第201話 彼との嘘コクの関係が終わる時

上月先輩の発表が終わると、京ちゃんは、ただ真っ直ぐに彼女だけを見詰め、辛いようなそれでいて、清々しいような表情で、誰よりも大きな拍手を送っていた。



私も、上月先輩の『翼族の兄弟』内容に引き込まれ、幼馴染みのキャラクターに感情移入して、いくつかのシーンで涙ぐんでさえいたけど、京ちゃんがこの小説にかける思いは別次元のような気がした。


読書同好会の仲間として…。

そして、2日間の恋人として…。


今まで積み上げてきた、この二人だけに通じ合う絆を感じずにはいられなかった。


上月先輩は、席に戻って京ちゃんと目が

合うと、感動しているような、気まずそうな複雑な表情になった。


「矢口。あの、ありがとう。ごめ…。」


「謝るなよ。謝られると、余計惨めになるだろうが。ありがとうだけでいいよ。」


「う、うん…。ありがとう。矢口。」


二人だけに通じるような会話を交わすと、京ちゃんは優しく微笑み、上月先輩は涙ぐんだ。


私と目が合わない事…。


ずっと側にいたのに、小説対決についてほとんど何も教えてくれなかった事…。


それが、京ちゃんの選んだ答えに帰結するのだとしたら、私は…。


身を切るような辛さと寂しさを感じて、私は唇を噛み締めた。




❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


あの後、私が千堂先輩、左門先輩にした事は、先生方に厳重注意されるだけで済んだ。


ケガをさせた訳ではなかったし、あの時千堂先輩が原稿を破ろうとしたのを止めようとしていた状況を皆が見ていた事を考慮してくれたみたいだった。


取り敢えず直接は、読書同好会に悪影響を及ぼさなさそうでホッとした。


千堂先輩は私に怯えながらも、

「私にこんな事するなんて(教育委員長の)ママに言いつけてやる…!」と言ってきたが、

生徒会長さんに、「ああ。それなら、俺も、今日の千堂さんの振る舞いを副市長である伯母に報告しようかな?」と笑顔で言われ、途端に大人しくなった。

(ちなみに、その言葉には生徒会長さんと副市長の関係を知らなかったらしい、先生方もびびっていた。)


権力を振りかざす人は自分より強い権力に弱いんだぁ…と、何だか感心してしまった。


左門先輩も初め、前髪を散らされた事で文句を言いかけた。

そこで、美化委員長の楠木先輩があの時の事をスマホで動画を撮っていたらしく、提供された画像を皆で再確認してみると…。


私の蹴りは、僅かに左門先輩の前髪に触れていない事が分かった。


従って、先生方の出した結論は、左門先輩の前髪は、蹴りによって起こった風に吹かれてのだろうという事になった。


「そ、そんなワケがあるか!あの女が蹴りで起こした風圧で、かまいたちのように切り取られたんだ!!」


と、左門先輩は私を指差して主張した(多分私もそうなんじゃかいかと思っていた)が、校長先生はそんな彼に憐れみの視線を向けた。


「左門くん。まだ若いのに、受け入れ難いのは分かるが、そんな漫画みたいな現象が現実に起こるわけないだろう?それよりも、現実と自分の過ちをしっかりと受け止め、強く生きなさい!」


教頭先生も自分の薄くなった後頭部を指差して神妙な顔で頷いた。


「ああ。髪だけが人生ではないぞ。生き方が問題なんだ。」


その言葉には魂が籠もっていて何だか、先生方今日一いいことをおっしゃったような気がしていた。


「ち、違うっ。俺の髪は弱ってなんかいないんだぁーっ。」


左門先輩は机に突っ伏してむせび泣き、私は気まずく目を逸らすばかりだった。


その後は、千堂先輩と左門先輩のやった事について、証拠が上がっている事から順に追求していき、白瀬先輩や上月先輩にも話を聞く流れになっているようだったが、

私はその時点で職員室から帰らされる事になった。

出る時に入れ代わりのように、

紅先輩、碧先輩に伴われた大人しげな女の先輩が職員室に入って来た。


その先輩は元文芸部員で、前回のコンクールに出そうと思っていた作品を千堂先輩、左門先輩に盗作された鈴城先輩という方だった。


今回、紅先輩、碧先輩から小説対決の結果と

今の状況を聞き、ようやく証言する勇気を出してくれたらしい。


彼女を見て、千堂先輩と左門先輩が更に青褪めているのをチラッと見ながら、職員室を出た。


         *


「め、芽衣子ちゃん。大丈夫だった?」


部室に戻ると、一人でヤキモキしながら待っていたらしい京ちゃんに席を立ち、飛び付くように詰め寄られた。


「え、ええ…。心配かけてしまってごめんなさい。皆さんに助けて頂いて、何とか、厳重注意だけで、処分は受けずにすみました。」


「よ、よかったぁ…。」


胸を撫で下ろしてホッとしている京ちゃん。心配してくれていて嬉しい筈なのに今の私は

それを素直に嬉しいと思えなかった。


今、真っ直ぐに私の目を見て話してくれる京ちゃんにも、安心できず、つい裏を探ってしまう。


今までは迷っていたから私と目を合わせなかったけど、決心が固まったから、向き合う覚悟を決めたのではないかと…。


「そうですね。もう少しで、読書同好会の皆さんにも迷惑をかけるところでした。

危なかったです。」


気付いたら、棘のある言い方をしてしまっていた。


「芽衣子ちゃん…?俺はそんな事は別に…。ただ、君が心配で…。」


「そうなんですか?今日は、京先輩、何だか私と目が合わなくて冷たかったけど、心配してくれてたんですね。」


「そ、それは…。ちょっと、事情があって…。」


京ちゃんは、私から気まずそうに視線を逸らせた。


「安心して下さい。先程、紅先輩、碧先輩、が鈴城さんを職員室に連れて来て下さって、証言して下さるとの事だったので、千堂先輩、左門先輩の盗作は明らかになりそうですよ。」


