第190話 君の寝顔に…。《芽衣子:切ないキス》

京ちゃんの、千堂さん達へ対抗する為のシナリオ作りを応援する目的の為、あとほんのちょっと、いや、かなり、それに加えて京ちゃんとただ長く一緒の時間を過ごしたいという不純な動機により、土日は京ちゃんの家でご飯作り等の家事をお手伝いに行きたいと申し出た私。


まだ、私が幼馴染みの「めーこ」だと言えない事を慮ってくれたお母さん同士は、既に連絡を取り合っているにも関わらず、私のLI○Eを通して、初めて連絡先を交換するかのようにやり取りしてくれて、京ちゃんにカモフラージュして、お家に来ても(行っても)いいという許可を出してくれた。


うう…。おばさん、お母さん、ごめんなさい…!!


京ちゃんは、忙しいのに、最寄り駅まで迎えに来てくれた。


小3の時京ちゃんと共に過ごしたこの街も、久々に来てみたら、スーパーの位置が変わったり、商店街のお店がほとんどなくなっていたり、随分雰囲気が変わっていた。


でも、たい焼き屋さんは残っていて、昔のように京ちゃんと手を繋いで買いに行くと、たいやき屋のおじさん、おばさんが笑顔で迎えてくれた。

おじさん、おばさんは私の事はめーこと分からなかったみたいだけど、京ちゃんの事は覚えていたみたいで、

「おっ、彼女かい?」「京太郎くんも隅に置けないねぇ!」

などとからかわれてしまった。


小さい頃も一緒にたい焼きを買いに来る私達に、「いつも仲良いね〜?結婚式には呼んでよ?」なんてからかわれ、二人で顔を真っ赤にしていた事もあったっけ…。


昔を懐かしく思い出し、今一緒にいられる幸せに思い、私の頬は緩みっぱなしだった。


住んでいたアパートも京ちゃんちもたい焼きの味もほとんど変わらず記憶の中のままで、

感極まって泣いてしまった。


ただ、京ちゃんの部屋は、小学生の時に沢山あったおもちゃがなくなって、物が少ないシンプルなお部屋になっていたけど。


シナリオ作りを直接的には手伝ったりは出来なくても、京ちゃんの力になり、応援したいと思った私は、

ご飯作りや、掃除などのお手伝いをさせてもらう合間に、この何日か練習していたチアダンスを披露しようとしたが、スコートを履き忘れてしまい、紐パン丸見えで、しかも紐が解けかけた破廉恥極まりない状態で踊ってしまい、逆に迷惑をかけてしまった。


お母さん達の信頼を裏切るような事をしてはいかないから、あまり過激な格好をしないよう京ちゃんから注意されてしまった。


反省しつつも、恋人同士としてもっと京ちゃんと触れ合いたい私は、キスとハグを許して欲しいとお願いすると、京ちゃんは小説対決後ならいいよと赤い顔で許してくれた♡


その後は、京ちゃんの匂いがするお部屋に二人きり♡

ドキドキしながら、京ちゃんはシナリオ作り、私は作品作りに励んだ。


昔は、よくこうして二人で宿題やったりゲームしたりして過ごしていたな〜と懐かしく思い、気が抜けてしまっていたのか、

夕食後、いつの間にか作品作りの途中で眠りこけてしまったらしい…。


「ちゃん…芽衣子ちゃん…。」


呼び掛けられ、優しく肩を揺らされ、目を開けると目の前に困っているような京ちゃんの顔があった。


「ん…?京…ちゃ…!!」


寝惚けて「京ちゃん」と呼びそうになった私は、慌てて口を抑えて飛び起きた。

しかし、幸い京ちゃんは気付かなかったようで、ホッとして顔を緩ませた。


「芽衣子ちゃん…!門限の時間になっちゃいそうだったから、起きてくれてよかったよ。」


「あ、私、寝ちゃったんですね…?ごめんなさい…。///」


テーブルの上の時計を見ると7時半になっていて、さっき見た時間より30分程ワープしていた。

大急ぎで帰り支度を整える事になった。


         *

         *


京ちゃんに送るよと言ってくれ、暗くなり星が瞬き始めた空の下、駅までの道を二人で手を繋いで歩いた。


日中は暑いぐらいだったけど、夜は少し肌寒く、京ちゃんと繋いでいる手の辺りだけがポカポカ温かかった。


「今日は色々手伝ってくれて、ありがとう…!芽衣子ちゃんのお陰でシナリオ作り大分進んだよ。」


「本当ですか?却ってお邪魔ばかりしていた気がしましたが、大丈夫でした?」


お礼を言われたものの、チアダンスの失態や、門限近くまで寝こけてしまった事を気まずく思い出し、そう言うと、京ちゃんに思いがけない強さで否定された。


「いや、そんな事ない!君がいてくれたから、仕事が捗ったよ。本当にありがとうね?」

「そ、そう…ですか?それならよかった…です…けど…。///」


こっちをじっと真剣な顔で見てくる京ちゃんにドキドキして、私は俯いてしまった。


「俺は、今日一日、芽衣子ちゃんが一緒にいてくれて、居心地がよくて、すげー嬉しかったよ…。何だか、ずっと前から知っている人と一緒にいるみたいな…。」


「…!!」


きょ、京ちゃん!

