第142話 加害者と被害者
「せめて、書くなら耳にも書いてくださぁいっ!!」
ガラッ。
「あっ。栗珠!入っちゃダメって言ったろっ!?」
突然、秋川先輩と、それを止めようとする清路さんが、保健室の中に飛び込んで来た。
「え?え?秋川さん…??」
「秋川先輩?!どうしてここにいるんですか?手紙だけでいいって言ったのに…!」
突然の闖入者にびびって、後ずさる大山先輩と驚いて詰め寄る私。
「ひ、氷川様!いえ、姉御様!もも、申し訳ありません!!
大山さんに手紙を書くだけでいいと言われていましたものの、やはり様子が気になってしまいましてソワソワしていましたら、スミレちゃんにバイクで連れてってあげると言われまして、気付いたらここに…!
保健室前で会った雪にも止められて、様子を伺うだけの筈が、つい、気持ちが昂って暴走してしまいました!指5本でお許しを!!」
秋川先輩は、保健室の床に額を擦り付けるように、土下座をした。
「だから、その姉御って何なんですか?指もいりませんて!
ちゃんと会って謝りたい気持ちは分かりますが、秋川先輩の顔を見るだけで、
大山先輩は嫌な思い出が蘇ってしまうかもしれません。今は、引いて下さい。ホラホラ、立って!」
「は、はいっ。重ね重ね申し訳ありませんっ。」
私に促され、秋川先輩は、手を組み合わせ
て謝ってきた。
「もう、それはいいですから。ちょっとお顔に失礼しますよ?」
バサッ。
「むぐっ!」
私は、手提げ袋から、バスタオルを取り出すと、秋川先輩の顔にかけ、戸口の近くにいた清路先輩に声をかけた。
「清路先輩、すみませんが、彼女をお願いします。」
「うん、分かった!ちゃんと捕まえて、このままスミレちゃんに遠愛高校に送ってもらうから…。ホラ、行くよ?栗珠っ!」
「むぐむぐっ…。」
秋川先輩は、護送中の犯人のように、組み合わせた手を清路さんの手に引かれながら、保健室を後にした…。
保健室の戸が閉まるのを確認すると、
私はにこやかに、大山先輩に話しかけた。
「で、では、秋川先輩の手紙の件はそういう事でして…。次に、大山先輩にお話したいことが…。」
「ちょ、ちょっと待って?今の出来事まるっとなかった事にしてない?さらっと次の話題にしようとしてるけど、無理だからぁっ!!」
大山先輩に両拳を握って叫ばれ、私は額に汗を浮かべて気まずい笑みを浮かべた。
「や、やっぱり無理でしたか…。」
「無理無理だよぉっ!」
大山先輩は、言うなり、保健室の外へ走り出た。
「あっ。大山先輩!」
私は慌てて大山先輩の後を追いかけた。
「ちょっと待って!秋川さん!!」
悄然と肩を落とし、清路先輩に連行されていく犯人…もとい、秋川先輩は、大山先輩の呼びかけに振り返った。(私のバスタオルで覆われていたので、やはり顔は見えなかったが…。)
「私に謝りに、わざわざここまで来てくれたんでしょ?正直複雑だし、許せるかも分からないけど、少し、お話…しよう?」
「うむっ、むぐむぐっ…!!(ううっ、お、大山様ぁ…!!)」
秋川先輩は、優しい大山先輩の言葉に嗚咽をもらしていたが、やはり、バスタオルで表情は見えなかった…。
*
*
*
「大山様!私めの過去の非道な所業にも関わらず、優しいご配慮を頂きまして、ありがとうございます。」
「い、いや、それはいいけど、様ってやめて…?
(この人本当にあの、秋川さん?!何がこの人をここまで変えたんだろう…??)」
大山先輩は、再び保健室の床に這いつくばって、平伏している秋川先輩に目を白黒させていた。
私と、清路先輩は、大山先輩を守るように
両隣に立って、全員で土下座する秋川さんを取り囲むような形になっていた。
「は、はいっ。あの時、私は確かに新聞部を誘導して、大山さんと、風紀委員の皆さんを陥れようとしました。大変申し訳ありません
でしたっ!!」
「秋川さん…。どうして、あんな事しようとしたの?」
大山さんの問いかけに、秋川先輩は、ビクッと怯えたように私を見たので、私は
「(本当の事を言って下さい)」と、大きく頷いた。
「そ、それは…、大山さんが、男子の服装チェックをやってて、風紀委員の可愛い女子として人気があったから、
カーストトップの私の地位を脅かす邪魔者として、潰そうと思ったからです…。
私は負ける側の人間になりたくなかった。
人から見下されたくなかった。」
「栗珠、あんた、そんなつまんない理由でっ!雅ちゃんがどんなに苦しんだとっ!!」
「ううっ。ごめんなさいっ!!」
青褪めて言いづらそうに理由を話す秋川先輩に、清路先輩は声を荒らげたが、
大山先輩は、清路先輩を諫めるように肩をポンと叩いた。
「キョロちゃん、大丈夫だよ。風紀委員に喧嘩を売る行為だとは思わなかったの?」
「風紀委員長は、薄々私のやっている事を気付いているようだったから、やらなければ、私が潰されると思いました。新聞部が暴走するきっかけにはなったかもしらないけど、
私がやった事はただ、意見を述べただけだし、発言自体は過激なものではないから、咎められる事はないとそう思って…その…。」
「なんと、まぁ、ずる賢いですね!」
私が睨むと秋川先輩は恐怖に縮み上がった。
「ひいっ。ごめんなさいぃっ!!でも、今はそんな事は、欠片も考えておりません!!
