第194話 変わってしまった世界
「京先輩、顔色悪いですね?」
隣の茶髪美少女が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「昨日はちゃんと寝れました?」
「っ…。||||」
俺はその大きなパッチリした瞳を見るのが、
今はとても辛い。
母の衝撃発言がガンガンと頭に鳴り響く。
『芽衣子ちゃん、自分が『めーこ』ちゃんだと、京太郎に話すと言っていたわね。』
思い出すな、俺!本人にちゃんと確認したわけじゃない。
彼女はまだ俺の中では『芽衣子ちゃん』だ。
とにかく、今は小説対決を無事終わらせる事だけ考えよう。
「あ、ああ…。何時間かは寝たから大丈夫。昨日は途中で寝ちゃって送って行けなくて本当にごめんね?」
「いえ、そんな事はいいのですが、何時間かじゃ、睡眠足りませんよ。読書同好会の皆さんには言って置きますから、保健室で少し休んだらどうですか?」
と、今すぐ保健室に連れて行きそうな勢いの彼女に、俺は手を突き出して拒否をした。
「いや!それは大丈夫!小説対決が終わるまでは気になって却って体が休まらないよ。全部終わってからちゃんと寝るから心配しないで?め…、芽衣子…ちゃん!」
奥歯に物が挟まったような言い方で彼女の名前を呼んだ。
「そうですか?もし、途中でいよいよ具合が悪くなったら言って下さいね?」
「ああ…。」
俺は彼女から目を逸らしながら頷いた。
*
「京先輩…、食が進まないようですが、本当に大丈夫ですか?」
「あ、ああ…。ごめん。今日はあんまり食欲がなくて…。」
読書同好会のメンバーで打ち合わせを兼ねて屋上でお昼を食べている途中、隣にいる彼女が、話しかけてくるのに、やっとの思いで答えた。
朝食を食べなかったにも関わらず、全く食欲がなかった俺は、彼女にいつものようにお弁当をもらったものの、おにぎり一つ卵焼き一つを食べたきり、手が止まってしまっていた。
考えないようにしようとすればする程、考えてしまう。
もし、本当に「芽衣子ちゃん」が「めーこ」なら、どうして今まで言ってくれなかったんだ?
今まで何度も「めーこ」の話題は出して来たよな?
真柚ちゃんとトラ男の問題で協力してくれた
時も、彼女は「めーこ」と真柚ちゃんの事で苦しんでいた俺を慰めてくれたけど、本人だったなら何故その時に言わなかったんだ…。
俺は気持ちを振り切らなければ行けないと、「めーこ」と「芽衣子ちゃん」の間であんなにも悩んでいたのに、どうして…??
京介おじさんの事もそうだ。
遠い親戚のおじのそんなに頻繁に会うのは確かにおかしかったかも知れないけど、凪叔父さんと仲がいいから、それ繋がりだと思っていた。
俺は、大人としてかなり駄目なところがあるけど、どこか憎めない「京介おじさん」を嫌いではなかった。
けれど、「実の父親」だったなら話は別だ。
母や俺を放って置いて世界中で写真を撮り、好き勝手に生きている駄目な父親。
それが彼の本当の姿だったなら、到底受け入れられる訳がない。
「芽衣子ちゃん」も、もしかして京介おじさんの事を知りながら、黙っていたのだろうか…?
「芽衣子ちゃん」「京介おじさん」
そして、母やその周りの人に騙され、裏切られていたような気がして、
俺は誰も信じられないような気になってしまっていた。
「矢口、本当に顔色悪いわね?少し無理をし過ぎたんじゃない?
私スポーツドリンク多めに作ってきたから、よかったら飲んで?」
「あ、すまん。ありがとう。」
上月は、何故か持っていたらしい紙コップにスポーツドリンクを注いでくれ、俺はそれを有り難く受け取って一気に飲んだ。
冷たいスポーツドリンクが喉に染み渡り、少し頭が冷えたようだ。
今やるべき事に集中しなければ…!
