第163話 矢口京太郎の夢
「はい。じゃ、氷川さんの入部届は預かっておくわね?今から3ヶ月は仮入部期間になるから、3ヶ月経ったら、また改めて正式な書類を書いてもらうからよろしくね?」
「は、はい…。では、読書同好会の皆さん、これからよろしくお願いします…。」
芽衣子ちゃんは、結局新谷先生に丸め込まれるような形で入部届を書かされ、部長の
上月、碧ちゃん、紅ちゃんにペコリと頭を下げた。
「こちらこそ…よろしく。」
「「よ、よろしくお願いしますぅ…。」」
そんな彼女に、上月、碧ちゃん、紅ちゃんは
複雑そうな表情で挨拶を返す。
「氷川さん。部活は、平日の放課後、基本は社会準備室で活動する事になっているんだけど…。場所は分かるかしら?」
「えーと…。」
「ああ。俺、芽衣子ちゃんと一緒に行くから、場所は大丈夫だよ。」
「キュン♡(ありがとうございます。お願いします♪)」
上月に聞かれ、一瞬考え込むような様子を見せた芽衣子ちゃんだが、俺がそう言うと、
ぱっと顔を輝かせて、小声でお礼を言って来た。
「そ、そう…。それならいいけど、矢口、これからはサボらないようにしてよね…。じゃ。放課後に…。新谷先生。失礼します。」
「「あっ。じゃあ、私達も失礼しまーす。矢口くん、氷川さん。また後で。」」
上月はそんな俺達から目を逸らすと、そう言い残して職員室を出て行き、碧ちゃん、紅ちゃんが後に続き去って行った。
「ふーっ。なんか、大変な事になっちゃったな…。」
3人が出て行くと、俺は気疲れしてため息をついた。
新谷先生に誘導されて、まんまと部活参加させられる事になってしまった。
碧ちゃん、紅ちゃんはともかく、険悪な仲の上月と、顔を合わせるのも気まずいし、芽衣子ちゃんをまた巻き込んでしまった事も申し訳なかった。
「芽衣子ちゃんも部活に入る事になっちゃったけど、大丈夫?いつも巻き込んでごめんね?」
「い、いえ。私は京先輩と一緒ならどこでも大丈夫です♡部活を頑張ってる京先輩の姿も見てみたいですし…。二人っきりの時間が少なくなっちゃうのはちょっと寂しいですけど…。」
「め、芽衣子ちゃん…。///」
ウルウルした瞳でこちらを見上げながら、
健気な事を言ってくる芽衣子ちゃんに胸がキュンとした。
そういえば、さっき、嘘コクミッションとはいえ、付き合う事になったんだよな?
来年の3月まで、嘘コクミッションの期間延長をお願いされ、しかもその後は更新制。相変わらずムチャクチャなやり方だが、
この嘘コクミッションを、彼女が、俺が、終わらせるつもりがないなら、
なし崩し的に、俺達はずっと付き合っていくんじゃないか。
嘘コクを通した俺達の関係を限りなく本物の恋人に近付けていく事ができるんではないか…?
ヤバい。胸がドキドキしてきた…。
「京先輩…♡」
「芽衣子ちゃん…♡」
「ちょっと、そこのバカップル!独り身の私の前でラブラブな空気を醸すのはやめなさい!あと、矢口くん…。ちょうどクラスの出しものについての報告書のパソコンに打ち込むの手伝ってくれな…。」
「ああ?💢パソコン打ち込みがなんですって!?」
このいい雰囲気の中、手伝いを頼まれ、
思わず怒りを押し殺した声が出て、新谷先生をビビらせてしまった。
「ひっ。矢口くんが怖いっ。も、もちろん、氷川さんも一緒でいいのよ?二人は一心同体だものね?お弁当まで作ってくれるいい彼女がいて、矢口くんてホント幸せよね〜?」
「(いい彼女…!✨✨)あっ。じゃあ、私、先生と京先輩の分のコーヒー入れて来ますね?」
「えっ。いや、俺やるとは言ってな…。」
新谷先生におだてられ、芽衣子ちゃんは、キュルンと目を輝かせて、止める間もなく、職員室内のドリンクサーバーのコーナーへ向かった。
「ありがとう。氷川さん!
