第155話 おまけ話 9ヶ月ぶりの教室

「はぁっ。緊張する…。」


私は、潮と手を繋いで、9ヶ月ぶりに自分の教室の前に立った。


昨日までの私なら絶対できなかった事…。


でも、氷川さんに話を聞いてもらって、秋川さんと対峙して、そして、今まで素直になれなかった潮とやっと気持ちを通じ合う事ができた今ー。


私は、教室ここに戻りたい。という強い気持ちを感じている今なら、勇気を出すことが出来ると思った。


「雅…。大丈夫か…?」

「うん…。」


ガラッ。


心配そうな潮に私は頷くと、潮と共に教室の中に足を踏み入れる…。


「わぁ…。」


西陽のあたる教室の中は誰もおらず、文化祭の準備についての連絡事項が書かれた黒板や、皆の机が並んでいる様子を感慨深く眺めていた。


「雅の机は、清路さんと俺の隣なんだよ?」


「…!」


潮が、私の机を指差してくれる。

その近くへ行き、自分の机に触れてみた。


「埃積もってない…。」


その机も椅子も、9ヶ月使っていなかったのに、きれいなままだった。


「ああ…。俺か清路さんが掃除してたからな…。雅がいつでも戻って来られるようにと思ってさ…。」


「ありがとう潮…!」


私は照れくさそうにそう言う潮に私は目を潤ませた。

キョロちゃんにも後でお礼を言いたいな…。


「あっれぇ?誰かと思えば…。

威勢よく私らを取り締まってたクセに、急に新聞部と問題起こしてクラスに来なくなった腰抜けじゃん。今更一体何しにここに来たわけ?」


「「…!!?」」


胸に温かいものが込み上げていた私にいきなり冷水をかけるような悪意の籠もった声を聞き、私は戸口を振り返った。


私と関係が拗れてしまった女子のまとめ役、伊地知紗絵いぢちさえさんとその友人片岡さん、田倉さんがそこに腕組みをして立っていた。


「っ…!」


今までの彼女とのいざこざを思い出し、その場に固まっていると、潮が私を庇うように前に立った。


「伊地知達こそ、何しに教室に戻って来たんだ?

新聞部の件は雅は悪くない!クラスに来れなくなったのは、伊地知達がキツく当たるからだろう?雅が今までどんな思いでいたと…!」


「潮…!」


いつも穏やかな潮が伊地知さん達に、声を荒らげて抗議するのを目を丸くして見つめていた。


そうだった。私、一人じゃなかったんだった…。隣には潮がいてくれる。


伊地知さんは、鼻に皺を寄せて反論した。


「はああ?何しにって、文化祭の出し物で使う小道具の材料買いに行って置きに来ただけですけどぉ?

