第176話 読書同好会初の文化祭
その夜、俺は久々に出版社で編集者として働いている凪叔父さんに連絡をとった。
『おー、京太郎?お前から電話くれるなんて珍しいなぁ。どうした?』
凪叔父さんは、突然の俺の電話に驚いたようだったが、いつもの穏やかな声音で応対してくれた。
「凪叔父さん忙しいのにごめん。叔父さんの仕事についてちょっと聞きたくなってさ。」
『え。俺のって、編集者の仕事ぉ?お前、まさか、この仕事将来の希望に考えたりしてないよな?』
戸惑ったように凪叔父さんに聞かれ、俺は一瞬躊躇ってから、意を決して答えた。
「ちょっと…、考えてるかも…。」
『おい、マジかぁ?俺の仕事の愚痴を何度も聞かされてて、よくそんな気持ちになれるなぁ!やめとけって。仕事量多いし、重いもの持たされるし、人に振り回されて走り回るし、校了まで寝れないし、大変だぞ?』
「うん。知ってる。でも、凪叔父さんそれでも楽しそうに仕事の事話してるじゃん。」
『そりゃ、この仕事が楽しくて、有意義だって思い込まなきゃやってられないからさ。ある種の洗脳だよ。洗脳!』
「ハハッ。」
凪叔父さんの切実な言い方に、俺は思わず笑ってしまった。
『いや、笑い事じゃないから…。ま、京太郎がどうしてもってんなら、今度相談に乗るけどさ。』
「ホント?凪叔父さん、ありがとう!忙しいのに、ごめんね。」
『いや、今はそこまで忙しい時期じゃないから。京太郎の高校の文化祭にも顔出したいと思ってたし、予定分かり次第姉さんづてに、連絡しとくな?』
「うん。ありがとう。あとさ。凪叔父さん、1つ聞きたいんだけど、どうして編集者の仕事をしたいって思ったの?」
『また、唐突だな。京太郎、今日は本当にどうした?』
「い、いや、ちょっと急に色々知りたくなってさ。話したくないなら無理にとは言わないけど…。」
『いや、話したくないというわけじゃないんだけど、う〜ん…。まぁ、昔の事だからもういいか…。
実は俺、昔小説家を目指していた事があるんだよ。』
「!!」
凪叔父さんの言葉に心臓が跳ねた。
『学生時代に文芸部に入っててさ、長編やら短編やら色んな賞に応募したんだけど、全然駄目で。そんな時、ヒョロヒョロした一年
男子の作品を読んだんだよ。そしたら、すごく面白くて、驚いてさ。ああ、才能ってこういう事を言うんだなぁ、俺の書いてたものって一体何だったんだろうって打ちのめされた気分だったよ。』
俺はドキドキしながら、凪叔父さんに聞いた。
「そ、それで、凪叔父さんはどうしたの?」
『うん。それからも、作品はちょこちょこ書いてはいたが、賞に応募するのは辞めた。
代わりにその一年の作品の校正やら、題材の下調べやら手伝ってやった。そしたら、そいつ、有名出版社の新人賞の副賞とってさ。あん時は俺も嬉しかったなぁ…。
まぁ、知り合いが出版社に勤めてたとか、他にも理由が色々あるけど、面白い作品を世に送り出す仕事がしたいって思うようになったのは、あの時の体験がきっかけかなぁって…、
なんか、俺、すごい語っちゃってるけど、京太郎が聞きたい事、こんなのでよかったか?
