第180話 上月彩梅 二日間の交際の最悪な終わり《後編》
放課後、部室に入ると、いつもの会議室テーブルの席に着きながらも、昼休みとは打って変わって、暗い顔で、俯向いている彩梅の姿があった。
「彩…梅?」
ぼーっとしている様子の上月に声をかけ、彩梅は初めて俺が来た事に気付きビクッとした。
「きょ、京太郎…!来ていたのね?」
「彩梅、本も読まずにぼーっとしてどうした?何かあったか?」
「な、何にもないわ!苦手な体育の授業があったから疲れちゃっただけ。」
心配して俺が聞くと、彩梅はぎこちなく笑顔を浮かべて否定した。
「それならいいけど…。」
「それより、今日の活動、どうしましょうかね?」
「あ、ああ…。月刊誌作るにも人数がいないしな…。」
紅ちゃん、碧ちゃんが部活に参加出来ない期間に何をするかなんだが…。
俺はその時、出会った時上月に読ませてもらった小説の事を思い出した。
「そう言えば、彩梅、「翼族の兄弟」の話、続き書いてるか?」
「え、ええ…。ぼちぼち書いてはいるけど、今煮詰まってしまっていて…。まだ来年のコンクールの締め切りまで大分間があるから、いいかと思ってしまって…。」
困り顔の彩梅に、俺は以前からやりたいと思っていた事を申し出た。
「俺に何か手伝える事があれば協力しようか?」
「えっ!いいの?」
「ああ。といっても、感想言うとか、校正とか、必要な資料集めるぐらいしか出来ないけど…。」
「充分よ。ぜひお願いしたいわ。じゃあ、取り敢えず、今書いてる分の校正お願いしてもいい?」
「ああ。もちろん。」
俺は大分元気が戻った様子の彩梅から原稿を受け取った。
*
*
「ここ、「言いたった。」じゃなくて、「言いたかった。」
それから、ここの部分、登場人物の名前間違ってる。
あとさ、山の麓の村から東側の町へ降りて、翼族の国へ行く筈なのに、ここでまた「西へ向かおう」って言ってるのおかしくね?村戻っちゃうじゃん?
書き間違いなら直して、ちゃんと場所が把握出来てないなら、実際に地図書いて見た方がいいと思うけど。」
俺が校正すべき箇所を指摘すると、彩梅は、苦い顔をして頭を抱えた。
「ああ…!本当だわ!!自分でも何度も読み直していたのに、間違えているものね?方角は書き間違えだけど、確かに細かく地図に書いてみた方がいいかもしれないわ。
的確な指摘ありがとう!京太郎はすごいわね?」
彩梅に素直に感心され、照れ臭い思いで俺は否定した。
「いや、大した事ないよ。こういうのは、
読んでる側の方が気付き易いものだから。」
俺も小説を書いていた時、書いている直後より、少し時間が経ってからの方が間違いに気付く事が多かったものだ。
「あと、煮つまっているという翼族の秘密でる不老不死の仕組みをどのようにしたらいいかって事だけど…。
クローンとか、不老不死の生き物について、分かり易く纏められたサイトがいくつかあったから、それをヒントに考えてみたみたらどうかな?取り敢えず彩梅のLI○Eに送っとくな?」
「う、うん。助かる!何から何までありがとう…!」
彩梅は、手を組み合わせて俺に礼を言って来た。
「本当に、京太郎のアドバイスって、痒いところに手が届くっていうか…。書く側の立場になって言ってくれるから、分かり易くて有難いわ。
……、やっぱりさ、京太郎、小説書いた事あるんじゃないの?」
ギクリ!
彩梅に疑惑の目で見られ、俺は冷や汗を垂らした。
「な、何言ってんだよ。書いた事ないし、書きたいと思った事もないって言ってんだろうが。」
「でも、それにしちゃ、あまりにも書き手の心理を分かり過ぎているというか…。
もしかして、本当は小説を書いていたけど、何か理由があって、辞めてしまったんじゃ…。」
ギクギクリッ!!