不登校になったのは、そいつの心が弱っちいせいでしょ?勝手に人のせいにしないでくんない?」


「そーだよ!小谷、保健室に入り浸ってクラスの活動に、碌に参加してねーくせに勝手言ってんじゃねーよ。」


「イチャイチャすんなら、保健室で勝手にやれっての!」


「ぐっ…。でも、雅は、お前らの心ない言葉に…。どんなに…。」


伊地知さんと片岡さん、田倉さんに一気に

非難され、潮が言葉に詰まっていると、伊地知さんは意地悪い顔を私に向けてきた。


「けっ。男に庇ってもらっていいよな。

風紀委員長とあんたと、小谷、3人でいい仲なんだって?3Pでもしてんの?」


「…!!」

「何言ってんだ、お前?!」


「いーよ。潮。」


目の前のポロシャツの裾を引っ張って、私は、詰め寄ろうとする潮を止めた。


「雅…?」


私は潮の隣に並び、伊地知さんに向き合った。


胸には柑菜さんの凛とした声が響いていた。

『早く風紀委員に戻ってきなさい。』


「確かに柑菜さんと私と潮は、確かに幼馴染みで仲がいいのは本当だけど、いい仲なのは、私と潮の二人だけだから…!それが何?羨ましいの?」

「みみ、雅…??//」


私は潮と手を繋いで伊地知さん達に掲げるようにしてみせ、挑発的な笑みを浮かべた。


「なっ?お前ら風紀委員のくせに何言ってんだ?//」


「イチャイチャしてんじゃねーよ!」

「保健室帰れよ!」


三人の罵声にも怯まず、不敵な笑みを浮かべる私を、伊地知さんが憎しみの籠もった目で睨み付けた。


「あんたみたいなのっ、最初からこのクラスにも風紀委員にも相応しくない。やる気ねーなら全部やめろよっっ!!」


悲鳴のように叫ぶ彼女を、私は睨み返し、宣言するように言った。


「健全なお付き合いをするなら、別に校則に違反しないでしょ?私は風紀委員を辞めない!明日からこの教室に通って、授業にも参加する!!」


「何勝手な事言ってんだ!

文化祭の準備もある。今更あんたの居場所なんかないんだよっ!」

「そうだよ。今更返ってくんなよ!」

「クラスの空気だって悪くなんだよ!」


「今まで、色々参加できてなかったのは、申し訳ないけど、これからは出来る範囲で文化祭もお手伝いする。あなた達が特にちょっかいかけて来なければ、私もわざわざクラスの空気を悪くする事を言ったりしないし、大人しくしてる。


このクラスには潮がいる。キョロちゃんがいる。私の居場所はその隣だけで充分だから。」


「雅…。」


毅然と言い放ちながらも、私の手は震えていた。

心配そうな目をする潮に、私は大丈夫だと言うようににっこり頷き、繋いでいる手に力を込めた。


「っ…!!教室に返ってくるのは、勝手だけどな…!私はあんたを絶対認めない!どんな手を使っても、また保健室に送り返してやんからな!?」


「「さ、紗絵…。」」


顔を歪めて真っ赤になってそう叫ぶ伊地知さんは、ドス黒いオーラに満ちていて、片岡さんも、田倉さんも流石に少し引いていた。


「最初から不思議だったんだけど、あなたはどうして私に執拗に排除しようとするの?何か理由があるの…?」


そう、伊地知さんに問い返した時…。


「ちょっと、あんたら、なにやってんの?」


教室の戸口から、ポニーテールの女生徒がひょっこり顔を出した。


「キョロちゃん!」

「清路さん!」

「「「げっ、き、清路!」」」


「どんな手を使っても、また保健室に送り返してやるとか、物騒な事言ってたの、伊地知あんた?

思わずスマホで録音しちゃったんだけど!

あんたらが、雅ちゃんに言ってたこと、そっくりそのままクラスの皆や、先生に伝えてもいい??」


「っ…!!」


伊地知さんと片岡さん、田倉さんは真っ青になった。


「友達を陥れようとする奴は、こっちだって、容赦しないからね!伊地知!片岡!田倉!覚えとけよっ!?」


「「「ひぃっ!」」」


キョロちゃんがドスの効いた声で睨むと、三人は縮み上がった。


「キョロちゃん…。ありがとう…。でも、どうしてここに?」


「ああ、今日色々あったし、保健室寄ってから帰ろうとしたら、雅ちゃんいなくて、たまたま荷物を取りに来た、なんかすごいラブラブな雰囲気の氷川さんと矢口くんから、雅ちゃん達がここに向かってるって聞いたから、来てみたの。」


「そ、そうだったんだぁ…。」


氷川さんには色々お世話になったけど、矢口くんとあの後ラブラブだったんだ。よかった。心配してくれたキョロちゃんにも感謝!


この緊迫した状況で少しほっこりしてしまった。


「あとぉ、そこで生徒手帳拾ったんだけど、

これ、あんたら風紀委員でしょ?持ち主に返しといてくれっかな?」

「「??」」


いたずらっぽい笑みを浮かべて、キョロちゃんに一冊の生徒手帳を渡され、私と潮は顔を見合わせ、目をパチパチさせた。

まぁ、落とし物は風紀委員が管理しているけど、生徒手帳なら、名前が書いてあるから、

直接本人や先生に渡しても良さそうなものだけど…?