///』
凪叔父さんは、熱く語ってしまった自分を、恥ずかしがっているようだった。
「ああ、それがすごく聞きたかった事だったんだ。凪叔父さん、大事な話を聞かせてくれてありがとう。」
ズキズキするような胸の痛みを共有したような癒やされる思いで、俺は凪叔父さんに礼を言ったのだった。
「いやー、何だか、こそばゆい思いだけど、俺も京太郎に聞いてもらってよかったよ。
何だかお前は、俺に少し似ている気がするな。子供が親よりも親の兄弟の方に似る事ってよくある事らしいからな。」
「ああ、確かにうちの母は、テキパキしてるけど、ちょっと短気なところあるからな。
温厚な凪叔父さんの方が俺は合ってる気がするよ…。」
母に普段から、ボーッとしてないでしっかりしなさいと怒られている俺は苦笑いしてそう言ったのだが、凪叔父さんからは、一瞬間があって、慌てたような返答が返って来た。
「…っ!あっ。ね、姉さんか…!そ、そうだよな〜。俺もよく怒られたもんだよ。同じ同じ!」
「へえ。凪叔父さんもそうなんだ。そう言えば、京介おじさんも長年の付き合いなんだろ?やっぱり母に叱られたりしてたの?」
『ガコーン!! おーっと!スマホ落としたあっ!!カタカタン。』
その瞬間何かを床に叩きつける音と、凪叔父さんが慌てながらスマホを拾っているような気配がした。
「え。凪叔父さん、大丈夫?」
『だ、大丈夫、大丈夫。すまない、京太郎。実はまだ仕事が残ってて。さっきの件、また後で連絡するなっ。じゃっ。』
「あ、ああ…。忙しい時にごめん。凪叔父さんうん。じゃ、また。」
急に慌て出した凪叔父さんを少し不思議に思いながらも電話を切ったのだった。
*
*
それから俺は、読書同好会の部活に所属し、
放課後を部室で過ごす事になった。
気持ちを切り替えて、上月や小倉さん姉妹には、編集の仕事に興味があるから主に部誌の物理的な作成の方をさせて欲しいと伝えた。
部誌の原稿は読んだ本の書評などを書かせてもらうことにした。
小倉さん姉妹は、部誌の作成は詳しくないから引き受けて貰えるなら大歓迎だと喜んだが、上月は、俺に作品を書いて欲しいみたいで、ちょくちょく勧められたが、俺は鉄壁の笑顔で断った。
文化祭まで間もなかった事もあり、ページ数が20頁程と少なめであった事もあり、経済的な事もあり、印刷所に頼んでオフセット誌にする事はできなかったが、その分ぎりぎりまでレイアウトを悩んで、納得いくコピー本を仕上げる事が出来た。
一番大変だったのは、表紙のイラストを見開きで描いた小倉(碧)さんだっただろう。
原稿を描き終えてぐったりしていた彼女に、飲み物を奢ってあげようとしたら、小倉(紅)さんに狡いと言われ、結局上月の分も三人分飲み物を買ってくる事になった。
顧問の先生か、俺は…?と思ったが、原稿を書(描)き終えて充実感に満ちた顔で皆で笑い合った時にはちょっと悪くない気分だった。
そしてー。
11月第一週の週末に行われる2日間の文化祭は、晴れ晴れとした快晴の天気で始まった。
にも関わらず、一日目の、終了間際、読書同好会部長の上月彩梅の顔は曇り、俯向いていた。
「……。||||||||」
その理由はたった4人の同好会で、展示場所が入口から一番遠い3階の一番端っこの狭い教室に追いやられたせいだけではなく、
文芸部の部長に、文化祭用の部誌を200部も刷ると自慢されて焚き付けられた上月が、
うちも200部刷ると言って聞かず、結果、展机の上の大量に積み上がった部誌の在庫の山を見るのにいたたまれなかったせいもあるのであろう。
部誌一部200円。1日目の売上冊数 6冊。売上金 1200円。
しかも、売上冊数のうち、4冊は部長、部員によるもの。残りの2冊は今日来た上月の家族(お母さんと、小5の弟さん)だった。
簡単に言えば、売り上げ成績は惨敗だった。
「皆、ごめん…。私が見栄の為に200部も刷るなんて言ったから…。在庫は私、買い取るから…。」
「い、いや、まだ一日目だし、これから急に売り上げが上がるかもしれないし、分からないじゃないか!
それに、皆で作った部誌なんだから、上月だけが負担をする事ないって。」
「「そ、そうですよ。部長!」」
肩を落として涙目で呟く上月を、俺と小倉姉妹は慌てて慰めた。
「明日は私達の両親や、知り合いも来るって言ってましたし!」
「はい。お母さん、音楽関係の知り合いにも配りたいって言ってるましたから、50部ぐらいは協力できると思いますよ?」
「「えっ…!すごい!」」
俺と上月は小倉姉妹の親御さんの太っ腹加減に驚きの声を上げた。
*
*
文化祭2日目。最初の売り上げは、文芸部部長、千堂沙也加と副部長、左門藤助によるものだった。
「読書同好会さんの部屋って、随分こじんまりしてるのねぇ?小さくても人が少ないから広々して、いいわね?」
「本当ですね、部長。我々文芸部は二部屋取っても、部員が多くて賑やかだから、まだ足りないぐらいですからね。羨ましい事ですね?」
「ぐぬぬぬ…!💢💢」
千堂と左門の煽りに、上月は拳を握り締め、怒りで沸騰しそうになっていた。
「「ぶ、部長〜。」」
「お、落ち着け。上月、一応部誌を買ってくれたお客様なんだから…。」
小倉さん姉妹はオロオロし、俺は小声で上月を宥めていると、千堂に声をかけられた。
「あら、嘘コクの矢口くんじゃないの。昨日は、部誌のお買い上げありがとうね?」
「あ、ああ…。」
「「「えっ!」」」
3人から鋭い視線を受け、俺は冷や汗を流した。
「何でも、上月さんの独断で、部誌の発行部数うちと同じ位に引き上げたんですって?
