第199話 投票結果と不正の発覚
その拍手の大きさで、投票するまでもなく、参加者がどちらの小説をより称賛しているかすぐに分かった。
千堂と左門は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
上月。お前は本当にすごい奴だな。
俺は、少し胸の痛む思いと共にその事に満足して、精一杯の拍手を送った。
周りの反応を見て、上月は、涙目になり、頬を紅潮させていた。
「上月さん、原稿がなくて大変だったかと思いますが口頭で最後まで発表下さり、ありがとうございました。」
生徒会長に労を労われ、上月は会釈をすると、席に戻って来た。
俺と目が合うと、上月は感動しているような、気まずそうな複雑な表情になった。
「矢口。あの、ありがとう。ごめ…。」
「謝るなよ。謝られると、余計惨めになるだろうが。ありがとうだけでいいよ。」
上月のいつかの口調を真似て言ってやった。
「う、うん…。ありがとう。矢口。」
俺に礼を言うと、上月は涙ぐんだ。
「「うえ〜ん!ぶちょお!どうなるかとハラハラしたしたぁ!!素晴らしかったですぅ〜!!」」
紅ちゃんと碧ちゃんは肩を抱き合って泣いている。
「紅さん、碧さん、驚いたよね?ごめんね。氷川さんもごめんなさいね…。」
「い、いえ。そんな…!私こそ…。」
「?氷川さん??」
上月に話しかけられ、隣の彼女が辛そうに俯く気配を感じた。
どうしたんだろう?
声をかけようか躊躇っていたところ、生徒会長が参加者全員に呼び掛けた。
「では、今から、投票用紙を配ります。
二人の小説の発表を聞いた上で、
千堂沙也加さん、上月彩梅さん
『翼族の兄弟』の作者だと思う方の名前を記載の上、こちらの投票箱に投票して下さい。』
*
*
生徒会副会長が、投票用紙を配り終わると、生徒会長と白瀬先輩がそれぞれ一つずつ投票箱を持って、前方に立ち、俺達読書同好会と文芸部の部員を含む参加者は列を成して投票しに行った。
その結果、黒板に書かれた投票結果はー。
千堂沙也加:2人
上月彩梅:30人
のようになり、上月の圧勝だった。
「「やったー!!」」
「よ、よかったぁ…!」
「……!」
紅ちゃん碧ちゃんはハイタッチをし、上月は机に崩れ落ち、彼女は目を見開いていた。
「フウッ…。」
以前、生徒会長が白瀬先輩に告白を断られた場面を見た事のある俺は、もしかしたら、その事で投票に何らかの不利な影響があるかもと思っていたが、そんな事はなさそうで、ホッと胸を撫で下ろした。
対して穏やかでないのが文芸部側の反応だった。
「まさか…!嘘でしょ?!」
「あなた達、裏切ったんですか?」
「「「ひいっ!||||||||」」」
千堂は驚愕に目を見開き、左門に睨み付けられた文芸部員達は縮み上がっていた。
そりゃ千堂と左門も驚くだろう。2票しか入らなかったという事は他の参加者はおろか、同じ部活の部員でさえ、左門以外に一人しか投票しなかったという事なんだから…。
と思ったら、左門以外の文芸部員3人が全員千堂に頭を下げた。
「「「ごめんなさい。千堂さん。左門くん。もうあなた達の味方はできません」」」
「はっ?あなた達全員裏切ったの?!」
「バ、バカな…!!」
驚く千堂と左門に、もはや憐れみの気持ちさえ起こった。
うわぁ…。文芸部員誰も千堂に入れてないのかよ…。辛…!
じゃあ、もう一票は、他の委員会か、文化部かと考えていると…、突然隣の彼女が蚊の鳴くような声で謝って来た。
「皆さん、ごめんなさいっ…!あちら側に…投票してしまいましたっ…。」
?!!
「「ええっ!?」」
「……!!」
「め、芽衣子ちゃん…!?」
思わず、昨日ぶりにまともに正面から見た彼女は、青褪めていて、伏せられた長い睫毛に涙の雫が宿っていた。
「氷川さん…。あなた、知ってたのね…。」
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。ううっ…。」
上月の問い掛けに芽衣子ちゃんは顔を両手を覆って泣きながら謝るばかりだった。
「芽衣子ちゃん…。知ってたって…!」
知っていたなら、この投票が彼女にとってどれだけ精神的に負担がかかるものだったかを思い、俺は青褪めた。
「ひ、氷川さん…どうしたんですぅ?」
「な、泣かないで下さい〜!」
紅ちゃんと碧ちゃんがオロオロしながら芽衣子ちゃんを慰めている。
バン!
