第195話 哀しい裏切りの予感

どうしたんだろう?


今日は、京ちゃんと目が合わない。



「矢口、本当に顔色悪いわね?少し無理をし過ぎたんじゃない?

私スポーツドリンク多めに作ってきたから、よかったら飲んで?」

「あ、すまん。ありがとう。」


上月先輩からスポーツドリンクを入れた紙コップから美味しそうに飲み、嬉しそうにお礼を言う京ちゃんを泣きたい気持ちで見詰めていた。


昨日、家に行った時は、いつも通りの京ちゃんだったのに…。

どうして…?


昨日は、京ちゃんがに没頭している間、帰りが遅いというおばさんに代わって、ご飯を作らせてもらって、明日の小説対決では、上月先輩を応援しようと、笑い合って一緒に験担ぎのカツ丼を食べた。


そして、それから数時間後、京ちゃんはシナリオを最後まで仕上げ、読書同好会のメンバーにLI○EにPDFのデータで送ってくれた。


シナリオの内容を見て、千堂さん達が取るであろういくつかの行動パターンを想定して、緻密な計画を立てているのに感心していた私は、京ちゃんは机の上でそのまま寝ているのに気付いた。


京ちゃんの肩に毛布をかけ、帰ろうとしたところ、おばさんが帰って来るところに

出くわし、結局、また送ってもらう事になってしまった。


帰った後は、京ちゃんから電話をもらい、『手伝いに来てもらったのに、また寝てしまって本当にごめん!今度、埋め合わせするから!!』と必死に謝られた。


『私が京先輩の側にいたくて勝手に家に押しかけていたんだから、そんなに謝らなくていいんですよ…!』と逆に申し訳なく思い、謝りながら、『でも、そんなに言って下さるなら、今度デートでもしてくださいね?』と、デートの約束をこぎ着ける図々しい私だった。


私が「めーこ」だと告白して、受け入れてもらえるか、京ちゃんと上月先輩との事、師匠の留学の話など、色々悩んでいたけど、

小説対決が終わったら、全部ハッキリさせよう。


まずは、きちんと「めーこ」だと告白する。今まで黙っていた事を、京ちゃんがすぐに受け入れられなかったとしても、正直に事情を話して、許してもらえるまで何度も謝ろう。


上月先輩との事はモヤモヤするけど、京ちゃんがハッキリ気持ちを定めていないなら、正々堂々と戦うしかない。


今までの嘘コク女子達ともそうやって戦ってきたのだもの。これからも頑張って本当の彼女の座を目指して頑張っていこう。


心が揺れてしまっていて、保留にしてしまっていたけど、師匠の留学の誘いは、キッパリ断ろう。


そう、前向きな気持ちで決意して、安心してその日は眠りについた。


その翌日の小説対決当日。


お昼休みに会った京ちゃんは、私を避けるように距離を取り、話しかけても、こちらの顔も見ずに言葉少なに答えを返すだけだった。


小説対決の為に栄養をつけてもらおうと、沢山作ってきたお弁当もほとんど手をつけず、

青い顔をしている京ちゃんを、初めは体調が悪いのではないかと心配していたのだけど…。


体調を心配して、上月先輩から渡されたスポーツドリンクを京ちゃんは美味しそうに飲むと、スッキリした表情になり、

上月先輩や、紅先輩、碧先輩に小説対決に向けて最後の確認をしていった。


「それから、め、芽衣子…ちゃん…だけど…。」

「は、はいっ!」


私の名前も呼ばれて、張り切って返事をした。体調が回復したなら、私の事をちゃんと見てくれるかと期待したけど…。


「え、えっと。シナリオにあるように、上月が新谷先生に小説の続きの原稿を渡すのに付き添って、その後は上月の警護を頼むよ。」


京ちゃんは、さっきよりは視線を私の首辺りに上げてくれたものの、目を合わさず、少しぎこちない様子で私の役目を言い渡した。

『上月先輩の警護』を…。

  

やっぱり、京ちゃん私に対してだけ様子が変だ。

何か、私が怒らせる事をしてしまったのか?

それとも、私に対して何か気まずい事があるのか?