いくらコピー本とはいえ、かなりの赤字じゃない?計算の出来ない部長さん持つと、部員が可哀想よね…。」
「その点うちは、昨日の段階で売り上げ120冊を記録してますからね。今日の売る分が足りないのを心配するぐらいですよ。」
「あなたも、こんな部、早く見切りをつけた方がいいわよ?」
「文芸部に来たくなったらいつでも言って下さいね?」
千堂と左門の息のあった悪意あるディスりに、俺は胃もたれする思いで聞くと、笑顔で断った。
「ご心配ありがとう。今のところ、そんな事全く考えてないから大丈夫だよ?多分、今日はかなり売り上げも行くと思うしね?」
「あら、残念。部長も部長なら部員も計算できない人みたいね。じゃ、私達はこれで。」
「声かけただけ無駄でしたね。こんな奴放っといて行きましょう。じゃあな。」
最後まで悪意をまき散らしながら、千堂と左門は去って行った。
ガシッ。ガシッ。
「うをっ?!」
突然、左腕を小倉紅さん、右腕を小倉碧さんに掴まれた。
「よ、よかった〜。矢口くん、文芸部行っちゃうかと思いましたぁ!」
「ハッキリ断ってくれて安心しましたぁ!」
「ああ。あんな嫌味な奴らのところなんか行かないよ。俺は読書同好会の部員なんだから。」
涙目でしがみついてくる小倉さん達に、ちゃんと宣言したが、上月はまだ不服そうだった。
「でも、それなら何故矢口は、文芸部に行ったの?」
「一応向こうの様子も敵情視察しといた方がいいかと思って。ホラ、向こうの部誌。」
俺は昨日文芸部で買った部誌を、上月に渡した。
「うぐっ。何だか豪華だわ…!」
表紙に箔押しされた分厚いオフセット誌を見て、上月は呻いた。
「やっぱり人数がいると違うわね…。」
パラパラ中身を見て、ため息をつく上月に、
俺は腕組みをして考えた。
「う〜ん…。でも、作品の完成度としてはうちも負けてないと思うぞ?
上月の短編小説は、オチに意外性があって読み応えあるし、小倉さん達の詩とイラストの連作も、最後まで読むと全体として1つの物語のようになっていて、読後感が何ともいえず、爽やかだし、俺はどちらも大好きだな。
ちゃんと、お金を払って読むに値する作品だと思うけど…。」
「「「……っ!///」」」
「あれ?皆、どうした…??」
顔をドンドン真っ赤にしていく上月、小倉姉妹に、変な事を言ってしまったかと、不安になった時…。
ガシッ。ガシッ。
「「矢口くん!」」
「うわあっ…!//」
小倉さん姉妹が再びしがみついて来た。
「「心の友よ✨✨これからは、紅(碧)ちゃんと呼んで下さい!!」」
「へっ?小倉さん達、きゅ、急に何で??」
「「紅(碧)ちゃんですっ!!」」
怖い顔で詰め寄られ、俺は仕方なく呼び方を変えてみた。
「わ、分かったよ。紅ちゃん、碧ちゃん、離して…?」
「「はーい❤💙」」
二人は満ち足りた笑顔で、俺から素直に離れてくれた。
全く二人共可愛らしい女の子なんだから、子供みたいに急に飛び付いてくるの、やめて欲しい。嘘コクで心頭滅却した俺と言えども、心臓に悪いぜ。
頬を赤らめていると、ふと、上月がこちらをじっと見詰めているのに気付いた。
「上月…?」
今まで見た事もないような彼女の泣きそうな表情に驚いて声をかけると、上月はそんな自分に気付いたのか、すぐに目を逸らした。
「な、なんでもないっ!」
??
何だったんだろう?
いつもと違う彼女の様子が気になったが…。
「あの〜、ここって、読書同好会ですか?」
「あっ。ハイ。どうぞ見て行って下さい〜!」
「「いらっしゃ〜い。」」
その後、お客さんへの応対で忙しく、その事はすっかり忘れてしまった。
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