第169話 ボーリング初心者の罠《勝負編》

「待望の新入部員が入ってくれたんです。

矢口くんもこれからは活動に参加してくれる事になったし、この後、氷川さんの歓迎会と矢口くんのお帰り会を兼ねてどこかに行きませんかぁ?」


「駅前のカラオケとかボーリングとか、どうですかぁ?」


紅ちゃんと碧ちゃんがテンション高く提案してきた。


「そういう騒がしいところは、私あんまり得意じゃないんだけど…。」


「紅ちゃん、碧ちゃんの提案は嬉しいだけど、今日はちょっと…。」


「え、ええ。ぜひ参加したいのですけど、

急ですし、別の日なら…。」


部長の上月は、紅ちゃん碧ちゃんの提案にあまり乗り気ではないようで、俺と芽衣子ちゃんも約束をしていた為、今日は断ろうとすると、紅ちゃん、碧ちゃんは肩を落とした。


「「そっかぁ…。今日は難しそうですねぇ…。」」


「紅ちゃん、碧ちゃんも毎日ピアノのレッスンがあるんじゃなかったっけ?」


「ああ、今日はピアノの先生が風邪を引いてたそうで、急遽時間がとれるようになったんですよぉ。」

「えへへ…。他の皆みたいに遊んで見たいと思ってしまったんですけど、急には難しいですよねぇ…。」


寂しそうな笑みを浮かべる碧ちゃん、紅ちゃんに、芽衣子ちゃんは、質問した。


「紅先輩と碧先輩は、ピアノを習われているんですか?」


「「はい。4才の頃から習っているんです。」」


「紅さんと、碧さんはピアノコンクールに入賞する程の実力の持ち主なのよ?」


「ええっ?すごいじゃないですか!」


「ああ。二人の演奏、一度聴きに行った事があるけど、本当に素晴らしかったよ。」


「「えへへへ…褒められると照れちゃうなぁ…。//」」


「お母様が今人気のピアニスト小倉紫音こくらしおんで、二人も音大に行くことを希望されているの。

毎日ピアノのレッスンがあるから、最初は

部活に入るのも反対されていたのだけど、今は、比較的早めに帰れる日だけ、部活に参加する事を許されているのよね?」


「「そうなんですぅ…。」」


「そうなんですね…。紅先輩、碧先輩がそんなにすごい方でお忙しいなら、他に集まれる日はなかなかなさそうですね…。

う〜でも、でも!今日は、わたしも、京先輩に伝えしたい事が…!」


「…!!」


困ったような顔で、頭を抱える芽衣子ちゃんに、上月が目を見開くと、何やら急に乗り気になり出した。


「ひ、氷川さん!矢口!紅さん碧さんがこれだけ言ってくれてるんだから、読書同好会の

結束を図る時間をとってくれないかしら?

そんなに長時間拘束しないし、

あなた達二人の予定は、私達に付き合ってくれた後でも、遅くないんじゃなかしら?」

 

「「え、ええ…?」」


態度を一変させた上、思わぬ上月の押しの強さに、俺と芽衣子ちゃんは驚きつつ、目を見交わした。


「で、では、京先輩…。歓迎会の後、時間とってもらっても構わないですか?」

「ああ俺は構わないけど…。」


          *

          *


ガコーン!ガーン!


そして、俺達は、ボールが、ピンを倒す音が鳴り響く駅前のボーリング場に来ていた。

カラオケは、満室ですぐに入れなさそうだったので、歓迎会は、ボーリング場で行う事となった。


「「お待たせしましたー❤💙」」


「えっ!!紅ちゃん、碧ちゃん?!その格好は一体…??///」

「紅先輩、碧先輩?!///」

「紅さん、碧さん?!///」


家の人に連絡をすると言って席を外していた紅ちゃん、碧ちゃんが帰って来たと思ったら彼女達は何故か、それぞれ赤、青を基調にしたチアガールの衣装を身に着けていた。


「売店で、安く売ってたから衣装買っちゃいましたぁ!