「誰のだろう…。わっ…?」

私はその生徒手帳を開こうとすると、

中に挟んであった何枚かの写真が床に落ちてしまった。

潮がすぐに屈んでその写真を拾ってくれた。


「あっ。ごめん。潮…!」

「いいよ。雅。けど、この写真…。」


「「柑菜さん…?」」


何枚かの写真に写っていたのは、体育祭で颯爽と走る姿。文化祭の劇で凛々しい王子様役を演じている姿。どれも柑菜さんの写真ばかりだった。

そして、一枚の写真には、可愛いピンクの丸文字で『私のオスカル様♡』と書いてあった。


「なっ。ま、まさかっ…!?」


近くで伊地知さんが、慌てふためいた様子で

カバンの中をガサゴソやり始めた。


私と潮は、半ばそれを確信したまま、頷き合うと、生徒手帳をめくり、その名前を確認した。


そこには、『』とさっきの丸文字にそっくりな字で名前がしっかりと記入されていた…。


「「……。」」


や、やっぱり…。


「えっと…。伊地知さん…?生徒手帳…返す…ね?」


「…!!!か、か、返せ!!///」


恐る恐る生徒手帳を差し出すと、伊地知さんは私から引ったくるように生徒手帳を奪い取った。


「伊地知さん…。もしかして、柑菜さんのファン…だったの??」


私の問い掛けに、伊地知さんはビクッと肩を震わせた。


「えっ。紗絵そうだったの…?!」

「全然知らなかった…!!」


片岡さんと、田倉さんも知らなかったようで、ぷるぷるしている伊地知さんに目を瞠っていた。


「も、もしかして…。当たりが強かったのは、風紀委員で幼馴染みの私に嫉妬していたから…??」


ビクッ。


「学校に持って来てはいけないものをよく持ち込んでいたのは、柑菜さんと接触する機会を持つため…??」


ビクビクッ。


私の発言の度に、伊地知さんの肩は、ビクビクと跳ね上がった。


どうやら図星らしい…。


「伊地知、お前は小学生かよっ?」

「逆恨みもいーとこじゃないか…!」

キョロちゃんと潮は呆れ気味にため息をついた。


「ううっ…。笑いたきゃ笑えよっ?!

私は、あの人に憧れてこの学校に入ったのにっ。ほ、本当は、風紀委員にだってなりたかったのにっっ。


このクラスには、あの人の幼馴染みのあんたらがいて、当然のように風紀委員もやる空気になってて…。私の入り込む余地なんかなかった…。


それなのにあんたは、その事をさも当然のようにっっ。新聞部と問題も起こして、あの人に迷惑かけてっ。そんなんなら、私が風紀委員になった方がマシだったじゃんって。腹が立ってしょうがなくって。


それなのに、いつの間にかケロッとして風紀委員戻るとか言ってるし、あんたにはあたしの気持ちなんか分か分からないでしょうけどねっ。


あたしはとにかくあんたが許せないんだよっ。ゔええーん。」


「「さ、紗英…。」」

「「伊地知…。」」


一気に捲し立てるように言い、号泣する伊地知さんに一同啞然としていた。


私は、泣いている伊地知さんの側に屈んで語りかけた。


「伊地知さんの気持ちは、伊地知さんだけのものだけど、好きな人の為に拗れてしまう気持ちなら私も分かるよ?


私も潮にそうだったもの。


好きな気持ちは、素直に表したらいいんじゃないかな?

風紀委員は、私にとっても大切な居場所で譲れないけど、ボランティアで活動に協力してくれる生徒がいるなら大歓迎だよ?


挨拶運動とかは、他の生徒の参加もOKになってるし、伊地知さんもどうかな?

