第181話 上月彩梅の後悔
私、上月彩梅は、あの時からずっと後悔している。
『嘘コクしたのは、私じゃないのに…!私なら絶対にそんな事しないのに…!そんな理由で振られるなんて納得できないようっ。』
二日間だけの彼氏だった、矢口京太郎に告白して、ハッキリ断られてからも、そう言って縋ってしまった。
私だったら、嘘コクをするようなひどい女子みたいに、京太郎を絶対傷つけたりしない。
本当にそう思っていたのに…。
根負けして、京太郎がお試しで付き合ってくれると言ってくれた時は本当に嬉しかったのに…。
『そんなに、嘘コクされたかったら、私もしてあげるわよ!嘘コクでもなかったら、誰があんたと付き合おうなんて思うのよっ?
嘘コクとはいえ、2日もあんたと付き合っていたなんて、人生の汚点だわっ!!』
どうして、あんな事を言ってしまったんだろう?
全部が嘘になってしまった。
嘘コクなんかで京太郎を傷付けないと言ったあの言葉もー、私の京太郎への想いもー。
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京太郎と付き合う事になった翌日。
浮かれた気分で京太郎とお昼休みを過ごした後…。
私は、お手洗いで秋川さんとバッタリ出くわした。
「あら?上月さん。さっきはどうもぉ。」
「秋川さん…!」
色付きリップを塗っていた彼女は、ニッコリ天使のような笑顔と甘ったるい声で私に挨拶してきた。
「上月さん、矢口くんととっても仲良しさんなんだね?ちょっと意外な組み合わせで、ビックリしちゃったけど、でも、二人共お似合いだと思うよ?」
片手で口元を隠してクスクス笑う彼女に私は
警戒心も露わに噛み付いた。
「余計なお世話よ!京太郎に聞いたけど、あなた、他の人を簡単に陥れるようなひどい人なんですってね?」
「えーっ?どうしてそんな事言うの?」
「そんなぶりっ子で誤魔化されないわよ。京太郎にひどい事しようとしたら、ただじゃ置かないからね!!」
「はぁ…。ひどい誤解だなぁ?矢口くんからは、あまりよく思われてないの知っていたけど、そんな風に人に悪口を言ってるなんて感心しないな。
特に…あなたみたいに、人の言う事をすぐ真に受けて、考えなしに突っかかっていくような人に…。
私が本当に危険な人だったら、あなたの身が却って危なくなるって分かんないのかな?」
「なっ…!」
瞬間雰囲気がガラッと変わり、こちらを蔑むような笑いを浮かべ低い声音でそう言う彼女に私は息を飲んだ。
「今はあなた達に関わり合ってる暇はないの。せいぜい、おバカさん同士仲良くやってれば?
大体あなたからしたら、矢口くんの大嫌いな私より、彼のお気にの他の嘘コク女子の方がよっぽど敵だと思うけど?
同じクラスの柳沢梨沙は、自分も嘘コクしたくせに、しょっちゅう矢口くんが嘘コクされる度に心配して、干渉していくし?
風紀委員長の白瀬先輩とは、明らかに二人いい雰囲気でじゃれ合っているし?
ある図書委員の女の子は、矢口くんと顔を合わせると、お互いに気まずそうに逃げて行って、何か二人の間にあったのかと勘ぐっちゃうよね?
そっちの方を気を付けた方がいいんじゃない?」
「…!!!」
秋川さんの言葉に、文化祭で、部誌を買いに来てくれた京太郎の知り合いの女の子達を思い出し、私は大きく動揺してしまった。
「じゃ、そういう事で、私は敵じゃないの分かったかな?もう関わって来ないでね?
ばいびっ☆」
「っ…!」
また、明るい雰囲気に戻り去って行く秋川さんに、私は震える体を押さえながら何も言い返す事が出来なかった。
柳沢さん…確か、京太郎と同じクラスでバスケ部で、文化祭の展示も見に来ていた人。
確かに京太郎ともすごく親しそうに話していたっけ。
でも、あの人、確か同じバスケ部に彼氏がいた筈よね?嘘コクされる度に干渉してくるなんて、どういうつもりなんだろう?
風紀委員長の白瀬先輩…あの人も、文化祭の展示を見に来ていた。
そういえば、部誌を読みながらその場で感想を言ってくる彼女に、京太郎は照れながらもすごく柔らかい表情で応対していたのよね。
部誌の売り上げも、彼女の宣伝によるものが大きいと聞いていたけど、何とも思っていない男子の為にそこまでやるかしら?
以前から、風紀委員の時には暴力を伴った取り締まりは、どうかと思っていたけど、あんなやり方で京太郎の心に取り入ろうとしているなら、私は彼女を狡いと思った。
ある図書委員の女の子…京太郎と顔を合わせるとお互いに気まずそうに逃げて行くって…。
そう言えば、さっき、図書委員の神条さんに挨拶した途端に京太郎が消えた…。
もしかして、嘘コクをした図書委員が、神条さんだとしたら、部誌を図書室に展示する提案をしたのは、読書同好会に入っている京太郎の役に立つ為…?