そんな中、結果に納得のいかない千堂が、席を立って、机を両手で叩いて抗議した。
「う…嘘よ!!こんな結果おかしいわ!!私が必ず過半数をとる筈だったのに…!!読書同好会が何か画策したに決まってるわ!!」
そして、周りの参加者を睨むようにぐるっと見渡し、最後に上月に憎悪に染まった瞳を向けた。
「そ、そうですよ!なんたって、部長が盗作をする泥棒猫のような人ですからね?」
左門は、上月を指差して罵った。
「そうよ。卑怯な手を使ってうちの部員や、他の参加者を丸め込んだりしたんでしょ?やり方が汚いわ!!」
「いや、だからそれはあんた達でしょ…!」
上月は、自分の事を棚上げした千堂と左門の言い草に呆れている。
俺が、白瀬先輩に視線を送ると、彼女は軽く頷いた。
「上月さん。左門くん。ショックを受けているところ申し訳ないんだけど、その事について何人かの参加者から君達に言いたい事があるそうなんだ。参加者の中で言いたい事がある者は、千堂さんと左門くんのところへ集って?」
「えっ…?!!」
風紀委員長の白瀬先輩の言葉に、参加者の過半数程の生徒がガタガタと席を立って呆気に取られる千堂を取り囲むようにして集まった。その中には図書委員代表の神条さんの姿もあった。
「お、お前達はっ…!||||」
左門は何か心当たりがあるのか、そのメンバーを見て、青くなっている。
「千堂さん、左門くん、投票に協力できなくてごめんね?力になれなかったから、これ返すよ。」
一人が、左門の前の机に商品券の封筒らしきものを机に置いた。
「私も。」
「俺も。」
「ごめん。やっぱりコレいらないわ。」
「こんな形で購入しても、本も喜ばないと思いますので。」
他の人も次々と左門の机に商品券を置いていき、左門は慌てて惚けていた。
「な、なんの事だ?俺はそんなの知らないぞ!?」
「いやね?参加者の人に賄賂を送る人がいるといけないと思って予め言って置いたんだ。賄賂を申し出てくれる人がいたら、その場は「現金ではいらない」と言って、何かもらったら知らせてくれるようにと…。」
「なっ…。」
「そしたら、いるわいるわ…。図書券や、アメゾンギフト券、グルメカードなどもらったという人が過半数も…。皆、左門くんに持ちかけられたと証言している。」
左門の前の机に集まった様々なギフトカードを横目に見ながら、ヤレヤレというように白瀬先輩はため息をついた。
「ふ、ふぐぅっ…!」
左門の顔は、赤黒く膨らみ、大量の汗を流している。
「わ、私は知らなかったんです。左門が勝手に賄賂を…!」
「え。さ、沙也加さん?!そんな…!!」
千堂は、両手を振って賄賂を左門一人のせいにしようとしたが、白瀬先輩は爽やかにニッコリ笑ってこう言った。
「うん。君ならそう言うと思ったよ。
その件はまたあとで追求する事にしよう。
今度は、ハッキリ君が関与している件について、皆さんに見てもらいたいものがあります。
新谷先生、例のものを頂いていいですか?」
「ええ。お願い。」
白瀬先輩は新谷先生から受け取ったUSBをパソコンに差し込み、テレビの電源を入れると、職員室の中らしき画像がテレビ画面に映し出された。
「これは、昼休みの間、職員室の私の席を映した動画です。」
「賄賂だけでも問題なのに…!」
「これ以上何があるんだっ?!」
新谷先生は、事の成り行きを戦々恐々としながら見守っている校長先生と教頭先生にも目を向けながら説明した。
「私に電話が掛かってきて、職員室を後にした後…。」
画像を見ていると、女生徒と共に、コソコソと怪しい黒い人影が職員室内に入って来た。
「ねぇ…。あれ、左門くんじゃない?」
「ホントだ…。変装してるけど、カツラから、七三分けの前髪が出てる…。」
周りの参加者は、ヒソヒソと呟いた。
女生徒達が蓮見先生に、授業内容の質問をして注意を引き付けている間に、左門らしき人影は、新谷先生の机の辺りに周り込み、針金で鍵を開け、引き出しの中から茶封筒の書類を取り出した。そして、封筒から原稿らしきものを取り出すと、一枚ずつスマホで写真を撮っていった。そして、全て取り終わるとまた元のように引き出しにしまい、針金で鍵をかけた。
一連の作業は、5分程の事で、そのあっという間の犯行を周りの参加者は息を詰めて見守っていた。
そして、女子生徒が職員室を出るとき、同時に左門らしき人影も一緒に戸口の外へと消えて行ったところで画像は止まった。
