第209話 閉ざされた扉

彼女の元へ向かう途中、笠原さんに様子を聞こうと電話してみると…。


「それが…、芽衣子、誰にも会いたくないみたいで、私も家に行こうとしたのを断られちゃったんです。」


「そ、そうなんだ…。」


親友の笠原さんにも会いたくないなんて、彼女はどんなに深い心の傷を負っているのかと罪悪感を覚えながら、そんな状態の彼女が一人でいて大丈夫だろうかと心配になった時、笠原さんはワントーン明るい声を出した。


「あ、でも、変な事は考えないと約束してくれたし、家には弟の静くんがいてくれてるみたいだし、心配し過ぎないで下さいね?

明日、芽衣子と話をしますから、矢口先輩はもう気にしないで…」

「そういう訳にはいかないよ。俺、今から彼女に会って話をしてみる!」


「えっと…、矢口先輩。今の芽衣子に中途半端な理由で会って欲しくないんですが、あの子を丸ごと引き取る覚悟がありますか…?

芽衣子は私の大事なワンワン、かつ親友です。

何かあったら、私は矢口先輩を許しませんよ。」

「…!!」


いつもの笠原さんとは想えない程厳しい声で問い質され、俺は一瞬言葉に詰まった。


笠原さんが、嘘コクの関係を一方的に切って、芽衣子ちゃんを傷付けた俺を警戒して遠ざけようとするのは当然だ。


俺は、芽衣子ちゃんだけでなく、芽衣子ちゃんを大事に思う周りの人達の信用も失ってしまったんだな…。


俺は自分のやってしまった事を噛み締めながら、今は、自分の想いを精一杯伝えていくしかなかった。


「ごめん…。笠原さんの大事な親友を傷付けて…。

けど、生半可な気持ちなんかじゃない!彼女が許してくれるなら、俺の全部をかけて気持ちを伝えたいと思ってる。」


「本当ですね?クーリングオフもききませんからね?」


「ああ、もちろん…!逆に俺がクーリングオフされるかもしれないけど…。」


念を押され、画面に向かって頷き、そして少し弱気になって呟いた俺に、笠原さんは吹き出した。


「ぷふっ。それはないでしょう…。芽衣子は誰にも会いたくないと言いながら、心の中では矢口先輩を待っていると思いますよ?


頑張って下さい。私も、出来れば芽衣子と一緒にこの学校を卒業したいと思っているんですから。」


         *

         *



彼女のマンションの前に辿り着いたものの、俺はさて、ここからどうしようと考えていた。


芽衣子ちゃんのスマホに電話をしてみるも、電源は付いているようだったが、やはり繋がらなかった。


拒否…されているのだろうか?


俺はふうっとため息をついた。


あの後、笠原さんから、彼女が学校へ通えなくなる理由がキックボクシングを学ぶべく、外国に留学する為らしいと聞かされた。


以前、芽衣子ちゃんは、キックボクシングを辞めた事に後悔はないと言っていたけれど、

心境の変化があったのだろうか?


俺から離れたい為にそう言っているのでなく、彼女が本気でキックボクシングに打ち込みたいと思っているのだとしたら、俺にそれを引き止められるだろうか?


ともかく、彼女と話をしてみないことには何も分からない。


今度は静くんに電話をかけてみた。


『はい。あっ。矢口さん?』


こちらは、繋がりホッとした。


「静くん。久しぶり。あの…、芽衣子ちゃんいるかな?今、マンションの前にいるんだけど、連絡が取れなくて…。」


『ああ。今、芽衣子部屋にいますけど、わんわん泣いてるんで、着信に気付いてないんじゃないですかね?』


「泣いて…!ううっ。そうか…。」


静くんの声のバックに芽衣子ちゃんのものらしき嗚咽が微かに聞こえ、俺はズキズキ痛む胸を押さえた。


『取り敢えず、ちょっと下行きますね?』


静くんは、そう言い電話を切ると、そのすぐ後にマンションの出入り口に姿を現した。


自動ドアを開けた状態で静くんに手招きされ、俺はマンションの内側に入れてもらった。


「静くん。お姉さんの事を泣かせてしまって、ごめん。でも、俺…!」


そう言いかける俺の言葉を静くんは神妙な顔で首を振って遮った。


「いえ。矢口さん、謝らないでください。

いつか、こんな日が来るのは分かってました。

こればっかりはしょうがないです。奴は人間兵器です。足でコンクリートの壁を破壊するような奴と付き合うのは無理ですよね?分かります、分かります。」


「へっ。」


俺は静くんの言葉に目を丸くした。


「いいんです、いいんです。むしろ、今まで姉に付き合ってくれてありがとうございました。

まぁ、中途半端だと、本人も踏ん切りがつかないと思うので、

きっちり引導渡してやって下さい。」


「いや、あの。静くん、違くって…。」


ウンウン頷いて、ビシッと親指を立てる静くんに、俺は否定しようとしたが…。


「大丈夫です。俺、しばらく外出てるんで。二人でゆっくり話して下さい。じゃっ。」

「えっ。いや、静くん?!」


何か誤解されたまま、静くんは、外へ出ていってしまった…。


          *

          *


ま、まぁ、静くんの誤解は後で解こう。

今は、芽衣子ちゃんときちんと話をしなくては…!


