの邪魔になるもんっ!!こうするしかないんだよぉっ!!」
「邪魔になんかならねーよっ!!何でそんな事言うんだよっ!?」
「だって、私が側にいたら京ちゃんと上月先輩の仲に嫉妬して、京ちゃんの幸せを無視して、きっと邪魔しちゃうよっ!!
私はそういうワガママな人間だもんっ!!自分で分かるもんっっ!!」
「いや、邪魔するも、上月とは何でもないし…。」
「へ。だって、京ちゃん、上月先輩と向き合いたいって言ってたじゃない。上月先輩先輩と付き合うんでしょ?」
京ちゃんの言葉に私は目をパチパチと瞬かせた。
「付き合わないよ。上月とは、以前付き合っていた時に言えなかった話をして、今度こそちゃんと別れてきた。」
「え。ええ…?!だ、だって、二人は小説を通してあんなに通じ合っていて、京ちゃんは、上月先輩の為に、あんなに必死にダミー小説を作って、色々立ち回っていたのに…!
小説対決の当日は、京ちゃん、私になんか冷たいし、嘘コクの関係を終わりにしたいって言われたから、私はてっきり…!!」
京ちゃんの言葉に納得しきれない私が、疑問を噴出させると、京ちゃんは、弱り切った顔になった。
「う、うう…。めーこ(芽衣子ちゃん)からは、そう見えていたのか…。誤解させて、不安にさせてたのは、ゴメン…。全部説明するよ。長くなるんだけど聞いてくれる?」
「う、うん。もちろん。」
めーこと呼ばれるようになったのを擽ったく感じながら、私は何度も頷いた。
「あっ。えと…。長くなるなら…。中で…話そうかな…?///」
「あっ。うん…。ゴメン。いいの?///」
今更ながらにマンションの廊下で抱き合いながら、泣き叫んでしまった事を恥ずかしく思って私達は俯いた。
「うん。どうぞどうぞ…。」
と、私はドアを開けようとして、京ちゃんの左頬が赤くなり、少し腫れているのに気付いた。
「あれっ?京ちゃん。ほっぺ、どうしたの?」
「え。あ、いや、ちょっとぶつけちゃって…。大丈夫大丈夫…。」
私に指摘され、京ちゃんは気まずそうに頭を掻いて、そう言ったけど、私は心配だった。
ここに来る時急ぎ過ぎて転んだりぶつかったりしたのかもしれない。
「大丈夫じゃないよぅ!早く保冷剤で冷やそう。」
「め、めーこ…!」
戸惑う京ちゃんの手を取ってリビングへ急いだのだった。
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