第148話 井戸の中心で愛を叫ぶ


「さっ。矢口少年。芽衣子嬢を迎えに行ってあげよう。今頃、彼女、雅と潮のラブラブっぷりにあてられて、さびしんぼワンコになっている筈だ…。私も彼女に伝えたい事があるので同行させてもらうぞ?」


「は、はい…。」


俺と白瀬先輩は、真実の井戸の方へ向かった。


植え込みの木で区切られた空間の入口に入ると、こちらに背を向けて、真実の井戸を覗き込んでいる芽衣子ちゃんの姿が見えた。


「芽…。」


俺が声をかけようとするのと、芽衣子ちゃんがすうっと息を吸い込むのと同時だった。


「氷川芽衣子はーーっ!!

矢口京太郎を愛していますーーーっっ!!!

世界中の誰よりもーーーっ!!

うわあぁ〜んっ!!ああぁ〜んっ!!」


「…!!」

「〰〰〰〰〰〰〰〰っっ??!!!///」


芽衣子ちゃんは、大絶叫しながら、号泣し始め、俺は、その場に崩れ落ちた。


め、芽衣子ちゃん……!!!!


嘘だろ…?今、俺の事気付いてないよな?

その状態で愛を叫んだって事は…!!


かあぁっと顔が熱くなり、足には力が入らず、立ち上がれなかった。


「最近の嘘コクは、本人いない(と思ってる)ところでもやるんだな…。あ、でも、真実の井戸では嘘付けないから、あれはマジ告か…?」


「し、白瀬先輩…。」


気付くと、後ろに白瀬先輩が腕組みをして考え込むようなポーズをとっていた。


「矢口少年、嬉し過ぎて、腰が抜けたか?

ヘタレめ…!」


四つん這いで動けない状態の情けない俺に、白瀬先輩は、茶目っ気たっぷりにウインクをした。


「うわあぁっ…!わああぁっ…!!」  


わあわあ泣いている芽衣子ちゃんは、俺達に気付いていない。


「矢口少年?芽衣子嬢の今の姿をよく目に焼き付けておくんだよ?

不器用で、剥き出しで…でも、なんとも強くて美しい光ではないか…!

あれが、私を打ち負かし、君の全てを変えたんだ。


私と君が以前躊躇って辿り着けなかった場所を彼女は勇敢にも飛び越えて行った。


彼女が待っているのは、スポーツ万能の人気男子でもない。将来性のある生徒会長でもない。ましてや、完璧な風紀委員長でもない。

ただ、ヘタレの君だけが彼女の涙を止められるんじゃないかい…?」


「白瀬先輩…。」


白瀬先輩は目を潤ませていた。俺も芽衣子ちゃんの想いに胸がいっぱいになっていた。


「立ちなさい。矢口少年。私をガッカリさせないでくれ。今は彼女の想いに正面から向き合う時だぞ…?」


「はい…。」


俺は、白瀬先輩に手を借りて、よろよろと立ち上がった。


「め、芽衣子ちゃん…。」


近付き、震えている小さな肩を叩くと、芽衣子ちゃんは、驚いて息を飲んだ。


「ひぐっ。きょ、京先輩っ…!!ど、どうしてここに…。」


「あ。えーと。その…。」


「も、もしかして、今、私が叫んだ事聞いてましたっ??」


真っ赤になって焦っている芽衣子ちゃんに俺は挙動不審なほどブンブン首を振って否定した。


「い、いやっ。今来たところだから、聞いてないよっ。」

「そ、そうですか…。よ、よかったぁ。」


「ええーっ。(そこは、聞いてた。俺も好きだよ…でいいだろう…?!矢口少年よ…!!HE・TA・LE(ヘタレ)め…!!)」


白瀬先輩が呆れたようにその場にずっこけていた。


どうせヘタレって思ってるんだろうな。

でも、こんな風に盗み聞きした事で、芽衣子ちゃんを追い込みたくなかったんだ。

告白するなら、もっと違う時に正々堂々と自分の口から言いたかった。


「どうして…白瀬先輩と一緒にいるんですか?」


「え。」


芽衣子ちゃんは、俺の後ろを通り過ぎ、白瀬先輩に目をやって、俺に不審そうな顔を向けて来た。


「もしかして…、白瀬先輩と逢引する為に、真実の井戸へ来たんですか…?」


「ち、違うよ…!そんなワケないだろ?」


辛そうに顔を歪める芽衣子ちゃんに、俺は間髪入れず否定した。


「では、何してたんですか?お昼も二人でどこかに行ってしまったというし…。」


「芽衣子ちゃん。誤解してるよ。」

「そ、そうだぞ?芽衣子嬢。昼休みは私達は仕事で…。」


慌てて弁解する俺と白瀬先輩に、芽衣子ちゃんは、溜まっていたものを吐き出すように叫んだ。


「嘘付かないで下さい!二人共私に何か隠してコソコソしているのを気付かないとでも思っているんですか?