「あ、あれってもしかして、上月さんの原稿だったの…?」
「原稿の内容を盗撮したって事?」
参加者達がザワザワする中、その場にいた文芸部員の女子生徒が二人、立ち上がった。
「私達、いけない事だと分かっていたのに、左門くんに言われて断り切れなくて、蓮見先生の中の注意を引く役をしました!」
「本当にすみません!」
「お前達、そこまで裏切るのか!?」
左門が詰め寄ろうとしたところ、顧問の蓮見先生が、女子生徒を庇うように立った。
「左門くん。止めなさい。彼女達は良心の呵責に耐えられず、私に打ち明けて来たんだ。
新谷先生に相談すると、上月さんは盗作を案じてダミーの原稿を用意していて、本物は別のところにある。千堂さんが本当にダミーをコピーした原稿を使うかどうか見届けてから彼女の処遇を決めようと言うので、私は見守る事にした。
僕は千堂さんが途中で思い直してくれるのではないかと願っていたが…。いい子だと思っていたのに残念だよ…。」
蓮見先生に失望の目で見られ、千堂は、焦って言い訳をした。
「ち、違うんです!私、嵌められて…。」
文芸部員の1人のおさげの女子が、怒りも露わに叫んだ。
「千堂さん、往生際が悪いわよ!前回のコンクールの時も鈴城さんの原稿を盗んでそのまま提出したの、私、知ってるんだから!!」
「な、何を言っているの?明石さん!」
「私達、千堂さんと左門くんのやり方にはもうついていけないわ!!今回のコンクールだって、部員の誰かの原稿を盗んで提出しようとしてるんじゃないの?!」
「なっ!バカな事いうじゃないわよっ。今回は文才のないあんた達の原稿なんて盗んでないわよ!だから、プロを頼んで…!」
「千堂さん!?」
「八ッ!」
明石さんという女子に責められ、千堂は勢いこんで、余計な事を言ってしまった。
左門に指摘されて、失態に気付き、口元を押さえたが後の祭りだった。
今や会議室にいた全ての人が千堂と左門に厳しい視線を向けていた。
「千堂さん…。左門くん…。残念だが、ここまで明らかにになってしまった以上、我々も何もなかった事には出来ない。」
「今から、職員室で詳しく話を聞こう。取り敢えず、今回の文芸コンクールは千堂さんは参加を見送ってもらう事になるだろう。」
校長先生と教頭先生も青褪めながら、ようやく重い腰を上げ、千堂の盗作疑惑を追求して処遇を決める事にしたらしい。
「もちろん、読書同好会の上月さんの作品『翼族の兄弟』については、今回の文芸コンクールにぜひ参加してもらいたいと思う。
盗作疑惑をかけてしまって、すまなかったね。」
「は、はい…。よ、よかったぁ…。」
校長先生と教頭先生に謝られ、上月は安堵と共にその場に崩れ落ちた。
「上月さん、よかったわね。本当によかったぁ…。」
流石に最初の盗作騒ぎがあった時の、責任を感じていたのか、新谷先生も涙目になって喜んでいた。
「「部長…。よがっだぁ…!!」」
紅ちゃん、碧ちゃんも涙を流して抱き合っている。
「フーッ。」
俺も、心底ホッとして、脱力してしまった。
ふと、芽衣子ちゃんの姿を探すと、俺達から少し距離をとり、気まずそうな顔をしながらも、彼女も胸に手を当ててホッとしているように見えた。
「皆さん、ハプニングがあり、最後はこんな形になりましたが、集まって頂きありがとうございました。賄賂や、盗作疑惑に関わっている方以外はこの場で解散としたいと思います。お疲れ様でした。
なお、ここで見聞きした小説の内容については他言無用でお願いします。資料についてはこちらで回収させて頂きます。」
生徒会長が最後の締めの言葉を参加者に向け、副会長、顧問の先生達が資料の回収を始めたところだった。
多くの人に不正の発覚がバレ、茫然自失としていた千堂が、資料を回収しているのを見て、自分が読み上げたものを取り出すと…。
「くっ!こんな偽物…!!」
「っ……!!!」
腹立ち紛れに両手に力を込め、それを破ろうとした時、俺の後ろにいた彼女が動いた。
「め、芽衣子ちゃん、ダメだーっ!!!」
俺の叫び声が会議室中に響き渡る中、彼女は跳躍し、千堂に向けて右足を繰り出した。
*あとがき*
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m(_ _)m
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