こちらから、誘っておいて大変申し訳ないんですが、親から指に負担をかける事は、しちゃいけないと言われてたんでしたぁ…。」


「すみませーん。私達の分は、どなたか他の人に投げてもらえませんかぁ?」


紅ちゃん、碧ちゃんに申し訳なさそうにそんな事を言われ、

既に、5人分でレーンを予約して、ボーリング用のスニーカーを履き終わった俺、上月、芽衣子ちゃんは目を剥いた。


「ええっ?なら他のとこに行った方がよかったんじゃない?キャンセルしようか?」


俺がそう言うと、碧ちゃん、紅ちゃんは必至に手を擦り合わせてお願いしてきた。


「い、いえ…。投げられないの分かっていたんですが、一度こんな華やかなところに来てみたくって…!一ゲームだけやってもらえませんか?」


「はい。私達皆さんの応援係一生懸命やりますから、どうかお願いします!!」


「「「ええ〜!!」」」


俺も芽衣子ちゃんも、上月も困ったように顔を見合わせた。


「私、ボーリング初めてなんですけど、とてもお二人分投げるなんて…。」


「どうしよう?私も初心者なのよね…。」


「俺も、スギ、マサと2回来たきりで、あんまり上手くないし…。」


不安げな二人に、俺も頷いたのだが…。


「2回も経験されてるんですね?!もうベテランではないですか!」


「そうね!矢口が経験者で安心したわ!!色々教えてちょうだい!!」


「「矢口くん、すごいです!」」


「え…。」


芽衣子ちゃん、上月、碧ちゃん&紅ちゃんに一気に尊敬の目で見られびびった。


何この流れ?


皆に注目されるのは、正直悪い気持ちはしないんだけど、大体のルールと採点システムの操作方法を知っているだけで、そこまで期待されるとプレッシャーだぜ…。


         *

         *


そして、話し合いの末、練習も兼ねて初心者の芽衣子ちゃん、上月がそれぞれ紅ちゃん、碧ちゃんの分を投げる事にして、彼女達は2回分投げた分のスコア、俺は一回分投げた分のスコアで競う事になった。


「俺もあんまりうまい方じゃないんだけど、やり方、見ててね。」


俺がボールを後ろに振りかぶり、ガゴンとレーンに落とすと、皆は転がっていくボールを目で追い、歓声を上げた。


「わぁ〜!!京先輩勢いがすごい!行け行け〜!!」


「真っ直ぐ進んでるわ!」


「「矢口くん、すごいです!」」


ガシャーン!!


ボールは直前で少し左にそれた為、全部とは行かなかったが、8つのピンを倒す事が出来た。


「ああ〜、2つ残しちゃったかぁ…。」


俺は頭を搔いたが…。


「きゃー♡京先輩、カッコイイです!!」


「流石、経験者はすごいわね。恐れ入ったわ!!」


「「矢口くん、すごーい!!」」


「そ、そう…?」


皆からパーフェクトを取ったぐらいの反応が返って来て目をパチクリさせた。


「「矢口くん、すごい!次も頑張って下さいね〜!フレッフレッ、矢口くん〜❤💙」」


紅ちゃん、碧ちゃんは太ももを振り上げて一生懸命応援してくれた。ん?今一瞬それぞれ赤、青の布地が見えたような…?いや、気のせいか?


その後、二回目の投球で、残り1ピンのみ倒したときも同様の歓声が上がった。


次は、芽衣子ちゃんの番だった。


「ボールはこの3つの穴に、中指、薬指、親指を入れて、前に真っ直ぐ押し出すように…。」


側について、ボールの持ち方や、投げ方を教えると芽衣子ちゃんは、頬を染めてコクコクと頷いた。


「(きゃっ。今手が触れちゃった!//)

