第165話 茶髪美少女はラスボス=上月彩梅の前で作品を披露する

社会準備室に着くと、昼休みの時より更にいかめしい顔つきの読書同好会部長=上月彩梅が待ち構えていた。

紅ちゃんと碧ちゃんはまだ来ていないようだった。


「紅さんと碧さんは、突然詩のインスピレーションが湧いたとかで、後で来るそうよ?

氷川さん。矢口。適当にその辺に座って。」


会議室テーブルが2個程しか入らない、狭い部室で、上月は、自分の向かいの空いている席を指差したので、俺達は、顔を見合わせるとそれぞれの席に着席した。


「おう。」

「はい。よろしくお願いします。」


「はい。よろしくね。さっきも言ったけど、私がこの読書同好会の部長、2-Aの上月彩梅。副部長は、小倉紅さん。去年は小倉碧さんが副部長だったわ。

双子で見分けがつきにくいと思うけど、大抵は、名前と同じ色のリボンをしているから、分かり易いと思うわ。

たま〜に、いたずらで、たまに両者リボンを逆の色にしてくる事があるけど、、それもすぐ分かると思うわ。」


「は〜、な、なるほど〜。」


芽衣子ちゃんは、目をパチパチさせて上月の話を聞いていた。


「活動は、平日の放課後。テスト一週間前からテスト修了日までは部室使えないから活動はなし。

同好会だから申し訳ないけど、部費は出ないわ。印刷代とかは部員数で割って出してもらう事になるからよろしくね。」


「はっ、はい。分かりました。」


「月一回月刊誌、年一回文化祭の時期に部誌を発行してて、今は再来月の頭の文化祭で出す、部誌の内容をまとめているところよ?

少ないページ数でもいいので、氷川さんも参加してもらえたらと思うわ。

これ、今までの月刊誌や、部誌の見本。氷川さんに差し上げるから、参考にしてもらえればいいのだけど…。」


上月は、芽衣子ちゃんの目の前のテーブルに

何冊かの薄いコピー本を差し出した。


「うわぁ…。ありがとうございます…!」


芽衣子ちゃんは、それらの本を受け取り、ワクワクした様子で、ページをパラパラとめくっていた。


「わぁ…。月刊誌には連載小説が…!詩やイラストもとっても素敵…!京先輩は、どれを書かれたんですか?」


「え?いや、あの、この、読書紹介のページ…だけど…。」


聞かれて、部誌の中のページを指差すと、芽衣子ちゃんは感心したように大きくうなづいた。


「ああ!この『羽根ブトン』さんのページですね?」

「う、うん…。」


ペンネーム呼ばれるとなんかこそばゆいな…。


「青川太郎さんの推理ものに、佐野布由美さんのホラー、純文学他にも沢山、面白おかしく紹介してある…。すごい…!!」


「そ、そう…?いや、自分の好きなもの書いてるだけなんだけどさ…。」


目をキラキラさせて、俺の書いたページを褒められなんだか照れ臭かった。


「いや、俺は上月達みたいに、自分に作品を作り出す才能はないからさ。既にある作品を評価したり、紹介したり、本にしたときの作品の見せ方とか、そういうのを考える方が性に合ってるんだ。」


「それはそれで、とても大事な仕事だと…。」

「そういう風に言って、矢口はすぐ諦めるよね!」


芽衣子ちゃんがにっこり笑顔で褒めようとするのを上月が鋭い声が遮った。


「矢口、本当は小説書いた事あるでしょう?以前私のアドバイスくれた時、書いた事がある人じゃなきゃ出来ないような指摘があったわ。

私の勘だけど、矢口は文章力分かり易いし、発想力もある。すごくいい小説が書けると思うのに…!別に製本なんて、皆ですればいいんだから、そっちに逃げないで、やってみればいいのに…!」


「……。」

「え、えっと…。」


俺と上月の顔をを交互に見て、芽衣子ちゃんがオロオロしている。


流石上月。痛いところ付きやがって。その歯に衣着せぬ物言いが苦手なんだよ…。


でも、俺の言う事は決まっていた。


「何言ってんだよ。買いかぶってくれるのは有り難いけど、俺、小説なんて書いたことないって言ってるだろ?強制するなよ。

読書同好会は自由にやりたい活動をやらせて貰えるところだろ?