と、気を取り直した俺は、彼女の部屋まで急いだ。


「808号室…だったよな…?」


俺は以前何度か訪問したした事のある、彼女の部屋のドアの前に立ち、深呼吸をすると、震える手で、チャイムを鳴らした。


ピンポーン!


応答がない。


間を置いて、もう2度程、押してみる。


ピンポーンピンポーン!


やはり、応答がない…。


拒絶されているのかと俺が俯いていると、

インターホンではなく、ドア近くから彼女の声がした。


「きょ、京先輩ですか…?」


!!


「芽衣子ちゃん!急に家に来てごめん。

俺、どうしても君に会って、話したい事があって…。」


俺がドア越しの彼女に勢い込んで話しかけると、少し間があって彼女の返答があった。


「話…?えっと…。私にはないですけど…。」


今まで彼女から聞いた事のないような冷たくそっけない声だった。


こちらから一方的に関係を切るような事したんだ。当然…だよな?


俺はギュッと拳を握り、勇気を奮い立たせた。


「め、芽衣子ちゃん…。ご、ごめん。怒ってる…よな…。俺、君にあんな言い方で嘘コクの関係を切ってしまって。でも、俺、上月とは…。」

「ああ。いいんですよ。言い訳しなくて。興味ないですから。」


「え…。」

誤解を解こうとした俺の言葉を芽衣子ちゃんはサラッと遮った。


「ちょうどよかったです。

私も目が覚めました。なんで、嘘コクミッションなんて、厨二病な事をしていたのか?我に返ったら恥ずかしい。

私、気付いたんです。自分には恋愛の真似事なんて似合わない。

やっぱり、私にはこの右足を活かしてキックボクシングの道を邁進していくのが、合ってるかなって。


少し前から、師匠にT国に二年程留学さないかって誘われてたのを受けようって思ってます。」


「留学…!二年も…?!」


留学の話は笠原さんから聞いていたものの、その期間の長さに俺は目を見開いた。


「ええ。嘘コクミッションの件では、京先輩を振り回してしまってごめんなさい。


柳沢先輩と何か画策していたのではという件ですが、京先輩を心配した彼女から、

「もう、矢口を傷付けるような事はしないで欲しい」と言われたので、今まで京先輩が嘘コクのシチュエーションを教えてもらったんです。


それに従って、京先輩の気持ちに添うように、嘘コクミッションの内容を考えました。


嘘コクミッションに協力してもらう分、京先輩にもメリットがないといけないと思いましたから、私なりに真剣にあなたを想う健気な後輩女子を演じました。」


「め、芽衣子ちゃん…。嘘だろ…。」


彼女の信じられない言葉に、俺は目を見張った。。


「はい。嘘はどこまでも嘘でしかありませんよね?

京先輩に最後にそう言われてしまってとってもスッキリしてしまいました。


お互い道を違える事にはなりましたが、ウィンウィンじゃないですか?

私も自分に本当に大切なものが見つかったし、京先輩も本当に大切な人を見つけたし。

だからわざわざ謝りに来る必要なんかなかったんですよ。本当に律儀な人ですね?京先輩は!」


「芽衣子ちゃん…。」


明るく早口で説明する彼女に、俺は何と言っていいか分からなかった。


嘘だよ、芽衣子ちゃん…。

君はそんなに器用な子じゃない。


俺だけならまだしも、親友や、家族、周りの人を騙し通せる訳がない。


静くんの電話で、微かに聞こえた嗚咽。そして、今話している声も泣いた後のような鼻声だ。


彼女は、俺との関係を最後まで嘘で終わらせようとしている。

他でもない、俺の為に…!


