第198話 『翼族の兄弟』上月彩梅 作
(上月彩梅視点)
「本当だ…!この資料、さっき千堂さんが発表した小説の資料と内容が全く同じだ…。」
「どういう事?また、盗作があったという事…!?」
ざわめく参加者の生徒達。
「あわわ…。また、盗作が…?」
「何てことだ…!学校の責任問題になりかねん。」
青くなる教頭先生と校長先生。
「……。」
「「部長…!」」
「上月先輩…!」
京太郎は、周りの反応を固い表情で見詰め、事情を知らない紅さん、碧さん、氷川さんは私を不安気な視線を送ってくる。
「わあぁっ!!また私の作品が盗作されたっ!!上月さんはどこまでひどい人なのっ!?」
「千堂さん、泣かないで下さい。上月さん、本当に卑怯な奴ですね…。」
千堂さんは、悲劇のヒロイン気取りで机に泣き伏し、左門はそれを慰めるという茶番を私は冷ややかな目で見遣った。
いや、ひどいのは、あんた達でしょ?
自作自演のくせに、よく恥ずかしげもなく被害者ヅラできるわね?
京太郎から、ダミー原稿の提案をされた時は、いや、まさか、千堂さん2回もあんな真似しないでしょ?
しかも、それを自分の原稿として読み上げるなんて出来る?
と半信半疑だったけど、本当にやらかして、驚いて青褪めてしまったわ。
「困った事態になりましたね。先生方、どうしましょうか…?」
会義室の中の荒れた空気に困惑した生徒会長は、校長先生、教頭先生の方に視線を送ると、先生達は大量の汗をかき、顔を見合わせボショボショと喋った。
「そ、そうだね…。さっき、また盗作が起こった場合は、作品をコンクールに出すのは見送ると言う話になっていたかな…。」
「千堂さん、無念だとは思うが、それでもいいかね…?」
「はい…。残念ですが、仕方ありません。その代わり、上月さんと読書同好会への厳しい処分をお願いします。」
「あ、ああ…。事実確認をした後、必ずそうしよう…。」
校長先生は、私に厳しい視線を向けてきた。
だから、ちょっと待ちなさいよ!何故私がやったと仮定して話が進んでいるのよ…!?
文句を言おうと、口を開いた途端…。
「上月さんから、この件に関して何か意見がありますか?」
「!」
突然、生徒会長から質問を受けた。
会場内が私を疑う空気になっている中、中立の立場から聞かれ、ホッとした私はハッキリとした口調で宣言した。
「はい。私は盗作なんかしていません!そして、今、配られた資料は私の小説ではありません!!」
「何ですって!?」
千堂さんが、泣き真似をやめて、大声を上げた。
「何かの手違いで、内容の同じ資料が配られてしまったみたいですね。私も困惑しています。」
私は驚いている参加者の面々に神妙な顔を向けた。
「嘘をつきなさい!そんなの、この場を切り抜ける為の言い訳よ!この資料は絶対にあなたのものよ!!」
千堂さんが発言した途端、顧問の新谷先生とが眉を顰めた。
「千堂さん、どうしてこの資料が、絶対に上月さんのものだって言い切れるの?原稿は顧問が管理していて、コピーの時も私以外誰も目にしていないんだけど…?それとも、千堂さんが原稿を確認する機会があったという事かしら?」
「そういう事なら、風紀委員としても、詳しく話を聞きたいな…。」
白瀬先輩にも追求され、千堂さんはしどろもどろになりながら、抗弁した。
「い、いえ、べ、別に原稿を確認する機会があった訳じゃないですけど…!同じ原稿の資料があるなんて、明らかに悪意があるじゃないですか。上月さんがやったとしか思えません。」
「分からないわよ?上月さんを陥れたい他の誰かの仕業かもしれないし…。」
「だ、大体、顧問の先生なら、コピーする時に中身を確認しているから、この資料が上月さんのものだって分かるんじゃないですか?」
「それがね〜、私、この小説は会議室で上月さんが発表される時に楽しみをとっておきたかったから、内容は見ないようにしてコピーしていたの。
だから、内容が上月さんのものかどうかは分からないのよ〜。」
「顧問がそんないい無責任な事するわけ…!」
苦笑いして、手の平で額をペシッと叩く彼女に、千堂さんが目を剝くと、新谷先生は
目だけ笑っていない表情でこう言った。
「ふふっ。婚活パーティーの誘いの電話で、大事な原稿から目を離してしまう私みたいな先生ならそういう事もあり得るんじゃない?ね?千堂さん?」
「……!!!||||||||」
千堂さんはざっと青褪め、言葉を失くした。
彼女がそれ以上イチャモンをつけて来ないのを見て取ると、生徒会長は再び私に話しかけて来た。
「資料が同じ内容になってしまった理由については後で調べるとして、差し当たり問題なのは、上月さんの本当の小説の資料がない事かな。上月さん、発表に必要な自分用の原稿は持っている?」
「いえ。ここにはありません。ただ…。」
生徒会長に答え、言葉を切った。
「小説の内容は全て暗記しています。資料がなくて、申し訳ありませんが、今から、口頭で皆さんにお伝えしてもいですか…?」
私の言葉に周りは一気にざわついた。
紅さん、碧さん、氷川さんが心底驚いた表情になっているのを見遣り申し訳ない気持ちになった。
皆、事前に言わなくてごめんなさい。驚いたよね?後で全部説明するから…。
そして、京太郎の方を見ると、彼は僅かに微笑み私を勇気付けるように頷いてくれた。
「口頭で…!上月さん、大変ですけど、大丈夫ですか?」
「はい…!」
目を丸くした生徒会長に、私は大きく頷いた。
「では、皆さん、今から、上月彩梅さんに『翼族の兄弟』の続きの小説を口頭のみで
発表して頂きます。くれぐれも私語は謹んでもらうようお願いします。」
生徒会長の言葉に、周りは静かになり、教壇に立った私に注目した。