「そ、そうか…。紅ちゃん、碧ちゃん、鈴城さんに結果を伝えに行くって言ってたけど、彼女証言してくれる気になったのか…。

まぁ、それはよかったけど、芽衣子ちゃん、これからは、ああいう無茶はしないでね?


まぁ…。こっちも、その…。小説対決について、詳しく知らせてなかったから、余計に心配をかけた部分はあると思うけど…。」


私を諫めようとして、京ちゃんは少し言い淀んだ。


「芽衣子ちゃんは、知っていたんだね…。」


「ええ。ごめんなさい。気になってしまって、京先輩が寝ている間にパソコンの画面を見てしまいました…。けど…。どうして教えてくれなかったんですか?」


私はつい、責めるように言ってしまう。


「知っていたら、君は反対すると思った。

それに、今回の件は、君の力に頼らずにに俺の手でカタを付けたかった。」


「…!! どうして…?どんな事でも、私は京先輩の力になりたかったのに…。」


「それは…。今は言えない…。」


京ちゃんは、苦しげな表情で俯いた。


それは…、上月先輩に思いを残しているから…?

自分一人の力で上月先輩を、「翼族の兄弟」の原稿を守ってあげたかったから…?


今までのように素直ないい子でいられない私に苛立ったのか、逆に、京ちゃんは眉根を寄せて私の痛いところを突いてきた。


「けど、君だって、俺に教えてくれない事があるだろう?


柳沢と何か画策していた事があるんだよな?

本当に君は嘘コクが好きで俺に嘘コクミッションの協力を求めていたのか?

それとも、他の目的があったのか?


嘘や隠し事があるなら、今までどうして教えてくれなかったんだ?」


「…!!!そ、それは…。」


私は思わず言葉に詰まった。


京ちゃん、知っていたんだ…!

私の嘘コク好きが偽りだって事を…!


京ちゃんが目を合わせなかったのは、本当の事を言っていなかった私への不信感のせい…?


私は、愕然として、京ちゃんに謝った。


「ごっ…、ごめんなさいっ…。


嘘や、隠し事をするのは悪い事です。それは私も分かっています。


けどっ…そうしなければ…私は、あなたの側には、いられませんでしたっ…。」


ポロッと涙を零す私に、京ちゃんは、辛そうな表情で首を振ると、決定的な言葉を告げる。


「けど、嘘の関係からは何も生まれないよ。

芽衣子ちゃんとの嘘コクミッションの設定上の彼氏彼女の関係、一度おしまいにしよう。


俺は誰かと付き合う前に、向き合わなきゃいけない相手がいる事に気付いたんだ。」


「京…せんぱいっっ…!!!」


私は、悲痛な声を上げる。


嘘っ…!嘘だっ…!!


半ば予期していたとはいえ、実際にその言葉を告げられたショックは計り知れなかった。


私の目からは涙が吹き出て、荒れ狂う感情のまま私は叫んでいた。


「上月先輩は、あなたを一度傷付けた相手ですよっ?それなのに、どうしてそこまでっっ!?」


それであなたはちゃんと幸せになれるんですかっ…?


「それでも、俺は上月とちゃんと向き合いたいんだ。」


「きょう…せんぱいっ…。」


真剣な眼差しでそう宣言する京ちゃんの前に、彼は心を決めたのだと悟らずにはいられなかった。



そこへ、タイミング悪く…。いや、タイミング良くなのかな?ぐちゃぐちゃの感情でよくわからないや。


とにかく、上月先輩が部室の戸を開けて、私達のただならぬ雰囲気に目を丸くした。



「え、えっと…。取りあえず、私の方は話が済んで戻って来たんだけど…。


どうしたの?氷川さん、泣いて…?!」


「だ、大丈夫…です…。」


私は涙を拭い、嗚咽を漏らさないよう口元を押さえた。


「とにかく、芽衣子ちゃん。後でもう一度話し合おう。すぐ戻ってくるから、ここで少し待ってて?上月、話がある。ちょっといいか…?」


「え、ええ。いい…けどっ?本当に…大丈夫なのっ?」


私の事を気にしながら、上月先輩は、京ちゃんに伴われ、廊下に出て行った。


私は二人の後ろ姿が戸に遮られ見えなくなった途端、膝から崩れ落ちた。


「ううっ…。ううっく…。京ちゃんっ…!」


涙で視界が遮られ、前も未来も何も見えなくなった私だけが後に残された。




*あとがき*


202話と同時投稿になりますので、よろしくお願いします。






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