第200話 茶髪美少女が最後に守りたかったもの

「くっ!こんな偽物…!!」

「っ……!!!」


今までの悪事が明らかにされ、絶望的な状況になった千堂さんは、八つ当たりのように、盗んだダミー原稿に力を込め、破ろうとした。


その瞬間私の中で何がが弾け、気付いたら会議室テーブルを蹴ると、右足を構え、千堂さんの元へ跳んでいた。


「め、芽衣子ちゃん、ダメだーっ!!!」


京ちゃんが驚いて叫んでいたけど、もうそのまま勢いは止まらなかった。


「きゃあああーーっっ!!」

「さ、沙也加さんっっ!!」


跳んでくる私に悲鳴を上げる千堂先輩と、

を庇おうと彼女の前に覆い被さる七三分けの左門先輩。


わたしの右足は、左門先輩の額を掠め、その風圧は彼の七三分けの前髪の三の部分を丸ごと切り取った。


「ひっ!ひいいぃっ…!!||||」


床に髪が散らばっているのを見て、左門先輩は腰を抜かした。


床に一度左足を着地し、勢いで、右足を千堂先輩の首筋に回し当て、私は怒りのままに喚いた。


「例え本物でなくても、作者にとっては大切な作品なんです!!

そんな事も分からないあなたにそれを傷つけていい権利はありませんっ!!」


「っ……!!!っ……!!!||||」


千堂先輩は恐怖にガタガタと震え、力の入らなくなった彼女の手から離れた原稿が床に散らばる。


千堂さんに当てていた右足を離し、私は原稿を拾い集めた。


「ふ、ふぐぅっ…。ふうぅっ…。」

「ううっ…。俺の髪がぁっ…。」


「あなた達には、作者がどんな思いでこの原稿を書いたかなんて分からないでしょうね…!」


その場にへたり込み、泣いている彼らを睨み付け、私は破れかけた原稿を大事に胸に抱きかかえた。


その途端、シンと静まり返っていた会議室は、再び騒然となった。


「い、今の何っ?映画のワンシーンかと思っちゃった。」


「動きヤバすぎ!氷川さんって、一体何者っ?!」


ざわめく周りの生徒達。


「「ひひ、氷川さん…?!すっごーい!!✨✨」」


「ひ、氷川さんっ…!?」


目を見開く紅先輩、碧先輩、上月先輩。


「「あわわわ…。なんて事だ…。||||」」


「ひ、氷川さん…。強い子だったの…?||||(ヤバ。あんなすごい子をこき使っちゃったの?私…!)」


青褪める先生方。


彼らの反応を見渡して私は公衆の面前で取り返しのつかない事をしてしまったと悟ったけど、後悔はなかった。


ただ…。


「芽衣子ちゃん…!||||||| 

なんでダミー原稿なんかの為に、こんな事したんだよ!! 

どうせ、この原稿は、情報保護の為にシュレッダーにかけられる予定だったんだし、破られようが、俺は構わなかったのに…!!」


私に駆け寄って来た京ちゃんにそう強く責められたのだけは、胸がズキズキ痛んだ。


「きょ、京先輩、ごめんなさい…。

でも、それでも私は許せなかった!あなたがこの一週間寝る間も惜しんで完成させた原稿をこんな人達に蔑ろにされるのは…。

あなたの周りの人を守りたいという気持ちも、作品を大事に思う気持ちも、全部足蹴にされたようで…。」


私は唇を噛み締めて、拳を握り締め、京ちゃんは苦しげな表情になった。


「芽衣子ちゃんっ…。やっぱり知ってたんだな…。」


「えっ!もしかして、ダミー原稿は矢口くんが制作したものだったのっ…?」


紅先輩が目をパチパチさせて、問いかけると、上月先輩が気まずそうに頷いた。


「ええ…。矢口に、盗作防止に自分の小説を暗記したらどうかって提案されて、自分は千堂さん、左門くんの気を引き付けるため、囮用のダミー原稿を作るって言われたの。


黙ってるのは心苦しかったけど、投票のときに、読書同好会の皆が板挟みになるといけないからって…。でも、氷川さんは気付いてしまったのね…。」


「じゃ、じゃあ、さっき、千堂さん側に投票したのは、矢口くんの小説に票を入れたかったから…?」


碧先輩も事実を知って目をパチパチさせた。


私は上月先輩に投票できず、読書同好会の皆

の力になれなかったばかりか、皆の前で、千堂先輩と左門先輩に暴力を振るって迷惑をかけてしまった事がいたたまれなかった。


「パソコンの画面を見ないように言われていたのに、約束を…守れなくてごめんなさいっ…。

いい子になれなくてごめんなさいっ…。」


「芽衣子ちゃん…。」


私が涙をポトポト落としてそう言うと京ちゃんも顔を歪めて泣きそうな表情になった。


「ぼ、暴力事件が起こったというのは、ここか?