さっきとは真逆に私を驚いて青い顔で見つめる千堂さんと、「(どうせ途中でとちるに決まってますよ…。)」と、同じく青い顔で彼女に囁いている左門くんに、不敵にニヤリと
笑い、私は言葉を発した。
「翼族の弟アランは、兄のソランに再会してこう言った。
『ソラン。俺…。ソランが数年ぶりに帰って来て、帝国軍と共に村を焼き払ったのを見た時、ショックだけど、少しだけソランの気持ちが分かるような気がしていたんだ。
俺も、小さい頃からずっと、周りから奇異の目で見られて遠巻きにされてきた。
綺麗事を言っても、世の中、力とお金がなければ誰も種族の違う俺達を受け入れてなんてくれない。
ソランに何か事情があって、その目的のために力を手に入れたいと願ってこんな事をしたのなら、理解できる。
場合によっては俺も軍に入って、ソランに協力してもいいとまで思っていた。だから、俺はあの時すぐに軍の元へ行き、ソランに話を聞きに行こうと思っていたんだ。
その時の俺なら、クローン技術の研究も、永遠の命なんて途方もない事想像もつかねーけど、無敵の人間を作れるなら、すげーじゃん!俺も力になろう!って思ってたと思う。』
『アラン…!』
『……。』
ソランは、その言葉を聞き、喜びの表情を浮かべ、エリシアは悲しげな表情でアランを見守った。
『けど、実際はそうならなかった。俺には村を追われたエリシアがいた。彼女を守る為に、衣食住の手配をし、傷付いた彼女に寄り添う内、軍に接触する機会を失った。
その内、翼族に興味を持つ仲間とも知り合い、ソランの心を探るため、翼族の国に行くことになった。
途中、翼族の人に殺されそうになったけど、仲間の機転で助かった。
同じ故郷の一族に疎まれ、殺されそうになった事にショックを受けていると、今度はエリシアが寄り添ってくれた。
俺一人じゃどうにもならない問題を仲間が、エリシアが解決して救ってくれた。
だから、俺は今、クローン技術の研究を聞いても心が動かされない。一人の完璧な人間を
作る事よりも、不完全でも、助け合える仲間
がいる事のほうが何倍も価値がある事だって分かったから。』
『『アラン…!』』
『ソランは一人じゃなかったのに!軍に入る時、クローン研究に携わる時も、何で俺達の事を考えなかった?』
『お前達の事は大事に思っていた!だから、力を手に入れたら、迎えに行こうと思っていた。だから、クローン研究に区切りが着いたから、村に帰って…!』
『ううっ。ソラン…!それでついでに村を焼いたの…?ううっ…。昔の優しいソランはどこへ行ってしまったの?』
『どうして泣くんだ?エリシア?』
『ソラン。今、エリシアが何で泣いているか分からないのか…?エリシアは孤独のあまり、人間性を捨ててしまったソランの為に泣いているんだよ?
もう、俺は、ソランの手を取る事は出来ない。それは、エリシアを二度泣かせる事になる道だから…!俺達は道を違える事になるだろう。』
アランはエリシアに手を差し伸べた。
『行こう。エリシア。』
『アラン…!!』
アランに手を差し伸べられ、エリシアは、一瞬躊躇った後、その手をしっかりと握った。
『ソラン…。さようなら。』
エリシアは涙を浮かべてソランに別れを告げる。
『ソラン。次に会った時は俺達は敵同士だ。もう俺の事を弟と思わなくていい。じゃあな!』
エリシアを抱えたアランは窓から飛び立って行った。
月明かりに向かって飛んでいく二人の姿を見送りながら、ソランは窓辺に立ち尽くしていた。
『アラン、エリシア…。どうして分かってくれないんだ…。』」
私はそこまで一気に話し終えると少し息をついた。
演技過剰にならないように注意しながら、自然な感情のままに登場人物のセリフを言ったけれど、どうだったかと周りの反応を見ると、水を打ったように静まり返り、皆、私の話に集中して聴き入ってくれているのが分かった。
何人かは、泣いている生徒もいる。
千堂さんがどんな顔をしているか、今は気にならなかった。
京太郎が、目に感嘆の色を浮かべてこの話を聞いてくれているのに気付くと、私は安堵して、続きを話し出した。
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(京太郎視点)
俺は、上月の口から小説の続きが語られるのを、瞬きもせず見守っていた。
この一週間の内、何度も打ち合わせはしたが上月の小説の続きの話の内容については、知らせないように頼んでいた。
上月の方から面白いかどうか内容を相談させてくれと言われる事もあったが、それはある理由により突っぱねた。
だから、正真正銘、上月の小説の続きを聞くのはこれが初めて。
その才能を信じてはいたが、その予想を更に越えてくる出来栄えに舌を巻く思いだった。
去年上月の小説を初めて詠ませてもらった時と同じように打ちのめされた思いがした。
いや、今回は打ち負かされた思いがした。
やっぱりなと胸の痛む思いはあったが、去年の苦々しさはなく、どこか清々しい敗北感だったのは、きちんと戦って負けたからだろう。
幼馴染みのエリシアの気持ちを汲んで、兄のソランと決別した弟のアランは、それから仲間と合流して、対抗する力を手に入れるため、再び旅に出たところで小説は終わった。
「アランとエリシアは決意も新たに次の目的地に向かった。
ソランの野望を阻止する為にー。
真の意味で彼の心を救う為にー。
これで、私の『翼族の兄弟』の発表を終わります。」
上月が教壇でペコリと頭を下げると、参加者から、割れんばかりの拍手が起こった。
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