第138話 保健室に吹き荒れる嵐

「ちょ、ちょっと待ってよ。芽衣子ちゃん!俺、別に体調なんて悪くないよ…!」


いつの間にか俺は芽衣子ちゃんに、強引に手を引かれ保健室の戸口まで、連れて行かれていた。


「いえ!自分では分からないかもしれませんが、京先輩、さっきから顔色があまりよくありませんでした。

大事になったら大変ですから、少し休みましょう。」


芽衣子ちゃんは、決然とした表情を浮かべ、

頑として聞かない様子だった。


「いや、本当に大丈夫なんだけど…。それにさ…。」


保健室の中からは、男子生徒と女子生徒が何やら揉めているような声がしていた。


「潮、早く生徒指導室行きなって!

本当は柑菜さんに会いたいくせに!!

もう私の事は放って置いてって言ってるでしょっ!?」


「バカ!こんな状態の雅、放って置けるわけないだろ!?さっき、矢口くんにメールして今日は見回りの仕事お願いしたから。」


「ううっ。もう、やだぁっ!私のせいで矢口くんにも迷惑かけて…。」


「な、泣くなよ。雅。」


芽衣子ちゃんは、そのやり取りを聞いて、戸惑ったような表情を見せた。


「あ、あれ?中で誰か喧嘩してますね…?

一人は小谷先輩の声…?としたら、もう一人は…。」


俺も頷いた。


「ああ、大山さんだろうな。ホラ、取り込み中だからさ、入るのやめとこ?」


しかし、芽衣子ちゃんは、悲壮な決意を固めた様子で、首を振った。


「ですが、今は緊急事態です!突撃するしかありません。」

「ええーっ!!芽衣子ちゃん、嘘だろ?待っ…!!」


ガラッ。


俺は芽衣子ちゃんにグイグイ引っ張られ、喧嘩の嵐の吹き荒れる保健室の中に、入ってしまった。


「潮、一人にしてって言ってるで…、や、矢口くん?」

「落ち着けって雅…、ひ、氷川さん…?」


ベッド横のテーブルの席に向かい合って座り、涙目になっていた大山さんと、それを宥めている小谷くんが、突然入って来た闖入者である俺と芽衣子ちゃんを見て、目を見開いた。


「お取り込み中大変失礼しますっっ!!ですが、今、京先輩の具合が悪くて一大事なんですっ。大変申し訳ないのですが、しばし、喧嘩を取りやめてご協力頂けないでしょうかっ!」


芽衣子ちゃんは、そんな二人に深々と頭を下げると必死な様子で叫んだ。


「保健の先生は、今どちらにいらっしゃいますか?」


「え、えーと、今日は、保健の先生、研修でいなくて、代理の先生はいるけど、今、職員室で会議中で…。」


目をパチパチさせながらも、大山さんがそう答えてくれた。


「そ、そうなんですね。どうしましょうっ?」


「いや、だから、俺大丈夫だって。ごめん二人共、俺達出てく…。」


途方に暮れた様子の芽衣子ちゃんに、俺が苦笑いして、保健室を去ろうとすると…。


「ま、待って!私、保健室の備品の事なら大体分るから、応急処置ぐらいは出来ると思うよ?」


大山さんが、拳を握り締めて力強く頷いた。


「えっ。本当ですか?」

「ええー。」

「雅…!」


「どういった症状なのかな?」


「は、はい。京先輩、胸が苦しいし、すぐ息が切れて、頭がぼーっとするらしいんです。」

「〰〰〰〰っ。芽衣子ちゃんっ!!」


大山さんに対して芽衣子ちゃんに、さっきの俺の言葉の通りに症状を説明され、俺は額に手を当てた。


「んんっ?え、えっと〜。(それを氷川さんに言ったって事は…、恋煩いか何かなんじゃ…。)」


「そ、それは大変…だね…?(もしかして、矢口くん、氷川さんに告白してる途中だったのかな?俺達聞いちゃってよかったんだろうか…?)」


大山さんと小谷くんに、戸惑ったような視線を向けられ、俺はいたたまれなかった。


「えっと、矢口くん、そこのベッドに座って?取り敢えず熱でも測ろうか?」


大山さんが、保健室の棚から体温計を取り出すと、俺に手渡した。


「あ、ありがとう…。」

「ありがとうございます…!」


俺は観念して、空いているベッドに座り、体温計を脇に挟んで熱を測る事にした。

そのすぐ隣に芽衣子ちゃんも腰を下ろし、心配そうな顔で様子を見守っている。


ここまできたら、仕方がない。

熱もなく、体調も悪くない事が分かったら、

芽衣子ちゃんも安心して、解放してくれるだろうと思っていたのだが…。


「37.2℃…?!微熱あるじゃないですか…!!」


体温計の表示を見て、芽衣子ちゃんは泣きそうな顔になった。


「あれ?なんで?」


特に体調悪くないのに、体温が高めに出た事に首を傾げた。


大山さんが、心配している芽衣子ちゃんを宥めるように言った。


「たまに表示が高く出ちゃうこともあるからね。今日、割と外暑いし、外にしばらくいただけでも体温上昇する事もあるし…。もう少ししてから、もっかい計ってみようか?

