第145話 悪口合戦

私は、再び真実の井戸の前に立ち、二人に告げた。


「大山先輩。小谷先輩。思ったのですが、

お二人が素直になるには、まず、白瀬先輩に対する気持ちを素直に打ち明けてからの方がよいかと…。」


「「柑菜さんへの気持ち…?」」


問い返す二人に私は頷いた。


「はい。お二人にとって、大事な先輩であり、幼馴染みである白瀬柑菜先輩に対して

本当はどう思っているのか、好意も、負の感情も含めて包み隠さず、ここで全部吐き出してしまったら、どうでしょう…?それがまず、素直になる第一歩だと思いますよ。」


「柑菜さんに対する感情…?そんなの、強くて頼れる憧れの先輩で、お姉さんみたいに優しい幼馴染みで…、それだけで、そんな負の感情なんてないけど…。」


「う、うん。柑菜さんは、男の俺から見ても惚れ惚れするような、強くてイケメンな先輩で、兄のように世話を焼いてくれる幼馴染みで、負の感情なんてないよ。

大体あの人を嫌うような人はいないでしょう。」


私の言葉に、大山先輩も、小谷先輩も戸惑ったようにそう答えた。その言葉に嘘は感じられなかったが、大山先輩が白瀬先輩について語っている時、小谷先輩が僅かに辛そうな表情になり、小谷先輩が白瀬先輩について語っている時も、大山先輩が同じような表情が浮かんでいる事に私は気付いていた。


「そうなんですね。では、仮に白瀬先輩が大山先輩、小谷先輩どちらかとお付き合いをしたとしても、お二人は同じ事が言えますか…?」


「そ、そりゃ、もちろん。わ、私は潮と柑菜さんの事を祝福してあげられるよ…?」

「お、俺も。雅と柑菜さんが幸せなら、それでいいと思うよ…?」


大山さんと、小谷先輩が共に引き攣った顔でそう言うと、私は人差し指を交差させ、バッテンマークを突き付けた。


「お二人とも不正解です!!」


「「ええっ?!」」


私はビシッと井戸を指差し、目を剝いている大山先輩と小谷先輩に言い放った。


「ここ=真実の井戸では、嘘を言うべきではありません!私が、お二人に本音で語るとはどういう事か、見本をお見せします。よく見ていて下さいね?」


「ひ、氷川さん…?」

「い、一体何を…?」


慄いている二人に構わず、私は大きくすうっと息を吸い、井戸を覗き込むようにして思いっきり吐き出した。


「白瀬先輩っ!!強くてカッコよくて、皆の憧れるキラキラオーラのすごい先輩でっ!!聞き上手で、面倒見がよくて、私をワンコ扱いするのはともかくいい人だけどっ!!


そんな魅力的な笑顔で、すらっとしながら出るとこ出た完璧なスタイルで、京先輩に

近付かないで下さいっっ!!


京先輩も京先輩ですっ!!いつも白瀬先輩の事をキラキラした憧れの目で見て、気付くと二人でどこかへ行ってしまうし…!!


どうせ、私なんか、白瀬先輩に勝てるところと言ったら、足技と、ワンワン度と、パルプン○度しかありませんけどっっ!!

でも、絶対諦めませんし、負けませんからねっっ!!うわあっ!ああぁ〜ん!!」


大号泣する私に大山先輩が恐る恐る声をかけてきた。


「ひっ、氷川さん…、あの大丈…夫…?」


「う、ううっ。全然大丈夫です。わ、私はただ見本を見せただけですからっ。うふうっ。し、真に迫ってたでしょうっ?ぐすっぐすっ。」


その場に蹲り、ハンカチで涙を拭いている私に、小谷先輩はオロオロしていた。


「い、いや、見本て…。氷川さん普通に泣いてるし…!」


大山先輩が涙を浮かべながら、私の背中をさすってくれた。


「ヨシヨシ…。なんか分からないけど、氷川さんもすごく辛いのに、私達に協力してくれてたんだね?いやでも、矢口くん、柑菜さんとは仕事で関わっているだけで、心配する事ないと思うよ?ねっ?」

「そ、そうだよ。矢口くん、氷川さんとあんなに仲がいいのに、よそ見なんかしないって!」

「うわぁぁ…ふぐわあぁっ…。ありっ…と…ござ…ますっ。」


優しく慰められて、更にドバっと涙が出て、もはやわけ分からなくなっていた私に、大山先輩は決然と告げた。


「後輩がここまでしてくれて、私も応えないわけにはいかないっ!

私も取り繕わない本当の気持ちを言うよっ!!」


大山先輩は、井戸に向かい合うと、大声で叫んだ。


「柑菜さんっ!!!

あなたは私の小さい時から憧れの人で、ずっとその背中を追いかけていたけれどっ!!


やっぱりどうしたってあなたのようになれない自分が情けなくって、最近辛いですっ!!


潮が、こんな自分より、柑菜さんを好きになるの当たり前なのに、嫉妬ばかりして八つ当たりしまう醜い自分が大嫌いです!!


こんな自分が恥ずかしくて、潮に好きだなんてとても言えません!!うわあぁん!」


「「?!!」」


ええっと、大山先輩??好きだなんて言えないって、バッチリ言っちゃってますけど??


私は大山先輩の魂の叫びに涙も引っ込み、

目を瞬かせた。


「み、雅…、ごめんな…。俺、雅にそんな風に思わせていたなんて…。」


頬を紅潮させ、涙を浮かべた小谷先輩が、

泣いている大山先輩の肩に優しく手をかけた。


「潮…。」


「俺、雅に嫌われたくないあまりに、ちゃんと自分の気持ちを伝えられてなかった。その事が余計に雅を傷付けていたんだな…。

でも柑菜さんへの気持ち、雅への気持ち、今ちゃんと言うよ!」


小谷先輩は、井戸に向かい合い、思い切り声を張り上げた。


「柑菜さんっ!!!

