第175話 上月彩梅 その才能との出会い

屋上前の階段に残されたノートの切れ端(小説の原案が書いてある)を手に、俺はしばし考えた。


これ、どうしよう?


このまま、ここに置いていくにしても、落とし物として届けるにしても、誰かの目に止まり、からかいのネタになり得る事は間違いがなかった。


俺は、同じように小説の原案が書かれたノートを見遣り、仮に俺が同じ状況になったとして考えてみた。


誰かのイタズラで、このノートが広げられ、掲示板などに貼り付けにあっていたとしよう。


嘘コクでからかわれ尽くした俺でさえ、自分が一生懸命考えた小説の原案を、作品になる前の段階からネタにされ、嘲笑されるのは死にたくなる程恥ずかしい…!


きっとこれを落としたさっきの女生徒も同じだろう。


それに、他の誰かにアイディアをパクられる可能性もなくはない。


ショートボブに、顔立ちは少し幼いものの、目付きのキツイ(制服のリボンの色からして)同学年の女子…、だったよな。


俺はさっきの女子の姿を思い浮かべ、俺は

この紙を保管して、さっきの女生徒を見つけ次第、事情を説明して返そうと思った。


だが、思ったよりも早く、その女生徒は見つかる事になった。


その女生徒に見つけられたというのが正しいかもしれないが…。


5時限目終了後、自分の席で教科の片付けをやっていた俺は、ふと頭上に威圧的なオーラを感じ見上げると…。


「あなた、今日屋上でぶつかりそうになった人よね?ちょっと、顔貸してくれるかしら?」

「あ。」


憤怒の表情を浮かべた小柄なショートボブの女子が腕組みをして目の前に立っていた。

         

         *

         *


屋上前の階段へ移動するなり、眉間に皺を寄せ、怒りに顔を真っ赤にして彼女は叫んだ。


「あなたねっ。小説の原案を書いた紙、盗んだでしょう?」


「はあ?」


俺は彼女の見当違いな怒りに俺は顔を顰めた。


「盗んでねーよ。君が勝手に落としてったんだろーが!」


俺は胸ポケットからノートの切れ端を取り出すと、彼女に差し出した。


「あっ。やっぱり、持ってたじゃない…!」


彼女はその紙を俺から引ったくるようにして受け取ると、俺を再び睨み付ける。


「そこの階段に落ちてたんだよ!」


「だったら、どうして落とし物に届けず、あなたが自分で持っているのよ?」


不審そうな目で俺を見る彼女に俺はふうっと息をつくと、指を突き付けて質問してやった。


「じゃあ、仮に君が同じように、小説の原案が書かれた紙を拾ったら、落とし物ボックスにでも入れるかよ?」


彼女は、パチパチと目を瞬かせると、顎に指をかけて考え込むポーズをとった。


「……。入れないわね。その人にとって大事なアイディアの欠片を、盗用されたり、からかわれたりする危険があるもの…。私なら、その人を見つけて直接手渡しするわ。」


「だろ?俺もそうしようと思ったんだよ。まさか、あんなに早く相手の方から見つけられるとは思わなかったけど…。」


「だって、あなた、目立つんだもの。特にチャラいわけでも、身なりを気にかけているんでもないのに、茶髪って。クラスの子に聞いたらすぐ「ああ、ソレ嘘コクの矢口!」って教えてくれたわ。」


ああ。そう言えば、俺、(悪い方で)有名でしたね…。


女生徒の言葉に俺は苦笑いを浮かべた。


「まぁ、俺が悪目立ちしてるおかげで、探し物が早く見つかってよかったじゃないか。

じゃ、今度は大事なもの、落とすなよ?」


俺はそう言ってそそくさとその場を去ろうとしたのだが…。


「あっ。ちょ、ちょっと待って!矢口…!」

「んあ?」


何故か腕を取られて、慌てて引き留められた。


「このままじゃ、私、落とし物を拾ってもらって、気遣ってもらった上に、泥棒呼ばわりした感じ悪い奴じゃない!」


うん。まんまその通りですね…。だから早く離れたいんですけど…。


ジト目で見遣るも、女生徒はめげずに、取り繕ったような笑みを浮かべた。


「わ、私、2−Aの上月彩梅。小説の原案拾ってくれてありがとう。お礼したいから、放課後もしよかったら、社会準備室に来てくれないかしら?」


「ええ〜。」


急に豹変した上月の態度に、何だか面倒臭い予感しかしなかった。


         *

         *


「やっぱ帰ろうかな…。」


「「そこのお兄さん❤💙」」


放課後、警戒しながら、社会準備室の前で様子を窺い、中に入るのを躊躇っていた俺は、

後ろから突然声をかけられた。


?!


