第147話 白瀬柑菜の失恋

「白瀬先輩…。俺はあなたにずっと惹かれていました。強くてカッコイイあなたも、

子供のように無邪気で傷付き易いあなたもどちらも好きでした…。」


「矢口少年…。」


目の前の男子生徒は、優しい瞳で、そう語った。午後の陽射しに茶髪が、キラキラ光ってとても綺麗だと思った。


一年近く前は、固かったその表情が、今はとても柔らかく、孤独を宿していたその瞳が、今は穏やかな色をたたえているのを見て、

その変化が誰によってもたらされたものなのか、そしてこれから彼が何を言おうとしているのかを私は瞬時に理解した。


「それでも、俺は、あの子の事が大事です。彼女を不安にさせてしまうのなら、これからは、今みたいに二人になるのは控えたいと思います。」


毅然と告げる彼の言葉に私は納得して頷いた。


「うん。そうか…。君にとって私も振り払うべき過去の女だったか…。光栄だな…。」


彼は私に申し訳なさそうな表情を向け、更に続ける。


「白瀬先輩の好意は嬉しいんですけど、

無理矢理、芽衣子ちゃんの気持ちを探る事はしたくありません。

彼女の気持ちが分からないままでも、フラレてしまうかもしれないけど、そのままの俺できちんと気持ちを伝えたいんです。

それで、もし、万が一付き合えたとしても、あの子が学校で困るような立場には立たせたくありません。

風紀委員の皆さんが心配する必要のないような、健全なお付き合いをしていきたいと思います。


これで、あなたに満足頂ける答えになりましたか?風紀委員長、白瀬柑菜先輩?」


「ああ…。風紀委員長としても、私個人としても、一番聞きたかった答えだ…。」


真っ直ぐな瞳で問い掛けてくる彼に私は満ち足りた思いで微笑んだ。


「ただ、女としては…ちと、切ない…な…。」


同時に締め付けられるような胸の痛みを感じ、私の両目から雫がいくつも零れ落ちていった。


「白瀬…先輩っ…。」


痛みを堪えるような表情をする優しい彼に、

私はきちんと向き合って、自分の心の奥にしまってあった想いを告げた。


「多分、私も君が好きだった…。矢口少年?きちんと振ってくれてありがとう…。


君達の仲がうまくいくよう力になろうとしたのは、もしかしたら自分の気持ちの整理をつけたかったというのも、あったかもしれないな…。おかげで少々熱が入り過ぎてしまった。


引っ掻き回してしまってすまなかった。

そのせいで、余計に芽衣子嬢を不安にさせて

しまっていたとしたら、申し訳なかった…。」


自分の事は誰しも見えにくいものなのだ。

私も例外ではなくそうだった。


今までよかれと思って矢口少年や芽衣子嬢にしてきた言動を顧みて、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

頭を下げる私に矢口少年は、慌てたように手を振って否定した。


「そんな!白瀬先輩は、悪くありません…。ただ、俺が自分の気持ちに気付かないまま、なぁなぁにしてしまっていた事を

芽衣子ちゃんは、見抜いていたんでしょう。」


「それで、芽衣子嬢は、やたらとおっぱいを押し付けていたんだな。ふふっ。」


私は忙しい時程、構って攻撃をしかけてくるメメを重ね合わせてしまって少し笑ってしまった時ー。



『白瀬先輩っ!!強くてカッコよくて、皆の憧れるキラキラオーラのすごい先輩でっ!!聞き上手で、面倒見がよくて、私をワンコ扱いするのはともかくいい人だけどっ!!』


真実の井戸の辺りから大声で叫ぶ声が聞こえて来た。


「芽衣子ちゃん?」

「芽衣子嬢?」


私は驚いて矢口少年と顔を見合わせた。


『そんな魅力的な笑顔で、すらっとしながら出るとこ出た完璧なスタイルで、京先輩に

近付かないで下さいっっ!!


京先輩も京先輩ですっ!!いつも白瀬先輩の事をキラキラした憧れの目で見て、気付くと二人でどこかへ行ってしまうし…!!


