第178話 上月彩梅の告白
『それなら、矢口、私と付き合ってくれない?』
こう言ったら何だが、作品作りの事や、本の事に夢中で、現実の恋愛には興味がなさそうな上月の口からそんな言葉が飛び出して来るとは思わず、俺は激しく動揺しつつ、その意図を聞いてしまった。
「ど、どうして、俺と付き合いたいんだ?」
「そ、そんなの、あなたが好きだからに決まっているでしょぉっ?そんな事、聞かないでよっ!!」
「そそ、そうか。ごめん!///」
上月は両手拳を握り締め、真っ赤になって叫び、俺は慌てて謝った。
えっ。
っていうか、これ、マジ?
嘘コクじゃなくって??
突然、そこの家の壁の辺りから、紅ちゃん、碧ちゃんが、
『『なんちゃって!ドッキリです!矢口くん、驚きました?』』
なんて出て来たりしない?
寧ろ、今回に限りその嘘コクを許すぞ?
そう思ってしまうぐらい、俺は今の状況に困っていた。
もちろん、分かっていた。紅ちゃん、碧ちゃんはいい子だ。本当に人が傷付きかねないようなイタズラはしない。
上月も、冗談でこんな事するような奴じゃない。
嘘コクでないのなら、俺は上月に対して返事をしなければならない。
「あ、あの、矢口、何か言ってよ…。///」
「あ、ああ…。」
沈黙に耐えられなくなった上月に焦れたように言われ、俺は彼女に向き合った。
成り行きで入った部活が、今ではやりがいを見つけて俺なりの居場所を見つけられた気がしていたのだが、それもこれまでかもしれない。
「ごめん。上月の事そんな風に見た事なかった。」
「ふうっ。ううっく。うわあぁ…!」
その場に蹲り、泣き出す上月を俺はどうしていいか分からないまま、見ているしかなかった。
正直に気持ちを伝えてくれた上月に対して、嘘はつけない。
現時点で、俺は上月を部活の仲間としては好意を持っていても、女の子として好いてない。
客観的に見て、上月は、お人形のような、小柄で可愛らしい顔立ちをしているとは思う。
性格のキツさを知らなかったら、言い寄る男もいるだろう。
けど、俺は彼女の小説を読み、その才能を知り、そのサポートをしたいと思った事をきっかけに、部活の仲間としてその関係を繋いでいる。
正直、女の子だと意識することはほぼなかった。
普段気丈な上月を俺のせいで泣かせてしまったことがいたたまれず、俺もその場にしゃがみ込み、慰めになるか分からないような言葉をかけてしまっていた。
「ごめんな。上月。部活の仲間としては尊敬してるし、その作品も大好きだ。
上月も、俺の事、部活の仲間としての好きを勘違いしてるんじゃないか?上月が俺の事好きになる要素なんかないだろ?」
「そんな事ないっ!
最初に会った時から、あなたが、人の作品の事を大事にしているところ、ちょっといいなって思ってたわ。
いい加減なようでいて、芯は真面目で、優しいし。小説の制作に行き詰まると親切に相談に乗ってくれて、文化祭でも、助けてくれたし。
紅さん、碧さんや、他のお友達の女の子と距離が近い時は、何だか気になって胸が痛んで…。
自分でも持て余していた気持ちを紅さん、碧さんに見抜かれていたみたいで、
『文化祭が終わったら、しばらくコンクールの準備で部活休むんで、その間、告白のチャ
ンスですよ。』
って背中を押されたの。」
「えっ…。紅ちゃん、碧ちゃんも知ってたの!??」
驚愕の事実に俺はあんぐり口を開けた。
うわっ。ってことは、二人共、上月と俺がくっ付くよう応援してるって事か…。
上月を振ってしまったら、部活ますます行き辛くなるわ…。
俺が頭を抱えた時、上月は涙をためた目で縋るように俺を見てきた。
「今、私の事を好きでなくてもいいの。ただ、一緒にいる内いつか好きになってくれたら…。それでも、ダメ?」
「っ…!」
俺の制服の袖を指で摘んで必死にそんなことを言ってくる上月に、流石に絆されそうになったが、強いてハッキリ言った。
「ごめん。それでも、付き合えない。
俺が6回も嘘コクされていたの知ってるよな?
