第164話 『芽衣子』と『めーこ』

「「ふうっ。」」


職員室を出て、私と京ちゃんは同時に息をついて、苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。


「なんだか、ごめんね。芽衣子ちゃん。屋上で話の途中だったのに、有耶無耶になっちゃって。嘘コクミッションの他にも大事な話があったんだよね?後でも大丈夫?」


!!京ちゃん覚えててくれたんだ…!


そう。やっとわたしが『めーこ』だと告白しようと決心して、嘘コクミッション以上に緊張してして告白しようとしたところへ、読書同好会の女の子達が乱入して有耶無耶になってしまっていたのだった。


この機会を逃すと、ヘタレな私は二度と告白出来なくなってしまう。決意の鈍らない内に、再チャレンジしなくては…!


「え、ええ…。でも、放課後は読書同好会の集まりがありますものね。

また帰りにでもお話…いいですか?私、コーヒー奢ります。」

「いいよ。今日は俺側の用事で話を聞いてあげられなかったんだから、俺が奢るよ。」


「えっ。でも、私がお願いしてお話を聞いてもらうのに悪いです…。」


「いいよ。嘘コクの設定の上では俺は今日から“彼氏”なんだろ?今日ぐらい奢らせてよ?」


「はうっ!不意打ちっ!!//」


頬を染めた京ちゃんにそんな事を言われて、私はギュンと心臓を掴まれ、フラッとした。


「お、おっと、大丈夫?芽衣子ちゃん?!」


慌てて肩を支えてくれる京ちゃんのなんとイケメンオーラに溢れていることか…!


「あ、ありがとうございます…。

わわ、分かりました…。すみませんが、今日は奢ってもらっちゃいますね?“彼女”…だから…。」


私は頭をクラクラさせながらやっとの事で、そう言った。


もうこれは、本当に付き合っていると言っても過言ではないかもしれないと、更に私は調子に乗って言った。


「きょ、京先輩?今日から“彼氏”“彼女”なら、名前の呼び方も変えません?」


「呼び方…?」


「え、ええ…。私の事を名前の呼び捨てで『芽衣子』と呼んでもらえませんか?」


私は、屋上で京ちゃんが、上月先輩の事を最初、『彩梅』と、呼び捨てで呼んでいた事が気になっていた。


思わず漏れてしまったという感じだった。

その後は、上月と言い直していたから。


もしかして、以前は上月先輩の事を、

『彩梅』と呼んでいたのかな?二人が付き合っていた2日間の事を思うと私は胸がチクチク痛んだ。


そんなモヤモヤもあって、

『めーこ』になる前に、一瞬だけでも

『芽衣子ちゃん』から『芽衣子』に変えてもらえたらと思ったのだが…。


「…!!それは…。」


京ちゃんは、躊躇い、困ったような顔で一瞬私から目を逸らし、それから私に謝ってきた。


「ご、ごめん…。それは、もう少し心の準備ができるまで待ってもらっていいかな…?」


!!


「そ、そうなんですね。こちらこそ、ワガママ言っちゃってすみませんでした。今日から変えるのはいきなり過ぎでしたね?

じゃあ、心の準備ができたら、いつでも言って下さいね?」


ショックなのを隠して、できるだけ明るい調子でそう言った。


「ああ、ごめん…。」


「いえいえっ。京先輩。それじゃ、授業終わったら、教室へ向かいますんで、また後でお願いしますねっ?」


「ああ。またな。芽衣子ちゃん。」


私は、階上の自分の教室に戻っていく京ちゃんの背中をずっと見送っていた。


京ちゃん…。


まだ、上月先輩に心を残しているから、呼び捨てに出来ないとかじゃない…よね?


もう、上月先輩との事はもう気にしてないって言ってし、部活で顔を合わせるようになっても、気持ちが戻ったりしないよね?


私の事を嘘コクミッションとはいえ、彼女だって言ってくれたよね?


