第191話 鷹月師匠の誘い
「京太郎ったら、芽衣子ちゃんがせっかく手伝いに来てくれたのに、無責任に寝こけちゃって、本当にごめんなさいね?」
「い、いえ、そんな…!京ちゃんは悪くないです。(私が一計を案じて寝るように仕向けたんだし…。)」
並んで歩いているおばさんに謝られ、私はぷるぷると首を横に振った。
思ったより早く家に帰れたおばさんは、
部屋で作業をしたまま寝ている京ちゃんと
その近くに寄り添っている私を見て目を丸くした。
そして、
「全くこのバカ息子が…!」
と、京ちゃんにため息をつくと私を駅まで送ってくれる事になったのだ。
昨日は京ちゃんと帰った駅までの道を、今日はおばさんと一緒に帰りながら、
昔、京ちゃん家に遊びに行ったときに、おばさんに作ってもらったカレーとかオムライス美味しかったなぁ…とか夏休みにはベランダにビニールプール出してもらったなぁ…とか
色んな事を思い出していると、おばさんも、私をまじまじど見て、昔を懐かしむように微笑んだ。
「それにしても、驚いたわ〜!ちっちゃかった芽衣子ちゃんがこんなに大きく美人さんになっちゃって…!
京太郎が最近妙に浮かれていると思ったら、こんな美人さんに、毎日お弁当作ってもらってたかぁ…!そりゃ、テンションも上がっちゃうわよね?」
「ええ、いや…そんな…。///…!おばさん?」
不意におばさんに真剣な顔で手を両手で握られ、私は目を瞬かせた。
「芽衣子ちゃん!お弁当の事もだけど、今、京太郎の側にいてくれて、本当にありがとうね?
京太郎、高校入ってから、いつからか諦めたような寂しい目をするようになってしまっていたのが、今は昔みたいによく笑うようになったの。全部、芽衣子ちゃんのおかげだわ。」
「そ、そんな!お礼を言いたいのは私のほうです。私の方こそ、京ちゃんと一緒にいられて毎日幸せで、笑顔でいられてます!」
目を潤ませておばさんにお礼を言われ、私は
慌ててそう主張した。
「ふふっ。ありがとう。芽衣子ちゃん。
これからも、あの子の側にいてやってくれるかな?」
「はい。もちろんです!」
と私は大きく頷き、それから少し自信がなくなって、肩を落とした。
「あ。も、もちろん、本当の事を知って京ちゃんがいいと言えばですけど…。」
「ああ。京太郎、まだあなたが「めーこちゃん」だって知らないんだっけ?」
「は、はい…。その節は、「めーこ」だと知らないフリをして頂いていて、ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみません…。」
「いえ、そんなのはいいんだけど、
あの子も、髪の色も名前も同じなんだからいい加減気付けよ?って思うけどね…。
我が息子ながら、超のつく鈍感だわ…。
私から京太郎に上手くいってあげようか?」
「い、いえ!お気遣い嬉しいですが、それは私の口から言いますので、大丈夫です。遅くても今週中には必ず言いますので!もう少し、待って頂いても大丈夫ですか?」
「そりゃ、私は構わないけど…。芽衣子ちゃんが辛いんじゃないかと思って…。
あんまりあの子の都合ばかり考えないで、芽衣子ちゃんは自分の気持ちを優先してね?」
「は、はい…。」
おばさんに自分の気持ちを言い当てられたような気がして、私はドキリとした。
「京太郎は言葉足らずのところがあって、不安にさせてしまう事があるかもしれないけど、あなたの事をすごく大切に思っているのは確かなの。「めーこちゃん」だと分かったら、そりゃ驚くだろうけど、あなたを嫌いになる事なんてないから、信じてやってね…。」
「は、はい…。ぐすっ。」
おばさんに優しい言葉をかけられて、上月先輩の事でも不安になっていた私は思わず涙ぐんでしまった。
その後、おばさんに駅で別れを告げ、
家へ帰ってから、自分の部屋でスマホをチェックすると、LI○E電話の着信があった。
鷹月師匠からだった。
『あっ。芽衣子ちゃんかの?』
折り返し電話をしてみると、いつもの闊達な師匠の声が響いた。
「師匠。ご連絡頂いたみたいでしたが、何かご用でした?っていうか、スマホが繋がるということは島を出られたんですね?」
『ああ。実は、今行っている島でのプロジェクトの一貫として、成績優秀者をT国に留学させ、キックボクシングプロとして更なるステップアップを図る企画を進めておっての。その手続きの関係で、今、一時的にこっちに戻って来てるんじゃ。』
「へぇー。T国に留学!そんな企画があるんですね。」
私は以前師匠と、姉弟子のあーちゃんと共にタイのムエタイを教える施設を訪問した時の事を思い出していた。
あの時は施設長である、(浮気してお母さんと離婚した)実のお父さんをぶっ飛ばして、随分スッキリしてしまったっけ。
確かに、向こうは強い生徒ばかりで、ルールも戦い方も違うムエタイに触れる事で刺激になり、キックボクシングの向上にも役立つだろうと思われた。
『そ、それでの…。しつこいと思われるじゃろうが、その留学に芽衣子ちゃんも参加してもらえないかと思っての。』
「へっ?!」
私は驚いて変な声が出てしまった。
『いや、分かっておるんじゃ!芽衣子ちゃんは、もうキックボクシングを辞めて、矢口くんと一緒にいることを選んだという事は!