お二人は、私の事、いいなりチョロワンコだと思ってるかも知れないけど、れっきとした人間の女の子なんですよっ?!」


「い、いや、それは知ってるけどさ…。」


俺は怯みながら答え、白瀬先輩は気まずく目を逸らした。


「(す、スマン、芽衣子嬢。時々ワンコだと思ってしまっていた…。)」


「頭を撫でられれば、何でも許せるワケじゃないんですっっ!!ぐすっ。」


再び泣き出した芽衣子ちゃんに、胸が痛みながら問い返した。


「じゃあ、どうしたら、許してくれるんだ?」


「そりゃ、京先輩が私と手を繋いで一緒に帰ってくれて、ついでに放課後デートしてくれて、恋愛映画見て、高島フルーツパーラーでカップル限定のジャンボパフェを二人で食べさせあいっこするぐらいじゃないと、到底許す事は出来ませんっっ!!」


「いいよ。」


芽衣子ちゃんの許してくれる為の、やけに具体的な条件に俺は頷いた。


「へっ。」


パチパチと目を瞬かせる芽衣子ちゃんの手をとった。


「あっ…♡?」

「手…繋いで帰ろ…?」


「えっ…。えっと…?」


芽衣子ちゃんは、俺と繋がれた手と白瀬先輩を交互に見て戸惑ったような表情になった。


「いや、芽衣子嬢。誤解させて申し訳なかった。ちょっと男子トイレとか、私が立ち入れないところの見回りを、してもらうために、矢口くんに付き合ってもらっていたのだが、

彼ときたら、芽衣子嬢の事ばかり話してきて、早く彼女に会いたいから、仕事終わらせてくれって不満たらたらで…!


仕方なく、芽衣子嬢を犬種に例えるなら何犬かと言う話題を振って、私は柴犬だと思うんだがと言ったら、『芽衣子ちゃんは、可愛くてふわふわのポメラニアンに決まってるでしょう?』と怒られて、もううるさくて敵わなかったぞ?


見回りの途中で、芽衣子嬢と雅が真実の井戸の方へ向かって行く姿が見えたとので、見回りが終わり次第、ここまで飛んできたというワケなんだ。」


「えっ…。ええっ…。//」

「白瀬先輩なっ、何をっ…?!」


白瀬先輩に嘘八百並べ立てられ、すぐに否定しようとした。


「コソコソしていたのは、矢口少年が君まで借り出しに巻き込んでしまったのを気にしていてな…。

『彼女が大事だから、学校で困るような立場には立たせたくありません。

もう風紀委員の皆さんに心配かけるような事はしないとお約束しますから、早く借り出しを終わらせて下さい』

と秘密裏に交渉されていたからなんだ。」


うをっ!事実も交えてきやがった。否定し辛い…。


「えっ。そうだったん…ですか?」


じっと、上目遣いで目をうるうるさせて見上げてくる芽衣子ちゃんに、俺は言い淀んだ。


「え、ええっ、いや…その…。」


白瀬先輩がうるさいぐらいに目配せをしてくる。

ああ、もう、分かったよ…!!


「ああ…。芽衣子ちゃんの事が大事で心配だったのは、本当だよ…。」


覚悟を決めて、そう言い切った。

顔が熱く火照ってくる。多分、俺は真っ赤になっているだろう。


「京先輩…!!」

「あっ…♡?」


感激した様子の芽衣子ちゃんに引っ付かれ、手に柔らかい胸が当たってしまい、俺は思わず声を漏らしてしまった。


「こらこら、芽衣子嬢。おっぱいを押し付けてはいかんというに…。」


白瀬先輩は苦笑いしている。


「さっき、そこで雅と潮にも会ってな、明日から、風紀委員の仕事に戻ってくれるそうだ。だからそのお礼も兼ねて、君達の

一週間の借り出し期間を3日に短縮しよう。


矢口少年。芽衣子嬢。今この時をもって、君達の臨時の風紀委員の任を解かせてもらう。」


「「!!」」


「君達は風紀委員が心配するべき要注意な

カップルではない。それどころか、君達は、風紀委員の悩み事を全て解決し、救ってくれた。私は君達を尊敬する。本当にありがとう!!

また後日、追ってお礼をさせてくれ。」


白瀬先輩は、キラキラした黒い瞳を潤ませて、俺達にお礼を言い、ペコリと頭を下げた。


「「白瀬先輩…。」」


俺と芽衣子ちゃんは、顔を見合わせ、それぞれ頭を下げた。


「白瀬先輩。こちらこそ、大事な事を教えて頂いて、ありがとうございました。

お世話になりました…!」


「白瀬先輩。相談に乗って頂いてありがとうございました。色々誤解してしまって、すみませんでした。お世話になりました…!」

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