「上月は小説対決に向けての準備の方は大丈夫そうか?」
俺が聞くと、上月はショートボブの髪を揺らして大きく頷いた。
「ええ。あなたが無謀な計画立ててきたときは、どうしようかと思ったけど、
私の方はもう小説も仕上がっていて、準備は大丈夫よ?後は矢口が作ってくれたシナリオ通りやるから、保健室で休んでてくれていいぐらいよ?」
「それは、頼もしいけど、俺は大丈夫だから、最後まで参加させてくれよ。」
俺はこの一週間、何度も弱気になっていた
上月から本番直前になって力強い言葉を聞けてホッとしながらも、苦笑いで頼んだ。
「紅ちゃん、碧ちゃん。鈴城さんの方は話を聞くのはやっぱり難しそうって言ってたよね?」
俺が確認すると、紅ちゃん、碧ちゃんは芳しくない表情で答えてくれた。
「はい…。『ことすず』さんのペンネームで部誌を書いていた事は教えてくれたんですが…。」
「盗作疑惑について聞くと、顔色を変えて「何も話す事はない」の一点張りで。何かあるのは間違いなさそうですが、千堂さんをとても怖がっているようでした。」
「そうか…。千堂が何か圧力をかけているのかもな…。彼女が証言してくれるなら、かなり有り難かったけど、無理には頼めないよな。
今回の小説対決で、千堂のやった事が明るみになった後で、彼女の事も余罪として明らかになるといいな…。」
彼女の作品が盗作されたとしても、千堂の作品として前年のコンクールに出されてしまい結果が出てしまった以上、その作品に取り返しがつくかは難しいかもしれないが、
せめて、そういう事実があった事を明らかにする事で少しでも彼女の無念が晴らされるのではないかと思った。
「はい。その後なら彼女も勇気が出せるかもしれないですね。」
「小説対決が終わったら、経過を鈴城さんにもお知らせしますね。」
「ああ。頼む。」
ニッコリ微笑む紅ちゃんと碧ちゃんにお願いをした。
「それから、め、芽衣子…ちゃん…だけど…。」
「は、はいっ!」
さっきから、目線を合わせられず、俺のぎこちない態度に気付いてか、しゅんと肩を落としていた彼女は俺に話を振られて、急に張り切った声を上げた。
顔を見なくても、彼女が期待に満ちた明るい表情を浮かべている事が分かる。
不信を感じながらも、彼女の健気な様子に俺の胸は小さくズキリと痛んだ。
「え、えっと。シナリオにあるように、上月が新谷先生に小説の続きの原稿を渡すのに付き添って、その後は上月の警護を頼む。」
「はい。分かりました!」
力強く彼女は頷いた。
「上月先輩。放課後は教室にお伺いしますので、一緒に小説対決のある会議室へ向かいましょう!決して一人では行動しないで下さいね?」
彼女に、心配そうに注意され、上月はきまり悪そうな顔をしていた。
「何も、そんなに過保護にならなくても大丈夫なんだけど…。矢口のシナリオに書いてあるなら、しょうがないわね。
氷川さん、悪いけどお願いするわ。よろしくね?」
「はい!よろしくお願いします。」
彼女に対して割り切れない感情が押し寄せてはいるが、それは後で話し合うべき事だ。
今は、読書同好会のメンバー皆で団結して
小説対決に臨もうと荒れ狂う心を必死に抑え込んだ。
俺は全員に呼びかけた。
「放課後、小説対決の勝敗によって、読書同好会の今後が決まると言ってもいいと思う。
実は、すまないが、皆にいくつか言っていない事がある。」
「「…??」」
「「…!!」」
俺の言葉に紅ちゃん、碧ちゃんは不思議そうに顔を見合わせ、上月は、神妙な表情になり、彼女は物言いたげに俺の顔をじっと見てきた。
「小説対決の途中で、ハプニングがあり驚くかもしれないが、動揺せず、俺を信じて上月の応援をしてやってくれ。
この難局を頑張って、皆で乗り切ろうな。」
「「「「はい!」」」」
読書同好会のメンバーは皆声を揃えて返事をしてくれた。
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