まさか、私の知らないところで、上月先輩と何かあったんじゃ…。

いや、まだ分からない。邪推しちゃだめだ。


「はい。分かりました!」


私の心は不安に揺れながらも、力強く私は頷いた。京ちゃんに失望されたくない。

小説対決までは、自分の役割を果たさなければと思った。


         *

         *


その後、小説対決の原稿を新谷先生に渡しに職員室に行くのに、私が同行していると、

上月先輩が躊躇いがちに話しかけて来た。


「あの…。今日、矢口、ちょっと変じゃない?ひょっとして、あなた達ケンカでもしてるの…?」

「…っ!!」


私は痛いところを突かれてビクッとした。

彼女から見ても、京ちゃんの私への態度はぎこちないものだったのだろう。


「そ、そう見えましたか?特に心当たりはないんですけど…。昨日作ったカツ丼、あまり美味しくなかったとかかなぁ?何かやらかしてたなら、謝らなきゃですね。」


私は上月先輩に出来るだけ深刻になり過ぎないような言い方をした。


「いや、そんな事で怒る奴じゃないでしょうけど…。」


上月先輩は、気まずそうにポツリポツリ話し出した。


「その…私の小説対決の事で、二人の諍いの元になる事があったのなら、本意ではないし、申し訳ないと思って…。

氷川さんまで巻き込んでしまったけれど、あなたは…、無理に私の味方にならなくていいんだからね?」


私は上月先輩の言葉を胸の痛む思いで、聞いていた。


上月先輩、言う事は厳しいけど、色々気遣ってくれるし、根は悪い人ではないんだよな…。


そんな上月先輩だから、京ちゃんも放って置けないんだろうな…。


「いえいえ!そんな事でケンカしたりしてませんよ。私も読書同好会の一員として、上月先輩の事応援したいと思ってますよ?」


私は上月先輩にガッツポーズをとって見せた。


「それより、この前、千堂さん達に原稿をコピーされたばかりなのに、今回も紙で渡すのは危険ではないんでしょうか?スマホにとってデータとして先生にお渡しした方がよくないですか?」


「い、いえ!私はアナログな人間だから、どうしても、原稿は紙で渡したいのよ。

悪いけど、それだけは譲れないの!」


「そ、そうですか…。」


心配して指摘するも、上月先輩に慌てながらもそう強く主張され、納得するしかなかった。


コンコン!

「「失礼しまーす…。」」


「あら。上月さん達。それは、今日の小説対決用の原稿かしら?」


職員室に入ると、A4サイズの茶封筒を胸に抱えた上月先輩と、私を見つけた新谷先生は

笑顔になって、こちらに近付いて来た。


「あっ。ハイ。お願いします。」

「はい。確かに受け取っておくわね。」


職員室は今の時間、人が少なく新谷先生や、文芸部顧問の蓮見先生の他、定年間近の倫理の石川先生が机の上で船を漕いでいるのと、金七先生が『君達はど○生きるのか?』を真剣に読み耽っているの以外は、誰もいなかった。

   

もし、この状況で誰か原稿を狙って忍び込んだとしても、気付かれないかもしれないな…と心配に思った私は、新谷先生に念を押すように言ってしまった。


「あの…新谷先生。くれぐれも原稿の管理はお願いしますね?」


「流石に分かってるよわよぅ。今回は机の引き出しに入れて鍵をかけておくから、氷川さん、心配しないで?」


と新谷先生は目の前で、受け取った原稿を引き出しに入れて、目の前で鍵を締めてみせてくれた。


「原稿、放課後までに参加者の資料用にコピーをしておくわ。上月さんも、他のメンバーも放課後は小説対決がんばってね!」

「「はい!」」


新谷先生は、私達にファイティングポーズを取り、上月先輩も、私も頷き、安心して職員室を後にしようとしていたのだが…。


職員室を出たところで、スマホの着信音が鳴り響き、


「えっ?お医者さん限定のお見合いパーティー!?ちょ、ちょっと待って下さいね?今かけ直しますので…。」


新谷先生がテンション高く電話に受け答えして、私達の後ろから小走りで外へ出て行く姿を見てしまい、私と上月先輩は顔を見合わせて苦笑いをした。


「新谷先生、婚活かな…?」

「なんか必死な感じでしたね…。」


でも、鍵かけてあるとはいえ、職員室の中にいなくて原稿、大丈夫かなぁ…。


上月先輩を教室まで送り届けた後、やはり原稿の事が気になってしまった私は一階の職員室に戻って少し遠くから様子を窺っていた。


すると、


「「失礼しまーす!」」

二人組の女生徒と共に、ぐるぐるメガネをかけたモジャモジャヘアの小柄な男子生徒が、周りをキョロキョロしながら職員室の中に入って行くのを見た。


よく見ると、その男子生徒のモジャモジャヘアは、少しズレていて、几帳面に七三に分けられた前髪が覗いていた。


!!