やりたくない事を強制されるのが嫌で、上月は文芸部に入らずにこの部活を立ち上げたんじゃないのか?」


「…!!そ、そうだけど…、別に私は強制してるわけじゃ…!ただ、勿体ないって言っただけで…。」


俺に言い返され、怯んだ上月は自信なさげに語尾が弱まった。


「??」


俺と上月のやり取りを、事情の分からない芽衣子ちゃんが心配そうに見てくるのを安心させるように、俺は彼女に微笑んだ。


「俺の事なんかよりも、今は新入部員の芽衣子ちゃんの適性を見極めてあげてくれよ。

彼女がどんな才能を秘めているか分からないんだから。」

「え。」


「そ、そうね。月刊誌の原稿がある私達と違って、氷川さんは、1からのスタートになるから、部誌の為に原稿早くあげてもらわなきゃいけないわね。」

「そ、そうなんですね。が、頑張ります…。」


俺と上月に言われ、芽衣子ちゃんは固まっていた。

芽衣子ちゃんそう言えば国語苦手って言ってたっけ?

俺に付き合わせて、読書同好会に引き込んでしまって、本当に大丈夫だったのだろうか。


「氷川さんは、どんな作品を書いていきたいのかしら?小説?詩?エッセイ?評論?好きな分野はあるかしら?」


「え、え〜と、え〜と…。(長い文章書くの苦手だから)詩ですかね〜。俳句とか短歌とか(短いから)特に好きです。」


芽衣子ちゃんは、額に汗を流しながら答えるのを俺はハラハラしながら見守った。


め、芽衣子ちゃん。もしや、短いからいう理由で選んでないよな?


その分野は、結構難しいぞ?

限られた字数の中に、表現したい情景を限られた字数の中に込めなければならず、語彙力やセンスが問われるところだ。


「へえ〜。氷川さん、意外と古風で風流なものが好きなのね?」


上月は、その答えが好印象だったようで、僅かに口元を綻ばせた。


「え、ええ。まぁ…。こう見えて、結構風流なもの好きなんですよ?(風に流れる)風鈴とか。」


「風鈴ね〜。いいわよね!」


芽衣子ちゃん。まさか、物理的に風に流れているという意味で、風鈴って言ったんじゃないよな…。

ハッ。俺はさっきから芽衣子ちゃんに対してなんて失礼な事ばかり考えているんだ…!


いけない。彼女をディスるなんて最低の彼氏だ。もっといい方に考えてあげなきゃ。

反省した俺は彼女が次に言った言葉を期待と共に肯定的に受け止めることができた。


「はい。たった今、インスピレーションが湧きまして、短歌を作りましたよ。ちょっと披露してみていいですか?」


「ええ。ぜひ、聞きたいわ!」

「わぁ。芽衣子ちゃんの短歌、どんなだろう?楽しみだなぁ。」


芽衣子ちゃんはすうっと息を吸うと、高らかに短歌を朗じた。


『渾身の〜 パンチも効かず 跳ぶ膝よ 

血染めのマット  あはれなり〜』


「「??」」


俺と上月は、しばらく瞬きを繰り返した。


「ひ、ひ、氷川さん?歌の意味を説明してくれるかしら…??||||」


(俺もだが、)あまりにも不穏で殺伐とした単語が飛び交う短歌に、固まりつつ、上月が芽衣子ちゃんに質問をした。


「これはですね。

以前観戦した、キックボクシングの練習試合(静くんVS風道くん)を歌にしてみました。」


「「??」」


「拮抗する実力を持つライバル同士の試合で、前半戦で両者一歩も引かぬ戦いを見せてくれましたが、後半戦で勝敗が別れました。


フェイントで、疲れてガードが甘いように見せかけたAくん(静くん)に、渾身のパンチを浴びせようとしたBくん(風道くん)ですが、逆に跳び膝蹴りを顔面に入れられ、マットに沈むことになりました。


血に染まったマットがBくんの敗北を表していました。


途中まで勝利を確信していただけに、Bくんがちょっと可哀想になってしまったなという意味の短歌です…。」


「「っ…!!」」


鎮痛な面持ちで短歌の意味を語る芽衣子ちゃんに俺も上月も絶句した。


お、おう…。なんて内容の短歌だ…!

なんか、血に染まったマットが試合の生々しさを感じさせて、背筋が凍るような気持ちになったぜ。


俺と上月の沈黙を短歌の出来を感心しているからかと、前向きに受け取ったらしい芽衣子ちゃんは、少し照れながら頭を撫で付けた。


「ど、どうです?結構いい感じですかぁ?

青春の爽やかさが出ちゃってますか?」


「どうもこうもないわ!!全然ダメよっ!!」


「え、ええっ。」


上月に噛み付くようにダメ出しされ、芽衣子ちゃんは、目を丸くした。


「なんて恐ろしい歌を作るのよ?!

そんなの、文学でも何でもないわ!!

ただの暴力よ!