あなたは、小さい頃から雅と俺の憧れの人で、あなたのようになれば、いつか雅の隣に立つに相応しい男になれるんじゃないかって、必死にその背中を追いかけてきましたっ!!


けどっ、男よりイケメンなあなたに、俺は足元にも及ばなくて、いつまでたっても、雅には弟扱いで辛いですっ!!あの時も、結局雅を守ってあげられなくてっ!!


雅に鬱陶しがられている今でも、少しは

会話が続くんじゃないかと、つい雅の大好きな柑菜さんを引き合いに出してしまう卑屈な自分が大嫌いですっ!!


こんなふがいない自分では、雅に好きだなんて、とてもじゃないけど、言えませんっっ!!わあぁっ!!」


「「!!?」」


ええっと、小谷先輩??やっぱりバッチリ好きだって言っちゃってます…よ??


私は口元を両手で押さえて、涙を浮かべて向かい合う二人の様子をただ見守るばかりだった。


「潮…!!ごめん。私…別に潮の事、鬱陶しく思ってた訳じゃ…!ただ、潮が柑菜さんの事ばっかり言うから悔しくて、意固地になっちゃってただけで…。」


「いや、雅、俺の方こそ、ごめんな…!!

完璧な柑菜さんへのコンプレックスでいっぱいいっぱいになってしまって、ちゃんと雅の気持ち、分かってやれなかった…。」


「そんな、コンプレックスって、潮は潮で優しいし、ちょっと抜けてるとこも含めて可愛いとこあるし、柑菜さんと比べる事なんてないのに…。

それに、柑菜さんだって、全く完璧って訳じゃないよっ?

音痴の上に演歌ばっかり歌うしさっ。」


「ああ。それな!風紀委員の皆でカラオケ行ったとき、空気シンッてなったよな。

雅だって、いつも、優しくて料理うまいし。柑菜さんの料理はとても食えたものじゃないからな…。」


「ああ、分かるっ!!道場で稽古の後、一度、野菜炒め作ってもらったけど、あれ、衝撃だったよね?しょっぱくて酸っぱくて、なんて表現したらいいのか分んない味だったねっ!!」


「ニッコニコの笑顔で勧めて来るもんだからさっ。とても“まずい“だなんて、言えなかったよ!!」


「言えない言えないっ!!あとさ、あとさっ!!柑菜さん意外にも涙もろいところあるから、映画とか連れて行けないよねっ!」


「そうそうっ!動物ものとか特にダメだよなっ!」


「ホントソレ!!『忠犬○チ公』の映画連れて行った時なんか、最後、あの人泣きすぎて立てなくなっちゃってさっ。二人で、必死に抱えて行った事もあったよねっ?」


「ああ、スタッフの人にも大分迷惑かけちゃったよな?あの時は大変だった…!!

それからさっ…、結構好き嫌いも、多いよな?」

「分かる〜!!グリーンピースとかいつも残すよねっ?」



「あわわわ…!!どうしよう??」


大山先輩と小谷先輩、仲直りしたっポイのはよかったのだけど、白瀬先輩の悪口で盛り上がる二人にどうしていいか分からず、私はただ青くなるばかりだった。

多分これって、私が先導してしまった事になるんだよね?

好意も負の感情も包み隠さず吐き出せなんて私が言ったばかりに…!


こんなの、白瀬先輩、聞いたらショックだよね…。


私が途方に暮れている私をよそに、あらかた悪口を言い尽くしてとてもスッキリした様子の二人はホンワカした雰囲気になっていた。


「でも…。そんなとこも含めて、魅力的に見えちゃうのが、柑菜さんなんだよね…。

悔しいけど、嫌いになんかなれないんだよね。」


「うん!あの爽やかな笑顔を向けられると、つい、許しちゃうんだよな?ずるいよな…。」


「やっぱり、柑菜さんは、私にとって大切な人だなぁ。」

「俺にとっても、柑菜さんは大切な人だ。」


「「潮(雅)の次に…!!」」


大山先輩と、小谷先輩の声がハモって、二人は、同時に笑顔になった。


お、おおっ?よく分からないけど、うまくまとまったっぽい…??


「私、今すぐうちのクラスの教室に行きたい!今だったら、私、行けそうな気がする。潮、一緒に行ってくれる…?」


「!!」


大山先輩が、恐る恐る差し出した手を小谷先輩は、しっかりと握った。


「もちろん…!一緒に行こう!雅、途中で気分悪くなったら、無理しないで保健室戻るんだぞ?」

「うんっ。ありがとう潮…!」


手を繋いだ大山先輩と、小谷先輩は、私に向き直った。


「氷川さん!」


「は、はいっ?! 」


すっかり存在を忘れ去られていたかと思っていたところを、いきなり声をかけられて私はビクッとなった。


「氷川さんには、なんてお礼を言ったらいいか、分からない…!私が素直になれたのは、全部氷川さんのおかげだよ?本当にありがとう!!」


「氷川さん、本当に色々ありがとう!!君に背中を押してもらえなかったら、雅に気持ちを伝える勇気が出せないままだったよ…!」


「あ、いえいえ、そんな…。(私はただ、白瀬先輩の悪口を先導してしまっただけだし…。)お二人が仲良しになれたなら、よかったです。」


そうして、羽のような軽い足取りで去って行く大山先輩と小谷先輩を見送ったのだった。


一人その場に取り残された私は、井戸の前でしばし佇んでいた。


大山先輩と小谷先輩が仲良くなったのはよかった。本当によかったのだけど…。


「ロンリーだな…。」


私は京ちゃんの姿を思い浮かべて、私はため息をついた。

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