私が『めーこ』だって知ったら、京ちゃん驚くだろうな。

今まで、黙っていた事を許してもらえるかな?怒って、嘘コクミッションで付き合うの取り消されたりしないかな…。


ともすれば、不安な気持ちが湧き上がりそうになるのを必死に抑え、私はこれからの

部活動や、告白について、精一杯頑張っていくしかないと自分自身に言い聞かせていた。

        

         *

         *   


教室の前で、京ちゃんを待っていると、ガラリと戸を開けて、中から部活のリュックを背負った柳沢先輩が出て来た。


「おや、芽衣子ちゃん?矢口待ってるの?健気だねぇ…。」


「柳沢先輩…!はい。もう掃除終わりそうですか?」


にこやかに話しかけてくる柳沢先輩に、私は頷いた。


「あ、うん。今、矢口、ゴミ捨てに言ってるから、帰って来たら終わりだと思うよ?私、部活だから、先抜けさせてもらってて…。


それより、マキちゃんから聞いたよ?芽衣子ちゃん、今日、最後の嘘コクミッションだったんだって?


でで?どう?付き合う事になったのっ?」


「あっ。え、ええ…。嘘コクミッションとしてですけど…。」


興味津々で聞いてくる柳沢先輩に私は顔を赤らめながら答えた。


「嘘コクミッションとしてかぁ…。まどろっこしいなぁ…。」


柳沢先輩は、額に手を当てて苦笑いをする。


「まぁ、でも、両想いな事は間違いないし、

近い内にホントに付き合う事になるんじゃないかなっ?」


「えっ?な、何で両想いな事は間違いないんですか?」


私が驚いて聞き返すと、柳沢先輩は、クスクス笑いながら答えてくれた。


「ふふっ。だって、矢口、今日昼休みまではお通夜みたいな顔してたのに、昼休みから教室に帰って来るときは、鼻歌歌いながらご機嫌の様子だったから…。

矢口、結構顔に出るから、分かり易いんだよね。

嘘コクミッションとはいえ、芽衣子ちゃんと付き合う事になったの、よっぽど嬉しかったんじゃないかな?」


「そ、そうなんだぁ…!」


私はそれを聞いて、胸の奥がじんわり温まるのを感じた。


京ちゃん、私と付き合うの、喜んでくれてたんだ。嬉しいなぁ…!!


課題は山積みだけど、私、期待しちゃっても構わないかな?


「今日はこれからデートかな?あの事はもう矢口に言ったの?」


「あ、いやぁ…。それが…。」


私は柳沢先輩に、京ちゃんに告白しようとした絶妙のタイミングで、読書同好会の人に割って入られ、部活に入る事になった事を話した。


「そんな事になっていたんだね?!

なんか大変そうだけど、今、矢口くんが見ているのは、芽衣子ちゃんだから、自信持って頑張って?あの事もなるべく早く、言った方がいいと思うよ?」


「はい。今日中に、必ず言おうと思います!」


柳沢先輩の激励に、私は重々しく頷いた。


「ん!ガンバ!じゃ、私、部活行くね?」


「あ、はい。柳沢先輩も部活頑張って下さい。あと、マキちゃんがお手柔らかにって言ってました。」


「にしっ。そいつは、いい事聞いたなぁ。マキマキの練習メニュー1.5倍にしたろ。」


あれ?柳沢先輩結構サド?