矢口くん大丈夫よ〜?これ、この間のアンケートよりは全然量ないから。」
だったら、自分でやってくれよ。
矛先を芽衣子ちゃんに向けて懐柔しようとするあたり、年の功というかなんというか…。
しかし、これ以上の抵抗は、却って体力気力共に消費するだけだ…。
俺は、諦めと共にため息をついた。
「はぁ…。先にお昼食べさせてもらいますからね…?」
*
*
「京先輩、文字打つの早いですね?すごいなぁ…。」
「や、これくらい普通だよ…。//」
羨望の眼差しで芽衣子ちゃんに見られ、俺は照れて、こめかみを小指でポリポリ掻いた。
芽衣子ちゃんに作ってもらった、唐揚げ&豚汁弁当(メチャクソうまい!)を有り難く頂いた後、俺は先生に頼まれた報告書をパソコンに打ち込む作業に取り掛かっていた。
「ん?手が止まってるわよ?氷川さん!」
「あっ。ごめんなさい。んしょっ!」
「んん〜♡そこそこ!あ〜効くわ〜!!」
新谷先生は、小テストの採点が終わり、肩が凝ったとボヤキ始め、芽衣子ちゃんに肩を揉んでもらっていた。
ったく、ホント生徒に何させてんだよ。この先生…。
「あ、あのぅ…。先程、京先輩が部活に入るのは、将来の為にいい事って仰っていましたけど、京先輩は、もう将来やりたい事が決まっているんですか?」
「ええ。矢口くん、言っていいわよね?」
「ええ?!いや、ちょっと待って下さいよ…!」
「彼女なんだから、当然、彼氏の将来の方向性は、気になるわよね?芸人になりたいとか言われても困っちゃうし…。」
「いえ、大丈夫です!京先輩!!
京先輩が芸人になりたいと言う事でしたら、私は京先輩が売れるまでお金を貢ぎ、生活をお支えする覚悟がありますから!
世界中を渡り歩き、格闘の大会に出て、賞金稼ぎをしてもいいですし。
少しの間、家を空けて寂しい思いをさせてしまうかもしれませんが、共に頑張りましょうね!!」
ムンっと気合いを入れて、ガッツポーズで語る彼女に俺は慌てて否定した。
「いや、俺、芸人は目指してないし、芽衣子ちゃんに貢いでもらう必要はないから!」
「あっ。取り敢えず芸人ではないんですね。貢ぐの断わられちゃったぁ…。気合い入ったのになぁ…。」
芽衣子ちゃんは、ちょっと残念そうだ。
ってーか、芽衣子ちゃんのお金を稼ぐ方法凄すぎないか?
キックボクシングの大会で何度も優勝した事のあるトラ男をあっという間にぼろ雑巾にした芽衣子ちゃんなら、出来なくはなさそうだけどさ…。
大体、その言い方だとまるで将来俺達が一緒に住む…みたいな…。///
「お帰りなさいませっ。旦那様!!ご飯になさいますか?お風呂になさいますか?それとも…ワ・ン・コ♡♡?」
ぐはっ!
つい先日文化祭の相談をされた時に見た、
芽衣子ちゃんのワンコメイド姿を思い出し、俺は鼻血を吹きそうになった。
「京先輩は、将来の夢を私には教えてくれないんですかぁ?(嘘コクミッションの設定とはいえ)私は京先輩の彼女なのになぁ…。
さては、(嘘コクミッション)更新しないつもりですね…?」
「ちょっと、氷川さん!くすぐったいわよ〜。ふふっ!ふははっ!」
新谷先生の肩に人差し指でのの字を描いて拗ねだした芽衣子ちゃんに、俺は意を決して告げた。
「べ、べーこちゃん。分かった。言うよ。まだ、今希望しているってだけで、絶対にその仕事につける保証はないんだけど、
俺は本を編集する仕事をしていきたいと思ってるんだ。」
「本の編集さん…。素敵です!!それで、読書同好会に…。」
芽衣子ちゃんは、感動した様に、大きく目を見開き、何度も大きく頷いた。
「この学校、別に文芸部もあって、そっちの方が人数もいるんだけど、あっちは上月さんや、小倉さん達と折り合いが悪くって、そのやり方も矢口くんとは趣旨が合わないらしいのよね?