お、お前ら、やめろぉ!!」


どこからか話を聞きつけたのか、生徒指導の金七先生も会議室に駆け込んで来たが、千堂先輩、左門先輩が恐怖の表情を浮かべ座り込んでいる前で、私と京ちゃんが穏やかならない雰囲気でいるのを見て目を丸くした。


「ん?氷川さん?矢口くん?暴力生徒がいると聞いたんだが、そいつはどこへ行ったんだ?」


「あ。多分、私です。」


「へぇっ?!」


私が自己申告すると、金七先生は、大声を上げて、仰け反った。


新谷先生が近くに駆け寄ってくると、そんな金七先生に顰めっ面を向けた。


「金七先生。もう、その事は収まっている事ですから、騒ぎ立てないで下さい!」


「は、はいっ…。すいませんでしたっ…。」


金七先生は、後退して、壁際に張り付くと直立不動の姿勢をとった。


それから、新谷先生は、私の肩に手を置いて、神妙な表情になった。


「氷川さん。気持ちは分かるけど、手を出そうとするのはいけない事よ?


これから盗作疑惑について、関係者全員に話を聞かなければいけないけれど、あなたも一緒に職員室に来てちょうだいね?」


「はい…。」


私はしょんぼり頷いた。


「俺も同行します!」

「京先輩…!」


京ちゃんが申し出てくれたけど、新谷先生は首を横に振った。


「あなたが感情的に庇うと、氷川さんにとっても読書同好会にとってもよくない事になると思うわ。

「っ…!!」


「悪いようにはしないから、ここは先生に任せて引いてくれる?」


私は、納得出来なそうな京ちゃんに、「大丈夫」と頷いてみせると、京ちゃんは痛みを堪えるような表情で、拳を握り締めた。


「わ、分かり…ました…。芽衣子ちゃんと、上月の事、よろしくお願いします…!」


私の事でも心配をかけてしまって京ちゃんに申し訳ないと思った。


「会議室はもう閉めるから、あなた達は上月さん氷川さんの荷物を部室に運んであげて、帰りを待っててあげてくれる?」


「は、はい…。」

「わ、分かりました…。」


先生にそう言われ、紅先輩と碧先輩も戸惑いながら頷いていた。


京ちゃんと紅先輩、碧先輩に心配そうに見送られる中、私は私は上月先輩と並んで新谷先生の後についた。


「千堂さん、左門くん、立てるかい?」

「「は、はいぃ…。」」


千堂先輩と左門先輩は、文芸部顧問の蓮見先生に助け起こされ、ガックリした様子で同じ様に職員室に連行されていたようだった。



         *

         *



上月先輩と私は、気まずい空気の中、職員室まで並んで歩いていた。


「……。」

「……。」


しばらく沈黙の末…。


「……っ。」


今しか機会がないかもしれないと思い、意を決して隣の上月先輩に切り出した。


「上月先輩…。あのっ…、暴力をふるってしまって、すみませんでした…。」

「…!」


暴力が苦手な上月先輩の前であんな立ち回りをしてしまい、せっかく盗作疑惑が晴れた上月先輩に迷惑をかけてしまった。


部に迷惑をかけてしまった私は退部させられても仕方がないと覚悟をしていた。


でも、上月先輩は、私がやった事については何も触れなかった。


「……。私も…、矢口に原稿を書いてもらってる事、言わなくてごめんなさい…。あなたには伝えて置くべきだったと思うわ…。」


「い、いえ…。そんな…。」


逆に上月先輩に謝られて私は困惑した。

そして、上月先輩も私に伝えておくべきだと思っていた事を、京ちゃんが黙っていたのはどうしてだったのだろうと胸の痛む思いで考えていた。



*あとがき*


次回2話投稿になります。

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