柑菜さんと交流できるチャンスだと思うけど…。」


私の提案に、伊地知さんは、しばらく無言だったけど…。





しばらくして、蚊の鳴くような声で返事があった。


「……………………ぐすっ。行きたい…ですっ。…………………意地悪して………………ごめんなさいっ…。」



「えと…、私達もごめんなさい…。」


片岡さんと、田倉さんは、この状況どうしようと困ったように顔を見合わせ、謝ってきた。


私と潮とキョロちゃんは三人で、顔を見合わせて苦笑いをしたのだった。


         *

         *


「雅ちゃんは優し過ぎるよ。いつもひどい事言われてた相手を許してあげて、あそこまで親切にしてあげるなんて…!もっとやり込めてやってもよかったのに…。」


「そうだな…。雅が不登校に追い込まれてしまったのは、半分はあいつらのせいだと思ってる。雅がいいというなら、文句は言えないが、やっぱり俺はあいつらを許せないと思うよ…。」


伊地知さん達と別れて、3人で昇降口へ向かう途中、キョロちゃんと潮が私に少し渋い顔をして言った。


「いや、私だって別に完全に許したわけじゃないんだよ?」


「「へっ?」」


私の発言にキョロちゃんも潮も目を丸くした。


「ただ、許したフリをしただけ。どんな理由があったとしても、心ない言葉を投げつけられたことは悔しいし、

不登校になって、9ヶ月も教室で過ごせる筈の時間が失われてしまった。それはもう取り戻せない。

私だって、伊地知さん達に、空手の技を全部かけて恨みを晴らしてやりたいぐらいの気持ちはあるよ。」


「「…!」」


「でもね。それよりも、私はキョロちゃんと潮と教室で気持ちよく過ごせるこれからの時間を大切にしたいと思っただけ。」


そう言って、私は大切な二人に向かってにっこりと微笑みかけた。


「雅ちゃん…。」

「雅…。」


「ふふっ。私が考えれる解決策はこれぐらい。モヤモヤさせちゃってゴメンね?

氷川さんならもっと平和的で皆が納得する解決策を見つけられるかもしれないけど…。」


私に勇気をくれた後輩の女の子の温かな笑顔を思い出してそう言うと、潮とキョロちゃんから間髪入れず、否定された。


「いや!氷川さんの辞書に、平和的解決の文字はないと思う…l||lあの人は、何度も死戦をくぐり抜けた猛者の目をしている。」

「うん!何度も協力してもらってるけど、

氷川さんは元ヤンのスミレちゃんより雰囲気ヤバいもん…l||l」


「ええ?二人共、氷川さんに対してどんなイメージを持っているの?!」


青褪める二人が、氷川さんに対して私とはかけ離れたイメージを持っている事を知ったのだった…。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


大山先輩達がそんな会話をしているとはつゆ知らず、その頃、私は…。


「ハアッ!」

ドゴッ!


「くっはぁ…?!ガクッ。」


見知らぬ男に一撃をくらわせ、道端に座り込むように失神させていた。


「最近のナンパ男さんは、どうしていきなり体に触ろうとするんでしょうか?でも、今日の私は機嫌がいいので、平和的に痛くないように眠らせて差し上げましたよ。よかったですね?」


眠り込む男に私はにっこり微笑んだ。


「あれ?芽衣子ちゃん??」


お手洗いから戻って来た京ちゃんは、

さっきいた駅前のベンチに私がいないのに気付き、キョロキョロと辺りを見回している。


「あっ。京先輩〜っ!」

そんな彼の元へ私は走り寄って行った。


「京先輩!ごめんなさい。ちょっと変な虫を追い払っていて…。さっ。早く映画行きましょ?」

「??あ、ああ…。」


首を傾げる京ちゃんと再び指と指を絡ませ、私はルンルン気分で映画館の併設された複合ショッピングセンターに向かったのだった。



❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


大山さんと芽衣子ちゃんの問題解決の仕方の違いが表れていましたね。(^_^;)


どちらが正しいとかではなくて、それぞれが納得できる解決法を見つけていければいいかと思います。


来週までおまけ話の更新となります。


風紀委員と芽衣子ちゃんのお話

白瀬先輩のお宅訪問のお話〈前編〉〈後編〉

になりますので、よろしくお願いします

m(__)m

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