部活としてはこじんまりしているし、上月さんとは色々あったけど、今、その事にケリをつけられるなら、矢口くんのいい刺激になって、やりたい事もできると思ったのよね。」
俺は得意げに新谷先生に言われ、悔しいが、その通りな事実に目を逸らした。
上月と気まずくなった後も、確かに読書同好会の様子がずっと気になってはいた。
碧ちゃん、紅ちゃんのイラスト&詩は
日に日に表現力が上がり、
繊細で、豊かな想像の世界を見せてくれる。
そして上月の小説の才能といったら…。
過去の俺が一目で引き込まれてしまったぐらい凄いものがある。
三人共、作品の完成度は高いものの、本の構成や、レイアウトには疎いところがあるので、文化祭に向けての部誌の製作に関しては、碧ちゃん、紅ちゃんから色々相談を受けておいた。もし何なら、紙選びから印刷、製本に至るまで、俺が引き受けてもいいかなとまで思っていたところ、上月に勝手にするなと怒鳴り込まれたワケなのだが…。
「矢口くんが編集者になりたいと思ったのは、同じ編集者の職業についている叔父さんの影響なのよね?」
「えっ。編集者の叔父さんって、なぎお…。」
「えっ?」
芽衣子ちゃんが俺の叔父の名前、凪と口にした気がして、聞き返すと、彼女はアセアセして、手をブンブンと振っていた。
「あっ。い、いえ。かんじゃった!
えっと、えっと、なにを?
その編集者のおじさんは具体的にどんな仕事をしているのかなぁ?と思いまして…。」
「ああ。そうだね。あんまり大きい会社じゃないから、企画から、作家との打ち合わせ、校正、印刷、本の装丁に関わったり、書店との連絡を取ったりで、ほぼ全部の仕事に携わって忙しいみたいだよ?」
「へぇ〜。大変そうな仕事なんですね…。
大丈夫です!忙しい京先輩に代わって、家の仕事は全部私がやりますから、任せて下さい!!」
再び、張り切り出し、ドンと胸を叩く芽衣子ちゃん。
「だから、なんで一緒に住む前提になってんだよぅ…。//そもそもその仕事につけるかどうかも分からないし…。」
ついさっき、(嘘コクミッションで)付き合う事になったばかりなのに、もう将来の事を語っている芽衣子ちゃんに赤面するばかりだった。
「しつも〜ん!編集者って年収いくらぐらいなんですか?」
別方向から、質問の声が上がった。新谷先生からだった。
「え。いや、よくは知らないけど、600万ぐらい…かな??」
「ふむふむ…。なるほど…。」
「「??」」
新谷先生は、何か帳面のようなものに、ボールペンで書き付けた。
「しつも〜ん!その編集者の叔父さんは、おいくつですか?彼女いますか?容貌はどんな感じですか?趣味はなんですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出してくる新谷先生に、俺は慄いた。
こ…これは…!俺の叔父さん、今、この
「俺の叔父さんは31才!電子の彼女「ぴかりんレボリューションのピカリちゃん」アリ!ごん太に太って、ブタのような容貌!
趣味はピカリちゃんの抱きまくらで昼寝する事!…ですが、先生何かっ…?!」
急いで質問を返すと、新谷先生はとても切なそうな微笑みを返した。
「そうなの…。今回はご縁がなかったみたいね…。残念だわ…。」
ふうっ。セーフ!!
俺は安堵して額の汗を拭った。
でも、新谷先生に捕まったら、凪叔父さんが尻に引かれてこき使われる可哀想な未来しか見えなかったから…。
不幸の芽は今の内に摘ませてもらったぜ!
「んん〜?(凪叔父さんって、中肉中背で、特にすごくオタクな人でもないし、普通に好青年な人だったと思うんだけど…??)」
芽衣子ちゃんが、目をパチクリさせて、そんな俺を不思議そうに見ていた。
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