「その理由ってのは、もしかして…。」
ガマの油みたいに汗を垂れ流している俺に、彩梅は世にも悲しそうな顔を向け…。
「な、なんちゃって!そうやって考えていくと、1本別の小説書けちゃうかなって思って妄想しちゃったわ?」
「へっ!」
急に調子っぱずれに明るい声で彩梅にそう言われ、俺は目を瞬かせた。
「京太郎は、最初から小説書く方に興味ないって言ってたものね。へ、変な事言って、ごめんね。」
「お、お、おう。そうだよ。彩梅、何言ってるのかと思ったぜ。」
「本当にごめんなさい。あっ。もう、こんな時間!部室閉めて帰りましょうか。」
「あ、ああ!そうだな!」
お互い何だか、ギクシャクした空気の中、一緒に帰る事になった。
*
*
職員室に部室の鍵を返しに行くと、同じ様に生徒指導室の鍵を返しに来た白瀬先輩と行き合った。
「白瀬先輩…。」
「…!」
「あれ?矢口少年じゃないか!そちらは…、ああ、文化祭で一度会った読書同好会の部長さんかな?おやおや、いい雰囲気じゃないか。矢口くんも隅におけないな。」
ニヨニヨしてからかってくる白瀬先輩を、俺は軽く睨んだ。
「何言ってるんですか。部活ですよ。白瀬先輩は、こんな時間まで委員会の活動ですか?」
「ああ。今日は見回りしてすぐ帰るつもりだったんだが、新聞部にしつこくインタビューを受けるよう頼まれてな。随分時間を取られて大変だってぞ。」
「…!!新聞部…?」
俺は昼休みに秋川が新聞部らしき男子生徒に擦り寄っていた事を思い出した。
「白瀬先輩。新聞部には人を嵌めて、陥れようとするヤバい女子が絡んでいるかもしれません。充分気を付け…。」
「分かってる。秋川さんだろ?」
「白瀬先輩。知ってるんですか?」
「ああ。風紀委員で調べて彼女のやって来た事は大分掴めていけど、証拠がなくてね。
新聞部の依頼も断ったよ。」
「それならいいんですが…。」
「私の事は大丈夫だから、心配しなくていい。それより、君達も充分気を付けて!
今は標的が私になっているから、大掛かりな事は仕掛けて来ないだろうとは思うが、
矢口少年に、上月さん。何かあったら、いつでも相談に乗るからな?」
「はい。ありがとうございま…」
「いえ。結構です!」
?!
俺がお礼を言おうとすると同時に彩梅は、厳しい表情で白瀬先輩をピシャリと拒絶した。
「風紀委員って、先日も、持ち込み禁止物を持って来た生徒を暴力でねじ伏せて無理矢理取り上げたそうじゃないですか。」
「い、いや、それは持ち込み禁止物を預かろうとした時、向こうが殴りかかって来たのを避けたら、地べたにのびただけなのだが…。」
白瀬先輩は、詰め寄ってくる彩梅にタジタジの様子だった。
「そうだよ。白瀬先輩は、理由なく相手を殴ったりする人ではないよ。彩梅、謝れよ!失礼だぞ?」
俺が彩梅を諫めようとすると、逆に彼女は怒りの表情で食って掛かって来た。
「京太郎は黙ってて!!嘘コクされたくせにどうしてこんな人を庇うの!」
「…!!いや、それは色々事情があっての事で…。」
俺は彩梅が嘘コクの事を知っていた事に驚いた。あまり噂とかには興味なさそうな奴だったから。けど、白瀬先輩との噂は比較的最近の事だし、知っていたとしてもおかしくはない。
「とにかく!私はどんな場合でも暴力ではなく、話し合いで解決すべきと思っていますから!暴力団みたいな風紀委員のお世話にはなりません!!」
「暴力団みたいな風紀委員!?かはっ!」
なおも言い募る彩梅の言葉にショックを受けて、白瀬先輩は胸を押さえており、俺は慌てて謝った。
「白瀬先輩、本当にすみません!!後でちゃんとお詫びしますから…!」
「お、おう…。矢口少年、きき、気にするな…。」
「彩梅!ちょっと来いよ!」
「な、何よ!京太郎、離してよ!!」
興奮している彩梅がダメージを受けている白瀬先輩にこれ以上暴言を吐かないように彼女の腕をとってその場を離れた。
*
彩梅を引っ張って、昇降口まで来たところで、彼女に腕を振り切られた。
「離してよっ!」
彩梅は、鬼のような表情で俺を責めてきた。
「今付き合ってるのは私でしょ?どうして京太郎は、彼女よりも、あんな嘘コクするような風紀委員長を庇うの?」
「いや、それは、彩梅の誤解だよ。
白瀬先輩は、前の嘘コクの噂を打ち消す為に、敢えて嘘コクの噂を流しただけで、俺は先輩に寧ろ助けてもらってるんだよ。だから、あんな風にひどい事をいうのは…!」
俺は慌てて説明したが、彩梅が納得した様子はなかった。
「へえ、そうなんだ!前の噂を打ち消してくれた恩人だから、白瀬先輩とあんなに仲良さげなんだ!図書委員の人は?柳沢さんは?皆、前の噂を打ち消してくれた恩人だから仲がいいの?それとも京太郎は嘘コクされるのが好きなの?」
「いや、そんなワケねーだろ!