野蛮で、言葉のセンスも壊滅的だし、

学生らしい爽やかさも情緒も全く無いわっ。」


「こ、上月、言い過ぎ…だぞ?」


上月の辛辣な物言いを諫めるように言ったが

確かに、文化祭の部誌に載せる作品としては、この短歌は血なまぐさ過ぎると思ってしまった。


「や、野蛮…っ?言葉のセンスも壊滅的っ…?ぐふっ…!」


芽衣子ちゃんは大きなダメージを受けている。


「私は、格闘技なんて好きじゃないわ。今の社会に必要なのは、物理的な力じゃなくて、心に訴えかける言葉の力よ…!!


暴力で物事を解決するなんてもっての他だと思うわ…!」


「「す、すいません…。」」


上月に叱られ、芽衣子ちゃんと俺は声を揃えて謝った。


「なんで、矢口まで一緒に謝っているのよ?」

「あ。いや、なんとなく…。」


ほぼ、芽衣子ちゃんの物理的な力(脚力)を借りて、トラ男に立ち向かった時の事を思い出し、謝ってしまい、俺はポリポリと頭を搔いた。


芽衣子ちゃんは、遠慮がちに手を挙げ、上月に質問した。


「あ、あの〜。相手が向かって来た時に、痛くないように気絶させるのもダメでしょうか?」


「当たり前じゃない。れっきとした暴力よ!」


「そ、そうだったんですね…!||||」


芽衣子ちゃんは、その言葉に大層衝撃を受けた様子だった。

芽衣子ちゃん的には痛くないように気絶させるのは、暴力じゃないと思っていたらしい…。

今まで、いくつかの場面で芽衣子ちゃんにのされた人々を見たことのある俺は苦笑いを浮かべた。


「そんな事をする人がいるの?」


「へっ。い、いえ!!と、友達の知り合いのクラスメートにそんな人がいると確か聞いたような…。」


上月に突っ込まれて、芽衣子ちゃんは額に脂汗を浮かべている。


「そうなの。友達の知り合いの人可哀想ね。私なら、そんな人、半径50m以内に近寄らせないわ。」


「「〰〰〰!!」」


やべぇ…。

上月が芽衣子ちゃんがキックボクシングの達人と知ったら、どうなることか…!


半径50メートルとか、もう、同じ部屋、教室どころか、同じ学校にもいられないレベルじゃん。


3、4m程しかないこの狭い部室を、ぷるぷる震えながら見回している芽衣子ちゃんに、コソッと耳打ちした。


「(め、芽衣子ちゃん。強い事は上月に隠しておこうか…。)」

「(は、はいぃ…。)」


芽衣子ちゃんは、涙目でコクコクと頷いた。


上月は熱くなった自分を恥じるようにふうっと息をついた。


「ちょっと話が脱線しちゃったわね。

短歌の話に戻るけど、だいたい、『あはれ』は、「しみじみと趣深い」という意味で『可哀想だ』っていう意味じゃないでしょう?言葉の使い方が間違っているわ!」


「えっ。そ、そうでしたっけ…?」


芽衣子ちゃんは、焦って、目をパチパチさせている。


芽衣子ちゃん、特に古文が苦手だって言ってたもんな…。


「氷川さん、もしかして、国語力かなり低い…?作品を作る前にもうちょっと勉強した方がいいかもね…。」

「す、すいません…。」


上月にため息をつかれ、芽衣子ちゃんはしょんぼりと肩を落とした。


「まだ初心者なんだし、国語力はこれからゆっくり身に着けていけばいいよ。

芽衣子ちゃん発想力あるし、それを文章で表現出来れば、きっと面白いものが生み出せると思うよ?」


「きょ、京先輩♡!は、はいっ。頑張ります!!」


流石に見かねて、言葉をかけると、芽衣子ちゃんは、明るく顔を輝かせた。


「紅ちゃんと碧ちゃんなんかは、いつも本当に楽しそうに作品を制作してるから、参考になるかも…。」


と、言いかけたところ、ものすごくいいタイミングで、部室のドアがガチャリと開き、双子が姿を現した。


「「ジャジャーン!双子の紅ちゃん碧ちゃん登場です。どっちが紅ちゃんで、どっちが碧ちゃんか、氷川さん分かるかな?」」


それぞれ、赤のリボンと青のリボンで髪をお団子にしているその女の子達が、芽衣子ちゃんの前で、そう言うと…。


「ええっと〜。赤いリボンの方が碧さんで、青いリボンの方が、紅さん…ですか?」


芽衣子ちゃんに、言い当てられ、逆に双子は頬に手を当てて驚いた。


「「ええ〜っ!!何で分かったのっ!?」」


「「いや〜、ハハハ…。」」

「さぁ…。なんでかしらね?」


苦笑いする芽衣子ちゃんと俺。

そして、紅ちゃん、碧ちゃんから目を少し逸らして口元に笑みを浮かべている上月だった。



*あとがき*


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m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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