もしかして、私の事、めーこだと分かっちゃった?!


「俺…、芽衣子ちゃんの事…。」


チャラリー♪チャラリラリー♪


「「?!」」


京ちゃんの言葉はスマホの着信音に遮られ、

私も京ちゃんもビクッとした。


「あっ…。俺だ!」


繋いでいた手を離し、京ちゃんが慌ててズボンのポッケからスマホを取り出し、着信元を確認すると、画面には「上月彩梅」と表示されていた。

やっぱり…。私は心の中でため息をついた。


「上月…。小説対決の事かな?時間迫ってるし、後でかけるよ。」


京ちゃんは、私にそう言ったが私は、ふるふると首を振り、笑顔を浮かべた。


「いえっ。急ぎかもしれないし、出て大丈夫ですよ?駅まであと5分位かかりますし…。」


「芽衣子ちゃん、ありがとう…。そしたらちょっとだけごめんね?」


京ちゃんは私に申しわけなさそうに手を合わせ、上月先輩からの電話に出た。


「はい。上月、どうした?ああ…今、出掛けで芽衣子ちゃんも一緒だし、長くは話せないけど…。ああ…。小説の事な?

ああ2/3も終わってるなら、もうすぐじゃねーか。俺もシナリオの方1/3位終わったよ。ああ…。また後で。大変だろうけど、よろしく頼むよ。

いや、心配しなくても、千堂には勝てるから自信持てって…!」


京ちゃんの彩梅さんとの会話をチクチクと胸の痛む思いで聞きながら、私は自分の事を嫌な子だなと思った。


さっき、京ちゃんが後でかけ直すって言ってたのを止めたのは、私が帰ってから二人で長くゆっくり会話をして欲しくなかったから。


外で私と一緒にいる時なら、最低限短めの電話で終わってくれるかなって思ったから。


嘘コク設定上とはいえ、今京ちゃんと付き合っているのは私だけど、彩梅さんと逆の立場だったら、私は彩梅さんと京ちゃんの仲に嫉妬して邪魔してしまっていただろうなと思う。


この前、上月先輩に言われた事がずっと胸に引っかかっている。


『一つのエゴもなく、ただ矢口の幸せのみを願えるというなら、もし矢口があなた以外の女の子を選んで幸せになれるとしたら、あなたは矢口もその女の子も傷付けずに、そっと身を引くって事かしら?』


私は京ちゃんと手を繋いでいた方の手をきゅっと握り締めながら思った。


そんな事、できっこないよ…。私はエゴだらけだもん。今手を離したばかりの手が冷えてもう寂しいと思っているのに、京ちゃんの温もりを完全に手放せるわけない…。

そんな事、絶対に出来ない…。


「うん…。うん…。絶対大丈夫だから!

上月、取り敢えず、落ち着いて少し寝ろ。

…!!お、おう…。

じゃあな、彩…、上月!」


!!


上月先輩が何を言ったのか、京ちゃんは少し狼狽えたような様子で、上月先輩を名前呼びしようとして、言い直して、電話を切った。


もしかして…。上月先輩、京ちゃんの事名前呼びして、つられて京ちゃんも名前呼びしそうになった…とか…かな?


二人は、付き合っている間名前で呼び合っていたのかな?


私の胸はズキズキと強く痛んだ。


私は小3に出会った時から、京ちゃんだけが大好きで、今に至るまでずっとそれは変わらない。


けど、京ちゃんはにとって私はただ1年足らず一緒に過ごした幼馴染みというだけで、

嘘コクされた女子達に惹かれ、裏切られ、

そして上月先輩とは二日間恋人同士だった過去があるんだよね…。


分かっていた事とはいえ、改めてその事を思い知らされ青褪めていると、

京ちゃんが心配そうに私に話しかけて来た。


「芽衣子ちゃん、一緒にいる時にごめんね?上月、小説の事で、千堂に勝てるかどうか不安になってたみたい…。でも、2/3は出来ているらしいから、進みに関しては問題ないと思うよ?」


