第143話 疑惑の逢引

「大変だっ。秋川栗珠が校内に入り込んでいるらしい。」


「「ええっ。」」


白瀬先輩が、彼女にしては慌てた様子で駆け寄って来て、その事を伝えられ、校内見回りをしていた俺と小谷くんは、俺達は驚きの声を上げた。


「見回りB班から、他校の制服を着た女子生徒と、バイクを見つけたとの報告があった。

女子生徒に事情を聞いてみると、彼女は秋川栗珠の友達らしく、秋川栗珠が、雅への謝罪の手紙を書いて、芽衣子嬢に託したんだが、どうにも気になってしまってソワソワしている様子を見かねて、ここへ連れて来てしまったらしい。」


「そ、それで秋川はどこへ…?」

「まさか、雅のところへ…?」


俺と、小谷くんは心配で聞かずにはいられなかった。


今の時間、大山さんの話を聞きに行く為、

芽衣子ちゃんが保健室に行っている筈。


昨日、芽衣子ちゃんと俺は、再び遠愛高校に寄り、秋川から大山さんへの謝罪の手紙を

預かっていた。


その時の様子からは、秋川は反省して、大山さんに対して申し訳なく思っているようだったし、芽衣子ちゃんもいる事から、これ以上の悪巧みはできないだろうが、

だからといって、大山さんが、トラウマに

なっている出来事を起こした張本人と顔を合わせたいワケはないだろう。


大山さんが、秋川に会う事で、トラウマになった出来事を思い出して、再び傷付いてしまったらと心配だった。


「雅っ…!」


大山さんが心配でしょうがない様子の小谷くんにも、白瀬先輩にも申し訳ない気持ちだった。


「す、すみません。秋川にコンタクトをとったばかりに、こんな事に…。」


「いや、君達なりに、雅を案じてくれたのは

分かってる。気にするな。とにかく、今は保健室へ行って、秋川を雅に接触させないように…!」


申し訳なさに項垂れる俺の肩をポンと叩きながら、白瀬先輩が保健室へ向かおうとすると…。


「んで?スミレちゃんは、どの辺にいるワケ?」

「え、えっと〜、正門前の駐輪場に、バイク停めたから、その辺りかな…。」


「ええっ。秋川さんバイクで来たの?」


「はっ。ハイ…。スミレちゃん、免許もってるので、連れて来てもらいました…。」


「星川さん、バイクの免許持ってるなんて、すごいですね…。」


「「「?!」」」


ちょうど、昇降口から、柳沢の親友の清路さん、秋川、大山さん、芽衣子ちゃん、今から探そうとしていた当事者が歩いて来るのが見え、俺達は絶句した。


見る限りでは大山さんも、普通に秋川と会話をしており、秋川がビクビク縮みこまってる

ぐらいで殺伐とした空気にはなっていない。


俺達は、顔を見合わせると、彼女達の後を追いかける事にした。


         *

         *


「栗珠、しっかり掴まってろよ?

飛ばすぜえええぇっ!!!」


「ぎゃあああああっ!!皆さん、さようならあああぁっ!!」


ドルンドルルン!ドギュウウーン!!

ギャギャーンッ!!


後部座席秋川を乗せたバイクは、校門で見送っている芽衣子ちゃんと、大山さん、清路さんを残して、あっと言う間に走り去って行った。


その後ろから、様子を見守っていた俺達は、

見た感じ、トラブルになっていないようなのに、取り敢えずは安心したのだが…。


「白瀬先輩、取り敢えず、大山さんや芽衣子ちゃんから話を…って、あれ??白瀬先輩?」


話しかけようとした白瀬先輩が、突然、逆方向の校舎の方へ逆行して行ったので、俺は慌てて、後を追いかけた。


「白瀬先輩っ?急にどうしっ…。」


白瀬先輩は、校舎の壁の辺りまで来ると、

静かに目の縁に溜まった涙を拭いていた。


「雅…。本当によかった…。」


「白瀬先輩…。」


俺に気が付くと、白瀬先輩は、いたずらがバレてしまった後の子供みたいにきまり悪そうな笑みを浮かべた。


「君にはまたみっともないところを見せてしまったな…。」


「い、いえ…。すみません。勝手に追いかけて来てしまって…。」


俺もまた気まずい思いで謝った。


「いや、雅があんな風に自然に笑ったり、突っ込んだりしているの本当に久しぶりに見たものだから…、しかも、あの秋川栗珠相手にも、物怖じせず…。

なんか込み上げて来てしまってな。」


「白瀬先輩…。」


きっと、あの事件の後、この人は、大山さんの事でずっと自分を責め続けていたんだろうな…。大山さんが、今日、何かが吹っ切れたように、秋川と話をしているのを見て、ホッとしたんだろう…。