過去の自分を反省して日々贖罪と善行に精進しておりますっ。」
額が赤くなる位、床に押し付けながら、必死に謝る秋川先輩に大山先輩は、鋭い視線を向けた。
「あなたが反省したのは、氷川さんや、
キョロちゃん、柑菜さんに負けて、仕方なく従っての事だよね?
その圧力がなくなったら、また同じ事を繰り返すんじゃないの?」
「い、いえ、ちょっと前までそうだったかもしれませんが、今はそんな事ありません!」
「どうして…?」
「えっと、今はカーストの下に置かれていますが…、その生活が割と楽しい…ので…。人を陥れなくても、生きていけると…思います。」
「「…!」」
「秋川先輩…。」
秋川先輩は楽しいと言う時、大山先輩を申し訳なさそうに見た。
「分かった…。でも、やっぱり、私、あなたの事許せそうにない。」
それはそうだろうと私は思った。
大山先輩は、秋山先輩のせいで、心に深い傷を負って、今も苦しんでいるのに、本人は罰を受け、転校を余儀なくされたとはいえ、楽しい学校生活を送っているというのだから…。
「も、申し訳ありません。どんな罰でも受けます。殴るなり蹴るなりお好きなようにして下さい!!」
必死に罰を申し出る秋川先輩に、厳しい表情で大山先輩は頷いた。
「ホント?じゃあ、一発だけ、殴らせてもらっていいかな?」
「は、はい…!」
「「!!」」
私は驚いて、清路先輩と顔を見合わせた。
「秋川さん、そこの壁際に立ってくれる?」
「は、はい…。」
秋川先輩はガタガタ震えながら、手を組み合わせて返事をした。
向かい合って立つ大山先輩は、肩を回しながら、
「言っとくけど、私、空手二段だから。ちょっと痛いけど我慢してね?」
「…!!ふ、ふぁい…。」
秋川先輩の顔はいよいよ真っ青になっていた。
「だ、大丈夫だ。栗珠。頑張れ!骨は拾ってやるぞ?」
「は、はい。秋川先輩、頑張って下さいね!ここ、保健室ですからね?ケガしてもすぐ治療できますからね?」
「ううっ…。うふぅっ…。」
私と清路先輩の声援(?)も聞こえているのかいないのか、秋川先輩は、呼吸も荒く、
目を瞑って涙目になりながら、大山先輩の一撃を待った。
「行くよっ!フンッ!!」
「…っ!!!!」
ドガッ!!