どうせ、私なんか、白瀬先輩に勝てるところと言ったら、足技と、ワンワン度と、パルプン○度しかありませんけどっっ!!

でも、絶対諦めませんし、負けませんからねっっ!!うわあっ!ああぁ〜ん!!』



「め、め、芽衣子ちゃん…!!?///」


矢口少年は、真っ赤になって、狼狽えている。


「おやおや、本当に大分芽衣子嬢には、不安な思いをさせてしまって、申し訳なかったな…。宣戦布告を受けてしまったぞ?」


だけど、申し訳ないと思いながらも、私は芽衣子嬢の悲痛な叫びを、ああ、私を打ち負かしたのがこの子で本当によかったと、どこか清々しい気持ちで聞いていたのだった。


しかし、芽衣子嬢、私達がここにいる事を知っていながら、今の叫びを聞かせたなら、大した策士だが、彼女の性格を考えるととてもそんな駆け引きができるようには思えない。


恐らくは、今一緒にいる雅や、潮に聞かせたものだろう。とすると…。



『柑菜さんっ!!!

あなたは私の小さい時から憧れの人で、ずっとその背中を追いかけていたけれどっ!!』


「「!!」」


雅が大声で叫ぶ声が聞こえた。


『やっぱりどうしたってあなたのようになれない自分が情けなくって、最近辛いですっ!!


潮が、こんな自分より、柑菜さんを好きになるの当たり前なのに、嫉妬ばかりして八つ当たりしまう醜い自分が大嫌いです!!


こんな自分が恥ずかしくて、潮に好きだなんてとても言えません!!うわあぁん!』


「み、雅っ…!」

「大山さん…。」


私が傷付けてしまった雅の苦しい胸の内と、潮への想いを強く感じて、涙で視界が滲んだ。


『柑菜さんっ!!!

あなたは、小さい頃から雅と俺の憧れの人で、あなたのようになれば、いつか雅の隣に立つに相応しい男になれるんじゃないかって、必死にその背中を追いかけてきましたっ!!』


「「!!」」


次は潮が大声を張り上げた。


『けどっ、男よりイケメンなあなたに、俺は足元にも及ばなくて、いつまでたっても、雅には弟扱いで辛いですっ!!あの時も、結局雅を守ってあげられなくてっ!!


雅に鬱陶しがられている今でも、少しは

会話が続くんじゃないかと、つい雅の大好きな柑菜さんを引き合いに出してしまう卑屈な自分が大嫌いですっ!!


こんなふがいない自分では、雅に好きだなんて、とてもじゃないけど、言えませんっっ!!わあぁっ!!』


「う、潮っ…!」

「小谷くん…!」


私という存在に萎縮して自信が持てなかった、潮の辛い思い、雅への一途な想いが痛程感じられて胸が苦しくなった。


しかし、幼馴染みの二人に辛い思いを与えてしまった私は、長年抱えてきたであろう苦しみを知る必要がある。

例えどんなに辛くても、歯を食いしばって、耐えねばと思った。



そして…。



『それに、柑菜さんだって、全く完璧って訳じゃないよっ?

音痴の上に演歌ばっかり歌うしさっ。』

『ああ。それな!風紀委員の皆でカラオケ行ったとき、空気シンッてなったよな。』


「くふっ…!」


いつしか、雅と潮は、私の悪口で大盛りあがりをしていた…!


『雅だって、いつも、優しくて料理うまいし。柑菜さんの料理はとても食えたものじゃないからな…。』

『ああ、分かるっ!!道場で稽古の後、一度、野菜炒め作ってもらったけど、あれ、衝撃だったよね?しょっぱくて酸っぱくて、なんて表現したらいいのか分んない味だったねっ!!』