はい♡京先輩!おおっ。結構重いんですね…。行きますよぅっ。とりゃっ!!」


コロコロコロ…ガーン。


芽衣子ちゃんの投げたボールは大きく右にそれ、ガーターになってしまった。


「あ〜、ダメでした。難しいなぁ…。」

「最初は難しいよね。もう一回やってみようか?肩の力を抜いて半歩下がってみたらどうかな?」


頭を抱える芽衣子ちゃんに、そうアドバイスし、次は割に真っ直ぐ転がって行ったものの、途中で左にそれ、やはりガーターになってしまった。

紅ちゃんの分の投球もガーターでピンを倒す事はできなかった。


「真っ直ぐ投げるって難しそうね…。」


次の番の上月は、不安げに呟き、

俺と、碧ちゃん、紅ちゃんは、励ましの声をかけた。


「芽衣子ちゃん、惜しかったね。次、頑張ろう!」

「「氷川さん、ドンマイ」」


「は、はいぃ…。次頑張ります…。難しいなぁ。足なら確実に真っ直ぐ飛ばす事ができるのになぁ…。」


芽衣子ちゃんがブツブツ呟いているのを聞いて、俺は顔が引き攣ってしまった。


コラコラ芽衣子ちゃん、君の脚力でそれやると、ピンどころか、レーンごと破壊しちゃうからね?ダメですよ?

         

         *

         *



コロコロ…ガーン!


「ああ…!すぐレーンから逸れてしまうわ!」

「そうなんですよね〜。分かります!」

「「部長、ドンマイ!」」

「上月、リラックス、リラックス!」



次は上月の番だったが、彼女も緊張して体がカチコチになっているせいか、自然なフォームで投げられず、自分の分も、碧ちゃんの分

も、芽衣子ちゃん同様ピンを一本も倒せないで終わった。


「やっぱりボーリングって難しいのね…。」


「いや、力を入れずに真っ直投げれれば、すぐ倒せるようになると思うけど…。まぁ、親睦を深める為のゲームなんだから、気楽に楽しめばいいんじゃないか?」


落ち込んでいる様子の上月にそう声をかけると、彼女は、キッと俺を睨んで来た。


「そんなの、ぬる過ぎるわ!やるからにはきちんと真剣に勝負をしなくっちゃ!」


「ええ?」


「氷川さん。同じ初心者同士、勝負をしない?勝った方が…そうね、矢口と一緒に帰れる権利を得るというのはどう?」


挑発的な視線を芽衣子ちゃんに向け、勝負を仕掛けてくる上月に皆目を剥いた。


「ええ!!私が彼女なのに、負けたら京先輩は上月先輩と帰るという事ですか?!

あり得ません!!

しかも、今日は大事なお話があるのに!」


「は?上月何言ってんだ?」


「「部長?!略奪愛宣言ですかぁ?」」


半泣きになる芽衣子ちゃん、目が点になる俺、何故か頬を上気させる碧ちゃん、紅ちゃん。


「べ、別に私は矢口なんかと一緒に帰りたいわけじゃないわよ!けど、何か特典があった方がお互いに張りが出て、勝負のしがいがあるんじゃないかと思っただけで…。」


「いや、だからって特典をつけたいなら、もっと他の事を…。」


「いいでしょう!その勝負受けて立ちましょう!!」


覚悟を決めた凛々しい表情の芽衣子ちゃんが上月に人差し指を突きつけた。


「交際宣言をした瞬間から京先輩を巡って女子から勝負を仕掛けられるであろう事は予想していました!ラスボスの上月先輩なら、相手に不足はありません!!

手を使う球技は苦手ですが、見事勝利をもぎ取り京先輩との帰り道デート権を勝ち取ってみせます!!」


「ラスボスって何よ?!人を○ッパみたいに…。

べ、別に矢口を巡ってるわけじゃないけど、私だって負けないわよ!!」


「おおっ。氷川さんもヤル気になったぁ!」

「わあぃ!部長も、氷川さんも頑張って下さぁい!」


「いや、俺の話も聞いて…?」


何故か当事者である俺を蚊帳の外に、芽衣子ちゃんVS上月の争いが始まろうとしていた。





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