「そ、そうなんですね。あと4日で1/3なら楽勝ですねっ!上月先輩なら、絶対いいものがかけると思います。千堂先輩なんかに絶対負けないですよねっ。」


私が慌てて笑顔を作りそう言った。


ずっと真摯に作品に向かい合ってきた上月先輩が、卑怯な手を使う千堂先輩に

負けないで欲しいという気持ちはもちろんある。

けど、それ以外にも、もし負けてしまったら

ショックを受けている上月先輩に京ちゃんが寄り添い慰める事で、昔の想いが再燃してしまうのではないかという心配から、負けないで欲しいという気持ちもあった。


「一緒に上月先輩の事を応援してあげましょうね。」

「ああ…。そうだな…。」


京ちゃんの手をさっきより強い力を込めてギュッと握ると、彼は、私の邪な気持ちには気付かず、眩しい笑顔を向けてきた。


          *

          *


〜小説対決まであと4日〜


「ああ…。送ったシナリオを確認してもらって、どうだった?うん。問題ないならよかった。ん??いや、だから上月が負ける事はねーから心配すんなって!」


??


日曜日の午後、昨日と同じように京ちゃんの家にお手伝いに来ていた私は、京ちゃんの部屋にちょうど食後のコーヒーを届けに来た時、ドアの外で上月先輩と電話をしているらしい京ちゃんの会話の内容を聞いてしまった。


シナリオを確認って…。京ちゃん、上月先輩にはシナリオの内容を送っているのかな?

私には完成するまで見ないでって言ってたのに…!

まぁ、どうせ、私はそういう方面疎いから、相談相手にもならないだろうけど、それにしたって…!


私は何だかモヤモヤした気持ちで唇を尖らせていると、更に京ちゃんは上月先輩を勇気づけるように言った。


「大丈夫。俺がどんなに頑張ったとしても、上月は必ず勝つよ。」


???


「俺がどんなに頑張ったとしても、上月は必ず勝つよ。」


って言った?


「俺も頑張るし、上月は必ず勝つよ。」


じゃなくて…?


私は意味が分からず、キッチンに戻って、暫く考え込んでいて、危うくコーヒーを届け忘れるところだった。


         *

         *        


「うーん。ムニャムニャ…。芽衣子ちゃ…。もう…、食べ…られないよ…。」


京ちゃんは、パソコンを開いたまま、机に突っ伏してスヤスヤと眠り始めた。


「ふっふっふっ。京ちゃん、この時を待っていました…!」


可愛いお顔で眠りこける京ちゃんを見下ろし、不敵な笑いを浮かべ仁王立ちする私。


夕食に一服盛った…わけではもちろんなく、

昨日も夜遅くまで、作業していたらしい京ちゃんにカフェインレスのコーヒーを出し、

夕食の量を多めにしただけなんだけど、夕食後少ししたら京ちゃんは狙い通り、寝落ちしてくれた。


「ごめんね、京ちゃん。私は本当に悪い子です。でも、どうしても気になるの。」


私は、京ちゃんに手を合わせて謝ると、

ノートパソコンの画面に、向き合った。


「シナリオに秘密があるんだよね?今、表示されているのがそうなのかな?ん??何これ??……!!」


画面に表示された文章をしばらく読んでいたが、やがて、長いため息をついた。


「上月先輩の為に…京ちゃん、そこまでするんだね…。」


鼻にツンとしたものが込み上げて来た。


「嘘つきな京ちゃん…。」


涙をポトポト落としながら、屈み込むと、京ちゃんの寝顔に唇を寄せて、その頬にチュッと口付けた。


「京ちゃん…。私は京ちゃんの心の真ん中にちゃんといますか?それとも…、重荷になっていますか…?」


安らかな彼の寝顔に問い掛けた。


もし、京ちゃんが今も彩梅さんを想っていて、私と付き合っているためにその想いを閉じ込めて苦しんでいるとしたら、私は一体どうしたらいいの…?


ガチャッ。ガタガタッ!


「ただいまー。」


「…!!」


その時、昔聞いた覚えのある、張りのある女性の声が玄関に響いた。


「京太郎ー。氷川さんて、まだいる?あれ?部屋かな?」


リビングから、そのひとがこちらに移動してくる間に、慌てて私は涙を拭いた。


コンコン!


「京太郎、開けるわよー?」

「は、はいっ。」


そして、そのひと=京ちゃんのお母さんは、私の返事にゆっくり部屋のドアを開けると、

京ちゃんが机で寝ていて、私がその側に寄り添っているのを見て目を丸くした。


「芽衣子ちゃん…。」


「お、お久しぶりです…!おばさん…。」


私は緊張しながら、おばさんに7年ぶりの対面を果たした。

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