あの七三分けの男子生徒はもしかして、千堂さんの取り巻きの左門先輩!?


もしかして、原稿を盗みに来たんじゃ…!


私は出て来た時にいつでも飛びかかれるように待機していると、少しして、また、二人組の女生徒と共にコソコソと逃げるように職員室を出て行く男子生徒(左門先輩?)の姿が見られた。


「ちょっと…!んむっ?」

「芽衣子ちゃん、シッ!」


私が男子生徒を問い詰めようと近付こうとしたところ、後ろからいきなり誰かの手で口を塞がれ、耳元で囁かれた。


「このまま行かせて大丈夫だから、気付かれないようにして?」

「!!」


男子生徒達を見送ってから、振り向くと、京ちゃんが怖い顔をして立っていた。


「芽衣子ちゃん。どうしてここにいるの?原稿を渡した後は、上月の警護をお願いしていたよね?」


「こ、上月先輩は、教室までちゃんと送りました。どうしても原稿が気になってしまって…。左門先輩らしき男子生徒が何かしたかもしれません…!」


さっきから雰囲気の硬い京ちゃんに気後れしながらも、私は訴えかけたが…。


「分かってる。あの原稿はダミーだから大丈夫。」


「…!!」


京ちゃんの言葉に私は大きく目を見開いた。


「新谷先生に頼んでペン型のカメラを職員室に設置させてもらってる。

左門が職員室でしていた事も、動画で撮れているから、心配しなくていい。」          


「そ、そうだったんですね…。」


私は愕然と呟いた。


そこへ、新谷先生が外から戻って来た。


「ったく、このタイミングでお見合いパーティーの電話って。同じ手に2度も引っかかるもんですか!」


「先生、大変でしたね。協力して頂いてありがとうございます。」


スマホに向かって顔を顰めて文句を言ってる新谷先生にを宥めるように京ちゃんが声をかけた。


新谷先生は、元から京ちゃんに協力してくれてわざと電話に出て、敵が行動を起こす隙を

作ってくれていたらしい。

頼りないとか思っちゃってごめんなさい…。


私は心の中で新谷先生に手を合わせた。


「その映像があれば、小説対決をせずとも、千堂さんを告発できますね?」


私はホッとして明るい表情で問い掛けたのだが、京ちゃんは渋い顔になった。


「いや、それは難しいかもしれない。左門の奴、変装もしていたし、自分じゃないと言い張ればそれまで。


左門だと特定出来たとしても、千堂が自分は知らなかったと言えば、責任は逃れられる。


そのダミーの原稿を千堂達が使う事によって、初めて言い逃れ出来ない状況になるから、小説対決はどうしても必要な事なんだ。」


「そ、そう…なんですね…。」


ダミーの原稿を千堂達が使う…。

小説対決はどうしても必要な事…。


私は京ちゃんの言葉から導き出される状況を想定し、胸がつぶれるような思いがした。


「でも、映像がある事で、小説対決の結果がどうあれ、かなりこちらの有利になる事は確かね。パソコンで映像を確認して、後で伝えるわね?」


「新谷先生。ありがとうございます。」


新谷先生がそう申し出てくれると、京ちゃんは信頼している人に向ける笑顔になった。


そして私の方に顔を向けるとその笑顔は消え、やはり視線を合わせず気まずそうに言った。


「芽衣子ちゃん。そういう訳だから、あまり他の事は心配しないで?引き続き、放課後、上月の警護をお願いするよ。」


「はい…。分かりました。勝手な事しようとしちゃってすみませんでした。上月先輩の警護に集中しますね。」


私はしゅんと俯き、京ちゃんに謝った。


今回の小説対決について、私は京ちゃんに何の力にもなれない…。


その上…。


小説対決がもし、予想通りになるとしたら、私は京ちゃんの希望を、読書同好会の皆を裏切ってしまうかもしれない…。


私は、自分の予想した展開にならないよう、

心の奥で強く強く願っていた。




*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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