ごめん。マキちゃん、逆効果だったみたい…。


悪魔の笑みを浮かべた柳沢先輩が去っていくのを顔を引き攣らせつつ、見送ったのだった。


このときの私は知らなかった。


私が柳沢先輩と会話しているところを見ていた人がいたなんて…。



❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇

         


「あ。京せんぱーいっ!」

「芽衣子ちゃん…。」


ゴミ捨てから帰ってくると、廊下で辺りをキョロキョロしていた茶髪美少女が、俺がゴミ箱を抱えて階段を上がって来るのを見て、

パアッと顔を輝かせて、走り寄って来た。


「ごめんね。待たせちゃって。」

「いえ、今来たとこですから。ゴミ箱お持ちします。」

「え。いいよ。大丈夫だって!」

「え〜、じゃあ、半分!半分だけ持たせて下さい!」

「ええ〜?」


芽衣子ちゃんが、俺の持つゴミ箱に手を伸ばすのを拒否ろうとしたが、何故か半分だけ持たせてくれと懇願され、教室の中にいた数人の掃除当番の女子達に冷やかされながら、

さほど重くもないゴミ箱を二人でヨイショヨイショと神輿のように、教室の後ろまで運んだ。


「ふうっ。初めての夫婦の共同作業でしたね?♡///京先輩?」

「な、何言ってんだよ?夫婦じゃないだろ?」


はにかんだ笑顔でそんな事を言われ、狼狽える俺に、芽衣子ちゃんは、攻撃の手を緩めなかった。


「いっけな〜い。そうでした!夫婦じゃなくて恋人でした♡♡」


芽衣子ちゃんは、可愛らしい仕草で、拳で頭をコンと叩くと、ピンクの舌を覗かせた。


「ぐふぅっ…!//」


なんだ、そのテヘペロ、猛烈に可愛い♡!!


その圧倒的破壊力に俺が血を吐いていると、クラスの女子達にニヤニヤしながらからかわれた。


「うんわ、も、二人めっちゃラブラブじゃん〜!!やってらんねーなー。」

「矢口。ここでイチャつくな〜?あとはやっとくから、氷川さんとさっさとデートでもいけし。」


「先輩の皆様方、ありがとうございます!

では、お言葉に甘えまして失礼させて頂きます。」

「え。ちょっと、芽衣子ちゃん?」


「「ばいばーい☆」」


芽衣子ちゃんと女子達で勝手に話がつく中、彼女に夏服の引っ張られながら俺は教室を出たのだった。


「取り敢えず、あの中には敵はいないようでしたね?」


よし!と頷いて拳を握りしめる芽衣子ちゃんに、俺は呆れ気味だった。


「だから、敵って何なんだよ?」


「京先輩との交際を知って、私に勝負を挑んでくる京先輩ファンの女子がいるかと思いますので、いつでも戦いに備えて置かねばと思いまして…!」


芽衣子ちゃんは、妖しくキラリと目を光らせ、右足を構えた。


「俺なんかにそんな女子は、いねーだろ。心配のし過ぎだよ…。」


「むぅ。京先輩?それが、そんな事もないんですよ?(だって、これから行く場所がそもそも、ボス敵の巣窟ではありませんか…。)」


唇を尖らせて何やらブツブツ呟いている芽衣子ちゃんの横顔を呆れて見遣りながらも、

いつも通りに挙動不審な彼女の姿に少しホッとしてもいた。


芽衣子ちゃん、元気が出たようでよかった。


さっきは、名前呼びをして欲しいと言ってくれてたのに、断ってしまい、シュンとさせてしまったからな…。


芽衣子ちゃんにこのまま隣にいてもらえるなら、どんな努力でもするつもりだったけど、

『芽衣子』呼びは『めーこ』に似過ぎていてあまりにも危険だった。


ただでさえ、芽衣子ちゃんにめーこを重ねて見てしまう時があるのに、呼び方まで似てしまったら、名前を呼ぶたびに意識してしまうし、間違えて『めーこ』なんて呼んでしまった日には目も当てられない。


せめて、俺的にめーこの事を吹っ切れたと思う時までは、呼び捨てにすることは出来ない。


ごめんね。芽衣子ちゃん。あと少しで吹っ切れそうだから、もう少しだけ待っていて欲しい…。


そう身勝手に願いながら、少し拗ねているような『彼女』の様子を見守っていた。

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