「「!!」」
「…??…!!」
しばらくして、覚悟していた衝撃と痛みが来ず、そっと目を開けた秋川先輩は、大山さんの拳が、秋川先輩の顔の数センチ手前で寸止めされていることに気付いて目を見開いた。
「ごめん。私、風紀委員だから、無抵抗の人に暴力振るえないんだった。」
「え?えええ?」
大山先輩は、震えている秋川先輩ににっこり微笑んだ。
「私が卒業するまで、あと一年半ぐらい…。その時まで、罰はお預けね?その時の秋川さんの様子を見て、どうするのか決める事にするよ。」
「大山様ぁ…。」
秋川先輩は、涙を流してその場にへたり込んでいる。
「雅ちゃん…。いいの?」
「うん。キョロちゃん。心配かけちゃって、ごめんね?」
清路先輩が、大山先輩を気遣って声をかけている中、私は秋川先輩がいつまでもその場にへたり込んで立ち上がらないのが気になっていた。
「えっと、秋川先輩…?」
「〰〰〰〰〰〰」
涙をためて、こちらを絶望的な表情でこちらを見詰めてくる秋川先輩に、私は全てを悟った。
そっと秋川先輩にかがんでひそっと話しかけた。
「(替えパンはありますか?)」
その瞬間、秋川先輩の虚無の瞳に、光が戻って来た。
かけていたショルダーバッグを指差して、コクコクと頷く。
「(トイレ、行きましょうね?)」
「(ぐすっ。うん…、うん…。)」
「ちょっと、失礼しますね?」
「「??」」
私は、不思議そうな顔をしている大山先輩と清路先輩に背を向け、
涙を流しているお漏らし女子の肩を抱き、
一階のトイレに急いだのだった。
私の心の中でドラ○エのレベルアップ音が鳴り響いていた。
メイコ 「職業:武闘家」レベル3になった
→お漏らし察知能力が8上がった
クリス 「職業:遊び人」レベル3になった
→お漏らし後立ち直り力が7上がった
*
*
ドルンドルルン…。
「それでは、青春高校 本部の皆様、ごきげんよう!姉御様、先程は(お漏らしの件で)
大変お世話になりました。
組長様によろしくお伝え下さいませ。
大山様、誠に申し訳ありませんでした。
いつでも、この栗珠サンドバッグになる覚悟はできておりますので、
また何かありましたら、いつでも申し付け下さい。」
秋川先輩の今の学校の同級生、バイクのエンジンをかけている星川スミレさんの前で、
涙ながらに挨拶をする秋川先輩に私は苦笑いした。
「や、本部もないし、姉御じゃないですけど、秋川先輩もお元気で…。京先輩には後でご報告しますね。」
「いやいや、人をサンドバッグになんて非道な事するわけないけどさ…。」
同じように、苦笑いする大山先輩から、私は静かに目を逸らした。
「もう、人を陥れたりしないでね。約束だよ?」
大山さんが神妙な顔で、小指を立てると、秋川先輩は血の涙を流して頷いた。
「はい。今度そのような事があったら、この栗珠小指を詰めさせて頂く覚悟です。」
「だから、そんな怖い事言ってないんだけどな…。」
「栗珠!スミレちゃんの言う事よく聞いて、もう悪さすんなよ?」
「雪…。わ、分かってるよ…。スミレちゃん怖いし…。」
秋川先輩は、清路先輩の呼びかけだけには、何故か素直になれないようで、そっぽを向いて唇を尖らせモショモショと呟いた。
「スミレちゃん、栗珠の事、よろしく頼むね?」
清路先輩は、以前から友達だという星川スミレさんに、手を合わせて頼むと、メットを被った星川さんは凛々しい笑顔でサムズアップのサインを見せた。
「おうよ、雪!任しときな?俺の目の黒い内は、栗珠に悪さはさせないぜ!」
??
なんだか、以前遠愛高校でお会いしたときより、星川さん、随分男っぽいような…?
以前抱いた印象とのギャップに戸惑っていると、星川さんは、もう一つのメットを秋川さんに渡すと、後ろの座席を指差し叫んだ。
「栗珠!早く乗れ!午後の授業に間に合わなくなるぞ?」
「は、ハイッ!スミレちゃん!!」
「じゃ、皆さん、何かあればこちらにも連絡下さいな。栗珠、しっかり掴まってろよ?
飛ばすぜえええぇっ!!!」
「ぎゃあああああっ!!皆さん、さようならあああぁっ!!」
ドルンドルルン!ドギュウウーン!!
ギャギャーンッ!!
後部座席に秋川先輩を乗せた星川さんのバイクは、校門で見送っている私達を残して、あっと言う間に走り去って行った。
「ほ、星川さん、すごい…。バイクの走り屋さんなんでしょうかね…。」
思わず漏らした感想に清路先輩が引き攣り笑いを浮かべていた。
「あはは…。スミレちゃん、元ヤンで、バイクに乗ると、別人みたいに人格変わっちゃうんだよね…。」
「秋川さん…。大丈夫かな…。」
大山先輩が心配そうに呟いた。
「雅ーーーっ!大丈夫かぁっ?」
そこへ、小谷先輩が駆けてきた。
「う、潮…。」
「秋川の事大丈夫だったか?清路さんや、氷川さんがいるから大丈夫って言われてたけど、俺、気が気でなくてっ。」
「べっ。別に全然大丈夫だったしっ。潮は見回りの仕事してたんじゃなかったの?」
「ああ。見回り、矢口くんと、柑菜さんにも手伝ってもらって、終わってからすぐ来たんだけど…。あれ?柑菜さんと矢口くんどこ行ったんだ?途中まで一緒に来てたんだけど…。」
?!
小谷先輩は辺りを見回して不思議そうな顔をしている。
ってことは、もしかしたら、白瀬先輩と京ちゃん二人でどこかへ消えてしまったって事?
私は胸の不安が大きくなるのを感じていた。
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