それに、別に誰ともそんなに仲良くねーよ!」
俺は否定したが、ヒートアップした彩梅は聞く耳を持たなかった。
彩梅は、顔を歪めて泣き叫んだ。
「嘘っ!私よりは皆仲良さそうじゃないっ!
京太郎と仲良くなるには皆一度嘘コクするしかないって事かしらっ。
そんなに、嘘コクされたかったら、私もしてあげるわよ!嘘コクでもなかったら、誰があんたと付き合おうなんて思うのよっ?
嘘コクとはいえ、2日もあんたと付き合っていたなんて、人生の汚点だわっ!!」
「…!!」
俺は青褪めてショックを受けつつ、後悔した。咄嗟に彩梅を昇降口のような人目の多い場所に連れて来てしまった事に。
彩梅が俺達の関係を決定的に終わらせる言葉を放ってしまった時、
ちょうど部活から帰る生徒達がどっと昇降口になだれ込んで来た時で、言い合いをしている俺達はひどく注目されていた。
「そっか。悪かったな…。」
「っ…!!」
俺は俯き、それだけ言うと、彩梅に背を向けて、その場を離れた。
「ちょちょ、ちょっと、矢口!何がどうしたの?大丈夫?顔、真っ青だよ?」
「柳…沢…?」
「と、とにかく、こっち来て。」
ちょうど行き合ったらしい柳沢が俺を追い掛けてきて、保健室へ引っ張って行かれた。
「はい。矢口、お水。」
「柳沢…。すまん。ありがとう。」
保健室には、職員会議中の為、先生はおらず、柳沢がグラスに水をつぎ、差し出してくれた。
それを受け取り、一口水を飲み、落ち着くと、自分のしてしまった事を振り返って、俺は頭を抱えた。
確かに、彩梅に愛想を尽かされ、フラれる事を想定した付き合いだった。
でも、それはこんな形を望んでいたワケでは絶対になかった。
こんな風に、傷つけてしまうぐらいなら、嘘コクに巻き込んでしまうぐらいなら、受け入れるべきではなかった。
自分を打ち負かした彩梅の作品を守る為、自分の意地のような拗らせた気持ちで無理に付き合うべきではなかった。
結局、彩梅の心も作品もどちらも守る事が出来なかった。
昨日から今日にかけて、知った彩梅の女の子らしさ、可愛らしさを思い出し、失恋したようにちゃんと胸が痛い自分を最低だと思った。
「矢口…、本当に大丈夫?何があったのか、教えてはもらえない?上月さんが言っていた嘘コクって何?矢口と上月さんは付き合っていたの?」
俺は気まずい思いで、柳沢に頷いた。
「俺に関わっても誰も幸せになれないの分かってたのに、上月には悪い事した。」
*
*
その夜、彩梅が泣きじゃくりながら電話をして来た。
「きょっ、京太郎っ…。ひっく。ごめん…なさいっ…。
謝っても…許されないような事を…したっていうのは、分かってるのっ。うっく。
でもっ、どうしてあんな事を…言ったのか、もう…これで終わり…に…なってしまうとしても…じ、自分の口から…説明させて欲しい。」
「彩梅…謝らなくていいよ。俺、怒ってるわけでも、彩梅を許せないと思ってるわけでもない。
寧ろ俺の方こそ本当にごめん。彩梅にあんな風に言わせてしまうぐらい、俺も悪いところがあったんだろうとは思う…。
けど、その説明を今は受け入れられないんだ。」
「…!!!」
今まで必死に表に出さないようにしようとしてきた彩梅の才能に対する嫉妬の感情、もしくは、その才能から逃げさせない為だけに、上月の告白を受け入れた事実、そういったものを感じて、彩梅が俺に受け入れられないと感じ、不満を持ってあんな事を言ったとしたら、俺は自分を許せなかった。
そして、それを彩梅の口から語られるのを聞く勇気がなかった。
「わ、分かったわ…。あなたは、最初から私と向き合う気なんてなかったのよっ…!!
あなたを私の物語の中で悪役にしてあげる。だから、あなたもそうして?矢口!」
「分かったよ。上月。」
こうして、俺と上月彩梅の二日間の交際は最悪な終わりを迎えた。
*あとがき*
読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます
m(_ _)m
今後ともどうかよろしくお願いします。
※追記:過去編は今回で終わりになりますとお伝えし忘れてしまいました💦タイトルに《後編》を入れ忘れるし、今回色々やらかしてしまいました。
大変すみませんm(_ _;)m💦💦
次回は現在に戻っての上月さん視点のお話、
その次の回は芽衣子ちゃん視点のお話になります。
今後も宜しくお願いしますm(__)m
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