そしたら、次は脈拍測ってみる?」


「は、はい!」

「えっ!ちょ、ちょっと芽衣子ちゃん?」


芽衣子ちゃんに、急に手首をギュッと握られドキッとした。


「ちょっ…!芽衣子ちゃん…。ち、近っ!」

「京先輩、ちょっとお静かに!」


腕時計の秒針をにらめっこしながら、俺の脈

を逃すまいと必死に測る彼女は、それどころではないらしく、俺と髪が触れ合いそうになる程、顔が近づいていることなど気付きもしていないようだった。


ふんわりおでこに触れた柔らかい髪から、甘い花のようなシャンプーの香りが漂い、俺はドキドキしてしまった。


「「っ…!//」」


大山さんと小谷くんは、距離の近過ぎる俺達から目を逸らそうとし、今度はお互いに目が合ってしまい、気まずく俯いてしまっていた。


「脈拍110?!はわわ!大変…!!」


「「「……。」」」


慌てふためく芽衣子ちゃんと無言の俺と、大山さん、小谷くん。


その結果をさもありなんと思いながら、誰もそれを指摘できなかった。


「これはもう、いよいよ絶対安静です!!さあ、京先輩、すぐ横になって下さい!!」


「わっ。芽衣子ちゃん!!」


「「!!」」


芽衣子ちゃんに押し倒すように突き倒され、

俺はベッドの上に仰向けになった。


「えっと、熱があるとき、どうすればいいんだっけ?体を温めなきゃいけないですよね?でしたら…!」


「うわぁっ!芽衣子ちゃんっ。何をっ!?」

「うわぁっ!潮、見ちゃダメェッ!!」

「うわぁっ!み、雅…//」


言いながら、半袖の夏服のポロシャツのボタンを外し始めた芽衣子ちゃんに、

俺達は悲鳴を上げた。(小谷くんは、大山さんに、手で目隠しをされ、くっつかれたせいだと思うが。)

「芽衣子ちゃんっ…。やめっ…。…!!」


俺は両手で目を覆いながらも、指のすき間から、芽衣子ちゃんが一番下まで、ボタンを外し、白い胸の谷間と、白いレースのブラをチラッと可愛らしくのぞかせているのを見てしまった。


更にポロシャツを完全に脱ごうとする芽衣子ちゃんを、大山さんが必死に止めた。


「氷川さん!ストップストップ!!どうして、服を脱ごうとしてるの…!?」


「だって京先輩を人肌になるまでよく温めないと…!」


半泣きの芽衣子ちゃんに、大山さんが突っ込んだ。


「それをいうなら、人肌で温めないとでしょ?料理の工程じゃないんだから!」


「はっ、そうでした!」


「保健室には、毛布あるから、氷川さんが体当たりで温めなくても大丈夫だよう!」


「はっ。そうなんですね?」


「それに、状態によっては、体が熱を帯びていて、冷やした方がいい場合もあるから、それを見極めてから処置しないと…!

とにかく、氷川さん。一度落ち着こうか…?服着て服!」


「は、はい。」


芽衣子ちゃんは、大山さんに言われるまま、服を着直し、その間、小谷くんと、俺は回れ右して、目をつぶっていた。

        

         *  

         *


「あの、大山先輩。本当にお世話になりました。たくさん迷惑かけてしまってすみません…。」


芽衣子ちゃんはションボリと小さくなりながら、大山さんに、深々とお辞儀をした。


「そんな!いいのいいの…。矢口くん、暑さで少し疲れが出たのかな?良くなってよかったね?」


あの後、俺は、軽い熱中症みたいなものではないかと、大山さんに、冷蔵庫から出した経口補水液をもらい、その後、体温と脈拍を測ると、正常値に戻っていた。


「はい!本当によかったです…。私だけだったら、今頃、慌てて半裸で熱中症ぎみの京先輩を温めて、逆に症状を悪化させてしまうところでした。京先輩、本当にごめんなさい…!」


「い、いやいや。芽衣子ちゃん、気にしないで。心配してくれてありがとうね。」


と言いつつ、症状うんぬんは置いといて、

芽衣子ちゃんに半裸で抱き着かれていたら、俺、鼻血出して出血多量で死ぬし、今度こそ風紀委員に黒判定を出されて、校内でも終わっていただろうな…と思って引き攣り笑いを浮かべていると…。


グウウ〜〜っ!!


と、突然大音量の腹の虫の音が鳴り響いた。


「「「?!」」」


「か、重ね重ね…ごめん…なさい…。」


芽衣子ちゃんの顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。


「きょ、今日はなんか、色々あって、ご飯食べるの…忘れてました…。京先輩の体調戻って、安心したら、なんか急にお腹空いて来ちゃいました…。」


芽衣子ちゃん…。

俺は、恥ずかしそうに笑っている彼女を見てなんだか胸の奥がきゅっとした。


「今日は、色々心配かけちゃって、ごめんね…?」


彼女の頭をポンポンと叩くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「いえ、そんなの全然いいんですよ?

京先輩は、ちゃんとお弁当食べられました?」


「うん。サンドイッチも、スープもすごく美味しかったよ?ありがとう…。」


「よかったぁ…。」


「氷川さんって…、本当に矢口くんの事が大事なんだねぇ…。」

「「え。」」


大山さんがしみじみと呟き、俺達は頬を赤らめた。


「氷川さん…。会ったばかりで、こんな事を

言うのも、何なんだけど、

もしよかったら、今度、私とお話する時間を作ってもらってもいい…かな?」


「「??」」


「み、雅…!」


そう頼んで来る大山さんの真剣な様子に、俺と芽衣子ちゃんは何事だろうと顔を見合わせ、小谷くんは、心底驚いたように、目を見開いていた。




*あとがき*


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