「退部届を出したのも、学校に通えないのも、そういう訳なんです。

気持ちが逸ってしまって、ちゃんと説明しなくてごめんなさい。

明日、ちゃんと、読者同好会の皆さんにも私の口から言いますから…。」


「なんで…なんで、留学の事、俺に言ってくれなかったんだよ…!」


彼女の誤解を解かなければならないのに、感情のままに出て来たのは、彼女を責める様な言葉だった。


「余計な心配かけるといけないですから。彼氏といっても嘘コク上のものでしたし…。」


「…!!」


芽衣子ちゃんの理論武装は完璧だった。


嘘コク上とは言っていたけど、俺は両想いだと思っていた。本当に付き合ってるのとほぼ同じだと思っていた。


けど、それを主張して彼女を引き止める資格はない。


その関係を断ち切ってしまったのは他ならぬ俺なんだから。


上月との関係を否定したとしても、この調子では信じてもらえそうにない。


めーこの事を持ち出しても、否定されるだけのような気がする。


何か、彼女の噓を暴くような策はないだろうか…?


ともすれば、彼女の嘘に呑まれて、本気でそう信じてしまいそうになるこの状況で、俺は必死に考えを巡らせた。


「あの…。もう、いいですか?あんまりここで大声で話していると、近所迷惑ですし…。明日、学校でまた話を…。」


「待ってよ。俺は納得出来てない。」


芽衣子ちゃんに焦れたように言われ、俺は縋るように引き留めた。


明日になるともう全てが決定してしまい、彼女を取り戻す術はないような気がする。


「じゃあ、どうすれば納得して終われますか?あっ。じゃあ、嘘コクミッションを完遂してからにします?

7つ目のミッション最初に戻しましょうか?

私達の今までの関係は全て嘘コク設定上のものだったと、皆の前で、宣言しますか?」


「め、芽衣子ちゃん…!!」


いつものテンションで、そんな嘘コクミッションを提案してくる彼女に、愕然と呟いた。


本当にこれが演技なのか…?


彼女は心底俺に愛想を尽かせてしまったんじゃないのか?


もう、俺が何をやっても、言っても彼女の心に響く事はないのじゃないか?


『今まで女性不信の君の心をも揺り動かす勢いで向かっていた芽衣子嬢の君への気持ちと同じ強さで今度は君を拒むだろう。


生半可な言葉では彼女に届かない。』


今更ながらに、白瀬先輩に言われた事が事実である事を思い知らされた。


けれど、白瀬先輩からアドバイスももらっていたんだ。


ええっと、確か…。


『彼女の意表を突き、本音を引き出す事が出来たら、あるいは可能性があるかもしれない…。』


彼女の意表をつく事!なんか…なんか

ないか?


俺は頭を抱えて考え込んだ。


「散々付き合ってもらったんです。なんでも、京先輩の好きな終わり方を演出して差し上げましょう。

なんなら卒業の歌でも歌って差し上げましょうか?」


…!!!


「そ、そうしてくれ!!俺に“蛍の光”を歌ってくれないか?」


「え。」


「芽衣子ちゃんがそれを歌ってくれたら、納得できるような気がする!!お願いだ!!歌ってくれ!!芽衣子ちゃん!!」


俺に突然すごいテンションで歌を請われ、芽衣子ちゃんは明らかに戸惑っているようだったが…。


「…??わ、分かりましたよ。そんなに言うなら歌いましょう。よく聞いてて下さいよ?」


芽衣子ちゃんは、ヤケクソのように大声で歌い始めた。


「ほおたあぁるのぉ〜〜ひ〜かあぁありぃ

まどのおぉおゆきいぃ〜〜☠、ふ〜みよむ〜つきいぃ〜ひいぃいかさ〜ね〜つつ〜、

いつ〜しかあぁ〜とし〜もおぉ〜すき〜のとを〜あけ〜てぞけさ〜はわか〜あぁ〜れゆ〜くうぅ〜〜〜☠☠」


相変わらず調子っぱずれの歌だなぁ…。


以前幼い声で歌ってくれた時とそっくりのド下手な歌を聞きながら涙が出て来る。


ホントに何で今まで気付かなかったんだろう…。


「相変わらずの音程だけど、歌詞は間違えなくなったんだな。。」


涙声でそう言ってやると、は憤慨したように言い返してきた。


「そりゃ、そうだよ!一度、皆の前で、大声で歌って大恥かいたもん!!

前髪の事はともかく、歌詞間違えたの知ってたなら、教えてくれればよかったのに…!

んんん…?!✡💫」


ガチャッ。

「京ちゃん、な、なんでっ…。」


突然ドアが開いて、泣き腫らした目を大きく見開いた、制服姿の彼女が姿を現した。


「わっ!京ちゃ…。」

俺はその隙を逃さず、彼女の腕を掴み、引き寄せ今度こそ離さないように、思い切り抱き締めた。


「めーこ…!会いたかった!!」








*あとがき*


ここまで読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございますm(_ _)m

やっと逢えた幼馴染み同士の二人…!

次回めーこちゃん視点になります。


今後ともどうかよろしくお願いします。

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