振り向くと、髪をそれぞれ赤と青のリボンでお団子にした、そっくりの二人の女の子達がニッコリと俺に笑いかけた。


「「突然ですが、ここでクイズです!」」


「へっ?」


「「私達は、双子の姉妹、小倉紅、小倉碧とでいいます。どちらが紅でどちらが碧か、どちらか当ててみてください!」」


「へっ、へっ?」


いきなり現れた双子の女の子達に綺麗に声を揃えてクイズを出され、俺は目を瞬かせた。


「正解者には、いい事がありますよ♪」

「さあ、答えて答えてっ?どちらが紅でどちらが碧かっ?」


「は、はぁ…。じゃあ…。赤いリボンの方が紅さん…で、青いリボンの方が碧さん…ですか?」


勢いに押されて答えると、双子の女の子達は

満面の笑みを浮かべて、パチパチと拍手をした。


「「せいか〜いっ♪♪」」


当たったらしい…。名前、リボンの色そのままだし、メッチャ簡単な問題じゃない?と思って首を傾げていると…。


ガシッ!ガシッ!


「うわっ?!」


突然、双子の女の子達に左右それぞれから腕を掴まれた。


「正解者には、読者同好会に入部できるという特典がついてきますっ!」

「さあ、レッツゴー!!」


「ええっ!?嘘だろ?ちょっと〜っ!!」


俺は二人に腕をとられ、強引に社会準備室の中に連れ込まれていった。


         *


「矢口くん❤こんな可愛い女子達に囲まれて部活やれたら幸せですね?」

「矢口くん💙さあ、早く幸せになっちゃいましょうか?」


「部活名と名前を書き込むだけで、今なら3人の女子のハッピースマイル(0円)つき。なんてお得なのかしらね?矢口?」


テーブルの上には入部届け。


右手側には、ペンを無理矢理握らせる小倉紅と名乗る女生徒。


左手側には、入部届けを無理矢理押さえさせる小倉碧と名乗る女生徒。


テーブルの向こうには、上月が胡散臭いニッコニコの笑顔を浮かべている。


部室に強引に連れ込まれてから、読者同好会メンバーだという3人に部員が4人以上いないと、部を立ち上げて以来初めての文化祭にも関わらず、来月から廃部になってしまう現状を切々と訴えられ、入部するよう頼まれたのだった。


「あのなっ。同情はするけど、お礼や特典と称して無理矢理入部させるやり方はどうなんだっ?

大体、部の発足当時は4人以上いたんだろう?他の部員はどうしたんだよ?」


「いや、4月時点では、もう一人いたんだけど、その子、文芸部の一年生千堂さんに嫌がらせを受けたみたいで、先月辞めてしまったのよ。」


俺の指摘に上月は、悔しそうに唇を噛んだ。


「文芸部のやり方に反発して発足した読書同好会の事を、当然文芸部の人達はよく思っていないのよ。何かといっては、数と権力を盾に、嫌がらせをしてくるの…。」


「それは、理不尽だとは思うけどさ…。」


なんか、明らかにトラブルになりそうな部活に自分から入って行くってどうなの?


しかも、他の部員女の子しかいないし、6回も嘘コクの噂を経験した俺は女子からはなるべく離れたい気持ちがあった。


「矢口、まだ部活に入っていないんでしょう?

それに、あれだけ小説の原案に気遣いのできるあなたなら、作品作りに興味がないわけじゃないんでしょう?