『ニッコニコの笑顔で勧めて来るもんだからさっ。とても“まずい“だなんて、言えなかったよ!!』

『言えない言えないっ!!』


「かはぁっ…!」


『あとさ、あとさっ!!柑菜さん意外にも涙もろいところあるから、映画とか連れて行けないよねっ!』

『そうそうっ!動物ものとか特にダメだよなっ!』

『ホントソレ!!『忠犬○チ公』の映画連れて行った時なんか、最後、あの人泣きすぎて立てなくなっちゃってさっ。二人で、必死に抱えて行った事もあったよねっ?』

『ああ、スタッフの人にも大分迷惑かけちゃったよな?あの時は大変だった…!!』


「ちょっ…!あの時の事は、誰にも言わないと約束したろうっ?!//💢雅!!潮!!」


「白瀬…先輩…。」


涙目で拳を握りしめる私に、矢口少年が同情的な視線をよこして来た。


『それからさっ…、結構好き嫌いも、多いよな?』

『分かる〜!!グリーンピースとかいつも残すよねっ?』


『うんうんっ。ピーマンもなっ。あ、あと、結構執念深いよな。』


『あっ。それある!小学生の時、柑菜さんのた○ごっち、ちょっと借りて勝手に成長させちゃった事、何度も謝ったのに今だに文句言うし…。』



「……っ!……っ!あ、あいつらぁっ…!」


「し、白瀬先輩、大丈夫ですか?」


ダメージを受けて四つん這いで虫の息になっている私に矢口少年が心配そうに声をかけてきた。


「これ以上ここにいたら、死んじゃいます…よ?移動…しましょうか…?」

「ううっ、す、すまない…。」


自分自身を情けなく思いながら、矢口少年に支えられながら、校舎のある方へ移動しているところへ…。


「教室って、誰か残ってるかな?」


「俺が出て来る時は、皆男子が数名残って、話してるぐらいだったよ?人数少ない方が、リハビリにはいいんじゃないかな?」


「うん。そうだね。久しぶりで緊張しちゃうな…。潮…♡♡ずっと手を繋いでいてくれる…?」

「もちろんだよ。雅…♡♡」


雅と潮が手に手を取って、ラブラブな雰囲気で、こちらに向かって来るのに行き合った。


「あれ?柑菜さん?」

「矢口くんも?こんなところでどうしたんですか?」


「いや、矢口少年と見回りの仕事の途中でな。なっ。矢口少年。」


戸惑ったように声をかけてくる二人に、私は瞬間、密かに後ろ手で、矢口少年に掴まりながら、シャキンと立って、虚勢を張った。


「え?ええ…まぁ…。(もう、あれだけボロクソに言われてこの二人には欠点も知られてるだろうに、今更、カッコつけても…。)」


矢口少年は、私の方を呆れたような顔で話を合わせてくれている。


「雅と潮こそどうしたんだ?何だか、急に仲良くなったみたいじゃないか?

いやいや、一体、何があったというんだ?私に詳しく教えて聞かせてくれないか?」


にこやかに、聞いてやると、雅と潮は、気まずそうに汗をかき、言い淀んだ。


「えっ?いや、それは、その…。(柑菜さんの悪口で盛り上がって、仲良くなったなんて言えない…!)」

「か、柑菜さん…。え、えーと…。(も、もしかして、俺達の会話聞いてたんじゃ…!)」


「白瀬先輩…。(全部知ってるくせに、人が悪いな、この人…。)」


矢口少年がジト目で見てくるが知った事か!


なんたって私は、執念深い女だからな…💢


私は、少し頬を膨らませながら、二人に告げた。


「まぁ、いい。言いにくい事なら、言わなくてもいいが、二人仲直りして、雅も元気になってきたなら、早く風紀委員に戻ってきなさい。」


「!!柑菜さん…!」


雅は、涙を浮かべて頭を下げてきた。


「はいっ!今までご迷惑おかけしてすみませんでしたっ!ずっと私、風紀委員に戻りたかっんですっ!!明日から!明日からまた活動に参加させてくださいっ!!」


「雅…。」


潮の糸目も潤んでいる。


「うん。他の風紀委員の皆も私も待っているからな。」


私は久々に、幼馴染み二人の満面の笑みを見て、何か肩の荷が降りたような気がしていたのだった。





*あとがき*


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