「大山さんと話をしないんですか?」


俺の問いに白瀬先輩は、寂しそうに微笑んだ。


「いや。いい…。あの場には私なんか相応しくない。また雅を傷付けてしまうと怖いしな…。

君の彼女は本当にすごいな。雅をあんな風に、変えてしまうなんて…。

いくらお礼を言っても言い足りないよ。」


「芽衣子ちゃんは、多分、お礼を言われても不思議そうな顔すると思いますよ?

彼女は大山さんを変えようだなんて、これっぽっちも思ってなかったと思いますから。」


「ふふっ。そうかもしれないな…。彼女はただ、君の為に一生懸命なだけなんだ。それが、周りの人に影響を与えていく。本当にすごい子だよ。

君も頑張らなきゃいけないな…。」


「はい。芽衣子ちゃんに釣り合う男になるとまでいかなくても、俺も頑張らなきゃってますよ。彼女の為に引きずっていた幼馴染みの事も吹っ切ろうと思って、髪を染めるのももうやめようかと思ってますし…。」


「おおっ。では、芽衣子嬢は、君を変える運命の人だという事か…!」


「そ、そんな大げさに言われるとアレですけど、ちゃんと向き合いたいとは…思ってますよ。」


宝塚のようにテンション高くそんなセリフを言われ、俺は頬を染めて答えた。


「う~む、ただな…、芽衣子嬢にとって、それは必ずしも必要ないのではないかと思うぞ?」


白瀬先輩に、難しそうな顔をしてそう言われ、俺は驚いた。


「え。どうして分かったんですか?

芽衣子ちゃんに、他の女子が好きになったからじゃないかと誤解されてしまいました。」


「うーむ、そうだろう…?君のことだから、生真面目にも、彼女に相応しい男になってからとか、他の色々な悩み事を解決してから告白しようとか思っているのかもしれないけどな…。


難しいことを考えず、彼女と気持ちが通じている今を大切に、告白は早くした方がいい。

何なら、もう君のようなヘタレは相手から

告白してもらった方がいいのかもな。

矢口少年、ちょっと手を出しなさい。」


白瀬先輩は、ニヤニヤしながら、ポロシャツの胸ポケットに指していたボールペンを取り出した。


うわ。また、何する気だよこの人?


「え。いや、いいですよ!ああっ!いいって言ってるのに…!ちょっ。痛いって…!あっ。くすぐった…!」


白瀬先輩は、後退る俺の手首をガッチリ捕まえて手の平にまた、何かをササッと書いた。


「??オレモ…?」


手の平に書かれたカタカナ三文字を読み上げると、白瀬先輩は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ。芽衣子嬢が次にしてきた嘘コクを本気にして、『オレモスキダヨ』と返事をしなさい。これで万事解決だ!簡単だろ?」


「は、はぁ…。」


そんなので、うまくいくか?と手の平の文字を見て、首を傾げていた。


「では、そろそろ生徒指導室へ戻るとするか…。」

「はい…。」


と、白瀬先輩について、校舎に戻ろうとしていた時だった。


「では、小谷先輩。今日の放課後、

真実の井戸のところへ来て下さいね?

きっとですよ?」


「は、はい…。分かりました。」


!!!?


昇降口の扉近くで、逢引の約束をしている男女がいた。


芽衣子ちゃんと、小谷くんだった…。


二人は真剣な表情で頷き合うと、それぞれ別方向へ別れて去って行った。



「め、芽衣子ちゃん…。」


ガクッと膝をついて呆然としている俺に、白瀬先輩は、呆れたように声をかけてくる。


「いやいや、矢口少年!しっかりしろ!