ただ、儂は芽衣子ちゃんの才能がどうしても諦め切れなくての。
もう一度お願いをさせてくれんか。
若い時の恋愛というのは、本人がどんなに頑張っても相手次第で、上手く行かなくなってしまうこともある。上手く行った場合でも、将来に向けてお金は必要じゃろう。
芽衣子ちゃんにはキックボクシング界で充分に生計を立てていける確かな才能がある。
もう一度、儂に全てを委ねてくれんかの…?』
「そ、それは…、どれぐらいの期間を予定しているんですか…?」
鷹月師匠の熱意に気圧されつつ、私が聞くと…。
『そ、そうじゃな…。最長で2年…。でも、芽衣子ちゃんならもっと早く最強の状態に仕上げる事ができると思うが…。』
「2年…!」
期間の長さに私は目を剥いた。
『T国には、芽衣子ちゃんの実のお父さんもいる。留学するのであれ今まで何もしてやれなかった分、衣食住などできる限りの事は手配したいと言ってくれてる。
いや、もちろん、儂も芽衣子ちゃんを孫のように思っておるから、もちろんやれる事は手を尽くす。
勉強の遅れが気になるなら、最高の家庭教師をつける。矢口くんと会いたいなら、まぁ、頻繁には無理でも、長い休みの間ぐらいなら彼をここに連れてくる手配や仲立ちをさせてもらう。』
「…!! 京…ちゃん…。」
師匠に一気に捲し立てるように言われ、私は京ちゃんの顔を思い浮かべた。
京ちゃんと離れるなんて、考えただけで、体が引き裂かれるような思いがした。
そして…。
胸がズキズキする思いで小説を通して深く通じ合っている京ちゃんと彩梅さんの事を思った。
『どう…かの…?ハハッ。やっぱりダメ…かの…?そうじゃよな…。』
京ちゃんの名を呟いたきり、黙ってしまった私に、師匠は今度は諦めたような弱々しい声を出した。
『いや、すまんな。芽衣子ちゃんが矢口くんから離れるなんて考えられんのは、分かっとったんだがな…。ダメ元で言ってみただけじゃ…。老人の未練で戯言じゃ。気にしないで…』
「師匠。その返事はいつまでにすればいいんてしょうか?」
師匠がしょんぼり言いかけるのと重ねるように、私は問い掛けた。
「!!検討してくれるのかの?」
「いえ、ほぼ、参加する可能性はないですから期待しないで下さいよ?だって、私は京ちゃんと付き合い始めたばかりで、ラブラブの絶頂で離れるなんて考えられませんし、そこまで自分がキックボクシングを極められるとは思いませんし。
ただ、そういう話が出た事は、京ちゃんや家族にちゃんとお伝えしてから師匠に返事をしようかと思いまして。」
『そ、そうか…。まぁ、矢口くんも付き合い始めたばかりの彼女の留学を引き止めないわけないから、可能性は低いの…。でも、ほんの少しでも検討してくれてありがとうな。芽衣子ちゃん。
来月末には始動する計画じゃから、返事は早い方がいいのう。今週いっぱいはこちらにいるから、それまでに返事をもらえるかの?』
「はい。今週中ですね?分かりました。じゃあ、師匠、またご連絡しますね?」
私は明るい声で電話を切ると、ベッドにぐでっと寝っ転がった…。
「なんで、このタイミングで…?」
両手で顔を覆い、私は漠然とした不安に押し潰されそうになりながら、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「行かないもん…。私は京ちゃんの彼女だもん…。ずっと一緒にいるんだもん…。」
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