もしかして…だけど、京太郎が頑なに小説を書きたがらないのは、以前嘘コク女子の事を思って小説を書いていたけど、裏切られて書けなくなったせいなんじゃ…!
京太郎が、今でもその嘘コク女子の誰かを想っているなら、私が彼の心に入り込む隙なんてどこにもないんじゃ…。
私は青褪めてしばらくその場に立ち尽くすしかなかった。
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あれから、嘘コク7人目の私との噂が立ち、京太郎は、部活に参加する事はなくなった。
紅さん、碧さんには京太郎との間に起こった事を話して、せっかく背中を押してくれたのにごめんなさいと泣いて謝ったけど、二人は私を責めず、慰めてくれた。二人の為にも作品作りに精を出そうと決意した。
以前コンクールに出した作品は、春頃最終結果が出て、努力賞をとったけど、文芸部の千堂さんは佳作をとり、遠く及ばなかった。
がっかりしたけど、私は京太郎が面白いと言ってくれた『翼族の兄弟』を、次のコンクールに出す事を目標に頑張っている最中、
校内放送で、京太郎と、一年生の女の子が仲睦まじく、動画に出演している様子を見てしまった。
私は昔の傷が開いたような胸の痛みを覚えた。
彼との事は終わった事だ。彼が誰と何をしようが、もう私とは何の関係もないんだ。そう言い聞かせても胸の痛みは消えなかった。
それから、京太郎と彼女との噂が何度も流れ、再び彼とまともに対峙する事になったのは、幽霊部員の状態で、部誌の事に口を出してくるのに抗議した時。
その時も、屋上で彼は例の一年生の女の子といちゃついている最中だった。
彼に驚いたあまりに以前付き合っていた時のように「彩梅」と呼ばれ、心臓が跳ねた。
他の人がいなかったら泣いてしまっていたかもしれない。
顧問の新谷先生の仲裁のもと、京太郎とその彼女の氷川さんが部活に参加する事になった。
京太郎がまた部活に参加してくれる事になり、嬉しい気持ちもあったけど、それは、彼の中では私との事は過去のものとして綺麗に精算されている事の証でもあった。
これから、部活の間中京太郎と氷川さんとの仲睦まじい様子を見せつけられるのかと思うと、複雑だった。
紅さん、碧さんは私の心情を思い、心配してくれている。
私は部長としての役目を果たさなければと必死だった。
そして、偶然、京太郎のクラスの教室の前を通り掛かった時、柳沢さんと、氷川さんが仲良く話しているのを聞いてしまったのだ。
『矢口、結構顔に出るから、分かり易いんだよね。
嘘コクミッションとはいえ、芽衣子ちゃんと付き合う事になったの、よっぽど嬉しかったんじゃないかな?』
『そ、そうなんだぁ…!』
え?嘘コクミッション??
一体何を言ってるの??
以前京太郎に嘘コクをした柳沢さんと、今の彼女の氷川さんが何故仲良さげに話しているの??
『あの事もなるべく早く、言った方がいいと思うよ?』
『はい。今日中に、必ず言おうと思います!』
あの事って何??
まさか、氷川さんは柳沢さんと何かを企んで、京太郎に嘘コクを仕掛けようとしているの??
私は自分が、嘘コクだとひどい言葉を投げつけてしまった時の京太郎の青褪めた辛そうな顔を思い出した。
京太郎を傷付けてしまった私は彼に干渉すべきでない。
そう思いながらも、もう私は京太郎のあんな顔を見たくないと思った。
部活の後、紅さん、碧さんが氷川さんの歓迎会をやりたいと言った時、氷川さんの嘘コクを阻止できるかもしれないと思い、賛成した。
ボーリング大会で、氷川さんに京太郎と一緒に帰る権利をかけて勝負したり、二人が一緒に帰る途中で、氷川さんに長電話をしたり、今日も休み時間の間、氷川さんが京太郎に接触しないように見張ったり、自分でも何をしているんだろうと思ったけど、止められなかった。
そして、5時限目後の休み時間に、京太郎に、氷川さんへの干渉を止めるよう厳しく言い渡されてしまった。
私は全てを京太郎に話したが、なんと彼は全て了承の上で、(嘘コク設定上)氷川さんと付き合っているとの事だった。
あんなに嘘コクで傷付いて来た京太郎が、なぜわざわざそんな付き合いをしているのか、申し出た氷川さんも、受け入れた京太郎も私は理解が出来なかった。
ただ、分かるのは、京太郎が嘘コク上の付き合いの氷川さんの事をとても大事に思っているという事。
何故、彼は私ではなく、いつも嘘コクをして来た女子ばかり大事にするんだろう…??
私の胸はシクシクと痛んだ。
そして、憂鬱な気持ちで部室に向かおうと教室を出るとー。
厳しい表情の氷川さんが廊下で待ち構えていた。
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