相手は潮だぞ?さすがに、浮気の心配はないだろう!」


「わ、分かりません…。小谷くん、いい奴だし、背高いし…。芽衣子ちゃんが惹かれてもおかしくないです。恋愛相談するうちに恋が芽生えるって、よくあるっていうし…。」


「いやいや、ナイナイ!しかも、雅に相談を受けた後すぐって、タイミング的にもおかしいだろ?多分雅の事で潮の相談でも聞くだけじゃないか…?」


「でも、真実の井戸って告白スポットっていうじゃないですか…。」


「それは、何か芽衣子嬢に考えがあっての事だと…。」


ピンコン!


その時、俺のスマホの着信音が鳴った。

送信元が芽衣子ちゃんからと表示されていたので、俺はすぐにメール画面を開いた。


『京先輩。今日のお昼はお会いできなくて残念でした😢

風紀委員のお仕事お忙しかったんでしょうか?お疲れ様です🍀

大山先輩のお話はお聞きできたんですが、

途中、秋川先輩が乱入して大変でした。

でも、お友達の星川さんが、バイクで秋川先輩を連れて帰られましたので、もう大丈夫です。

それで、放課後なのですが、今度はその件で小谷先輩にもお話をお伺いしようかと思いまして、申し訳ないのですが、30分程帰りが遅れそうです。

もし、お急ぎでしたら、先に帰って頂いてもと思いますが、どうしましょうか?

あなたのワンワン🐶芽衣子より』


「芽衣子ちゃん…。」


小谷くんと会う事をちゃんと報告してくれた事で、少しホッとしてしまったが、

白瀬先輩は、顎に指をかけてニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「ほほう…?これは興味深いメールだなぁ…。」


「うわっ!何、人のメール見てんですか!」


「すまんすまん、つい気になって…。

矢口少年。つい先日、これと似たような事があったと思わないかい?」


「つい先日?ああ、俺が読書同好会の子との用事で、芽衣子ちゃんを待たせてしまった事ですか?」


白瀬先輩の問いに俺が思い当たる事を言うと、彼女は、大きく頷いた。


「そう。芽衣子嬢は、随分その時に気を揉んだ事だろうな?今の君のように…。」


「…!」


そう言えば、あの時は紅ちゃん碧ちゃんの作品の感想を聞くだけだからと思って、詳しい説明もなく、ただ用事があるとだけ伝えて

芽衣子ちゃんを待たせてしまったんだった。


あの時、紅ちゃん碧ちゃんと話しているところを見て芽衣子ちゃん、かなりショックを受けていたんだよな。


風紀委員の審判やら、借り出しやらで、すっかり紛れてしまっていたが、俺は芽衣子ちゃんに申し訳ない事をしたと思った。


「彼女は、その意趣返しをしようとしているな。潮と会う事をアピールし、君の反応を窺っている…。」


「芽衣子ちゃんが?」


「まぁ、この場合、君は潮と芽衣子嬢が約束している場面を既に見てしまっているから、

逆に説明してくれた事に安心してしまったワケだが…。うむ…。」


白瀬先輩は、しばらく考えると、何かを思い付いたように頷き、俺にいい笑顔を向けてきた。


「では、メールの返事に『こちらも用事があるから、30分後に一緒に帰ろう』と返信するといい。」


「ええ?何ですか、用事って。」


「芽衣子嬢の尾行をするという大切な用事だ。」


「はんあぁ?」


とうとうストーカー行為勧めちゃったよ!

大丈夫か、この風紀委員長?!


目を剥く俺に、白瀬先輩は、足元を見るように、流し目で見てくる。


「でも、彼女の事、気になるんだろう?」


「それは…そうですけど…。でも、そんなストーカーみたいな事は…。」


躊躇っている俺に、白瀬先輩は、拳で胸を叩いて言った。


「大丈夫だ。矢口少年!一人じゃ心細いだろうから、この白瀬柑菜も同行してやる。心配するな!」


いや、あの、却って不安なんですけど…。


俺は涼やかな笑顔を浮かべる白瀬先輩をげんなりした顔で見遣った。

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