むしろ、もう自分で何か作っているんじゃないの…?」


「「えっ。矢口くん、そうなんですかぁ…?」」


「…!!」


まずい…!上月に言い当てられて冷や汗を掻いた俺は、慌てて断る理由を探した。


あ。そうだ。あの小説の原案、ちょっと気になっていたんだよな…。


「あんなん誰だって気遣うだろ?自分の都合のよいように解釈するなよ。そんなに言うなら、条件がある。

あの原案をもとにした上月の小説が面白かったら、この部活に入る事にする。」


「え。でも、あれは、来年のコンクールに出す用の小説で、まだ、2章の書き途中で…。」


明らかに怯んだ様子の上月に、俺はニヤリと微笑んだ。


「同じ部内の部員なら信用して見せられるんじゃないか?

出来ないなら、俺はこれで…。」


席を立とうとする俺に、上月は真っ赤になって叫んだ。


「わ、分かったわようっ!!ホラ、コレ、原稿っっ!!」


「え。あ、ああ…。」


まさか、本当に見せてもらえると思わず、原稿用紙を渡され、俺は固まった。


「「部長、太っ腹ぁ!!流石です✨✨」」


双子の部員達の嬉しそうな声がキレイにハモった。


マジか…。コンクール用の作品を読ませてもらえるとは…。

うーん。酷評して、コンクールに出すの取り止めると言われても責任を感じるしなぁ。

面白かったけど、俺とは方向性が合わないとか言って断ろうかな…。


と俺は、悩みつつ、その原稿を読み始めたのだが…。


          *

          *


「あのっ。矢口っ?どう…だった?」


「はっ。」


あれから、15分ー。時が経つのも忘れて書かれたところまで全部、読み耽っていた俺は、上月に恐る恐る声をかけられ、我に返った。


「「矢口くん、すごく集中して読んでましたねぇ…。!」」


「あっ。いやっ…。」


何だコレ?今、流行っている王道の展開じゃないんだけど、すげー面白くて、続きが気になって、仕方がない。

俺は、上月に矢継ぎ早に質問をしていた。


「上月、翼のある弟は、幼馴染みの女の子と街に出て、どうなんの?」


「え、えっと、武闘派の獣人と、惚れっぽい剣士、嘘つきな先読みの魔女と一緒にパーティーを組んで、それぞれの目的の為、翼族の住む氷の国へ行く事になるんだけど…。」


「へー。ああ、そう言えば、弟のセリフに伏線があったよな…。」


「兄は、最初に村を出た後、どんな経緯を辿っていたの?」


「えっ。そ、それは、この話のいくつかの謎の一つだから、言えないけど、翼族の国へ3ヶ月程いて、その後、軍に…。」


「ああ、なるほどなぁ。兄が翼の国でどんな事があったのか気になるなぁ…。」


俺が顎に指をかけ、考え込んでいると、上月が自信なさげに上目使いで見上げて来た。


「それで、あの…。矢口?面白かった…?」


「えっ。」


そ、そうだった。あまりの面白さに状況を忘れていたが、部活に入部するかどうかを決めるのだった。


「「ジーッ。ドキドキ…♡」」


双子の部員達にも注目される中、俺は仕方なく正直に答えた。


「お、面白かったよ…。とても…!」


この話を面白くなかったなんて、口が裂けても言えなかった。


「ホント!?嬉しいわっ!!」


上月の顔はぱあっと顔を輝き、さっきの取り繕ったのとは違って、心底嬉しそうな笑顔になった。


「「やったー!矢口くん入部決定!!イエ~イ!!」」


双子の女生徒は小躍りしていた。


嬉しそうな3人を前に、俺の心中は穏やかでなかった。


部活に入らざるを得なくなったからではない。


上月彩梅の小説に、その才能に打ちのめされていたのだった。 

1ページ目から最後のページまで、物語にグイグイ引き込む魅力が彼女の小説にはあった。


俺の書いたものにはそれがない。

才能の違いを残酷なまでに思い知らされた。


「ねえ。矢口も、やっぱり作品を書いてるんじゃないの?あるなら、私見てみたいな。」


無邪気な笑顔でそんな事を聞いてくる上月に、俺は作り笑いを浮かべて答えた。


「いや、ないよ。一度もない。こうなったからには、腹を括るから、1から作品作りの事教えてよ。」


小説原案を書いたノートが入っているカバンから目を逸らしながらー。

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