悪いけど、今は誰とも付き合うなんて、そんな気持ちにはなれない。
上月は部活の仲間としては信用しているけど、女の子としては無理だ。」
「うわぁぁっ…!」
再び上月は泣き出した両手で顔を覆って泣き出した。
「嘘コクしたのは、私じゃないのに…!私なら絶対にそんな事しないのに…!そんな理由で振られるなんて納得できないようっ。」
「ごめん。けど、俺、上月の彼氏にはなれないけど、これからも、お前の作品の一番のファンでいるから。俺にできる限りの事は何でもするし…。」
「こんな状態で小説なんか書けるわけないじゃんっ。矢口のバカ!無神経!!」
「…!!!」
上月にそう言って泣き叫ばれ、俺は愕然とした。
そんな…、そんな事言うなよ…!上月!!
俺はお前の小説に、才能に、打ちのめされて、小説書くのを諦めて、バックアップする方に回ろうって決意したんだぞっ。
どんな思いだったか分かってるのか?
俺が欲しかった才能をその手にしているくせに、簡単に捨てようとするなよ?
自分の才能をそんなにぞんざいに扱うなよ?
そんな風にになってしまうぐらいならいっそ…。
「上月、分かったよ…。お試しで付き合ってみよう。」
「え!ほ、本当?」
上月は俺の言葉に驚き、涙で濡れた顔を上げた。
「ああ。取り敢えず2週間ぐらい付き合ってみて、よければそのまま付き合えばいいし、なんか違うなと思えば解消すればいいし。そんな感じでどう?」
「あ、ありがとう。矢口…!嬉しい…!!」
輝くような笑顔になった上月を見て、俺は
罪悪感にズキズキと胸が痛んだ。
上月は、神条さんみたいにどうせ、自分を理想化しているだけ。実態が知れたらすぐ振られるだろう。
そこで、円満に別れたら部活でも気まずくならないし、上月の小説の妨げにもならないだろう。
そう計算してそんな提案をした自分を最低だと思った。
「じゃ、じゃあ、お試しで付き合う記念に、マッテリア、行かない?」
「ああ…。いい…けど??」
上月に、駅前のファーストフード店に誘われた。
*
*
「上月は、マッテリア好きなのか?」
俺はナゲットを食しつつ、向かいの席で、イチゴシェイクを美味しそうに飲んでいる上月に聞いてみた。
俺は、安いし、美味しいし好きだが、上月がファーストフードを食べているようなイメージイメージがなかったので、
ここに行きたいと言われたのを意外に思っていたのだ。
「ううん。体に悪そうだから、友達に付き合うの以外で来たことはないわよ?」
なんだよ。やっぱりな…!
「なら、なんで?」
「好きな人とマッテリアに行くのが夢だったの。なんか、高校生のデートっぽくて、いいじゃない?へへっ。」
そう言って、恥ずかしそうに笑った上月は、いつものしっかりしている彼女と違って少し幼く見えた。
「矢口。私、食べ切れないから、少しポテト食べていいよ?」
「え。あ、ありがとう…。」
ポテトが入った紙の箱を俺のトレーに載せる上月に、礼を言う。
「ふふっ。どういたしまして。いっぱい食べてね?」
「お、おう…。」
上月に頬杖付きながら、嬉しそうに俺の食べているところをジーッと見られ、俺は居心地の悪いような面映ゆいような気持ちになった。
「あ、あのさ、矢口。お試しとはいえ、付き合うわけだし、お互い、呼び方名前呼びにしない?」
「ああ、いい…けど、えーと…。あ…、彩…??」
上月に言われ、眉間に皺を寄せて呼ぼうとしたものの、先が続かない。
それを見てジト目になった上月に、拳を振り上げるようなポーズをとって怒られた。
「彩梅!彼女の名前くらい覚えてなさいよ!」
「ご、ごめん。彩梅…ちゃん…?」
「呼び捨てでいいわよ。」
「彩…梅?」
「よろしい。きょ、きょ、京太郎…?////」
茹でダコのように顔を赤くして目を逸らしながら彼女は俺の名前を呼ぶ。
その時、俺は初めて上月彩梅を女の子として可愛いと思った。
ズキズキする胸の痛みを抱えながら…。
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